淋しい兎は狼にその身を捧げ

- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -


18


「イルカ先生、お風呂入りましょ」
 イルカは膨れて、朝から口を利かなかった。 だが全く動けないので言いなりだ。 壊れ物ののように優しく抱き上げ、浴室へ運ぶ。 絡み合うようにして浴びたシャワーの下でも、イルカはまたそこらじゅうに爪を立てて水を嫌う子猫のように暴れた。 カカシの手によって後の処理をされるのを嫌がったのだが、結局その小競り合いにも最後はカカシが勝利した。 カカシの指でアナルを抉られ粘液を掻き出されて、最初は痛そうな顔をして腕に爪をたてていたイルカだったが、その表情に微かに色が混じり出すのをカカシは見逃さず、指の動きに別の意図を持たせて蠢かせた。 だがその途端、イルカはカクンと膝を抜かした。
「おっと」
 大丈夫?と抱え直して立たせる。 イルカはポケッとした声で「あれ?」と言った。
「どうしたの?」
「今、急に足が立たなくなって…、おかしいな」
 カカシは、もうこれ以上は無理かと、ここでもう一戦交えようという考えを引っ込めた。 それほどまでにイルカの体を貪り続け、気がついたら朝だったのだ。 でもまだ欲しいと思う。 そんな自分に自分で呆れ、おかしかったが可愛くもあった。

 イルカとの初夜は空が白むまで終わらなかった。 イルカは自分の腕の中でクッタリとして少し眠ったが、カカシは一睡もしていない。 目が冴えてしまって眠れなかった。 自分もまだまだ若いなぁ、と苦笑が漏れた。 そして、朝日に照らされた腫れぼったい泣き顔を見ながら昨夜のイルカの痴態を思い出している裡に、またどうしても欲しくなって嫌がるイルカを抱いてしまった。 それで怒っているのだ。 かなり痛がったが、あの場所を突くとどうしようもなくなるらしく、それもまたイルカとしては腹立たしい要因のようだった。

「イルカ先生、俺に言ったよね。 一回抱けば飽きるだろうって」
「飽きるなんて、俺言ってませんよ」
 二人して湯船に浸かりながらカカシが恨み言を言うと、イルカがぷぅと頬を膨らませた。
「いいえ、言いました。 俺、アレがかなり堪えたんですよ。 でも残念でした。 俺全然飽きないし、抱けば抱くほど嵌っちゃう。 どうしよう、恐いくらい」
「…カカシせん…カカシさん」
「普段は先生でもいいですよ」
「いえ、俺使い分けできないから。 カカシさんて呼びます。」
「そう? まぁ俺はその方がいいけど。 でも外でもそう呼ばれたら、閨での事思い出して困るかも」
「カカシさんが困るなら、俺もなんとか善処しますけど…」
「いいえ! 困りません。 カカシさんって呼んでください」
「はい… カカシさん?」
 イルカは体を少し捻って、後ろのカカシの顔を振り返った。 その顔は、初めての情事の翌朝の甘さや恥じらいなどが一切なく、どこか真剣さを纏っていた。 
「なんですか? イルカ先生」
「あの、俺、気持ちよかったですか?」
「へ?」
 一瞬何を言われているか判らなかった。
「俺の体、よかったですか?」
「お、体…、ってイルカ先生…」
 相変わらず言い様が明け透けだ。 この調子で外でも危ない事を口走りそうで恐いなこの人、とカカシは少し心配になったほどだった。
「よかったか、ですって?」
 だが、何を聞きたいのか判らないが、言わなきゃ判らないのかコノヤローと言う気になってカカシは少々剣呑な雰囲気を醸し出した。
「そう言うあなたはどうだったんですか?」
「俺は、すごくその、気持ちよかったです。 もうどうかなりそうで恐かった。 最後の方なんか全然覚えてないし…」
 そう言ってやや目線を泳がし、だがイルカは直ぐに視線を戻すとカカシを見上げてまた問うた。
「カカシさんは? よかった?」
 その問いの内容にも関わらず、恰も化学の実験結果を聞くが如くの色気の無さにカカシは呆れつつも、デレと相好を崩してイルカを後ろから抱き締めた。
「もーのすごーくよかったですよー、もう一晩中抱いちゃうくらい、朝の寝起きのあなたを襲っちゃうくらいにね」
「ああ、そっか、そうですね…、うん、それならよかった。」
 一人でウンウンと頷いて、何かに納得し自己完結している様子のイルカにまた少し不安を覚える。 この人は、あれほど睦み合い、愛を囁き合ってもまだ何か信じられない事があるのか。
「まーたイルカ先生、変なこと考えてるでしょ?」
「え? 全然なんにも。 ただ、ちょっと気になって。 俺あんなセックス初めてだったし…」
「ふふ、嬉しい」
「何がですかぁ」
「全部」
「へんなの」
 上機嫌のカカシの様子に胡散臭げな顔を向けながら、イルカはぶつぶつ独りごちた。
「ああでも、ほんともうクタクタです。 隊の男全員相手にするより、あなた一人に一晩抱かれるほうが疲れるってどうなんですか」
「それは俺の所為ばかりじゃないですよ。」
 相も変わらず恥じらいが無いイルカの言いようにもさすがに慣れ、カカシは返事をしながら胸や腰に手を這わせた。 するとイルカの方もそんなカカシに慣れたのか、手の甲をつねられて湯の外へ抓み出される。
「あなたが俺のする事にいちいち感じて反応するから、体が緊張したり弛緩したりして疲れるんです。 あなた感じやすい体してますしね。 俺は嬉しいけど」
 思い切り抓られた甲を擦り、おとなしく浴槽の淵に手を置くと、イルカはふっと吐息を漏らしながら独り言のように呟いた。
「俺、自分が感じ易いなんて思ったことなかった。 どっちかって言うと不感症ぎみなのかなって」
「不感症なんて全然! 全然そんなことありませんよ! 俺心配になったもの、こんなに感じ易くてこれから一人で外出せないなぁとか」
「なんですかぁ、それ。 俺これからもちゃんとアカデミー行きますからね。 今日はもう諦めましたけど…」
「アカデミーね… ふむ、あっちでもデモしとくか」
「デモって、デモってなんですかぁ、もう」
「昨日の飲み屋でやったでしょ? アレ、あちこちでカマそうかと」
「もう…、やるのはいいですけど他の人に迷惑かけないでくださいね。 やたらに殺気飛ばすとか、ほんと迷惑ですからね? 俺達中忍なんかイチコロですよ、まったくもう」
「殺気飛ばさなきゃやってもいいの?」
「いいですけど?」
「…あんたってほんと、そういう事に恥じらい無いね」
「恥じらいなんてもうとっくに擦り切れて無くなりましたよ!」
 イルカはふんっと横を向いた。 その晒された首筋に欲情する。
「イルカ」
 呼び捨てて後ろから抱き締め、顎を捕らえて項を吸うと、イルカは湯をバシャバシャ言わせて大暴れした。
「や、やだやだやだ、もう絶対やだっ!」
「判りました、判りましたってば、ちょっとキスしただけでしょ?」
「だって、だってカカシさん、絶倫すぎっ」
「ぜつ…って、またそんなアラレもないこと言って。 ああ俺は心配だ。 あんた当分外出禁止」
「な…そ…、どうして、どうして俺が外出禁止? 俺なんにもしてないじゃないですかぁ」
「いいんです。 俺は今日も明日も明後日もあんたを抱くから、あんたは結局アカデミーには行けません。 実はもう連絡してあります。 あんたの有給五日取りましたから。」
「は? え? ええー?! 何を勝手に人の有給…、なんで、なんでそうなるんですか?!」
「ハネムーンです」
「ハ・ネ・ムーーンーー?!」
 ノーーっ!と頭を掻き毟ってイルカはまた大暴れした。


 抱いて、抱いて、抱いて…
 隅から隅まで愛した
 もう知らない場所はない
 そう思っていた。

              ・・・

 ある日、里人の魂がひとつ喰らわれ、その後異形のモノが現れた。
 それがヒトの言葉を話し、唯一の事をあちこちで問うて回っていると、報告された。
 海野イルカは何処か、と。

 カカシは思った。
 恐れていた事態がやってきた、と。





BACK / NEXT