PEACE MAKER

-Colt, Single Action Army, Peacemaker-


11


 少しでも暑さを凌ごうと、風呂上りのイルカを連れて縁に出ると、既に夜半で青白い月明かりが射していた。 外だと風もあり空気も幾らか涼やかで、浴衣に身を包んだイルカもちょっとホッとした様子になった。

「もうすっかり夏ですね」

 イルカはそう言うと、どこか感慨深げに月を見上げた。 彼にとっては2週間のタイムスリップ。 この家を出た時はまだ梅雨だったらしい。 そこから直ぐに砂漠に来て、帰るともう夏なので、どこか損した気分になっているのかもしれない。

「はいコレ、忘れ物」

 言って浴衣の袖から取り出した物を握ったまま差し出すと、イルカは怪訝そうな顔をして掌を出した。

「あ、コレ…」

 そこにポトリと落とした物、それはあの空薬莢だった。

「どうして?! どうしてコレが有るんですか?!」
「俺が左手でしっかり握り締めてたんですって」
「………そんなことって…」
「あるんですねぇ」

 不思議ですね、と笑うと、イルカはじっとその小さな銀色の金属の筒を見つめ、ぎゅっと握って「はい」とだけ答えた。

「座りましょうか」

 促し、ふたり並んで縁に腰掛けると、イルカは座りが悪そうにもじもじと尻をずらすので苦笑が漏れた。

「辛いでしょ? 寄りかかっていいよ」
「…」

 物言わずぽかーんと見上げてくるその顔の回りいっぱいに、「へんなの へんなの へんなの」と浮かんでは消える。

「いいから! さっさとこっち来なさいッ」

 だから腰を掴んで引っぱって肩を抱き寄せると、慣れないイルカは恐々自分の体に凭れてきた。 そしてほっと吐息を吐いてやっと力を抜くと胸に頬を少しだけ擦り付け、「きもちぃ」とぽわんと言葉を浮かべてくる。 こういう所が子供のようで、どんな経験をしてもそこの所が全く変わらない、相変わらずの無防備さだった。

「気持ちいいの?」
「はい ……あっ いえ」

 しかも言ってから焦ったようにもじもじする。 月明かりで判り辛かったが、多分赤面しているのだろう。 凭れていた体を少し離し俯くので、その顎を捕らえて接吻けた。 逃げる腰を腕で抱きとめ仰け反った上半身に覆い被さるようにしてその唇を貪ると、イルカはどこか気持ちよさげに喉を鳴らし自分から舌を差し出してきたのでそのまま縁に押し倒す。

「そんな気持ち良さそうにされたらまた催しちゃうじゃない」

 耳を擽りながら首筋に唇を這わすと力を抜いて身を任せてくるイルカ。 彼はいつもそうだった。 そしてこういう時に限って思考が読めない。 彼の思考は普段はもっとずっと図形的、ともすると形而上的で、経験である程度読むことができたが複雑な思考はやはり読めない。 言葉そのもが浮かぶ時は、彼が意識的に読み易くしている時なのだ。 だが、具体的な思考が読めなくても、彼が何をどう考えてこうしているかは想像がついた。

「ったく…」

 溜息とともに体を起こし彼も引っ張り起こすと、拍子抜けした顔の回りに「あれ? シナイの? シナイの?」と浮かぶ。

「アンタッ 俺がヤリたいばっかりの獣か何かだと思ってるでしょう?」
「えっ…」

 うっと詰まりまた下を向く顔が如実に図星を突かれたことを表していた。 思考なんか読めなくてもアンタはちょろいと思いかけ、いやいやと頭を振る。 これに今までまんまとやられてきてしまっていたのだからな。 彼が自分をどう思っているか、全く気付かなかった。 それどころか真逆の解釈をして、後悔と失望に捨て鉢になっていたのだ。 彼が自分のことを”畑カカシの女”と認識して、諦めきってその状況に甘んじているだけだとばかり思い込み、ただ苛々と辛く当って少しも優しくできなかった。

「だいたいね、俺は怒ってるんですよ? イルカ先生」
「まだ怒ってるんですか?」

 眉尻を下げてかわいい顔をしたってダメだ。 言うことだけは言わないと。

「なんで薬飲まないの? 治療も途中で退院して来ちゃったんでしょう?」
「もう治ったからいいんです」
「じゃあなんで眠らないようになんかしてたの?」
「そ、それはその…よ、読みたい本があってですね」
「嘘おっしゃい。 別の病気になっちゃうでしょ! 俺が無理矢理眠らせてあげなきゃアンタは」
「眠らせるために俺のこと抱いたんですか?!」
「ま、それ半分こっちの事情半分です」
「むー」

 イルカは如何にも釈然としないという顔をして頬を膨らませた。

「薬だってね、頑として受け取らなかったって綱手さまが困ってましたよ」
「いいんですっ これは俺のささやかなる抗議行動なんですから」
「…俺の任務内容にイチャモン付けたって?」
「うっ…」
「中忍がしていいことじゃないよね? Sランクの任務にさ」
「…」

 だが、畳み掛けるようにイルカの非を論うとさすがに言葉にも詰まり、すっかり項垂れて下を向いてしまう。 そんなイルカがまたかわいくて、少し引き寄せ肩を擦ると、彼は一瞬びくっとしたが直ぐに凭れてほうと息を吐いた。 オレンジ系の柔らかな色合いの丸っこい形が、膨らんだり平たくなったりを繰り替えしているのが見える。 ”安心”だろうか? ”甘え”だろうか? とにかく初めて見る色と形だった。

「それにね、なんであの治療にアンタが関わったりしたの? 命落とすところだったでしょう」
「それは、だって… アナタが俺しか入れなかったくせに」
「”くせに”?」
「あ…ごめんなさ」

 諦めたようななげやりな態度ではあったが、決して不遜な言動は取らなかったイルカの子供のような慣れた口調に驚きつつも、皆まで言わせず口を塞いだ。 前とは違い、すぐに応えてくるイルカと一頻り接吻け合ってからぷちゅっと口を離すと、彼はどこか悪戯っぽい瞳をきょろっと煌かせて口元をきゅっと引き上げた。 何かを学習したらしい悪ガキの顔だ。 さて、今度は何をしてくれるのかな、と楽しくなった。

「毒と判ってて喰らうし」
「判ったから喰らったんじゃないですかぁ」
「偉そうに壁登りなんか教えようとするし」
「ひょっとしてあれで思い出してくれないかなって思ったんですけどねぇ」

 腕組みまでして首を傾げ、またチラリとこちらを盗み見るとクスリと笑う。

「チャクラ使えないアナタ、かわいかったです」

 堪えきれないというように、うふふふ、と笑うイルカを乱暴に引き寄せるとまた接吻けてやった。 待ってましたとばかりに応えてくるイルカに「アンタは本当にキスが好きだねぇ」と笑うと「俺も最近気付きました」と応戦してくる。 こんなさり気ない会話さえ、昨日までの自分達の間には無かった。

「アイツにも散々キスさせてたしね」
「あ、あれは…」
「挙句の果てにアイツに犯られてるし」
「あの人はアナタですっ」
「”もっと注いでぇ”? ”俺の中で達ってぇ”?」
「…!!」

 そこの所は譲れないとばかりにいきり立つイルカの顔を見ながら更に止めの台詞をイルカの声音を真似て言ってやると、彼は真っ赤になって目を見開いた。

「い、言わないでくださいっ もうっ 意地悪なんだからっ」
「俺は怒ってるんです」
「だってぇ」

 怒った顔と怒った声音を作るとイルカを睨む。 泣きそうに歪む顔がかわいくて堪らなかった。

「何回強姦されれば気が済むの? 学習能力無いの?」
「だって、具合が悪かったし」
「毒なんか喰らうからでしょ!」
「だ、だって」
「他の男に犯られてアンアン鳴いて」
「他の男じゃありませんっ」
「最後はもっともっとって強請っちゃって」
「あれは…だって」
「だってだってだって! 他に言うことないの?」
「だ…」

 また「だって」と言いそうになってイルカは慌てて口を押さえた。

「アンタ、あれで死に掛けたって言うじゃない。 その上アンタは俺の目の前で自分に銃なんか向けて!」
「アレは自分じゃないって」
「黙らっしゃい!」
「はーい」

 揚げ足を取るなんて今までついぞしなかったのに。 拗ねたように頬を膨らませるかわいいイルカ。 もしもあの時オマエが死んでいたら、俺はどうしたらいいんだ?

「アンタは俺の気持ちなんかお構い無しなんですね」
「そんなことは」
「いいえっ アンタは今まで俺に血の通った気持ちが有るなんて考えたことも無かったはずですよ」
「だって…」
「アンタが一回、また一回ってトリガーを引くのを数えてた時の俺の気持ち、アンタに判る?」
「…」

 イルカの声が小さくなった。 そうだ、これは言い掛かりだ。 強姦魔に気持ちを求めるバカがどこに居る? この人くらいだ…

「アナタだって」

 だがイルカは、まだ小さい声ではあったけれど確固たる強い意志を持って反論してきた。 それを待っていた。 だからじっと待ってイルカが喋るのを聞いていた。 全部吐き出して、何もかも自分に曝け出して、そうして理解し合えたらと。

「アナタだって俺の気持ちなんかどうでもよかったくせに。 アナタが死んだようになって帰ってきた時の俺の気持ちとか、ベッドで何日間も硬直したまま治療もできないアナタの顔をただ見てた俺の気持ちとか、アナタの中に俺だけが入れるって判った時の俺の気持ちなんか! ……アナタには永遠に判んないです」

 一気にそこまで言い切ると、イルカは暫らくゼイゼイと息を吐き、それからそっと様子を窺うようにこちらをチラと見た。 小さな悪戯小僧が悪さの言い訳をしたようだったその顔が、驚きと疑問と理解と…それと感動だろうか…、徐々に変容していく表情を見つめるのは爽快だった。 彼の、鈍いくせに聡く、非常に頑固だが反省を惜しまない、好ましい性格が如実に現れた一瞬だった。 感動したのはこちらの方だ。

「俺が、あの世界で初めてアナタを見つけて、元気で立ってる姿のアナタを見た時の気持ちなんか、全然知らないくせに」

 口調に明らかに甘えが滲んだ。 思わず口端が上がりそうになり、必死でそれを堪えて先を促す。

「うん」
「俺が、俺が、アナタの名前を呼びたくても呼べなくて、もどかしくってしょうがなかった気持ちも、食料を食べたって怒るアナタに言い訳もできなくて悲しかった気持ちも、全然判んないくせに!」
「うん、それから?」

 思い切り甘やかしてやろうと思っていた。 我侭も聞いてやって、接吻けも欲しいだけしてやって、抱き締めてやって、最後にはこの人が欲しがっている言葉をあげようと。

「あの人がアナタだって思ってても、やっぱり抱かれるのは複雑っていうか、そんな気持ちも無視するくせに…」
「うん、ごめんね」

 抱き寄せて項を指で擽ると、首を竦めて体重を掛けてくる。 心底かわいい。

「俺が…アナタのこと…ずっと想ってたのも、全然知らなかったくせに」
「うん、知らなかった」

 ああ、先に言われてしまったなと残念に思いながらも、両腕が腰に回されぎゅっと抱きついてくる様が愛おしく、それならと自分の気持ちも白状する。

「アンタだって、俺がアンタをずっと大事に想ってたこと、全然知らないでしょ?」
「う、嘘ですっ」

 だがその途端、うっとりと抱き締められていた体をぴょんっと跳ね起こし、イルカは怒ったように怒鳴った。

「ぜんっぜん、そんな感じじゃなかったし、だいたい大事に想う相手を手篭めにしますか?」
「だってさ、好きな相手が無防備に家に上げてくれてさ、まんざらでもない風でさ、じゃあ頂いちゃおうって思うじゃない?」
「思いませんっ」
「男だよ? 俺は」
「お、俺だって男です」
「そうそうっ 男らしく暴れてくれたよね! 俺、アンタに怪我させないようにスルのにすんごく苦労したもん」
「だ、だって、俺、は、初めてだったし」
「最後まで抵抗止めないし、噛むし、頭突きするし」
「俺、吃驚して、パニックってたし、それに」
「それに?」
「アナタが…」
「俺が?」
「アナタ、別に好きでも何でもないけど急にシたくなったからっていう感じで…」
「俺そんなこと言った?」
「言ってないけどっ でも、そんな感じだったし好きだとも言われなかったし、俺、アナタのこと好きだったから…ショックで…」
「そう…」

 ごめんね、と抱き寄せると、イルカはまたおとなしく胸の中に納まった。 

「随分遅れちゃったけど、俺アンタが好きです。 アンタに危ない橋を渡らせた火影さまさえ殺してやりたいって思うほど好き。 アンタを犯すヤツは例えそれが自分でも俺じゃないなら絶対許さない。 覚悟してね、俺の愛は重いですよ。」

 いつの間にか、イルカは胸に納まったままポカッと顔を見上げていた。 口が半開きになって、黒目がこれでもかと見開かれて、顔の回りに「嘘? ほんと? 嘘? ほんと?」と浮かんでは消える。

「ほ・ん・とです!」

 だからその憎たらしい顔をガシッと掴んで唾が飛ぶほど近くで言ってやった。 イルカは目をぱちくりとさせると

「俺の愛は、しつこいんです」

 と、真面目な顔をして言う。 思わずぷっと噴き出して「アンタはかわいいね!」と言ったら今度は顔の回り中に「絶対、嘘! 絶対、嘘!」という文字を大小各種取り揃えてびっしり並べて見せ、然も胡散臭そうに口をへの字に曲げるので、もう我慢できずにイルカを離して縁で笑い転げてしまった。

「や、やっぱり嘘なんだ!」
「は…はははっ ごめっ ホント、ホントですって、ははははっ」
「カカシさんのバカっ!」

 勿論、憤然と立ち上がろうとするイルカを逃がしたりはしない。 捕まえて、ジタバタ暴れる体を組み敷き、イルカが好きだと言う接吻けを特別ディープにしてやった。

「嘘かホントか、体で知りたい? 俺はその方が大歓迎だけど」
「…ばか」

 接吻けに喘ぎながら頼りなげな顔でそんな事を言われたら

「それってOKってことだよね? じゃ、あっち行く? ここで?」
「え? あ、あっち… じゃなくって! 俺まだもう少しここで話してたい」
「えーーっ そりゃあないよ、イルカ先生 あんな顔して誘ったくせに」
「どんな顔ですかぁ」
「かわいい顔!」
「だから! それが嘘だって言うんですっ」
「アンタはかわいいよ」
「嘘です」
「アンタ、自分が最後にどうなるか、知らないでしょ?」
「最後って?」
「俺に抱かれててさ、最後の最後にアンタがどんなになるか、判ってる?」
「そ…そんなの知るわけ…… あ! あの時アナタに起こされなければ見れたのに!」
「他の男との濡れ場なんて見せるわけないでしょっ!!」
「あれはアナタですってば!」

 ああ、楽しい! こんな会話ができるようになるなんて! 楽しいし嬉しいし、悶々とした数ヶ月が嘘のようだった。

「さぁさ、あっち行ってヤルことヤリましょ」

 押し倒したまま飽く事無くちゅっちゅっと接吻けて促すと、イルカは今の会話で何か思いだしたのか左頬をスルリと撫で付けてきた。

「あのアナタにこの傷無かった。 目も両方青かったし。」
「ああ、そう言えばアンタもこの鼻の傷無かったっけ。 背中の傷も無かったな。」
「傷はあの世界には持ってけないんですね」
「そうかもね」

 スルスルと撫で続ける手を掴んでその掌に接吻けると、ぴくっと色を零して震えるくせに、イルカはまだ遠い場所へ思いを馳せるような顔付で話しつづけた。

「あの世界のアナタは、この傷も無いしこの目も無いし、きっと忍になってなかったらこんな風だったんじゃないかなって。 壁も登れないし体術もダメだし、力もアナタみたいな馬鹿力じゃなかったし… でも、本が好きで崖登りが趣味で飛ぶのが何より好きで、もしアナタが忍びになってなかったらこんな無茶な任務なんかもする事無く、あんな風な普通の青年になってもっと幸せに」
「イルカ」

 何かを後悔する響きを感じ取り、言葉を遮った。 やっとせっかく手に入れたのに、もう離してしまうなんてできない。

「あの世界はね、世界中を巻き込んだ戦争の最中だったんですよ? 俺はあの砂漠で行方不明になったまま死ぬはずだった。 アンタ、あの世界の俺とあそこで死にたかったの?」

 それにはふるふるとかぶりを振ったものの、まだ何か気になっている風のイルカに無性に苛ついた。

「なに? まだ何か気になるの?」
「あの… あの世界のアナタはもうアナタの中には居ないって言いましたよね?」
「うん」
「記憶だけ残ってるって」
「ええ」
「じゃあ、あのアナタはいったいどこへ行っちゃったんでしょう」
「そんなにアイツが気になるの?!」

 もう許せない、人の前で他の男の話ばっかり! と胸座掴んで迫るとまた「アレはアナタじゃないですかぁ」と繰り返された。 まったく!支離滅裂とはこのことだ。 あのアナタとか自分で言っておいてなんだ!

「あの世界は俺の夢のようなもんだったんですから、消えて無くなるも何も、元々無かったんですよ!」
「でもコレ…」

 むきになって否定すると、イルカは袖から例の薬莢を取り出して見せた。

「コレは?」
「…そ、それは… 俺にも判りません」

 まぁ世の中いろいろと説明できないこともある。 すっかり気勢も削げて見つめ合うと、お互いにちょっと笑って座り直し、月明かりの庭を眺めた。 イルカが何気なさそうに肩に頭を乗せてくるので、それにすっかり機嫌もよくなった。 イルカはイルカで、その小さな金属を手で弄びながらボンヤリと何か考えていたが、ふぅと溜息と共にまた喋り出した。

「でも、リアルでしたよねぇ」
「ま、俺の夢ですからね!」
「へーへー」

 こんなこと、今まで言わなかった! 許せない事も多々あるが、あの夢に関しては感謝して余りあるものがあるな、と思い彼の会話に乗る。

「なによっ 人の夢に踏み込んで散々掻き回してくれたのアンタじゃない」
「そ、それはすみませんでしたけど」
「ああ、かわいそうなあそこの俺! いいように翻弄されちゃって!」
「俺、翻弄なんて」
「じゃあなに? 俺のほうが翻弄されてるの?」
「うーっ」
「”一晩中抱いてください”」

 何か途轍もなく納得いかないという顔をしてイルカが黙ったので、そこで止めておけばいいものを、自分も調子に乗って両手を胸の前で組み合わせ潤々お目々でまたイルカの口真似をして見せると、イルカは真っ赤になってプイッとソッポを向いてしまった。

「もう知りませんっ」
「ごめんごめん」
「カカシさんの意地悪っ」
「ごめんったら」
「カカシさんのバカッ」
「はいはい」
「……無事に戻れてよかったです」

 むずがる体を抱き竦め、また接吻けては謝り倒すと、イルカは突然泣きそうな顔をしてポツっとそんな事を言った。

「アンタのお蔭ですよ」
「だからッ それが嘘だって言うんだ!」

 本心から殊勝に感謝したのにまたいきり立つイルカに、綱手が余計な事を教えたな、と判った。 実を言えば、自分はシールドに時限装置を仕掛けておいたのだ。 当たり前だと思う。 死ぬ気でそんな事をした訳じゃなかったのだから。

「俺のやった事なんて所詮無駄だったんです」
「そんなことないよ。 俺は多分あのままだったら戻らなかった。」
「え?」

 だが、イルカの知らない事もある。 彼は顔の回りに「?」マークを花弁のように並べて小首を傾げた。 他人の思考を読んでしまうこの能力を厭い、戦闘以外では、特に里では殊更使わないように務めていたのに。 この人に限っては楽しくて堪らない。

「俺ね、これでも意外と繊細でね、色々世の中嫌んなっちゃっててさ、やり直したいなぁっとか思ってたんですよ」
「あなたがですか?」
「なによ」

 「?」マークが一際増えたので一応不快感を表すと、イルカはちょっと身を引いて「?」マークがその途端少しだけパタパタと落ちた。 そんな真似して見せるのはこの人だけ。 堪えきれずにくっくっと肩を揺すって笑うと、「?」が倍になった。

「だからね、アンタとのこととか、後悔してたんです。 これでもね」
「そう…だったんですか」

 「?」が全て消え去り、何も読めなくなった。 これは不安だなぁと、自分を笑う。 あんなに厭うていたこの力にこんなに頼って、イルカだけは理解したいと望んでいたのだ。 しかもイルカは何も言わずに見つめているだけ。

「なに考えてるの?」

 堪らず問うと、イルカはえ?っという顔をした。

「今の、読めなかったんですか?」
「うん」
「……じゃあ、よかった!」

 そう言ってニコリと笑う。

「なになに、教えてくださいよ」
「いいんですっ」
「えーーッ 気になるじゃないですかー」
「気になると言えば俺も気になることがあったんだ。 あのカカシさんの言ってた」
「まーたアイツ?!」

 ムッとすれば眉がハの字になり、顔の回りは「怒らないで 怒らないで」でいっぱいになる。

「言ってたことが気になるだけで」
「わかりましたッ で、なんですか?」
「アナタ頻りに蛇がどうの狐がどうのって言ってたでしょ? 金髪の王子さまがどうのって」
「ああ〜」
「ミス…なんとかっていう銀がどうとか。 あれが何の事なのか俺ずっと気になって気になって」
「あれはねぇ」

 ははっと笑いが零れた。 そう言えば随分とあのお話に影響された数日間だった。

「じゃあ俺の仕事ちょーっと手伝ってくれたら話してあげます」
「仕事?」
「ナルトにちょっとね、術を教えるんですがね」
「いいですよ?」
「オッケィ! ほんじゃゆーびきーりげーんまんっと」

 にぃーっと笑うとまたイルカは「?」だらけで首を傾げた。 アンタは相変わらずお人好しだーね。 でもそれも、もう俺専用。 他のヤツにちょっかい出されないよう気をつけなくっちゃ。

「すーごく長い話とあっという間に終る短い話と、どっちから聞きたい?」
「えっと、じゃあ…短い話から!」

 にこーっと笑うイルカの顔の回りの新しい言葉を読んで、その腰を引き寄せ接吻ける。 そしてそのまま自分に凭れ、気持ちよさ気に吐息を吐くイルカに、例の王子さまと飛行士の美しくも哀しい物語を話して聞かせた。











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