My Funny Valentine


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♪My funny Valentine


 イルカは3日帰って来れなかった。 今年は大雪。 彼の所属しているオケの本拠地は豪雪地帯にある。 帰ってこないイルカを待つ、その辛さ、淋しさ。 この前までは同じ状況だったのに、変わったのは自分だろうか。 去年の今頃は、イルカに会えない日々を耐え忍んでいた頃だ。 このままずっと会えずに失くしてしまうのだろうかと、怯えていた。 そうだ、それを思えばたった3日、何の文句があろうか。 彼は夕方には帰ると、メールしてきた。

          
♪sweet comic Valentine


 紅は、どこから見つけてきたのか、ゴーグル付きのパイロット・キャップを調達してきた。 マルチーズの耳のような耳宛がタランとぶる下がって耳を隠し、後ろの襟足も覆えるようにできている。 ゴーグルは実際に使われることは無かったが、あの尻尾のように揺れるポニーテールの代わりに視線を集めてくれるはずだと、紅は言う。 ポニーテールに結い上げていたにも拘わらず、今と同じく晒されていたはずの項や耳元の生え際がそれほど気にならなかったのは、偏に尻尾の所為だと言うのだ。 そうかもしれない。 前も今も、ずっと気になっている自分には判らないが。

          
♪You make me smile with my heart


 イルカは、あのダブダブのダッフルコートにそれを被り、自分があげたマフラーをぐるぐると巻いて、1週間ぶりに職場復帰した。 関東でも雪が舞う年になったので、その完全防備スタイルでも違和感はなかった。 あちらに着いたら、あれらを一つ一つ取り去って、彼はバイオリンを弾くのだろうか。 考えると堪らなくなるので、自分もひたすらチェロを握る。 バレンタイン・デーにはお互いに、カップル向けのコンサートが入っていた。

          
♪Your looks are laughable


 帰ってきたら、先週までのイルカ宛らに色々文句を並べ立てて困らせてやろうと手薬煉引いていたのだが、それはできなかった。 3日ぶりに玄関ドアを自分で開けて入ってくるイルカの気配に廊下に飛び出てみると、イルカは真っ直ぐこちらを見つめたまま突進してきた。 手袋の片方を口に咥え、帽子をかなぐり捨て、マフラーを毟り取り、最後に楽器ケースだけはそっと足元に置くと、走り寄って抱きついてくる。 寒さに赤くなった鼻先と頬を押し付けるようにして接吻けを強請られ、コートでごわごわの体ごと何とか抱き締めキスをした。

「カカシ」

 カカシ、カカシ、カカシ…
 ちゅっちゅっと一生懸命唇を押し付けてくる顔が今にも泣きそうに歪む。

「イルカ先生?」
「会いたかった」

 接吻けの合間の必死の訴え。

「会いたかった、淋しかった、カカシ」

 ああズルイ、俺の言うこと全部先に言われた。

「ベッド行く」

 それまで言っちゃうの?

「早く」

 手まで引っ張っちゃう?

「待って、楽器が」
「うん」

 楽器だけは大事に抱え直し、手を繋いで寝室へ。 握った方の手の手袋が、まだ嵌ったままだった。

          
♪Unphotographable


「仕事はしたいんだね?」

 折り重なるようにしてベッドに頽れ、荒く息を吐く。 まだ繋がったままイルカの背を抱いて余韻を楽しみ、余程疲れているのか、腕の中でウトウトと寝入りそうになるイルカを揺する。 まだだよ、と。 イルカはハッとして「うん、もっと」と答えた。 気持ちは”もっと”なのだろうが体力が”もう無理”なようだった。 だが俺はどちらも”もっともっと”なので、「イルカ、イルカ」と名を呼びながら再び愛撫する。 達ったばかりの自身を責められ、泣き濡れ、悶え、体が徐々に応えてくるイルカ。 太腿を片方掴んで開き揺すり上げるように腰を押し付けると、切なそうな仔犬の鳴き声のような声を上げて背中を撓らす。

「子供達に教えるのも止めたくないんだね?」

 そのままか細く鳴き続ける様子を何と表現したらよいだろう。 前を探ると、もう立ち上がることができないで涙だけ流すイルカが震えている。 後ろだけで感じて身悶えているのか。 俺の与える刺激だけで…

「どっちも止めろなんて、俺言ってないよ?」
「でも、会えないと俺、ダメになっちゃう」
「俺だって!」
「だけど、俺、もし離れて暮らした方がいいなら、我慢します」
「何言ってるの?!」
「今度みたいな事、またあったら困るし、俺、でもあなたに会いたい」
「イルカ先生…」
「でも我慢します、できますから」
「…」

 激しく求め合った後で取り止めもなく話し出したイルカに、これは危ないと経験則が囁いた。 支離滅裂に泣きながら訴えるイルカを腕に抱き、逃げられないように、逃げられないのだと教えるようにしっかりと拘束する。 イルカは不安がっている。 写真騒ぎが起きてから初めてだった。 本当は最初からこんな風に泣きたかったに違いない。

「大丈夫、アナタは俺が守るよ」
「俺だってアナタを守るんです!」

 だから我慢できますから、とむずがるように腕の中で身動ぎ、イルカはわんわんと泣き出した。 ずっと引っ付いていて安心と裏腹の不安を同時に抱えていたのは自分だけではなかったのだと知った。

「俺が守ります、きっと守りますから」
「うん、守ってね」

 だから、泣きながら言い募るイルカの胸に腕を回して、俺を守って、とぎゅっと力を籠めて縋りつく。 イルカはやっと安心したように泣き止んでしゃくりあげながらも髪を優しく梳いてくれた。 自分達は、互いの色を反転させて映す鏡のようだ。 容姿も性格も正反対なのに、している事は同じ。 思う事も同じ。 望む事も…。 その夜は、イルカの両腕に頭を抱かれ、眠った。

          
♪Yet, you're my fav'rite work of art.



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