PEACE MAKER

-Colt, Single Action Army, Peacemaker-


10


「アンタ、なに暢気に料理なんかしてんです?」

 引き摺られるようにして寝室に連れ込まれ、馬乗りになったカカシが容赦なく衣服を剥ぎ取っていく。

「なんで2日も家事なんかに勤しんでるんです?」

 エプロンのボタンが弾け飛び、アンダーに手を掛けたカカシが一瞬何か考え込むように手を止めた。

「なんですぐ俺んとこ来ないの?」

 カカシは、アンダーの裾を両手で掴むと、力任せにそれを引き裂いた。 ビリっと音がして一気に襟元まで裂け胴が露になると、然も満足そうにうっそり笑って顔を近づけてくる。 手がすぐに胸元の尖りを抓んでいた。

「最初の時、思い出しませんか?」

 こうして、こうしてアンタを無理矢理犯しましたよね、とカカシの執拗な愛撫が始まった。

               ・・・

 カカシは、1ヶ月前任務に出た時と寸分違わぬ様子でどこか楽しげにセックスを始めた。 いつも彼がそうだったように、イルカの都合も体調も何も関係ないと言った風に、勝手に手を動かし勝手に事を進めていく。 でも、帰還予定を1週間過ぎてやっと戻った時は、死人のように硬直した体で搬送されてきたのだ。 医忍の治療も受け付けず、皮膚を鎧のようにして針も通さず、ただゆっくりと死んで行くだけ。 綱手が任務内容から推察した原因を考慮し取られた”治療”は、”あの世界”で”あのカカシ”に会うことだった。


 1ヶ月ぶりに埋め込まれたカカシに体が軋んだ。 弱った体が悲鳴を上げて、すぐにでも意識を途切らせたいと訴えたが、例の夢への恐怖とカカシの巧みな愛撫の手がそれをさせなかった。 苦しくて手が無意識に彷徨い出、カカシの右肩を掴むと、その手首を掴まれてグイと頭上に押さえつけられる。

「ごめ…」

 咄嗟に出てしまった言葉は、だが最後まで声にはならなず、カカシはその言葉尻を唇で読んで圧し掛かるように覆い被さって腰を波打たせてきた。

「あ、ああ…」
「なんで謝るの?」

 止めはしなかったが多少律動を緩めて目を覗かれたので、返事を促されているのだと解った。 「だって、そうされるのをアナタが嫌いだから」 カカシは、はっきり言葉にして頭に思い浮かべた思考は左目で読むことができるようだった。 だから苦しく喘ぐ息の下から言葉を紡ぐよりそうした方が早いと、カカシが左目を晒すベッドの中では時々そうしていた。 その方が嘘が無いと判って、カカシもやり易かろう。 カカシが好んで男を抱いているのかどうかは解らなかったが、男にそんな風に縋りつかれるのを嫌っていることは知っていたし、自分でも可愛くもない男にそんな風にされて嬉しいとは到底思えなかった。 だって、今までずっと自分が思わず伸ばした手は、悉く今のように押さえつけられてきたのだから。

「嫌いじゃないよ」

 だがカカシは一瞬だけ動きを止めて、眉を寄せた。

「アンタになら、されてもいい」
「え?」

 何か信じられない言葉を聞いた気がしたが、直ぐにまた律動を激しくされて、その上引っ切り無しに唇を塞がれ思考が拡散する。 おかしい、今日のカカシはおかしい。 最初の晩にカカシの唇を思い切り噛み切ってから、カカシは自分に接吻けてこようとはしなかったのに。

「別におかしかないよ」

 クスリと笑ってまた口を塞ぎながら、カカシは腰を揺らめかした。

「んぁ、はっ あっ ん」
「アンタが嫌だと思ってたもんでね。 でも意外とこうされるの好きだって判ったから」

 そんな事を耳元で囁かれ、働かない頭がようやっとあの世界での事を思い出させた。 自分の体調の突然の悪化に、カカシの中の毒が自分に移っていると直感してやった、篭絡とも言えない拙い行為だったがそれでも必死でやったあの淫らな自分自身が蘇り、イルカは目を見開いた。 が、その途端、カカシはばっと覆い被さっていた体を起こすとイルカの頬を痛いほど掴み上げてきた。

「アイツのことは忘れてもらいますっ」

 その強い語調にも驚かされて、イルカは呆然とただカカシを見上げていた。 アイツ? あの世界のカカシのことか?

「アレは俺じゃないっ!」

 憎々しげにそう叫ぶと、カカシはイルカの太腿を掴んで腰を打ち付け出した。

「あっ ああっ いつっ」
「アンタは! 俺じゃないヤツに足を開いてアンアン善がってましたよね! そのアンタの感触をはっきり俺が! この俺が覚えてるなんて最悪だ!」
「あ、あれは、アナタですっ」

 叫ぶカカシに必死で叫び返していた。 それを否定させる訳にはいかなかった。 自我の不一致が何を招くか、あの世界に潜る前に綱手に散々講釈されたのだ。 不用意に名前を聞きださないように、前の記憶を押し付けるような真似は決してしないように、今はただ生きることを選ばせ戻りたいと思わせよ、と綱手に言い含められた言葉に何度「カカシ」と呼びかけた声を飲み込んだか。

「アンタが心配するようなことは、これっぽっちもないから安心なさい。 アイツの自我は俺の中には存在しません。 でもね、アイツの記憶は残ってるんですよ!」
「当然ですよっ あれはアナタなんだから!」
「違うっ!」

 燃えるような左目の瞳がユラユラと揺れていた。 無理矢理組み敷かれた最初の晩も、こんな目はしていなかったと記憶している。 もっと冷たい醒めた目だった。

「これが俺です」

 そんなイルカの思考を読んだのか、カカシはいつものように器用に左目だけを閉じると、だが口調だけは荒々しく言い募った。

「無防備に人を信じてたアンタに付け込んで強姦し、その後も嫌がるアンタに関係を強要し続けてきた、これが本当の俺ですよ」

 アイツとは違う

 最後だけポツリと力無く、言ってカカシはもう話は終いだとイルカの足を抱え直した。


               ***


 トプンと釣瓶が井戸の底に落ちるように、イルカはそこに落ちていった。 ああ、ついに来てしまった。 帰れるのだろうか? でももう帰らなくてもいいかなという、諦観なのだろうか、意欲の減退と言うのだろうか、体を包む倦怠感と元の世界への執着の薄れを感じ、これがカカシが掛かっていた”病”なのだと思った。 見遣ると、目の前にはあの飛行機と座り込むカカシとそれを見つめる自分の背があった。 あれから眠る度に何度もここへ迷い込んできてはいたがいつもひとりぽっちで、彼らに会えたのは初めてだった。
 カカシの手元を見るとあの銃が握られており、彼がすぐにもそれを使って自分の命を絶ってしまいそうで、綱手に接触はくれぐれも慎重にと言われていたにも拘わらず声を掛けていたことを思い出した。 その時感じたのと同じくらい、胸が引き絞られるように痛んだ。 案の定、目の前の自分は吸いつけられるようにカカシへと足を踏み出していた。 イルカは、それから始まったこの世界での自分達を泣きたい想いで見守り、ここで起きた事を辿った。

 カカシが、もしかしたら自分との関係をきっかけに思い出してはくれまいかと恋人の話を振った時の失望感。 カカシは、自分には誰も居ないと言い切った。 だから逆に、自分に同じ質問を振られた時は思わず嘘を吐いてしまった。 本当は恋人などではないのに、と恥じ入る気持ちに赤面しながらも、そうだったならいいのにと決して本当のカカシには言えない真実の気持ちを、何も知らないカカシに言っている自分が哀しかった。
 綱手の言うことに、ウィルスがカカシ自身の体に作り出させる毒、言わば自家中毒のようなものだが、その毒がこれなのではないかとカカシの持参した食料と水を何とか捨てようと試行錯誤している自分が居た。 食料は、潰しても砂に埋めても、10数える暇も無い程すぐに元通りになった。 試しに一口食べてみようと思ったのは自分にしては僥倖だったと、今でも思える。 だが、怒るカカシに説明することもできず、とても辛かったことも思い出した。
 
「お願いだからそんな風に拒まないでよ」

 自分はいつものつもりでカカシに縋るまいとしただけだったが、その訴える眼差しにカカシが訪れた2度目の夜を思い出していた。 彼は普通に玄関から現れた。 2度目があるとは全く思いもよらなかった自分の驚き様に眉を寄せ、彼はその時と同じような眼差しをして「そんな風に驚かないでよ」と言って笑った。 その顔が自分にはとても哀しそうに見えたので、最初の晩のように暴れて抵抗して彼の存在そのものを拒むような態度をとり続けることができなかった。 3度目からは、思い出したようにフラリと現れては抱くだけ抱いて消えるカカシにすっかり諦めて、自分はカカシの”女”にされたのだと、自分の立場を受け入れていた。 なげやりだったそんな自分もふと思い出して、カカシとは目も併せずにやり過ごしていた日々を少し悔いた。
 その世界の食料を摂ることを止め、自分に繋がった点滴の井戸水を飲むようになると、カカシは目に見えて意欲的になっていった。 定期的に連絡を取っていた綱手の指示に従って、カカシからの唯一能動的な元居た世界へのアクセス方法と思われる”無線”の修理を彼に促し、彼がそれをしている間に彼が帰ろうとした時の手助けになり得る事を思いつく限りやった。 そしてあの日をを迎えたのだ。
 自分は”銃”というものを知らなかった。 カカシからメカニズムの講釈は受けていたが、実際に目の前で撃って見せられるまで、その威力を軽んじていた。 だが、銃が一瞬にして命を奪えるものだと悟った瞬間、カカシが罹った病の真の恐ろしさに震えた。 始末しなければならなかった物はコレだった! カカシが懇切丁寧に仕組みを教えてくれた事を幸運と感謝し、弾薬をどうやったら使い切らせる事ができるか考え…

『あれ? おかしいな、初めて実際に銃を発砲したところを見たのは、彼に抱かれた後だったはず…』
『それはね、俺がアンタに見せたくないからだよ』

 耳元で声がしたかと思うと、体をもぎ取られる様に乱暴に、イルカはその世界から浮上させられていた。


               ***


「ほらっ これ食べて」

 いきなり口に熱い里芋の煮物を突っ込まれた。 自分が昼に煮ていた筑前煮を煮返した物らしかった。

「噛んで」

 まだはっきり目も覚めず、ただ熱さに目を白黒させていると、無理矢理顎を掴まれて上下に二三度揺すられた。

「飲み込んで、はい水」

 グイとコップを口に宛がわれ冷たい水が流し込まれた。 これはアレかな、兵糧丸を飲ませた時のお返しかな?と思っていると「違いますよ」と不服そうに幾分頬を膨らませたカカシが薬包紙を構えていた。

「食後って書いてあるからさ。 アンタ、ちゃんと薬飲まないとダメでしょう」
「嫌ですっ その薬は飲みませんっ」
「なに我侭言ってるの? だからいつまで経っても治らないんだよ」

 歯を食い縛ったが、ギリっと顎を掴まれると痛みに思わず口を開けてしまい、サラサラと味に覚えのある粉状の薬を注ぎ込まれた。

「むーっ」
「ほらっ 水飲む」
「むーむー」

 突きつけられたコップの水を拒んで首を振ると、また顎を掴まれた。 そしてその水を煽ったカカシが強引に接吻けてきて口移しに流し込まれる。 カカシの舌がニュルリを入り込んで口中を掻き回すので、我慢できずに嚥下すると、口が離された。

「もう一口飲みますか?」
「あ…いえ」
「飲みますよね!」
「う…はい」

 いったい何をしたいのかな?と訝しく首を傾げていると、申し訳程度に水を口に含んだカカシがまた唇を寄せてくる。 思わず目を瞑ってそれを受け入れていた。 流し込まれた水は今度は直ぐに飲み込んだのに、カカシはいつまで経っても口を離そうとしなかった。 薬が残っていないか確かめているのだろうか? カカシは口中を隈なく舐め回すと、ゆっくりと舌を絡ませてきた。 緊張に体が強張る。 情事の最中でも接吻けなどしなかった関係なのに、こんな雰囲気は初めてだった。 だから、このままもう一戦挑まれるのかしらんと納得し、体の力を抜いてされるが儘にしていると、「アンタ、バカですか」と言われ、ひょいと抱き上げられた。

「なっ なにっ なにを?」
「風呂ですよ」
「お、俺、自分で」
「歩けないでしょう」
「あの、でも」
「ほらほら、我侭言わない」

 我侭だろうか? こんな事今まで無かったのに。 焦って身動ぐ体をあやすように揺すられて尚焦る。

「アナタ、なんか変ですよ? カカシさん」
「どこが?」
「だって…」
「俺ね」

 俺ね、もう遠慮はしないことに決めたんですよ。 だってアンタの本心聞けたもんね。 泣きたいほど俺が好きなんですよね? 結婚してもいいくらい俺と一緒に居たいんですよね? そう、言いましたよね?

「あ… あれはっ」
「本心でしょ?」
「…」
「そうだって言ってよ」

 ねぇ

 火が出るかと思うほど顔が熱くなった。 ふわふわとカカシの腕に揺られて、もしかしたらまだ夢の中なのか?と思い頬を抓ったら、カカシが「アンタはほんっとーにバカですね!」と然も不服そうに言い、浴室の前で自分を下ろすと抱き締めて接吻けてきた。 恐る恐るその首に腕を回すと、応えるように項を隙間なく掻き抱かれ、接吻けを深くされる。 だから自分もそれに応えた。 後のことは、恥ずかしくてとてもじゃないが思い出したくない。 




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