淋しい兎は狼にその身を捧げ

- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -


19


 その日の午後、放課後のアカデミーの廊下の果てで二人は延々と何かを言い合っていた。
「なぁ、あの二人またやってるぜ」
 その光景はもう日常と化していて、他の教師達は最初こそ色々とビクビクしたり心配したりしたのだが、今は誰も構わなくなった。 犬も食わない何とやら、だ。
「イルカもよくやるよなぁ」
「ほんと、カカシ上忍相手にアレだけ喧々囂々できるなんて、たいしたヤツだぜ」
 イルカは授業帰りらしく両手いっぱい資料やら出席簿やらを抱えていたが、それが無ければ直ぐにでもカカシに掴みかからんばかりの勢いでカカシに噛み付いているようだった。 カカシの方は腕を組んでそれを上から睨むようにして、こちらも頻りに何か言い募っていた。
「なぁ、イルカってカカシ上忍と付き合うようになってから変わったよなぁ。 アイツどっか人を寄せ付けない雰囲気あったのにさ、最近付き合いもよくなったし、前より何か感情豊かになったって言うか」
「カカシ上忍と付き合うようになったからって言う訳じゃないんだろうけど、確かにあの事件後から変わったかもな。 でもアイツ昔はあんな感じだったよ。 だから元に戻ったって事かな」
「そうなのか?」
「15・6才くらいまではほんとヤンチャなヤツで、色々苦労させられたもんさ。 ああ思い出してきたら何か腹立ってきた。」
「なに過去の人間に腹立ててんだよ。 おっ 終わったみたいだぜ。 なぁアイツ、カカシ上忍以外にも何人も男知ってんだよな? 最近、色気みたいなのも醸し出してるし、俺ちょっと興味あるんだ。」
 喧嘩のネタも尽きたのか、廊下の端で暫らく睨み合っていた二人は、お互いにふんっと顔を背けると二手に分かれた。
「バカな事言うなよ、おまえそんなことカカシさんの耳にでも入ったら命ないぞ。 それに職場の同僚なんだから…」
「カカシ上忍だって里外任務とかあるぜ。 あ、おーい、イルカ」
 戻ってきたイルカはプリプリ怒っていて、忍らしからぬ足音でドスドスと職員室の前まで来た。
「何そんなに怒ってんだよ、イルカ」
「だって、あの人横暴なんだもん」
「よくカカシ上忍に向かってあんな口利けるよな、ほんと尊敬するぜ」
「口で言わなきゃ判んないんだ! 言っても半分も判ってくれないけどさ。 俺だって色々都合があるのにっ」
「いや普通言えないって」
「すぐ怒るし、心狭いし、自分勝手だしっ」
「まぁまぁ」
「それよりさ、な、イルカ、今度さ」
「おいっ やめとけよ」
「なに?」
「今度、カカシ上忍が任務で居ない時にでもさ」
「おいったら」
「俺と試してみないか?」
「え?」
 イルカの顔に?マークと困惑の色が浮かび、もう一人の同僚が止めに掛かった時、三人の間に煙が上がった。
「カカシさん」
 イルカ以外の二人は凍りついたが、カカシはイルカの顔しか見ていなかった。 そして徐にイルカの手の荷物を取り上げると、イルカを誘った同僚に無言でドスッと押し付け、イルカの手を掴んでズンズン引っ張って歩き出した。
「この人は今から俺が連れて帰りますので。 上にも話は通っています。」
 もう一人の同僚の脇を抜ける時、チラッと彼だけは目に入れた。 そしてちょっと目を眇めると判らない程度だったが会釈をした。
「は、はいっ」
 俺ってカカシ上忍に認識されちゃった?と、イルカの昔を語った彼は焦った。 どっかそこら辺の石コロとでも思ってくれていた方がどんなに心安らかか。 ビクビクしながら後ろを窺うと、頻りに抵抗するイルカの怒った声が聞こえてくる。
「カカシさんっ 俺今日はまだ仕事が残ってるって、さっき言ったじゃないですかっ まだ帰れませんってば、カカシさん」
 ジタバタと暴れながら引き摺られていくイルカの後ろ姿は、どこか遠く幼い頃の記憶を擽った。 悪戯者のイルカ。 悪ガキのイルカ。 いつの頃からだったろう、イルカが物分りがよくなったのは。 懐かしさに囚われていると、いつの間にかイルカの声が遠くなり二人の姿が廊下の角に消えた。 途端に隣でホっと溜息が聞こえる。
「いいか、二度と言うなよっ」
 思わず指を突き付けて愚かな同僚に釘を刺していた。 そして声には出さなかったが口だけ動かして
「死にたいのか」
 と付け加えた。

               ・・・

 抵抗虚しくイルカはカカシの家に連れて行かれた。 そしていきなりベッドに連れ込まれ、何時にも増して激しく求められた。 いつもは執拗なほど施される愛撫もそこそこに楔を穿たれ、乱暴に掻き回されて苦痛の悲鳴を上げるイルカに、だがカカシは容赦がなかった。 カカシは自分を壊そうとしている、と感じながらイルカは意識を遠退かせた。





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