かけがえのない人をこの腕に抱き締めたい想いを綴る


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かけがえのない人をこの×××で××××たい欲望を語る



 報告を済ませて待機所へ行くと、髭で熊の同僚が煙草を咥えてソファの真ん中にどっかり座っていた。
「随分と元気だな。」
「おかげさまでね。」
「イルカのおかげ、だろ。」
 俺でさえ「イルカ先生」と呼ぶのに、この熊は呼び捨てだ。 許せん。
「おまえ、大丈夫なのか?」
 文句を言ってやろうと思っていると機先を制される。
「何が?」
「何がっておまえ…」
 隣に座って、来る途中で淹れてきた茶を啜りながら問い返すと、熊、基アスマは言葉を濁した。
「おまえが居ない間、誰もあいつに触れないんだぞ。」
「俺のイルカ先生に触ったら、そいつを殺す。」
「ばーか、そんなんじゃなくて。 あーもー」
 アスマはぼりぼりと髭を掻いた。
 アカデミーのガキどもなんか抱きつきたくって堪らないのを我慢してるんだ。 同僚の中忍くん達は遠巻きに溜息ばかりついてやがるし、イルカはイルカで、おまえの帰還日には決まって朝からそわそわ上の空だ。 あんな遠くから気配駄々漏れで帰ってくるんじゃねぇよ。 消耗してるところを賞金稼ぎに狙われたって知らねぇぞ。 ガキどもにまで気配悟られやがって、今じゃあいつらの口癖は
   『イルカ先生、あの人はいつ来るの?』
だ。 後に残るは金木犀の香り。 終いにゃ死ぬぞ。
「アスマには解らないよ。」
 憤懣遣る方ない胸の内を一気に述べ立てる髭熊に、カカシは一言だけ応えて黙らせた。
 だって、一分一秒があの人を削る。 俺は二日掛かる帰り道でも、一歩一歩があの人に近づくと思えば元気が出るけど、あの人にとっては同じ一分一秒なのだ。 少しでも早く、知らせたいじゃないか。 あの人をこの腕に抱き締めた時のあの感覚は誰にも解らない。 否、解らせない。 あの底なしの闇を覗くような、虚無と餓えを、他の誰にも埋めさせはしない。
「中忍くんどもが、おまえは凄いって言ってたぜ。」
「えへ」
「えへ、じゃねぇっ おまえ、ほんとのほんとに大丈夫なのか。 あいつの同僚が病院送りになったの、おまえも知ってるだろ?」
「あー、あいつね。 入院してなきゃ俺が殺ってたところだ。」
「真面目に聞けよ」
「俺は大マジだ」
 ふぅ、と盛大に溜息を吐いてアスマは肩を竦めて黙った。 渡り廊下の真ん中で二人を見ていた中忍くん達の後ろで、実はアスマもアレを見ていた。 彼らが言っていたように、あの状態のイルカに触れて、剰え抱き締めるなんてことができるのは、本当にこいつだけなのかもしれない。

 木の葉は忍の医療に優れた里で、秀でた人材も豊富だったし適した人材の発掘にも昔から力が入れられていた。 医療忍者には適正があるからだ。 幼い頃からヒーラーの素養が認められたものは、専門コースを勧められて大概が医忍になった。 そういう能力のある者が存在する、という認識が他里より高く、彼らに対する待遇も篤かったのだ。 イルカもそんな人間の一人だと思われていた。
 イルカの側にいるだけで何故か心が落ち着く、と人は言う。 ましてやイルカに触れられたり抱き締められたりした経験の持ち主は、現実に疲労や軽い傷が癒えたり、落ち込んでいた精神が浮上するのを肌で感じた。 だからイルカは長い間、医忍になる程ではないヒーラーだと思われていた。 が、実際は違った。 ある日、彼の前にはたけカカシが現れて、イルカは変わったのだった。 カカシの帰還が遅れると、イルカはヒーラーから一転して人を暗闇に飲み込むようになった。 それで解ったのだ。 イルカはヒーラーではない、と。
 イルカはただ、体力や精神力といったエネルギーを自分のそれと中和するだけなのだった。 いつものイルカが如何に安定した精神の持ち主であるかが窺えるというものだ。 だから、ヒーラーなどと間違われる。 ただイルカの容量が常人よりずっと大きいだけなのだから。 だが、カカシが長期任務で長く里を空けると、誰もイルカに触れなくなってしまう。 何せ、常人よりずっと大きい容量の全てが闇で埋め尽くされていrくのだから。 それほどイルカの抱えた闇は深かった。 前に一度、見るに見かねた同僚のひとりがイルカを抱き締め、死にかけた。 少しは自分で中和できると思ったのだろうが、直ぐにイルカ自身に突き飛ばされなければ廃人になっていただろうということだった。 アスマ自身は、闇に埋め尽くされたイルカに触った経験など無かったし、そんなことをするつもりもなかったが、実際怖いと思う。 それをこの男、カカシはいとも簡単に…。

「あ〜、早くイルカ先生んちに行きたいな〜」
 馬鹿かも、只の。
 カカシを感慨深く見ていたアスマだったが、虚しくなって考えるのを止めた。
「イルカの奴も、かわいそうだな。 あしたは休みか。」
「何言ってんだよっ 俺、これでもすげぇ我慢してんだぜ。 さっきだってあそこであのまま押し倒しちゃおうかと散々悩んだもん。」
「まったく、ガキどもの前で。 いいかげんにしとけよ。」
「あの子達、役に立ついい子達だよね。 心得てるし。 マヌケな大人よりよっぽど気が回る。」

 あの時、抱き締められる腕が気持ちよくて、流れ込んでくるイルカの精気に酩酊して、もう少しでイルカを失神させるところだった。 イルカの内側で次々に光の柱が立ち上がる感覚がイルカを通して伝わってきて、カカシはそれだけで昂ぶった。 子供らがイルカの数十センチ回りからカカシを睨まなければ、あのまま本当に押し倒していたかもしれない、とまで思う。 毟るようにイルカの体を剥がすと、イルカは僅かにふらついた。 慌てて両肩を捕まえて顔を覗きこんで、大丈夫? と問うとイルカは緩く微笑んだ。
 愛おしい。
 今晩伺いますねと、お伺いをたてるでもなく、決まったことのように告げると、はい、と嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う。 その花の綻んだような雰囲気をカカシは全身で享受した。 俺のものだ。
 カカシがそっと手を離すと、子供らがわっとイルカを支えるために群がった。 やっとイルカ先生に触れる。 彼らの顔には安堵とほんのちょっとの不安が入り混じり、それでもしっかりイルカを支えてくれた。
「頼むな」
 カカシが言っても彼らはイルカしか目に入らないようで、次々に代わる代わるイルカを支える。 彼らはそうやって、少しづつ自分の体力をイルカに与え、イルカから心の光をもらうのだった。 自分が分けた、心の光。
 一頻りイルカ・タッチの嵐が過ぎるのを待ってイルカがしっかり地に足を踏ん張るのを確かめると、カカシはイルカと身を入れ替えて受付所に向かうべく歩を進めた。 二三歩してから振り向くと、イルカが手を振って微笑んでいる。 自分も振り返すと、子供らが早く行けと言わんばかりに元気に自分に手を振ってくれた。
---ほんとにいい子達だぜっ
 ちょっとムカつく。
 特に具合の悪くなった子もいないようだった。 本当に強い子供達。 カカシは心の内で感謝した。
 辺りに満ちるのは金木犀の香り。 落日は、出立した時に比べると随分北寄りに位置していた。 よかった。 冬になる前に還れて。 雪の中にあの人を待たせることにならなくて。


               ***


 今、イルカは自分の下で喘いでいる。 一回、安定を取り戻したイルカは、中和能力をある程度コントロールできた。 だからもう大丈夫。 俺はこの人を喰らい尽くす。
 玄関にお玉を持ったまま迎えに出てきたイルカを、抱き竦め、接吻け、抱え上げてそのままベッドに運んだ。 飯が、風呂が、と言う口を口で塞いで、あんたが先、とお玉を取り上げ放り投げた。
 貪る。
 貪って貪って貪り尽くす。
 イルカの唇。 イルカの指。 イルカの耳。 イルカの首筋。 鎖骨の窪み、胸の突起、薄く割れた腹筋、臍、下生え。 足の指を一本一本口に含みしゃぶる。 ふくらはぎを緩く噛み、膝裏をしつこく舐める。 滑らかな太腿の内側に赤い花を幾つも散らし、大きく割り開いて腰が浮くくらいに抱え上げると、イルカが切なげに名前を呼んだ。
「…カカシさん」
 手を伸ばして自分の腿を抱えるカカシの腕を擦る。 カカシはイルカの目を見つめたまま、ゆっくり、イルカに見えるようにイルカ自身を口に含んだ。
「ああ」
 眉を顰めて緩く顔を振るイルカの頬を、涙がころりと伝い落ちた。
 脳髄が焼けるようだ。
 どうやっても足りないこの欲求を埋める術があるのなら、かけがえのないこの人を壊す前に誰か教えてくれ。





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