淋しい兎は狼にその身を捧げ

- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -


34


 イルカは、その場所を突くとトロトロとした顔をして喘いだ。 それまで何度かイルカを抱いたが、そこには終ぞ気付かなかったと英照は悔やんだ。 悔やんでも悔やみきれない。 イルカは唯々、組み敷く自分を「カカシ」と呼んで乱れた。

「イルカ、気持ちがいいか?」
「う、ん… きもちぃ、カカシさ… もっと」

 はぁ、と溜息が漏れる。 なんてかわいい顔をして強請るのだ! だが、その相手はカカシなのだ。 少し唾液を飲ませ過ぎただろうか、イルカは状況認識力が酷く低下している状態だった。 イルカの頭の中では、今イルカを抱いているのはカカシで、こうして大事な場所を突いて喘がせているのもカカシ、こうして接吻けているのもカカシ、たっぷりと精を注ぎ込んでいるのもカカシなのだ!

「イルカ、イルカ」
「は… い」
「あの森の私の祠の前で、おまえは自分に人間との間にも子が出来るかと問うたね。 今宵はそれに答えに来たのだよ。 それと、あの時蘇らせてくれた事への礼とな」
「ん… えいしょ、どの?」
 イルカは自分を貫く者の顔をマジマジ見つめた。
「い、いやぁっ 離してぇ」
「しーー、しーしー。 イルカ、イルカ、私はカカシだ。 大丈夫、カカシだよ」
「カカシさん?」
「そうだ」
 イルカはくすんと鼻を鳴らすと、頬を摺り寄せて甘えてきた。
「ああ、かわいい」
「カカシさん」
 そのままイルカの後ろ頭を抱いて顔だけカカシに変化した。 そのくらいは簡単だった。
「いいかい、イルカ」
「ん、んん」
 カカシの顔でイルカの顔を覗きこむと、イルカは然も嬉しそうににこーっと笑った。
「そんな顔で笑うな」
「ん、カカシさん、好き」
 好き好きと繰り返し、唇を強請ってくる様が狂おしいほど愛らしく、心底カカシが憎くなった。
「今はオアズケだ。 ちょっと話を聞きなさい。」
「やぁ」
 眉を寄せ、頬を膨らませて不満を表す様といったら! カカシとの閨では、こんなにもかわいく甘えたり駄々を捏ねてみせたりするのだろうか、と嫉妬心が渦巻いた。 あのままサッサと逃げられたものを、あの時イルカがポツリと口にした希を叶えてやるために、態々こうして危険を冒してまでイルカの元を訪れた。 嫌がるイルカをまず犯したのは、そうしなければならない理由があったからだが、それでも愛する者を強姦するのはこれでも結構胸に堪えたのだ。 それなのに…。 と、これから自分がイルカのためにしてやろうとしている事が虚しく感じられた。

 あの夜、イルカ達二人が散々睦み合った後、自分は祠を破る事ができた。 その事には感謝している。 だが自分はまだイルカを諦めてはいなかった。 カカシの目を盗んで、とにかく攫ってしまおうと考えていたのだ。 彼らの話から、どうも木の葉の古参連中がイルカを冷遇している様子が感じられ、置いてはおけないとイルカの意思も取り敢えずは無視するつもりにさえなっていた。 直ぐに契りを交わすことができなくとも、日々睦んでいれば段々絆されてくるだろうと、高を括っていたのだった。 だがそこへ待ち構えていたように昔馴染みが現われ、まぁこうしてここへ出入りする手引きもしてもらってはいるのだが、ここ百年ほどのこの地のカガリのついて、得々と説教交じりで説明を聞かされた。 海野一族についても初めて聞く話で酷く驚いたが、この地の妖魔達が協定を結び海野を守ってきたのには心底呆れた。 妖魔にあるまじき律儀さだ。 だがイルカを見ていると、なんとなくそれも納得してしまう。 彼は確かに特別だ。 そして、その協定を侵すような真似をしてイルカに手を出した自分が、あの森で再び封じられそうになった時に全く彼らの援助を受けられなかった理由にも納得した。 海野の者が無理強いに非常に弱いことも判り、だから色々考えて、殊勝にもイルカの希を叶えてやるためだけに、こうして来たのだ。 それなのにイルカときたら…

「聞き分けがないとご褒美はあげられないな」
「ご褒美?」
「そうだ。 おまえとカカシの子だ。」
 だがその時、それまでトロンとしていたイルカの瞳に、突然正気の色が灯った。
「俺と、カカシさんの…子?」
「そうだ」
「で、できるんですか?」
「残念ながら、幾らカガリでもそれはできない」
「…!」
 イルカは何も言わなかったが、それはそれは哀しそうに眉を顰めた。
「今のままではな」
「!」
 そう言った途端目を見開くイルカの顔を、ああ、と溜息を零しながら英照は見つめた。 なんと嬉しそうなのだ。 尻尾があったら間違いなくパタパタと力いっぱい振られているだろう。 期待の篭ったその眼差し。 英照は猛烈に意地悪い気持ちになった。
「あっ あ、あ、ああっ」
 カカシに開発されたその場所を暫らく無言で突く。 そしてそこに仮腹を作ってやろうと決める。 突いて突いて、先端を押し当てて更に抉る。 イルカは頭を振り乱して喘ぎ乱れた。
「あ、ああ、いや、いやぁ」
「そうだ、今おまえを抱いているのは私だ。 カカシではない。」
 変化も解いてカカシの振りも止める。
「おまえの好い所を突いて、おまえを喘がせているのも私だ。 よくご覧」
「え、えいしょ、どの… えい…の…」
「おや、名前を呼んでくれるのかい? さっきまで、おまえの口が紡ぐのは「カカシカカシ」とそればかりだったのに。」
「えい…しょう… う、ふ」
 イルカは顔を覆って泣き出した。 泣かれると胸が痛んだ。 愛しい者の泣き顔は特別だ。
「泣かないでよく聞きなさい。 無理に契ったり連れて行ったりはしないから」
「ほ、ほんと、ですか?」
 しゃくりあげながらもイルカは顔から手を外して問うた。
「嘘ではない。 カガリには無理矢理はできないのだ。 聞いてないか?」
 フルフルっとかぶりを振る様も愛おしい。
「無理に契ると変化が旨く行かないのだ。 意にそぐわぬ行為を長く強いても、おまえ達は直ぐに弱ってやがて死ぬ。 私はおまえを死なせたくない。」
「英照殿、俺、あなたを嫌いな訳じゃありません。 ただ俺、カカシさんが…」
「ああ、判ったよ。 おまえの気持ちは承知している。 おまえはおまえの意思でカカシの手を取ったんだね。 だから今日は連れに来たのではないんだ。 おまえにカカシの子ができるようにしてやろうと思ってな」
「できるんですか? 本当に?」
「ここに」
 そういうと、英照は奥のその内壁を己で突いた。
「あっ」
「ここに今から仮腹を作る。 じっとしておいで。 その後、さっきおまえから吸った精で作った卵子を一つ、ここに仕込む。 それは純粋におまえだけの遺伝子を継ぐ卵だ。 もうそろそろできるはずだ。」
 そう言うと、英照はベロリと出した舌の先に白く光る小さな玉をのせてイルカに見せた。
「それが、俺の卵?」
「そうだ。 おまえの美味い精から作った。 これを作るのに時間がかかるのでな。 いきなり襲ったりして悪かった。」
 そう詫びると、イルカは思わず知らずと言った風に顔を赤らめてかぶりを振った。
「かわいいな、イルカ。 やっぱり連れて行きたい。」
「い、いいですから俺のことは。 それで、どうすれば子ができるんですか?」
「ここだ、ここを今から私が突いて突いて突きまくって」
「あっ あっ あっ」
「穴が開くまで突いてな、仮腹を作る。」
 もちろんそれは嘘だったが、一頻りギシギシとベッドを鳴らして英照はイルカの可愛くない事ばかりを言う口を塞いだ。
「おまえと久しぶりに睦めて私も嬉しかったよ。 それにどうだ、おまえと交われてこんなに妖力も戻った。 あの綱手姫め、もう二度と掴まらんぞ」
「い、いやぁ、えいしょ…の、いや」
 思い出して腹が立ち、向きになって律動を激しくしてしまい、気がついた時にはイルカは息も絶え絶えに喘いでいた。
「嫌でも我慢するしかない。 おまえはカカシの子が欲しいんだろう?」
「は、はい」
 少し突き上げを緩め、返事を促してやりながらも、尚も渦巻く嫉妬と怒りは収まらず、意地の悪い言葉攻めをしてしまう。
「ここはカカシが見つけた、おまえの好い所なんだろう?」
「あっ はい、ん」
「ここに仮腹を作ったら、おまえはこれからずっとカカシにここを責められる度に私の事を思い出すだろうよ。」
「え、英照、殿…、俺」
 イルカは揺らめく黒瞳をしっかり見開いて、英照を見上げてきた。
「俺、あなたを忘れません。 ずっと、ずっと、覚えてます。」
「イルカ!」
 ここを突かれなくたって俺は、と言い募る口を口で塞ぎ、英照は想いの丈を籠めてイルカに接吻けた。 怒りと嫉妬は嘘のように霧散した。 愛おしくて仕方がなかった。 
「それでも私とは行ってくれないのか」
「ごめんなさい、英照殿。 俺、相手が妖魔ならきっとあなたを選びます。 でも俺もうカカシさんしか…」
「イルカ…」
 ふぅと溜息を吐き、英照はその縋り付いて泣く身体を抱き締めた。 これほど慕ってくれているのに他の男を選ぶと言う。 これではまるで…
「まるで父親だ」
「え?」
「いや、なんでも」
 グスグスと鼻を啜るイルカの頬を撫で、英照はイルカを見た。
「でもこれだけは覚えておいておくれ。 私はおまえを妻にと望む者だ。 おまえを対の者として愛している。 今でもおまえさえ応と言ってくれたなら直ぐにでも契りを交わし、おまえを攫って行きたいと心から望んでいる。 忘れるな」
「は… はい…」
 呆然と見上げてくるイルカに接吻ける。 ああ、愛しい。
「仮腹を作る前におまえを妻として抱きたい。 いいかい?」
「…え? 妻としてって?」
「さっきまでのはな、卵を作るためと、私の妖力回復のためだったのだ。 だから今度は妻としておまえを愛したい。 おまえを喘がせ達かせたい。 感じさせて頂上に導き、気持ちよくさせたいのだ。 おまえは素直に喘いでくれればいい。」
「そ、そんな…こと…」
 これでもかと顔を赤らめ、イルカはかわいく恥らった。
「仮腹はその後作ってやろう。 それをするとおまえは少し身体が辛くなるはずだから、そんな風に睦めるのは今だけなのだ。 それに本当に時間が無い。 私をここまで手引きしてくれた者が外で待っているのだ。 だから返事は迷わないで欲しい。 おまえが本当に嫌なら仮腹だけ作って私は行く。 イルカ、おまえを妻として今一度だけ愛していいか?」
 再度問うと、イルカは涙をいっぱいに溜めた瞳をゆっくり閉じた。
「イルカ」
 それを了解と受け取って、英照はイルカに深く接吻けた。

               ・・・

 それは、カカシの激しい愛し方とは全く違う、優しい愛し方だった。 イルカは英照に優しく揺すりあげられるように追い上げられ、自分でも信じられない甘い声で喘ぎ何度も登り詰めた。 痛いほど強く握り扱かれるカカシの愛撫とは違い、じれったいほどゆっくりとそこを擦られジリジリと溜まった熱が一気に解放された時の絶頂感は、気が遠くなるほどだった。 英照は、かわいい、かわいい、と繰り返し、愛している、と何度も耳に囁いた。 色づいた果実のようだと胸の尖りを舐め転がされ、体中を優しく揉み解された。 だが態とだろうか、カカシによって開発された奥の好い場所は突かれることがなかったが、前立腺を巧みに擦られ掻き回されると、訳が判らなくなるほど好かった。 そうして身体がドロドロに溶けてしまったように感じた頃、英照がぐっと腰を押し付け奥を突いてきた。 イルカは、始まるのだ、と朦朧としながらも思った。

「ここにできる仮腹では、一回身籠るくらいしかできない。 それに、おまえは男だしカガリだ。 元々無理がある上に、あたら短い寿命をそちらに使うことになる。 よく考えて決めなさい。 おまえが真実カカシとの子を望んだ時カカシと交わり、ここにカカシの精を注がれれば子ができよう。 普段は口が閉じているから、おまえが望まねばできない。」
「はい…」
「卵子も一つだけだ。 大事にな」
「はい、はい」
 イルカは泣いた。 涙をぽろぽろと零し、だがその瞳を真っ直ぐ英照に向け、外さなかった。
「ありがとうございます」
「なんの、おまえが喜べば私は嬉しい」
「英照殿、ごめんなさい、英照殿」
「謝るな。 私はこれでもまだ完全に諦めた訳ではないんだよ? おまえ達が別れたら直ぐ飛んできておまえを攫う。 覚悟しておいで」
「はい」
「さぁ、身体の力を抜いて、私に任せなさい。 後で身体が変化する。 少し熱が出るかもしれないが、苦しくても綱手姫には身体を弄らせるな。」
「はい」
「いくよ、かなり苦しいだろうから、私に捕まっておいで」
「は、はい」
 イルカは英照の首に自分から縋った。
 既に奥に当っている英照の先端がぐぐっと更に突き込まれ、そこに妖力の高まりが感じられた。

               ・・・

 身体に穴が開いた。
 奥の奥
 そこに小さな部屋ができた。
 英照が白く光る玉をそこへ落とした。
 すると一人の子供が生まれ出で
 銀の髪に、碧い、碧い瞳の子の姿となった。
 うれしい!
 カカシの子
 嗚呼!
 この子は俺の中に居る。
 早く、会いたい…

               ・・・

 気がつくと、体中に電極と管が引っ付いていた。 頭上にはぴっぴっと定期的に音を立てる機械があり、その音が頭に響いて煩わしい。 頭を巡らそうとすると眩暈が襲ってきたが、それを何とか騙し騙し首を少しだけ横向ける。 機械だらけのその部屋の右横の壁面がガラス張りになっていて、隣の部屋の様子が見えた。 そこに一人、人間が張り付いて騒いでいる。 ガラスをばんばん叩いているが余程ぶ厚い硬質ガラスなのだろうか、びくともせず音も伝わってこなかった。 程なく隣の部屋は乱闘になった。 イルカはそれを、唯ぼうっと見ていた。




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