淋しい兎は狼にその身を捧げ [番外 1]
- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -
37
- 技 -
「だから!」
カカシは何度目かの同じ説明と溜息を繰り返して切れ掛かっていた。
「ただ、技ノートの開発者の名前を確認したいだけだって言ってるじゃないっ」
「それがダメだって言ってるんです。 あなたはもう暗部じゃない。 現役暗部だってアクセス権無いのに、何であなたに見せなきゃいけないんですか」
「だいたい何でアクセスできないのよ? いいじゃない開発者の名前くらい。」
「ダメにきまってるでしょう!!!」
だが、その暗部情報処理専門の担当官の方が先に切れた。
「いいですか? 術や技は使う者の責任で使用され、その結果については開発者の責任は問わないのが決まりなんですが、中には逆恨みするバカ者もいるんですよ。 それに、ホイホイ氏名や素性を明かしてしまって、うっかり他国のヘッドハンティングに遭っちゃったらどうするんですか。 優秀な開発者はそれだけで流出防止対象に指定されるのに」
「それって…」
「そうですよ、流出させるくらいなら殺せってアレですよ」
「接触しただけで永久軟禁状態にされるって?」
「その通りです。 ご存知じゃないですか。 無理な事言わないでください。」
「ああ…」
そうだった。 ここは確かに忍の里だが、忍として無名でも引き抜き対象になる者が居る。 それは、ただ血継限界というだけでたいして力の無い者(そういう者は掴まると細胞レベルまでばらばらにされてしまう事が殆どだ)や、知的労働者の類だった。 特に知的労働で里に貢献する者はイルカのような忍ではないのが普通で、強引な引き抜きに対して自力では抵抗できない。 知らぬ裡に諜報員に接触を持たれ、知らぬ裡に里を抜ける事になっていたりするのだ。 それは恋人とちょっと旅行に行くつもりだったりする。 だが哀しいかな、それでも発覚すればその者には、死ぬまでそういう施設から一歩も外へは出してもらえず、研究に身を捧げる事を強いられる半生が待っている。
「イルカ先生にそんなこと、させられないしなぁ…」
「イルカ先生?」
時間も無いし諦めようかと思ったその時、奇跡は起こった。
「イルカ先生って、あの海野イルカ?」
「そう…だけど」
「海野イルカって、中忍でアカデミー教師でこう鼻に傷のある?」
とその担当官は自分の鼻梁を人差し指で横に刷いた。
なんでみんな、イルカ先生の事表現する時、それやるかなぁ。
「そうそう」
「最近、妖魔騒ぎで話題の中心の、あの海野イルカ?」
「だから、そうだって!」
しつこい。
また切れそうになってしまった。
「ちょっと、ちょっと待ってください」
そう言うと、彼はディスプレイに向かってカタカタとキーボードを叩きだした。
---おいおい、見せられないんじゃなかったのか?
でもラッキーと思いつつ背後から覗こうとすると、彼はガバと画面を身体で隠した。
「ちょっと、見せてくれるんじゃないの?」
「何の、術って言ってましたっけ?」
話を聞かんヤツだと思いながらも、「残り香の術」とブスリとして答えると、彼は画面を覆ったままで器用にチラリとある箇所を見ると、うう〜と唸った。
「何で知りたいんですか? 海野イルカにまた何かあったんですか?」
しかもどこか心配そうだ。 まぁ、あの妖魔事件は有名だし、イルカがかなり酷い目に遭った事も隠されなかった。 でもちょっとこれは見逃せないな、と担当官を睨むと、彼は察しが悪いくせにその時だけはハッとして、それから首をブルブルと何回も横に振った。
「い、いえいえいえいえいえいえ、その、あなたと海野イルカの事は存じております、勿論。 ただ私の言いたいのはですね、海野イルカはちょっとその…」
「なに?」
「ええーと」
「も、いいよ、ちょっとそこどきなよ」
カカシは焦れて実力行使に出た。 後で上に知れれば処分ものだ。 忍の者が事務官に力を使う事はご法度だった。
「なにこれ?」
”海野イルカ”
”海野イルカ”
”海野イルカ”
”海野イルカ”
”海野イルカ”
:
:
びっしりイルカの名が並んでいる。
「ああもう、しょうがないなぁ」
そう言うと、彼は諦めたのかまたカタカタと何かを入力して、ポンとエンターキーを押した。 するとイルカの名前の羅列は消えたが、そこここにポツポツとイルカの名がある一覧表が現れた。
「これが、技ノートのここ三ヶ月程のアクセス数上位ランキングです。 で、これがさっきアナタが見た…」
とまたポンとキーを押すと、例のイルカの名前の羅列が現れた。
「これが開発者名ソートした結果です。 ”残り香の術”は海野イルカ作ですね。 8位だな」
「ランキングが?」
「それを見てたんですよ」
「そう…なんだけど、ね」
「吃驚でしょう? 俺だってここへ配属された当時は目を疑ったもんでしたよ。 だって彼ってほら、何て言うかそのぉ」
「見えないよね」
「そそそそそそ」
「失礼だね、君」
「そんな〜」
眉をハの字に下げて抗議の声を上げる担当官を横に追い遣り、カカシは画面に食入った。
「あ、これも… これもそうなの? ええ、”併せ鏡”も〜!」
「凄いですよねぇ。 なんて言うか地味は地味なんですけど、巧みって言うかソツが無いって言うか、ちょっとコンビニエンスって言うか」
「今俺達、これみんな無かったら困るよ」
「そうそう、そういうのばっかりなんですよ」
「うう〜む」
イルカの事を見損じていたと知る。
「それにね、ちょっとこれ、見てください」
と彼はまた別の画面を呼び出した。
こんなにホイホイ見せちゃってさ、さっきのは詭弁か?と詰りたいのをぐっと堪える。
「ほら、これなんか、元々あった術の改良版なんですが、格段に省チャクラ設計なんですよ〜。 それにね、これはほら、同量のチャクラ量でずっと効果が大きい。 他の人は派手で威力の高い術ばかり開発したがるもんなんですけど、本当に必要なのはこういう、チャクラの少ない者にも優しい術の設計や開発だと思うんですよね〜」
「なるほどねぇ」
「そればかりじゃありません」
それから彼が話した事は、実際はそのような場所で話されるべきものではない程の、危ない内容だった。
今の暗部は、カカシが抜けて既に三年以上経つが、最近の若い暗部の中に”イルカ組”と呼ばれる一団があるのだそうだ。 もちろん正式名称ではない。 暗部の中でも中枢の、人事に関係する者達の間だけでの隠語だった。 暗部は仕事が仕事だけに、身体的健康面の管理の他に精神面のケアを2ヶ月に一度受けることが義務付けられており、医師の判断で休職・停職、悪ければ脱隊を勧告される事もしばしばだった。 技術的にもチームワーク的にも、育てるのに時間と手間が掛かるので、入隊時にできるだけ精神的に安定した者を選定するのが重要なのだが、十人十様の人間の事、はっきりした指針がある訳でなく、若い忍がなかなか使えるまでに育たないのが現実で、その度にまた採用試験と面接をしなければならないのが悩みの種だったのだ。 だが、ここ数年間で生き残った新人達に一つの共通項が見出されたのだと、情報処理担当官はデータさえも取り出して見せてくれた。 そこには一人のアカデミー教師の名があった。 彼のクラスだった経験のある新人は生き残る。 面接官の中には、公式にでは勿論ないが、アカデミー時代の担任の名をそれとなく聞きだす者さえ居ると言う。 海野イルカ。 イルカ先生です。 そう答えた新人の書類を合格の箱に入れる。 意識している者もいない者も、そうする面接官が統計的に多くなった。 実際問題、隊の中でのチームワークを築く上で、圧倒的に彼ら”イルカ組”の者達の結束は固く、生還率がダントツに高いのだそうだ。
「俺が部外者にこんな話したのが上にバレたら、俺の首飛んじゃいます。 それに海野イルカ本人がこの事を知ったらきっと凄く嘆くでしょうから、言わないでもらいたいんですが、とにかく、この人は暗部の、いや、木の葉の宝です。」
何かあったのなら、万難を排してでも助けてくださいね、と手も握らんばかりの勢いで頼まれてしまった。 最初の態度とえらい違いだ。
「あんた、なんかイルカ先生について詳しいねぇ、どうして?」
だが、見過ごせない事というものが、世の中には確かにある。
カカシはこれでもかとその暗部情報処理専門担当官の男を睨みつけた。
だが彼がエヘラと笑って言う事に…
「だって、彼はほら、アイドルだしー」
なんだそりゃ
「淋しい兎〜」第30章の番外
BACK / NEXT