淋しい兎は狼にその身を捧げ
- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -
20
「苦しいか、イルカ」
「英照…殿」
英照がいた。 イルカは英照の腕の中で体を震わせていた。 体中に絡みついた禍蛇がヌルヌルと這い回り、イルカを犯し続けていた。 苦しかった。 あの部隊の駐屯地での、最後の晩の英照の夢を見ているのだと思った。
あの最後の晩、英照がテントに来てからの事をイルカは殆ど覚えていなかった。 朧気ながらに、「子を取り出す」と言われ体が引き裂かれるような激痛が襲い英照が自分の体内から何かを掴み出した事は覚えていた。 ああ、俺の子なんだ、と何故か思った。 カカシや回りの者達は、唯の寄生虫のような物だと言い、忘れてしまえとイルカを諭した。 だがイルカは忘れられなかった。 カカシの話では、英照は元々封じられていた祠の封印陣によってあの森のどこかに再び封じられたという。 場所はどうしても教えてもらえなかった。 子蛇の行方を問うと、英照と共に封じられたらしい、とカカシは言った。
ヒクヒクと痙攣したように震え続けるイルカを横にすると、英照は徐にイルカ自身に手を絡めた。
「過ぎた禍蛇を吸ってやろう。 直ぐに楽になるから、おとなしくしておいで」
そう言って禍蛇に巻きつかれそそり立つイルカ自身を口に含んだ。
「あ、あ…」
イルカはあっと言う間に最初の精を放った。 英照は喉を鳴らせてそれを全て飲み干すと、尚もイルカの股間で顔を上下させて激しくイルカを啜った。 イルカ自身も一回放ってもまだ硬さを失わず、更なる刺激を求めるように涙を零して震えていた。 だが与えられる快感は度を過ぎたもので、イルカは気が遠くなるほど翻弄された。 立て続けに二度、三度と達かされた後は、全身が脱力してぐったりと手足を投げ出すばかりだった。
「イルカ、大丈夫か。 禍蛇は粗方私が吸った。 もう大分楽になったはずだ。」
イルカの体を抱きかかえるようにして英照が顔を覗きこんできた。 気がつくと本当に体が軽くなっていた。 這い回っていたものの感触は無くなり、自身に絡んだりアナルを出入りしていたモノもいなくなった。 だが体の中には、まだグルグルと蠢くモノの気配を感じた。
「英照殿…」
「イルカ、会いたかった」
そう言うと、英照はイルカの体を強く掻き抱いた。
「今度こそおまえを連れて行く。 八年、長かった…」
イルカは混乱しながらも、これは夢だ、夢のはずだと自分に言い聞かせた。 だが、どんどん回りはリアルにあの時のテントの中の光景を再現しだしていき、徐々に境をなくしていった。
「八年前のあの晩、あの祠で、私の腕の中で私に抱かれて喘いだ事を覚えていないか?」
イルカは愕然として首を振った。 そんな…、そんな事は覚えていない。 だが英照は硬直するイルカを抱き締めると、愛おしそうに頬を撫で擦った。
「私は忘れない。 あの祠に入ってきたおまえを初めて見た時の事も、おまえをこの腕に抱いた時の事も。 私は一目見て判った。 カガリが私の元に来た、私はこれで救われると。」
「カガリ?」
「そうだ、おまえはカガリだ」
「カガリって篝火の篝?」
「人間はどうとでも呼べばよい。 カガリはカガリだ。 私達にとっての増幅者…」
夢の中の英照がイルカの問いに答える。 まるで現実に向き合っているようだった。
「あの時おまえは私の与える快楽に打ち震え、艶やかに喘いだ。 私はおまえの精を吸って妖力を幾分か取り戻すことができたのだ。 それまでは、偶然に入り込んでくる人間や動物を幾ら犯しても喰らっても細々と命を繋ぐ程度にしかならなず、ただ枯れて朽ちていくのを待つばかりだった。 だが一回おまえの精を吸っただけで体に精気が沸々と湧いてくるのを感じた。 私は夢中でおまえを貪ったよ。」
英照は思い出したのか、興奮した様子でイルカに接吻けてきた。 長い舌が喉の奥までを犯した。 その感覚を体が覚えており、ゾクリと背筋に震えが走った。 俺はこの接吻けを知っている、と思った。 俺は、俺はこの妖魔に…。
「今こうしておまえに接吻け、禍蛇を吸い溜めたおまえの精を吸っただけで、精気が満たされていくのを感じる。 おまえは私にとっての泉だ。 だがあの時、一晩中おまえを貪ってもあの祠の封印を破るまでには妖力を回復できなかった。 それほどあの封印は強かった。 だから私は蘇った精気を掻き集めて卵を作った。 そしておまえに私の分身であるその卵を預けることにした。 おまえを喰らえば或いは、祠を破れるほどの力を取り戻すことが出来たかもしれなかったが、私にはもうそれができなかった。 私の腕の中で喘ぐおまえが愛しくて仕方がなかった。 だからせめて分身を残そうと、おまえの腹に卵を仕込んだ。」
「俺の…中に?」
「そうだ。 ここに」
そう言って今度はイルカの腹に大切そうに手を当てた。
「おまえと私の、魂の交わりの子」
カカシも、綱手も、イルカが蛇の妖魔の子を寄生させられていたのだ、と言った。 揺り篭にされていたのだ、と。 子供の養分が”禍蛇”だった。 イルカが他者との関わりを絶ってしまったので、あの部隊を利用して強制的にイルカが男達に抱かれる状況を作ったのだ、と。 イルカにはそれだけで充分ショックだった。 妖魔の子に何年も腹に寄生されていたことも勿論だったが、その為にあの部隊が長年禍蛇騒ぎに悩まされたのだと思うと堪らなかった。 そんなイルカにカカシは、偶々イルカが選ばれただけでイルカの所為ではないと、忘れてしまえと、繰り返した。
だが、違うのか?
自分が”篝”とかいうモノだからこんな事になったのか?
あの子は唯自分に寄生していたのではなく、自分とこの妖魔の間にできた子なのか?
「俺は人間で、男です。」
「人間に理解できなくとも構わない。 魂と魂の交わりだ。 もちろん体も交わる。 特に人間を相手にする時は肉体の交わりは重要だ。 おまえ達が体で感じる快感から発せられる気が、私達には重要な糧となる。 イルカ、おまえが達する時の気配がどれ程旨いか、人間には永遠に判らぬよ。 ああ、おまえを抱きたい。」
英照の欲望を灯した目が、カカシを思い起こさせた。 自分を抱く時、執拗に自分の快感を引き出す事に専心するカカシ。 目も眩むような快感。 あんな風に誰かに抱かれて震えるような快感を感じるのは初めてだと思っていたが、違うのか。 俺は、カカシよりも先にこの妖魔に抱かれて、淫らに悶えたのか…。
「五年前、おまえに触れて以来だ。 早く腹の子を出してやっておまえを抱きたい。」
英照の指はイルカの腹から胸を弄り、胸の飾りを爪先で引っ掻いた。
「ひっ」
イルカは息を呑んでヒクリと体を震わせた。
「おまえは相変わらず敏感だな」
嬉しそうにそう言われ、そのまま暫らく体を弄ばれ喘がされた。 英照の舌で胸の尖りを舐められ唾液で濡らされると、そこが熱く疼き体全体にさざめくように熱が伝わっていった。 だが、イルカが感じて身悶えると、腹の中のモノがグルルとのたうつように蠢いた。
「うっ はうっ うう…」
「やはり腹の子を出してからでないと無理だな。 この隊の男共の禍蛇を吸って随分大きく育ったようだ。」
英照は優しい手付きでイルカの腹を撫で擦りながら目を細めた。
「五年前に取り出した子は、なかなか育たなかった。 祠で卵を仕込んだ後、おまえを雌にして他の者を雄にすると、直ぐにおまえは皆から禍蛇を集め出し卵に養分を送り出したから、このまま人間共の禍蛇を吸って、一年もすれば孵化するだろうと思った。 おまえが他の者に抱かれる様は見るに忍びなかったよ。 だが、私は先がない身と諦めていた。 おまえの中の私の分身が育ち私の代わりに自由に生きて同胞を繁栄させてくれる事だけを願って、お前達を解放した。 だが愚かな人間共が私を自由にしてくれた。」
英照の目が自分に注がれる。 妖魔の目とは思えぬ優しい目だった。
「私は数百年の戒めから解放されて、失くした妖力を徐々に取り戻しながらおまえを探した。 おまえを見つけた時の私の喜びが判るか? 私はとっくにおまえの中で孵化したはずの私の分身とおまえを連れて、この大陸を離れるつもりだった。 この地は忍の力が強すぎる。 だが、やっと見つけたおまえにはこれっぽっちも禍蛇が溜まっていなかった。 そればかりかおまえは、周囲との人間的な関わりをも絶ち乾いた生活を送っていた。 当然わたしの卵も干からびる寸前だった。 おまえという奴は…」
そこでぎゅっと抱き締められた。 耳元では英照の苦しげな呟きが繰り返された。
「すまなかった、イルカ。 私の所為で、すまなかった…」
驚いた。 妖魔が自分を掻き抱いて謝罪の言葉を繰り返している。 何を…、何を謝っているのだろう? イルカが驚いてその肩を押し、英照の顔をまじまじ見つめると、英照はちょっと微笑んでイルカの頬をまた愛おしそうに撫でた。
「私の所為でおまえがもしも、もしも自分の命を疎かにでもしていたらと思うと堪らなかった。 おまえに卵を抱かせたことを悔いた。 だが、私はおまえの中の卵をそのまま死なす訳にはいかなかったし、おまえの体に与える影響も計り知れなかったのだ。 何とかして卵を孵化させ、取り出したかった。 ただ、そのまま忍の里に留まって自分の手で解決することはできなかった。 私は忍の者が恐ろしい。 恐ろしいのだ…!」
抱き締める英照の腕から震えが伝わってきた。 この妖魔を封じたのが大昔の忍の者だと聞いた。 何百年も閉じ込められ、ゆっくりと死に追い遣られる恐怖、孤独、憎悪…。
「俺も、忍です」
思わずそう言っていた。 当然知っているはずなのに。
「イルカ」
だが英照は、唯々愛おしいという風に頬を撫で続けている。
「私は忍の者を憎んでいるのではない。 恐れている、それだけだ。 私達妖魔はいずれ滅亡するだろう。 人間がこの世界を覆い尽くし、私達の棲む場所はどんどん無くなる。 おまえのような人間も稀にしかいない。 私はおまえに出会えただけでも幸せだ。 おまえを失うことだけは、何としてでも避けなければならなかった。 その時、あの祠でおまえを貪っていた者の中に、おまえに肉欲以上の思慕を持った者がいたのを思い出した。」
カズキのことだろうか、とすぐ思い至った。 共に呪われた仲間の中でカズキだけが最後まで生き残ったのは偶然ではなかったのかと、この妖魔がそのためにカズキを守ってくれていた事にも気がついた。
「私は、お前達の仲間意識とその男のおまえへの想いを使わせてもらうことにした。 それはうまくいった。 五年前、私はおまえの腹から見事に孵化した私の、いや、私とおまえの子供らを取り出した。 先程おまえに会いにきただろう?」
え…?
「会いにきた?」
「双子の少女だ」
「榊一葉と諸葉の事を言っているのですか? あのふたりが?」
「私とおまえの子だ。 この隊に潜り込ませて男共に禍蛇が堪るように仕込ませていた。」
「そ…んな…」
榊姉妹の事も、どうしても教えてもらえなかった。 暗部だからと言われてしまえばイルカにもそれ以上を望めなかったが、気になって仕方が無かった。 三代目の言いつけで自分の呪いについて調べていたのだ、と彼女達は言っていた。 そして斉場カズキが元凶だとわかったから、これから殺しに行くと言って出て行く後姿が彼女達を見た最後だった。 カズキはあの後一度だけイルカに会いに来た。 と言う事は、彼女達の方が妖魔に乗っ取られていたと言う事になるのではないか。 自分の呪いを調べるために英照に近付き、返り討ちに遭ってしまったのではないか、とずっと悩んでいたのだ。 それが今英照によって肯定され、イルカは激しいショックに打ちのめされた。
「そんな、そんなこと…! 俺の所為で、そんな…」
ワナワナと震えながら顔を覆った両手首を、英照が掴んでそっと開く。 顔を近づけ、瞳を覗き、英照は言い聞かせるようにイルカに囁いた。
「落ち着きなさい。 あの姉妹の魂を取り込んで、あの子らはおまえを母と慕うと同時に、姿を借りた者の生前の記憶の師としても慕っている。 形は違うが確かにそこに居るのだ。 先程のあの子らの態度に嘘はないと、おまえも判ったろう?」
「でも、でもあの子達には忍としての将来も、一人の女性としての未来もあったのに」
「魂の有り方の問題だ。 おまえも私と契れば判る。」
「俺があなたと契る?」
「そうだ。 五年前も本当はおまえと契って連れて行くつもりだった。 だが、取り出した子がどうしてか二つに分かれていて、どちらも雌だったこともあって、もう一度おまえに卵を預ける事にしたのだ。 雌は力が弱い上に二つに別たれていた所為で、二人一緒でなければ到底生き抜くことが適わぬほどだった。 あの子達には魂の喰らい方も顔を貰った相手に化ける方法も教えたから、弱った時や妖力を高めたい時には困らないだろうが、守ってやれる強力な雄を残してやりたかった。」
「あなたが、居るではないですか」
「今度の子を一人前にしたらこの大陸は子供らに任せて、私はおまえを連れてこの大陸を出る。 イルカ、私と行こう」
「え…、英照殿…」
「今度の子は雄だ。 そうなるように咒を篭めた。 五年前の、あの晩のおまえを忘れることができないよ。 先の子らを取り出した後、私はおまえを一晩抱き明かし、体の隅々まで愛した。 おまえは可愛く何度も鳴いた。 一晩中、私の腕の中で、私の体の下で、おまえは体を捩って悶え喘いだ。 私の雄に中を抉られ体中で悦んでいた。」
「う、嘘だ」
「本当だ。 覚えていないか」
イルカは激しく首を振った。 何も思い出せなかった。 だが朧気にこの腕と圧し掛かる胸を体が知っていると訴えてきて、余計に激しく頭を振った。
「嘘だ…、俺はカカシさんと、カカシさんしか…」
夢の中の時間は、あの最後の晩のテントの中だった。 だが今の自分には、自分はカカシのモノだという強烈な認識があり、英照の話を受け入れることができなかった。
「判っている。 おまえの気持ちも、おまえの希も。 あの男のことも知っている。 おまえをずっと守っていた三代目亡き後、おまえを守っていた男だろう?」
「……え?」
何のこと?
何の話?
誰の…
「おまえは知らなかったかもしれないが、あの男はここ数年ずっとおまえを守っていた。 おかげでおまえに禍蛇が溜まらなかったがな。 私としては有り難くもあったのだよ。 カガリは権力者に利用され易い。」
「あの男って、カカシさんのことですか? どうして俺を?」
「銀の髪に緋色のオッドアイの男のことだ。 三代目にでも命じられていたのだろうよ。 だが、あの男は食物連鎖の頂点にいるようなヤツだ。 狼だ。 最後にはおまえを喰らうだろう。 近付いてはいけないよ」
「俺はっ 俺はもう、カカシさんのモノですっ」
イルカは思わず叫んでいた。 混乱していた。 カカシが自分を守っていた? 三代目の命で? 彼が自分を口説いていたように見せ掛けて、実は任務の延長だった? 俺が、俺が”篝”だから?
「俺がその、篝、だから? 俺が篝だからあなたに選ばれて、あなたの子を抱いていたと? 俺が篝だから何年間もあの部隊全員に禍蛇の苦しみを味わせていたと? 俺が篝だから、一葉も諸葉も人の道から外れて…、俺が篝だから、カカシさんが、俺に…」
イルカは泣きながらも、これは夢だと必死で自分に言い聞かせた。 これは夢のはずだ。 自分の記憶の引き出しを開けて夢として見ているのだ。 意識のある時には封じられ思い出せないその記憶を、今夢に見ている…。
そうだ、これは夢だ。
だが、現実の記憶なのだ。
自分の弱い精神が無意識下に封じてしまった、真実なのだ…
「俺が篝でなければ、あの姉妹の将来を奪う事も、部隊の人達を苦しめる事もなかった。 俺が、俺さえいなければ…」
イルカは顔を覆って嗚咽した。 人と向き合わなかったこの八年間も、思えば自分の境遇を悲観して閉じ篭っていただけで、自分の弱さがそうさせていたに過ぎなかったのかもしれないが、それでも今よりはマシだった。 自分を無くしてしまいたいとは思わなかったのだから。 禍蛇を落とせるのは自分だけだと、それが少しでも生きる理由になっていたのだと、今思った。
「俺は… 俺は…」
ただ泣くイルカに、だが英照は優しくはあったが誤魔化すことなく現実を突き付けてきた。
「イルカ、イルカ、落ち着いてよくお聞き。 今おまえがどうしてこの夢を見ているか、よく考えてごらん。」
「…夢」
「この話は、あのテントで一度おまえにしたものだ。 おまえは受け入れられずに自分の記憶に封をした。 だが今までも何度も夢に見たはずだ。 起きた時に覚えていないだけで、本当はおまえは判っているのだ。 今夜またこの夢を見ているということは、おまえが真実に向き合わねばならぬ時に来ているという事だと思わぬか?」
「英照殿、これは夢ですか? それとも現実ですか? あなたは本当に夢なんですか? 俺は今どこに…」
「おまえは今、カカシの腕の中だ。 私の名を何度も呼んで魘されているから、じきにカカシがおまえを起こすだろう。 今度こそこの記憶が残ったままおまえは目覚める。 覚悟する時がきたのだ。 覚悟して、自分で決めるのだよ。 おまえ自身がどうしたいか自分自身と真っ直ぐ向き合いなさい。 その上でおまえが何もかも捨てたいと思うなら、私の所へおいで。 私はあの森の奥、地中深くに封じられている。 こうしておまえが眠っている間だけ、おまえの無意識に干渉するのが精一杯だ。 だがおまえの血を一適だけ地面に吸い込ませてくれれば、私は再び蘇り、おまえとあの晩果たせなかった契りをその場で交わそう。 そして共にこの地を離れ、二度と戻らぬ。 だがもしおまえが苦しい現実と向き合う方を選ぶなら、カカシの手を取るのだ。 おまえは既に一度あの男に差し出された手を取った。 だからずっと離さずに、今度は自分の意思でその手を掴んで握り続けていく覚悟を彼に示さなければならないだろう。 あの男はそれを求めると、私は思う。」
英照の真摯な目がイルカをじっと見ていた。 イルカは何も言えなかった。 頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。
「英照殿…」
ただ見つめ返して名を呼ぶと、英照はイルカの手を取った。
「イルカ、私と行こう。 おまえの気持ちは判っているが、人の世はおまえには重過ぎる。 何もかも捨てて私と行こう。 私があの男の事も何もかも忘れさせてやろう。 忘れるくらいおまえを愛してやる。 おまえは存外体が弱いから、もう子は抱かせない。 娘達はあの晩、殺されてしまったし、息子は今とても弱ってこの里を彷徨っている。 多くの忍達に追い回されて、もう長くは持たないだろう。 こんな事になりさえしなければ、私はあの子に隊長をしている男の魂をやって、あの隊で先の娘らと共に段々に人間について学ばせて長く賢く生きる術を見に付けさせてやるつもりだった。 だが今となっては、かわいそうだが仕方がない。 私はおまえさえ居てくれればそれでいい。」
私と行こう、と英照は繰り返した。 何回も何回も耳元で吹き込むようにして繰り返されている裡に、イルカは段々とまともな思考力が無くなっていくのが自分でも判った。 このままでは暗示にかかる、聞いてはいけない、と何とか自分を保とうとしたが、そんな思考も奪うように接吻けられ体を弄られて、徐々に何も考えられなくなり快楽に落ちていくのを感じた。 腹の中ではイルカの淫気に反応して、ニュルリニュルリと英照の子が蠢く。 イルカは快楽に喘ぎ、陣痛も斯くやと思われる鈍痛に呻いた。
「はっ え、英照、どの、あ… く、苦し…」
「イルカ、イルカ、おまえが欲しい、おまえを抱きたい」
痛みと快感に朦朧となり、イルカは英照のなすがままに喘がされた。 ヒヤリとする冷たい手で胸の尖りを撫でられ尻や腰を揉まれると、快感とも悪寒ともつかないゾクゾクとした震えが体中に走った。 抗いたくても体に全く力が入らなかった。 英照の指がアナルも犯す。 ヌルヌルと何本も指が出入りを繰り返し、回すように広げられて体が跳ねた。
「あ… あ、あ、はうっ うん、ん」
中で蠢くモノが暴れまわる。 痛みに冷や汗が体中に滲み出してきた。
「ではあの晩のテントでの出来事をなぞって、子を取り出してこの夢を終わらせよう。 苦しいが耐えるのだよ、イルカ。 そうして現実に戻りなさい…」
英照の手先がぐっとアナルに差し込まれた。
「あうっ う、う…」
間を措かず、どんどん手はイルカのアナルを犯し、決して細くない英照の腕がイルカの中に埋め込まれていった。
「あっ あぐっ う、はっ」
「苦しいか、イルカ。 掴まりなさい。」
そう言われた時突然、カカシの声が耳に聞こえてきた。
『イルカ、手はどこ?』
「カカシ…さ、カカシ、あ、ああーーーっ」
「っ」
イルカはシーツを掴み硬く握り締めたまま絶叫した。
英照が何かを掴みズルッと一気にイルカの中から引き出した。
イルカ、イルカ、と英照の自分を呼ぶ声が遠くで響く。
イルカ、私と行こう。
体内で蠢く気配も、痛みも無くなった。
体を弄られる快感も去った。
英照の声が遠くなり、やがて消えた。
イルカ、イルカ
誰?
まだ誰かが自分を呼んでいる。
揺れる水面を水底からぼんやりと眺めている感覚にゆらゆらと囚われて、イルカは意識を闇の底に沈ませた。
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