カカシ20景



02:暗部



 暗部のお手付き。 その日から、その文言がイルカの名に冠された。 イルカは覚えていなかったが、暗部面を着けた男が意識の無いイルカを抱いてテントに現れ、回りの者達に「コレは自分のモノだから」と威嚇混じりに宣言していったのだという。

「オマエ、男初めてだったのか?」

 ショックで呆然とするイルカに、回りの新人中忍仲間からは返って驚きの声が上がった。 皆、外地にくればそれなりに、そういう”処理”には1度や2度は付き合わされると口を揃えた。 下手に気に入られれば”それ”専用”にされてしまう者だって居るんだぜ、と。

「そうなのか?」
「コイツ、ほら火影様の稚児だから」
「稚児?」
「おい、やめろよ」

 思わずと言った風に口を滑らせたその仲間を他の年嵩の仲間が制したが、”稚児”の意味が遅れて脳味噌に浸透してきたイルカはブルブルと拳を震わせて、気がつくとその仲間を殴り倒していた。

「火影様がなんだって?! 二度とそんなこと言ってみろっ 許さないぞ!」
「やめろよ、そういう噂があったってだけの話だ。 だからオマエには誰も手を出さないんだろうって」
「そんなはずないだろう!」
「でも、オマエが火影様の庇護下にあるのは間違いないだろう? 上官連中がオマエを特別扱いするのもその所為じゃないのか?」
「特別扱いなんて…」

 だが、そこでイルカは項垂れない訳にはいかなかった。 否定できなかったからだ。 九尾禍の折に両親共に亡くしたのは自分ばかりではない。 それなのに自分だけが火影邸にやっかいになって、随分遅れたけれどこうして中忍になれたのも、自分の実力には見合わないのではないかと悩んだりもしていたのだ。 外地に出されたのだって、外の仲間達の話を聞けば自分は随分と遅い。

「ごめん」

 イルカが殴った相手に謝ると、俺も悪かったとその仲間も言ってくれた。

「気にすんな。 犬に噛まれたと思って忘れちまえ。 どうせ通りすがりの性欲処理さ。 運が悪かったんだ。」
「うん」

 運が悪かった。 そうなんだ。 そう思おう。 自分にとっては初めての性体験で、他のセックスがどんなかなんて知らないけれど、まだ女も知らない裡に男に抱かれてしまったなんて他の仲間には言えないから尋ねることもできないけれど、あんなに気持ちよくて我を忘れてしまうくらい感じてしまうなんてことも、きっと普通のことなんだ。 ”彼”だからじゃない。

 そんな風に自分を納得させ、痛む体を騙し々々して仕事をした。 イルカが暗部の処理の相手にされたことは上官連中の間でも周知の事実となっていたらしく、その日の内に何人かがさも興味本位であるといった風に声を掛けて来たが、手を出してくる者は居なかった。 その事が、”暗部”を周囲がどう認識しているかを知らしめ、イルカを慄かせた。 素顔まで見てしまったのに、殺されなかっただけマシ、そんな風にさえ思えてくる。 でもそれも、単なる偶然。 俺があんな所でのほほんと体なんか拭いてたのがいけなかったんだ。 今度からは単独行動は極力控えて、隙を見せないように気をつけよう。 明日からはまた普通に中忍としての日々が待っている。 新人中忍専用の共同テントの自分の褥で丸くなりながら、イルカは目を閉じた。

               ・・・

「ねぇ」

 肩をユサリと揺すられ、耳元でこそりと囁く聞き覚えのある声に覚醒すると、あの暗部の男が居た。 

「あ」
「し」

 彼はイルカの口を押さえ、人差し指を立てて鼻先までずり上げた面の下の薄い唇に宛てた。

「抱きに来た」
「な…だ…っ」
「ここでシテいいの?」
「何言ってっ! やめろっ 嫌だっ!」
「なーに今更」
「絶対嫌だっ だいたいアレ一回きりじゃ」
「まさか」

 俺アンタが気に入ったんだ、彼の口がそう動くのをショックに歪む視界がやっと捉えて意味を為す。 誰かが言ってた。 下手に気に入られると”女”にされてしまう、と。 昼間話していたそんな会話が頭の中でぐるぐるした。

「離せっ いやだっ」
「しーっ ほら、皆起きちゃったじゃない」

 イルカがパニックになって大声を出したので回りの者達数人が気付いてぎょっと固まっている様が目に入る。

「たすけ…」
「もう、しょうがないなぁ」

 形振り構わず助けを求めようとした瞬間、男の拳が鳩尾に入りイルカはドウと男の腕の中に倒れこんだ。 そのままひょいと肩に担ぎ上げられスタスタと歩き去って行く男の背越しに、呆然としたまま見送ることしかできないでいる仲間達の姿が滲んだ目に映る。 その顔が、仕方ないんだ、暗部が相手じゃ仕方ない、そんな風に言っているように見えて、イルカは諦めて目を閉じた。

               ・・・

 運ばれた先はやはり森の藪の中で、男が何か手印を結んで例の薄ピンク色の膜を自分達の回りに作り出したので、それが結界なのだと知った。

「この中だったら大丈夫。 声も姿も外には漏れないんだ。」

 自分にできないことを幾つもできる彼に、こんな自分が敵うはずがない。 諦めて手足を投げ出し、だが絶対喘いだりしないぞと心に決める。 昨日みたいに「イイ」なんて言わない。 しがみついたりもしない。 どうせ処理なんだから。

「会いたかった。 こんなに一日が長いって感じたこと無かったよ。」

 イルカが内心でそんな風に意固地になっているというのに、男はサッサと面を外すと愛おしそうに接吻けてきたので狼狽える。 この人、処理じゃないのか?もしかして。 俺のこと、す…好き?

「好き、大好き」

 心を読まれたかのようなタイミングで耳を擽る声が言う。 イルカは真っ赤になった。

「早く抱かせて」

 言葉と共に忙しなく手を動かし、イルカの衣服を楽しげに剥ぐ男の、まだ少年の顔。 美しいがどこか惚けた感じのする顔を穴の開くほど見つめていると、男が苦笑してイルカの頬に優しげに手を宛がってきた。

「どうしたの? 俺の顔になんか付いてる?」
「ど、どうして俺なんか抱くの?」

 思わず出てしまった疑問。 そうだ、俺、この人に抱かれるの嫌じゃないんだ。 皆に言われて災難だったって思い込もうとしたけど、大事に扱ってくれるこの奇麗な人を嫌う理由を、イルカは思い付くことができなかった。 男同士でしかも自分が”抱かれる側”というのがネックだったけれど、忍の里に生まれ育ち同性同士の行為に対するハードルは思いの外低い。 この人相手に自分が”抱く側”に回るというのも、今となっては最早想像だにできないイルカだった。 敢えて言うなら、”処理”として抱かれるのが嫌だ、ということだけだ。

「どうしてって」

 そこで言葉を途切らせる男に思わず眉を寄せると、彼は笑って頬に宛がった手をスルスルと動かした。

「アンタかわいいし、すっごく気持ちい体してるし」
「か、体? 俺、気持ちいの?」
「うん! すっごく気持ちい、最高!」
「やっぱり…」

 やっぱり処理なんだと思い、気が付くと目が滲んでいた。 悲しいんだ、処理で抱かれてるって知ってこんなにも悲しいんだ、俺。 バカみたいだ、通りすがりの暗部に何期待してるんだ、と鼻を啜りながら、じゃあ何故自分なのかと最初の疑問に立ち返る。

「でも、気持ちいだけなら俺じゃなくったって誰でもおんなじだろ? なんで俺なんだよ」
「そんなことないよ! 俺、当分アンタ以外抱かないことに決めてるし、アンタが…」
「だ、だからなんで俺なんだよ?!」

 何か途轍もなく恥ずかしいことを言われた気がして、イルカは男が喋るのを遮って混ぜっ返した。 欲しい言葉を与えられたのかもしれないのに、慌ててそれを否定して目を逸らす。 だって、また勘違いじゃへこむもの。 そのくせ顔が熱かった。

「なんでって、アンタ気持ちいし、かわいいよ。 アンタの喘ぐ顔、俺大好き。 ぞくぞくする」
「お、俺がかわいい訳ないよ!」
「なぁんで? アンタ、自分の喘ぐ顔見たことあんの?」
「ある訳無いだろ!」
「だよね。 ってゆーか、誰かにそんな顔見させられてたりしてないよね? アンタ、処女だったし」
「有り得ないだろ! どうやったらそんなこと」
「例えばさ、鏡の前で抱かれたりとか」
「な…、なにエロイこと言ってんだよ! 変だよ、キミ」
「キミじゃなくてカカシ」
「カカシ?」
「そ、俺の名前」
「あ…」

 暗部がそんなこと! 自分の名前なんか他人に教えちゃったりしていいのか? 素顔も見せるし、俺、もしかして抱かれるだけ抱かれたらやっぱり殺される?

「ぷっ っくくくくくくっ!」

 イルカが真剣に悩んで内心でビクついていると、カカシと名乗った暗部は体を捩じらせて笑い出した。

「ア、アンタ、考えてることぜーんぶ顔に出るんだね! ああ、おっかしいっ」
「そ、な…」

 うう〜と言葉に詰まって唸り、イルカはまた真っ赤になった。

「ねぇイルカ、変な心配しなくていいよ」
「なんで俺の名前知ってんの?!」
「知らいでか! 忍だよ?俺達。 諜報が生業よ」
「そうだけど…、なんかズルイ」
「だからさっき教えたでしょ? 俺はカカシ」
「カカシ」
「うん! いいね!」

 ほらっと顎を勺られたので思わず素直に彼の名前を復唱すると、彼は満足気に頷いた。

「これでアンタが達く時、俺の名前呼んでもらえるね!」
「そ! そんなことしないよ! やっぱりキミ、エロイよ、変だよ」
「ほらほら、キミじゃなくって」
「カ…カカシ」
「イルカ」
「…」

 彼は、自分とそう変わらない少年の顔をいやらしく歪めて、色を含んだ吐息のような声音でイルカの名を呼んだ。 なのでイルカはまた赤面し、下を向いた。 カカシの手が再び忙しなく動き出す。 剥かれて、愛撫されて、達かされて…、最初の誓いもどこへやら、イルカは喘いだ。 イイかと問われてイイッと叫び、体を繋げて揺すぶられると、また我を失くして乱れた。 彼がイルカのペニスを握って扱きながら中を突き、イルカの中に熱いモノを注ぎ込むと同時に自分も達して、そして気がつくとその背に縋り、大きな声で「カカシ」と叫んでいた。 何も知らない、少年の淡い恋だった。



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