PEACE MAKER
-Colt, Single Action Army, Peacemaker-
5
「もっと… ああ、もっとシテ、もっと!」
クッタリと手足は投げ出され、もう縋る力も無いらしかったが、口だけはもっともっとと繰り返した。 自分が何回彼の中に吐き出したのか、回数も判らなかった。 だがその頃になって漸く、彼の体調が急激に悪化していることに気が付いた。 そう、将に井戸に釣瓶を落とすように。
・・・
ずっと抗う素振りを示していた彼が、突然足を絡みつかせてきて淫らに腰を振り出したのは何回目からだったろうか。
「もっと、もっとシテください… もっと俺に注いで」
そんな卑猥な言葉を熱の篭った目付きで言われ、そして艶やかな声で喘がれて、頭が沸騰しそうに興奮した。 唯でさえセックスそのものがとても久しぶりな上に、彼の体が極上の快感を齎してくれるので、言われるまでもなくまだまだ離すつもりはなかった。 一晩中抱いて抱いてドロドロに溶け合うまでヤろうと思っていた。 ただ、これは強姦だ、という気持ちだけが心の枷だった。 今それが外されたのだ。 それも、彼自身の手に寄って。
「ああっ んっ んんーっ」
最初の一回だけしか達けないでいる彼自身は、だが白濁を零すことはなかったが自分の手の中でピクピクと張り詰めて震えた。 彼の中を掻き回しながらそんな彼自身を握って扱くと、痙攣するように中が締まり目がチカチカするほど気持ちよかった。
「はっ あ、も、もっと出してぇ、俺の中で達ってぇ」
甘えるように語尾を伸ばし、彼は腰を淫らに振り乱して喘いだ。 男が男に抱かれてこれ程までに乱れるのか。 それがこれ程までにエロチックなのか。 自分はもう元の自分には戻れない、と思った。 彼も離したくない。 無線が直って救援が来たら、彼を連れて帰ろう。 回りが何と言おうと、このまま彼を自分のモノにして…
「イルカ」
突き上げのリズムに合わせて喘ぐ彼の顔を覗き込み、耳元でその名を呼ぶと、彼は一瞬ハッとして、本当に一瞬だけ子供のような怪訝な顔をしてこちらを見つめ返してきた。 口元が何か形作る。 声にはならなかったが、それが「カカシ」と言っているのが判った。 彼の恋人。 彼の世界の彼の本当の恋人。 自分ではない、全く別の”男”。 その男もこんな風に彼を喘がせるのだろうか。
「イルカ」
「あっ」
遣り切れない気持ちに胸が疼いた。 でもこれは、彼が望んで始めたことではないのだからと諦めて、尚もその名を呼びながらグイと角度を付けて抉る。 名前を呼ばれた時の彼の表情の変化が見たかった。 彼は喉を晒して仰け反り、はぁはぁと胸を上下させて喘ぎながらポロリと涙を零した。 それは、それまでも彼の眦を濡らし続けていた恐らくは生理的な涙であろう水分とは違う、感情の涙だったように思う。 彼は泣きながら、自分の突き上げに連れてユラユラと揺れた。 激しくは突かず、波打つようにだが鋭く抉るように彼を揺すり続け、その泣き顔をじっと見つめた。 彼は何度か「カカシ、カカシ」と声の無い呼びかけを虚空に向かって発していたが、そのうちキュッと唇を噛むように口元を弾き結ぶと目を固く閉じた。
「イルカ、イルカ」
目を閉じ喘ぐ彼が、今その「カカシ」という男に抱かれていると思い込もうとしているのか、それとも諦めて自分との快楽に溺れようと決めたのか。 それは判らなかったが、彼が何かを思い決めたことだけは伝わってきた。
「もっと抱いて、抱き締めてください…」
彼は初めて腕をこちらに伸ばしてきた。 だから首を下げてその腕が首に巻きつくのを待ち、浮いた彼の首の後ろに自分も腕を差し込んで隙間なく抱き締めた。
「う… ふ、うふ、うう…」
両手で頭を掻き抱くように縋り付いてきた彼が、肩口で押し殺すように嗚咽する様があまりも切なくて胸が締め付けられて、しばらくは律動を治めてその声を聞いていた。 だが、彼がいつまでも泣き止まないので堪らなくなって、その肩を掴んで引き剥がし泣き濡れた顔に接吻けながら彼に問うていた。
「そんなに哀しいの?」
俺に抱かれることが? 恋人以外の男に犯されたことが? それとも他に何か理由があるの?
「カカシって呼んでいいよ」
接吻けも止めてじっと見つめると、彼はくしゃりと顔を歪めてぼろぼろと新たな涙を零し、そしてまた首にぎゅっと縋り付いてきた。
「抱いて、一晩中抱いていて、俺の中にアナタのモノを全部注いで、全部ください」
もうその時には、その言葉に淫らさの欠片も無いことが何となく解っていた。 だが体の方は浅ましく彼を求めたので、彼に言われるままにまた彼の中に注ぎ、彼がクッタリとその腕を自分の首から落とすまで、彼を揺すり続けた。
彼が意識を手放したのは深夜。 まだ朝までには遠く、漆黒の闇が空を覆い、瞬く星影が儚げにこちらを見下ろしていた。 あのどれかに、彼は帰ると言い出すのだろうか。 黄色い蛇が、迎えにくるのだろうか。
・・・
終に彼が自分の呼びかけに反応しなくなってから暫らくした頃、彼の具合が悪そうだという事には気付いていたが、その様子が昨日とは少し違っていることにハッとさせられた。 彼は、時折「水、水」とうわ言のように繰り返す他は、ただグッタリと死んだように手足を投げ出し前のように体を丸める事もできないようだったし、呼吸も荒いというよりは細かく浅く弱々しかった。 その熱に浮かされた体を取り敢えず寝かせ、体を拭き、服を着せ、水を運んだ。 水を何回にも分けてちょっとづつ口に流し込み、ハンカチを浸して額に宛がう。 昨日の朝、彼に飲まされた”兵糧丸”なる物を飲ませたらどうだろうと彼のベストを探るが、丸薬は数種類あり、自分にはどれが兵糧丸なのかまるで判らなかった。 なにせ彼はニンジャなのだ、中には毒になる物も含まれているかもしれない、そう思うとやたらに飲ませてみることもできず、かと言って自分は解熱剤の一つも所持していなかった。 彼の具合は頗る悪く、幾ら水を飲ませても前のようには一向に回復してこない。 今までとは違う症状に自分はただオロオロし、それでも水を飲ませる以外に何もできなかった。 男が男に激しく犯された場合、そんな風に発熱することがある事も知らなかったのだ。 セックスの熱も去り、夜の砂漠の寒さに震えても濡らしてしまった衣服は一向に体を温めてはくれず、ガタガタと震える彼を抱き締めながら自分も震えた。 そして、黒一色だった夜の帳の端がミルク色に滲み、その続きの半球が紫色に変色しだした頃、彼がまた「水」と呻いたので水を新たに汲み直すと、釣瓶の中の水も紫色に光っており何かそれまでとは違う芳香が漂っているようにさえ感じた。 祈る思いでそれを彼に飲ませ、またしっかりと抱き締める。 やがて地平線の彼方に輝く光が現れ、天と地がくっきりと分かたれたのを見た時、やっと彼の呼吸が幾らか楽そうになるのを聞くことができた。
「よかった…」
自分もほっと息を吐き、疲れきった体を彼の横に横たえた。 空は、紫からブルーにどんどんグラデーションしていくところだった。 なんて幻想的な色だろうと思いながら、体が落ちていくような感覚に囚われ、覚えているのはそこまでだった。 次に気が付いた時には、彼はまた横に居なかった。
・・・
「何をした?」
「…ックスです」
「なるほどな…」
また、話し声がしていた。 すぐに石垣を見上げたが、今度は彼の姿も見えなかった。 彼も、もう一人の声の主も、その石垣の向こう側に居るらしかった。 相手の声は、前に聞いた狐の声とは違い甲高く、女の声のように思えた。 今度こそきっと蛇に違いない。 そう思い、息を殺して起き上がる。 そっと銃を掴み、ゆっくりとできるだけ音を立てぬように撃鉄を引き上げると、だっと石垣を回り込んで銃を構えた。 彼は石垣に凭れるように足を投げ出して寄り掛かっており、その足先1メートルくらいの所に1匹の蛇が鎌首を擡げていた。 黄色くは無い、白い、だが毒が有る事を窺わせる三角の頭部が、彼の方を向いてユラリユラリと揺れていた。
「ま、待って! 撃たないで!」
彼からはまた制止の声が上がったが、今度は迷う事無くトリガーを引いていた。 ガウンッとまだ冷気が残る朝焼けの空に轟音が響き渡った。 弾丸が蛇の尻尾を掠めてその先を撥ね落としたのが見えたが、本体は何でもなさそうにスルスルと石垣の下に潜り込もうとしている。 直ぐに撃鉄を上げ直し、第2射を撃つ。 が時既に遅く、今度の弾はポスッと砂にめり込んだだけだった。
「くそっ」
こんな至近距離からの射撃なのに情け無い、と自分を罵りつつ彼を見ると、石垣に縋りながらやっと立ち上がったところだった。
「どういう訳なの?! あんな毒蛇と話なんか!」
彼は、真っ青な顔をして立ち尽くしていた。 あの話なら差し詰め「実は蛇が怖かった」のだろうと言って自分が彼を慰めるところだが、そんな余裕は無かった。
「イルカ!」
銃をその場に放って走り寄り、その体を掻き抱くと、きつくきつく抱き締めた。 彼は言葉も無く、自分の胸の中で震えていた。
***
「綱手さまっ!!」
シズネが引き攣った声を上げて叫んだ。 室内に居た他の医忍達も皆、息を殺してこちらの様子を窺っている。
「大丈夫だ。 髪が一房飛んだだけだ。」
「でもっ」
平静を保って宥めるが、シズネはまだ青い顔をして硬直したようにこちらを凝視している。 そうだ、危なかった。 もう少し反応が遅れていたら、片目をヤラレテいただろう。 じわりと冷や汗が滲み、それと共に漏れそうになった溜息を噛み殺す。 不安を与えてはならない。 辛うじてだろうが今はまだ、”仲間”なのだと信じたい。 目を戻すと、きょろりと一瞬だけ開いた赤い焔の瞳は、もう元のように閉じられていた。
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