kiss2
-PEACE MAKER, spinoff_02-
13
眼下には、オレンジ色に染まった砂の波が、幾重にも幾重にも果てしなく続いていた。 日中はひたすら黄土色の砂漠だが、夕陽に染まるこの時間だけ、濃い影と夕陽色にくっきり塗り分けられた波形の連続が広がる。 どこまでもどこまでも、高く低く、うねり続く砂の海。 超低空飛行で敵のレーダーに掛からないないように飛ぶのは骨が折れるが、この時ばかりはいつも、でき得る限り長く飛んでいたいと願った。 砂漠は美しい。
「?」
愛機カーチスP-40ウォーホークの腹が掠るかとヒヤッとするような小高い砂丘を一つ越え二つ越え、徐々に濃くなる陰影と沈む太陽に目を眇めていた時、砂丘を横切るように続く一筋の微かな線が突然目に飛び込んできた。 生きている物の気配が何も無い砂の海に点々と続くその線は明らかに人の足跡で、秩序立てられた世界に一滴の異物を垂らしたように違和感があった。 カカシはその足跡を追うように機首を向けた。 遥か先に人影が見える。 たった一人。 黒い影。
「イルカ?」
何故こんな所に?
何故一人で歩いているの?
還ったのではなかったの?
俺の所に…
「イルカーっ!」
一回頭上を通り過ぎ旋回して戻ってくると、イルカは立ち止まってこちらを見上げていた。 眩しそうに目の上に右手を翳し、砂漠の虎、ウォーホークの描く軌跡を追って彼が首を廻らしている。 懐かしい姿。 涙が出るほど愛しい人。
「イルカっ イルカーっ」
イルカ…
・・・
「イルカ先生っ」
ユサユサと肩を揺すられて、イルカはゆっくりと覚醒した。 砂漠はもう無かった。
「だいじょうぶ?」
「……はい」
まだぼーっとする。 しばらくあの夢は見なかったのに。 綱手から完治のお墨付きを貰って、最近やっとあの薬から解放されたばかりなのに。 ああ、でもとても懐かしかった。 飛んでいるあの飛行機を見るのは初めてで、エンジンの爆音に混じって微かにあのカカシの自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。 できれば一目会いたかった。
「イルカ先生っ イルカ先生ったら」
うとうととまた眠りに落ち込もうとするとペチペチと頬を叩かれて揺すられる。
「眠っちゃダメですって」
「うん…だって、眠い…」
「イルカっ」
「あっ」
カカシの手がキュッと胸元を摘まんで強く抓ったので、昨夜さんざん抱かれた感触の残る体が仰け反った。 さすがに眠気も一気に飛び、無体な真似をする上忍を睨んでやろうと目を向けると、彼のほうが恐い顔をしていた。
「目、覚めた? だいじょうぶ?」
「だいじょぶ、です」
「またあの夢見てたんでしょう?」
「え?」
どうして? と首を傾げると、肩を掴んだままイルカの顔を間近かに覗き込んでいるカカシの眉が、不機嫌そうに顰めらる。
「どうして、じゃないでしょう。 薬は? またサボってるの?」
「いえ、もう必要ないだろうって、先週いっぱいで服薬は取りやめに」
「でも、またあそこに行ってたんでしょう?」
「なん…で、判るんですか?」
「俺に会ったでしょう?」
「あっ あれ…」
あれ? 俺ってカカシの夢の中に居たのか? 自分の夢かと思ってた。
「カカシさんもまだあの夢見るんですか? カカシさんこそ薬」
「俺はね」
言い募ろうとすると両肩を掴んで仰向けに押さえつけられ、唇が降ってきた。
「俺は時々あそこに行くんです」
「え、行くって…」
「俺の世界ですからね、骨休めに…その、飛びに行くっていうか」
「飛びに…」
ああ、なんか判るなぁ。 気持ち良さそうだった。
「俺も」
「アンタはだめっ!」
「ええーっ」
なーんでぇ? ひとりでズルイ
「ズルク無いの!」
「でも」
「でもじゃない」
「だ」
「だってもダメッ」
「むー」
喋ろうとする先へ先へと遮られ、イルカは剥れて黙った。 カカシの悪い癖だ。 イルカの思考を読んで先手を打ち、主導権を握ろうとしてくる。 イルカもその方が楽な事も多いので、カカシの読み易いような思考方法を態とする癖が付いてしまっているが、いつもいつもでは堪らない。 溜まりに溜まった欲求不満が高じていきなり破局ってことだってあるんだぞ? と思っているとカカシはまた眉を寄せて、口を尖らすイルカを一頻り接吻けで犯した。 カカシと付き合うようになってから初めて、接吻けだけで人を犯すことができるということを知ったイルカだったが、それは多分にイルカ自身に由るところが大きいことには終ぞ気付かないイルカだった。
「俺達に限って破局なんて有り得ない」
「ふ、はッ な、なんで、うん」
「俺がアンタを絶対離さないから」
「あ、んー」
乱暴に片方の太腿を掴むと、カカシは既にいきり立った自身を押し当ててきた。
「も、今日は勘弁してくださいッ 寝ないと俺、あ、あした…あーッ」
「寝かさない」
「カカシさんっ」
「寝ないほうがいいって言ってるんだよ」
またあの世界に落ちちゃうでしょ、とカカシは無慈悲に腰を進めてきた。 カカシのモノで潤んでいるとは言え、一旦収縮しきったアナルが悲鳴を上げる。
「いっ 痛っ あ、痛いっ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「はっ あんっ んっ」
ギチギチとアナルがいっぱいいっぱいに張り詰める感覚に冷や汗が滲み、イルカは心ならずもカカシの背にしがみついた。 時々とんでもんなく優しく甘やかすくせに、一方ではこうやって酷くスル。 そんな”二人のカカシ”の間を航海しなければならない自分が、ともすればそれにすっかり慣れ切ってしまっている自分が、なんだかとても情けない。
「動くよ?」
眦の涙を吸って、カカシはゆっくり律動を刻み始めた。 グチッ グチュッ と耳を押さえたいような水音が響いてくる。 だがそれも、すぐに自分の喘ぎ声で聞こえなくなった。 消えかけていた熾き火が再燃し、体の奥の方からゾクゾクとした快感が競り上がってくる。
「あっ んんーっ」
首筋に顔を埋めたカカシがネロリと鎖骨の窪みを舐め、右手の指先がチクリと乳首を抓み上げた。 その瞬間、きゅうと下腹辺りの筋肉が緊張して締まり、数秒続いてふぅと弛緩する。 そしてその時耳元で上がるウっと言うカカシの声が”快感の呻き”だと脳に届き、それがまたイルカの体を何回も撓らせる結果となった。 カカシが俺の体で感じている、そう思っただけで中のカカシが強烈に意識され、それを舐めてでもいるように蠢く自分の内部の動きが恥ずかしい。
「カカシ、あ、カカシッ」
「う…ん、イルカ」
大きく広げた自分の両足の間で、陶酔したような顔をさせて腰を波打たせるカカシ。 ああ、愛おしい愛おしい…。 愛おしいと伝えたい。 でもそんな時、イルカはいつも名前を呼ぶ以外には何も言葉にできなくなった。 ただただ名前を呼び、それにカカシが自分の名前を呼び返してくれることで応えてくれて、それがとても嬉しくて、体はどんどん高まっていく。 感じる。 体中が好いと叫んでいる。 もっともっとと望んでいる。
「ん、イイ、カカシ」
「ん」
「ああッ い、いやぁッ、あ、あ… イイ…」
「ふふ」
眦を吸われても吸われてもすぐに滲んでくる視界の向こうで、カカシがふっと優しく微笑んだ気がした。
・・・
「行きませんったら行きませんっ」
「なに子供みたいに我侭言ってんの?」
「だぁって、俺歩けませんもん」
「だから、俺が負ぶってってあげるって」
「い、嫌ですよッ そんなの! 恥ずかしい」
「自業自得でしょ」
「アナタが言いますか、その口で! 誰の所為ですか誰の?!」
「俺」
「む」
満足気なカカシの顔。 アンタの喜びも悲しみも体の苦痛も何もかも、全部自分に起因する、とその顔は自慢していた。 ここまで自己中ってどうなの? と首を捻らずにはいられない。
「じゃあ」
だからその独占欲を突いて言ってやるのだ。 ”自業自得”って言葉の正しい使い方を教えてやるッ
「俺のー、このキスマークだらけの体、綱手さまに見られちゃってもいいんですか?」
「…」
さぁ悩めッ ふふんだっ
「いいですね、それ」
「………え?」
「見せびらかすってのもアリですね」
「はいィっ?!」
「さ、そうと決まれば即実行! 善は急げってね!」
「ちょっ やっ 俺、そーゆーつもりじゃ」
「アンタはちょろいね」
「や…! 嫌だっ 絶対いやっ」
「アンタが言い出したんだよ?」
「そ」
それは…
それはそれは、この上ない極上の笑み。 反則に美しい。 カカシは然も得意気に、呆けたイルカをひょいと抱き上げると、イルカが慌てて首に縋る瞬間を狙って接吻けてきた。 お姫様抱っこのままの接吻け。 ああ恥ずかしい。 こんな風に偶に甘やかすの止めてほしい。
「止めていいの?」
だって、それ無しじゃいられなくなるもの
「無くならないからいいじゃない」
あぐっと言葉に詰まり、イルカは赤面した。 恥ずかしくて言えない言葉を汲んでくれる、それは楽でいいけれど、ちょっとこれは恥ずかしすぎる…。
・・・
ほら、サッサと薬出してもらいに行きますよ、とまたイルカが好きだと判っている笑みでイルカを黙らせると、カカシはイルカをその日一日思い通りにした。 またあの世界に行って、あの世界の俺に会うなんて許せない。 アンタはこの”俺”が独り占めするんだから。 アカデミーを休ませ、病院から帰って即ベッドイン。 イルカが思考の端っこで、こういうのも偶にはいいかもな、とふと思い、それをぶるぶるとかぶりを振って追い遣る様を笑って見守る。 この人は本当に面白い。 飽きない。 かわいい。 体もとても気持ちが好い。 絶対に、離さない。
BACK / NEXT