カカシ20景



03:ごーかっくv



 カカシは、その後も三日と開けずにイルカを抱きに来た。 ”暗部の女”。 イルカに冠された枕詞はそう変わったが、イルカは前ほどそれを厭わしいとは思わなくなっていた。 それに、そのことが自分を守ってくれているという事にも気付いた。 上忍・中忍を問わず多くの好奇の目が自分に注がれる。 そしてその中には明らかに欲情した獣の目をした者が居た。 だが誰も手を出す事はしない。 そうだ、彼が態々秘すべき姿を晒してデモンストレイションしてくれたお蔭なのだ。 そう気付いた。
 それに、派手なデモンストレイションも最初だけで、カカシは大概の場合、気配も無く現れてそっとイルカだけを連れ出した。 夜が多かったが昼のこともあり、どこかで様子を窺ってでもいるのかイルカの仕事が終る前に攫われるようなことは無く、それなりにイルカの立場というものも考えてくれているようだった。 だからイルカも騒がずにカカシの手に引かれて黙ってキャンプを抜け出し、その時その時で場所は違ったがあの薄ピンクの結界の中でおとなしく押し倒された。 抱かれる毎に体も慣れて辛くはなくなり、代わりのように感度が上がった。 お互いヤリたい盛りの年頃だったこともあった。 少年と少年の、欲望をただぶつけあう行為ではあったけれども、イルカはカカシを恋しく待つようになっていた。 三日逢瀬が開けばその身を案じ、久しぶりに無事な顔を見れれば素直に喜んだ。 カカシも「会いたかった」とまず言った。 それに「俺も」と答えて抱き締め合う瞬間の幸せ。 幼いと言えばそれまでだったが、ふたりにとってはかけがえのない、唯一つの恋だった。
 だが、世の中そんな淡々と進んでばかりではないということも、イルカは知ることとなった。 前触れのように一つの小さな波が立ち、何とかそれを乗り切った後も続くように何派も大波が襲い、少年達を翻弄した。


 その上忍は、イルカよりも随分後から配属されてきた、しかも成り立ての上忍で、隊の事情に疎くだが他人に聞くのを善しとしない見栄っ張りだった。 イルカが暗部に抱かれているという下世話な事実だけは聞き及んでいるらしく、ある夜無謀にも、遠巻きにして誰も手出しをしなかったイルカの腕をムンズと掴み、自分のテントに引き摺って行った。

「暗部のお手付きだって? 別に専用って訳じゃあねぇんだろ?」

 俺様も楽しませてくれよ、と醜い顔を歪ませて笑い、それが上忍に与えられた特権とでも勘違いしているのか、或いはただの下衆なのか、自分は暗部さえも恐れないと豪語した。

「やめてくださいっ 俺は誰彼構わず抱かれるつもりはありません!」
「なにをなまいきな! 上忍に口答えするなっ!」

 イルカも出来得る限りの抵抗をしたが、大柄な大人の男の腕力に為す術無くテントに連れ込まれてしまった。 中忍仲間はもちろんだったが、上忍の先輩達が一言も止めないのが悲しくて口惜しくて、やはり自分達のような中忍の扱いなんてこんなもんなのかと歯噛みした。 だが抵抗は止めなかった。 ただで抱けると思うなよ、と噛み付き、頭突きをかまし、蹴りを入れ、その度に酷く殴られたが頑張った。

「おとなしくしろっ この中忍が!」
「嫌だっ! 俺はあの人以外には抱かれないっ! これ以上やるなら舌噛んで死んでやる!!」

 そう叫んだ途端、テントが激しい風に煽られてバタバタと旗めいた。 青白い稲光が薄暗さに慣れた目を焼く。 さっきまでは確かに穏やかな天候だったはずなのに、急に嵐にでもなったかのような荒れた空気に、イルカもだがその上忍も完全に動きを止めた。 その射すような空気が荒れた天候などではなく人の出す殺気で、青白い柱立つ光りが空からではなく入り口に立つ人影の右の掌から発している事に気付いたのは、果たしてイルカが先だったかその上忍が先だったか。

「ら…雷切」

 だが、その技の名前を知っていたのは上忍の方だった。

「カカシ!」

 イルカの知っていたのはその人影の名前。 暗部なのだからと決して人前では呼ばぬように務めていたその名を、イルカはこの時ばかりは嬉しさとほっとしたのとで思わず叫び、緩んだ上忍の手を振り払って駆け寄った。 カカシはそのイルカを左腕で抱き止めかかえると、右手の稲光をチチチチと鳴かせたまま上忍に一歩一歩とゆっくり近付いていった。

「これが俺のものだってこと、知らなかった訳じゃあるまい?」
「雷切…カカシ……、写輪眼のカカシ?!」
「俺のものに手を出して、しかもこんなに痛めつけてくれて、ただで済むと思っていた訳じゃあるまい?」
「こ、こんなガキなのか? こんな、こんな…、その中忍と変わんねぇじゃねぇか?!」
「どんな風に死にたいか言ってみろ! その百万倍の苦しみを味あわせてやる!!」
「ひぃっ」

 イルカはカカシの腕に抱かれたまま、その光りが手の中で一束に収斂していく様をぼんやり見ていた。 なんて美しいんだろう。 あの腐れ上忍はなんと言ったっけ? ライキリ、雷切…そうだ、雷切だ。 雷撃系上級の技。 実物は初めて見る。 でも本で読んだ。 この技が発動すればアイツは死ぬかもしれない。 少なくとも今は、もうこれ以上あの下品な顔を見なくて済む。

「カカシ…」
 
 陶酔したような声でイルカはカカシを呼んだ。 どうして今そんなことをするのか、自分でも判らない。 でも、そっとカカシの視界の前に自分の顔を突き出し、その首に両腕を絡みつかせ、唇に唇を併せる。 雷切を見ただけで張り詰めた股間をカカシのそこに擦り付けると、カカシのそこもまた硬く形を成していた。 パキンと何かが割れて折れるような音の後に、イルカの腰を抱いていた左手ではない手がイルカの項を掴んだ。

「あっ」

 ピリッと弱い電撃にイルカは達した時のような声を上げて仰け反った。 だが、項を掴む手が浮いて離れた唇を引き戻し、より深い接吻けとなってイルカの唇を塞ぐ。 ふたりはそのまま一頻り激しく接吻け合った。 件の上忍が呆然と見ているのにもお構い無しに、互いの股間を擦り合わせながら抱き締め合い、舌を吸い合い、艶かしい空気を発散させて絡み合う。 まるでそこが別世界であるかのように。
 イルカはその夜、そのテントで抱かれた。 いつその上忍が出て行ったのかも知らなかった。 カカシの結界のない所でセックスをするのは初めてで、声や音が駄々漏れだったことにも、ちょっと幕を捲くれば抱き合う姿が丸見えなことにも気付かず、いつものように乱れ喘いだ。 そして抱き合って眠った。

               ・・・

「子供だな、本当に」

 殺されそうになった、テントを奪われた、風紀を乱す行いを人様のテントでヤっている、「ガキのくせに」と自分の行いを棚に上げて喚き散らす新人上忍の訴えに、その隊の長である上忍は、どうしてこんなヤツが上忍試験に通ったのかと眉を顰め、だが彼らの行為はやはり隊の中では拙かろうと、イルカの声が収まった頃合を見計らって訪れたテントで、お互いを守るように抱き合って眠る二人の少年の姿に目頭が熱くなった。 聞いてはいたが、こんな子供に我々は頼っていたのか。 写輪眼のカカシ。 イルカと年の頃も体格も然して変わらない少年だ。 今、そのイルカの胸に顔を埋め、安心しきったような顔をして眠っている。 なんてことだ! こんな子供を最前線に駆り出し、偶に安息を求めてやってくることにさえ眉を顰めていたのか。 大人の我々が守ってやって然るべき存在なのに。 こんな…、こんな何も知らない子供のうちに、死を、性を、愛を、歪んでいようが不自然な形であろうが否応無く体験させられていくなんて。 隊長として自分は今までこの子達に正しく接してきただろうか? これからどうすればよいのだろうか?

「今日はこのまま眠ってくれ」

 真実眠っているイルカではなく、然も幼そうな顔をしてイルカの胸に懐いて寝息を立ててみせるカカシに囁き、テントを後にした。 今晩中にあの上忍は里へ強制送還しよう。 ヤツがイルカの腕を掴んだ時点で既にカカシの殺気が漲っていたにも拘わらず気が付きもしないなんて、戦場に居ても足手纏い以外の何者でもない。 里へは上忍審査の方法を問い質したほうがよさそうだ。 イルカには専用テントを与えるべきだろうか? いや、特別扱いは拙い。 やはり今まで通り、そっと見守るしかできないのかもしれない。 もうすぐここも戦線に飲み込まれる。 彼らの憩いの時も、あと僅かなのだから。



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