淋しい兎は狼にその身を捧げ

- A Lonesome Rabbit sacrifices himself to the divine Wolf. -


12


「カズキ!」
「イルカ」
 イルカが隊の駐屯地に着いた時はもう夕暮れが迫っていた。 例のテントの前で隊長をしている幼馴染のカズキの姿を見止めると、イルカは直ぐに走りよってその無骨な体を抱き締めた。
「カズキ、大丈夫か?」
「ああ、こうしているだけで大分楽になる」
 カズキもイルカの体を抱き返してくる。 自分より一回り大きいその体に抱き竦められ、イルカはふとカカシを思い出して頭を振った。
「すまん、遅れて」
「気にするな。 カカシに止められていたんだろう?」
「うん…」
「おまえ、アイツが好きなんだろう? いいのか?」
「いいんだ! それより早く禍蛇を落とそう。 おまえが一番に落とさなきゃいけないくらい酷いのに、ずっと我慢して…」
「俺は隊長だからな。 それに今直ぐは無理だ。 隊を移動させる。 ここは割れてしまったからな、おまえを待ってたんだ。」
「判った、手伝うよ」
 夜の帳が下り掛けていた。 禍蛇の動きが活発になる前に、カズキを楽にしてやりたかった。

               ・・・

 他の男達は、ただイルカに突っ込み揺さぶり吐き出して禍蛇が落ちると直ぐに離れたが、カズキは違った。
「カ…カズキ、そんなこといいから、早く禍蛇を、あっ」
 カズキの手はイルカの体を隅々まで弄り愛撫した。 イルカはそれが苦手だった。 セックスをしている気持ちにさせられるのが堪らなかった。
「う… や、も、もういいから…、オイル使って、カズキ、あ、あっ」
 後ろも丁寧に解され、挿入しても直ぐに揺さぶられることもなく、カズキはイルカが馴染むのを待つ。 その時間が耐えられない。 イルカは自分の内部が中に入っているモノをしゃぶり出すのを感じて嫌悪感に身悶えした。
「イルカ…」
 名前を呼ばれ律動が始まっても、動きは優しくイルカの快楽を引き出す事に専心され、イルカは喘がされた。 それが嫌だと言うのに。
「あ、あ、あ」
「イルカ、イルカ…」

 隊のテントは西の森の一角にこっそりと移された。 また幾重にも結界が張られ隠されていく駐屯地の中で、イルカはカカシが自分を探し回っている姿をぼんやり思い浮かべて憂鬱になった。 カカシは直ぐに怒った。 苛々もぶつけてきた。 そして自分が欲しいと繰り返す。 どうしたらいいのだ、と頭を抱える一方で、諦めないカカシに困っているはずなのにそれが嬉しくて頼りにしている自分も認めざるを得なかった。 こんな、何人もの男に足を開き、呪われた禍蛇を体に溜め込んで淫らに悶える自分など、どうしてカカシに晒せよう。 どうしてカカシに応えることができるというのだ。

「あ、カズキ、や、やだ、そこ…」
「ここか?」
 前立腺を探るように抉られて、イルカは好い場所をカズキに教えてしまった。 狙うように突き始めるカズキの律動に、イルカは一瞬何もかも忘れて快楽の喘ぎを上げた。
「あ、ああっ いやだ、ああ」
「イ…、イルカ…」
 だがその時、互いの淫気と夜の闇に誘われるように、双方の体に溜まった禍蛇が蠢き始めた。 
「う、うあ、あ、ああ…」
「イルカ… すまない、イルカ… ううう」
 二人とも同時にブルブルと体を震わせると、雄は獣に、雌は淫売に、その精神の堰を切って変貌した。 イルカは腹の中でグルグルと蠢き回るものをはっきり感じ、悪寒に体を震わしたがそれもほんの一瞬で、激しく揺すってくるカズキの動きに翻弄されてまともな思考力を失っていった。 「カズキ、カズキ」と、上で律動する男の名を狂おしく何度も呼ぶ自分の声が遠く他人のもののように聞こえた。 カズキの目は肉を貪る猛獣そのものだった。 硬くイルカを抱きこんだまま、吼えるような呻き声を上げながら腰を振るその動きも、人のものではなかった。 突かれる度に上がる自分の声も、ただ善がり狂う色魔の嬌声だった。 突き上げられる速さが増し、お互いの荒い呼吸音のみが耳に届き、カズキが獣の雄叫びを一声上げてイルカの肩を掴んだ。
「あ…、熱い、う」
 ドクドクと脈打つカズキ自身を腹の奥深くで感じながらイルカは悶えた。 ザワザワとさざめくように体中の皮膚が総毛立つ。
「あ、あ… あ…」
 ここからが、ここからがイルカにとって最も辛い時間なのだ。 カズキの精と一緒に入り込んだ禍蛇がズルリとイルカの腹の中を蠢いた。 それに呼応するように、溜まっていた他の禍蛇もズルズルと体中を這い回る。 口からも耳からも鼻からも蛇が這い出してくる感覚にイルカは体を硬直させた。
「イルカ…、イルカ、大丈夫か」
 カズキの方は人が変わったように元の優しげな男に戻り、おろおろと、だがイルカに触ることもできずに不安げな声を掛けるばかりだった。 カズキには見えているのだろうか。 手にも足にも、体中に雁字搦めに蛇が絡みついているのが。 イルカ自身にも何匹も巻きついてその先の割れた舌で先端を嘗め回されていた。 最悪なのは、アナルに集中して群がり出入りを繰り返されることだった。 内臓の中をズルズルと這い回る感触に身の毛がよだつのに、煽られるように淫らな興奮が湧きあがり、それが更に蛇達の動きを激しくさせていく。 その悪循環…!
「あ… た…すけ…て、や、ああ」
 金縛りに遭ったように体を硬直させて震え、喘ぎ続けるイルカの様子に、カズキは慌てて立ち上がった。
「イルカ、待ってろ、今英照殿を呼んで来る。 今朝来て下さったんだ。 もう大丈夫だからな、待ってろ」
 イルカに薄絹をそっと掛けると、身支度もそこそこにテントを飛び出そうとするカズキに、だがイルカは震える手を伸ばして引き止めた。
「ま…って、まだ、あと二人、いるんだろ?」
「ふたり? 何言ってるんだ、俺が最後だぞ。 とにかく待ってろ、すぐ英照殿を連れてくるからな」
 走り去るカズキの後ろ姿に力なく手を伸ばしたままで、イルカは朦朧としながらも記憶を辿った。 昨日確かにあと三人と言われた。 カズキの前にその二人に抱かれるのかと思っていたら、直ぐにカズキに抱かれたのだ。 おかしい。 あと二人の禍蛇を落とさなければ。 はぁはぁと荒く胸を喘がせながら、イルカがなんとか体を起こそうとした時、テントに人影が二人入ってきた。

「イルカ先生」
「イルカ先生」
 二人の若い青年だった。 見覚えがあった。 でもどうしても思い出せなかった。
「イルカ先生、もう大丈夫です。」
「私達が全て解決しました。」
「おまえ…たち、誰だ…?」
 二人は顔を見合わせると、手印を結んで”解”を唱えた。 すると青年達は二人の少女の姿になり、両側からイルカの首に抱きついてきた。
「だめだっ 今、さ、触るな…」
「大丈夫です、イルカ先生」
「英照様がいますから」
「それより、私達をお忘れですか?」
「榊一葉です」
「諸葉です」
「え?」
 そう言えば、その瓜二つの二人の少女は、何年か前にイルカがアカデミーで教え卒業させた双子の少女達だった。
「イチヨ、モロハ」
「はいっ イルカ先生」
「覚えていてくださったんですね!」
 イルカ先生、と口々に呼びながら首に縋り付いてくる少女達はとても成績がよく、特に二人で行なう併せ技は大人も唸らせ、直ぐに実戦投入された優秀なくノ一だった。 卒業して間もなく暗部に引き抜かれていったと噂を聞いたが、イルカを特別に慕い、暇さえあればイルカの元を二人して訪れてきてくれていた。 それが数年前からふっつりと姿を見せなくなり、何か重要な任務に就いているのだろうかと、無駄な心配をしていたのだった。
「私達、三代目に命じられてイルカ先生の呪いを調べていたんです。」
「英照さまも見つけました。」
「イルカ先生をこんな目に遭わせる元凶もつきとめました。」
「アイツです、さっきここから出て行った、斉場カズキが原因だったんです。」
「アイツはもう人間じゃないんです、妖魔に体を乗っ取られて、ずっとこの部隊に潜んでいたんです。」
 二人は代わる代わるイルカに訴えるように話し出した。
「ま、待て、カズキが何だって? 信じられない…」
「本当です、イルカ先生」
「私達調べたんです。」
「この部隊にも男に変化して潜入していたんです。」
「おまえ達…、そんなことしてたのか。 すまなかった、俺なんかの為に。 大丈夫だったのか?」
「はい、全然。 私達これでも暗部なんですよ」
「この隊でこっそり恋人もできました。」
「私達に強力してくれる人もいるんですよ」
「イルカ先生を最初に抱いたのが、私の彼です。」
「あの人、禍蛇が溜まってるから私は抱けないってずっと…」
「そう、ずっと我慢して」
「それもみんな、アイツの所為なんです。」
「アイツが彼に禍蛇を移すから!」
「隊の他の者達にも禍蛇を移して回って、イルカ先生をこんな目に…」
「酷い、イルカ先生にこんなことして」
「酷い、イルカ先生は英照さまのモノなのに」
「な…」

 なんだって?

「私達、アイツを殺します。 それで英照さまにイルカ先生を直してもらいますね」
「待っててください、イルカ先生」
「待ってて」
「ま、待て…」
 呆然と、ただ呆然と出て行く二人の少女の後姿に手を伸ばす。

 カズキを殺す?
 なぜ?
 カズキが妖魔?
 嘘だ?
 だってさっきまであんなに優しくて…。

 だがその時、獣のように自分を貪ったカズキの姿が思い出され、イルカは両手で顔を覆った。 でも、でも殺すなんてダメだ。 なんとか元に戻す方法があるかもしれないのに。
「イチヨっ モロハっ」
 褥から震える体をなんとか起こし、テントの出入り口に向かって叫んだ。
「戻ってきてくれっ イチヨっ」
 手を着いて立とうとした瞬間、ぞわぞわっと体中の禍蛇が何かに反応したように激しく這い回り始めた。
「あうっ ううう」
 目の前が真っ白になる。 冷や汗が体中から噴き出し、ガタガタと震えが止まらなくなった。
「あ… ああ…」
 蹲り、自分の体を自分で抱き締め、快感を上回る刺激にただ呻いていると、誰かがそっと肩を抱いて寝かせてくれた。
「イルカ、苦しいか?」
「う… だれ…か、止めて、彼女達を、とめ…て…」
「イルカ、大丈夫だ。 何も考えるな。 全て上手くいく。」
「え…英照、どの…」
「迎えにきたよ」
 それは確かに五年前に聞いた英照の声だった。




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