淋しい兎は狼にその身を捧げ
- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -
28
「やっぱり、カカシさんじゃないですかぁ」
ボンッと上がる煙と共に姿を表したカカシを、イルカはぷぅと頬を膨らませて詰った。
「イルカ先生…」
カカシは両膝と両手を着いたお座りのポーズのままで、泣きそうな顔をしてイルカを見た。 イルカが事後によく、好かったか、と聞くことがあったが、体の相性さえ好ければそれでいいと、本気で思っていたのだろうかと哀しくなった。 初めて体を併せた日から、いったい何度睦み合っただろう。 もう数えることもできないほどなのに、イルカはいつも体さえ気持ちが好ければそれでいいと、ずっと思っていたのだろうか。 自分がそれだけを望んでいると、本気で思っているのだろうか。
「俺は、俺はあなたの体だけが欲しいんじゃないって、最初に言いましたよ? 覚えてないんですか」
「覚えてます」
「なら何でそんな酷いこと言うんです?」
「だって、あなたがいつまでも犬のまんまだから」
「…」
「縋りたい時は縋れって言ったの、カカシさんです。 俺、今すっごく縋りたい。」
「…」
「触っても、いいですか?」
「イルカ先生」
子供が我侭を言うような喋り方をしておいて、最後はどこか遠慮がちにオズと手を伸ばしてくるイルカの腕を加減もできずに鷲掴み、グイと引き寄せて体ごと胸にしまう。 イルカはほぅっと吐息を吐いた。 顎先に当たるイルカの額が思いの外熱く、改めて自分のした事の酷さを知らされた。
「犬なんかに化けて、俺が英照殿と行くかどうか見たかったんですか?」
「う…」
「信用してないんですね、俺のこと」
「イルカ先生だって俺のこと、信用してないじゃないですかぁ」
「抱き潰した挙句に縛るような人、信用できません。」
「それは…だって…、あなたが寝言で他の男の名前なんか呼んで…、それで…」
「英照殿の夢を見てました。 あのテントでの事です。 最後に腹から子供を取り出されて、すごく苦しかった。」
「そ、そうだったんですか? 俺はてっきり…」
「てっきり何ですかぁ?」
イルカはムッとして腕の中から顔を見上げてきた。 カカシはきまりが悪く頬をポリポリと掻いたが、頬を膨らませて自分をじっと見上げるイルカの顔を横目で見て、ふっと溜息をひとつ零すとイルカに向き直った。
「俺は、あなたがいつか俺を捨てて何処かへ行ってしまうんじゃないかって、ずっとそれが恐いんです。 最初からずっとです。」
「そんな事!」
かっこ悪くても情けなくても、イルカを失うことに比べたら何てことはない、と初めて本音を漏らしたのだが、イルカは心底驚いたように目を見開いた。
「……そんなこと、ある訳ないじゃないですかぁ、俺の方こそ…」
「いいえ、あなたは全然俺なんか見ていない。 いつも何処か遠くを見ていて、いつでも俺の手を離す気満々で…。 俺なんかいつもいつも、あなたに俺を好きかどうか聞かずにいられなくて、情けなくてもう…」
「カカシさん…」
・・・
イルカは初めてカカシの弱気を見た気がした。 いつも自信に満ちていて、強引でこちらの言う事など聞いてくれなくて、イルカが反抗すると直ぐに怒り組み敷いては、閨の中でさんざん泣かされた挙句に、最後は嫌々応と言わされていたのに。
「カカシさん、俺は…、俺はあなたのこと、好きですよ? ほんとにどうかなるくらい、あなたのこと…愛してます。」
「でも、夢で英照に迎えに来てくれって言われてここに来たんでしょう?」
「ち、違いますっ 確かに、ひとつの選択肢として自分を選んでくれって言われましたけど、英照殿はカカシさんの手をちゃんと自分で掴み返さなきゃいけないとも言ってくれて、俺は…」
「じゃあ、何で今日ここへ来たの?」
「誰も俺にここの事教えてくれないから…。 それにあの子が逃げて里をうろついてるって言うし、あの子が殺されてしまう前にどうしてももう一度会っておきたかったんです。 そしたらカズキに会って、あの…」
「あの妖魔だったんですね? 今は斉場カズキを乗っ取っているんでしょう?」
「乗っ取ってるんじゃありませんっ あの子は」
「融合したと?」
「そ、そうです、でももう人間に悪さはしませんから」
「斉場は、里を抜けたんですね?」
「…!」
イルカは息を呑んだ。 里抜けしようとしている同胞を自分は止めなかった。 止められなかった。
「イルカ先生」
「行かせました。 俺は止めませんでした。 すみません…」
「いえ、あなたが残ってくれたのなら、俺は何も言うつもりはありません。 でも、ここへ来た理由は聞きたいです。 英照を蘇らせて、あなたも里を抜ける気だったの?」
「ち、違います! 俺は」
「じゃあ何でここへ来たの? そんな歩くのも辛そうなのに。 何で俺の目を盗むような真似」
「だって!」
イルカは思わず叫んでいた。 自分を動けなくするために、あんな辛そうな顔をして人を抱き潰しておいて。 それでどうしてカカシに行きたいと言えるだろう。
「だってカカシさん、絶対俺にここへ来させてくれないでしょ? それにあの子に会ったりしたらまた怒るでしょ? 俺だっていつもいつも、今度こそカカシさんに呆れられて捨てられるって恐くて…」
「…俺たち、同じ事恐がってたんですね」
「…」
イルカは何も言えずに俯いた。 果たして自分とカカシが同じ心持なのかどうか判らなかった。
「でも、ここへは何か聞きたい事があって来たって言いましたよね?」
「はい」
「何を聞きたかったの?」
「…」
だが、いつも高圧的で責める口調をするカカシが、今はどこか心細そうな泣きそうな子供の顔をしてイルカを見ている。 この人も本当は捨てられるのを恐がる自分と一緒なのかと、今までの強引な態度は唯それを隠すための痩せ我慢だったのかと、イルカはやっとカカシの中にも自分と同じ小さな子供が居るのを感じる事ができた。 そして、それまでカカシを憧れ尊敬し唯一方的に好きだと想う気持ちの他に、慈しみ愛おしむ母性愛のような感情が生まれるのを感じていた。 パックンはイルカの考えをエゴだと詰りカカシに対する責任を取れと言った。 その時は、あんな強いカカシに対してエゴも何も無いだろうにと思ったのだが、今のカカシを見ているとアカデミーの子供とどこも変わらなく見えてくる。 自分はカカシに対して頑なだっただろうか。 いつか別れるのだと、自分などと一緒に居ない方がカカシの為だと、勝手に決め付けてカカシの気持ちを無視していたのだろうか。
「カカシさん、俺は…」
何をどう話したらいいのだろう。 パックンに言われた通り、自分が如何に身勝手だったかをやっと悟る。 自分は唯、カカシと別れた後の自分の心配ばかりしていたのだ。 こんな自分を知られたらまた嫌われる、恐い、話したくない。 とまた悪循環な考えに嵌り込みそうになるのをなんとか抑え、カカシの手を見た。
この手を、自分から掴み、しっかり握り、離さないように…
「俺はただ…、俺が篝なら、俺が心から望めばもしかして、人間との間にも子ができないかって、そのためにはどうしたらいいかって、それが聞きたくて…」
自分が淋しいからと言うだけの為に、自分の呪われた力を以って勝手に有り得ない魂を作り出し、それをカカシと別れた後の自分の生きる支えにしたかったなどと、カカシは許してくれるだろうか。 でも、さっきまではそれしか考えられなかった。 許して欲しい。
「それって…」
カカシは、一瞬呆けたようにイルカを見た。
「それって、俺との子供ってこと?」
「…そうですけど、でも」
カカシに内緒で作るつもりだった。 勝手に自分の子を作ろうとしていたと知ったら、カカシは怒るだろうか。
「勝手に、ごめんなさ」
「イルカ先生!!」
だがカカシは、ぱぁっと顔を輝かせるとイルカを抱き締めたまま飛び起きて、イルカをクルクル回しながらその辺を飛び回った。
「カ、カカシさんっ」
「うれしいっ イルカ先生、嬉しい!」
止まってもギュウギュウ抱き締められて言葉も繋げなかった。 カカシのあまりの喜びようにイルカの方が吃驚する。 本当の理由など、とても言えなくなった。 カカシはイルカの顔中にキスを降らせ、最後に深く深く接吻けてきた。 密着した体の間でカカシ自身が急激に大きく硬く育っていくのが感じられ、イルカは顔にカァッと血を上らせた。
「今! 今すぐここで子作りしましょ!」
イルカはあっと言う間にカカシに組み敷かれていた。
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