ギター弾きを知りませんか?


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               Epilogue 5_2   四人目


「杭は息子に名前を付けに戻ったと言った。 息子、つまり柾、イルカの父じゃな」
「名前? 無かったんですか?」
「いや、幼名で呼ばれていたらしい。 成人させて正式に名前を付ける。 彼らはとても名前を大切にしていた。」
「イルカの父が柾、柾の父が杭」
「杭の父が櫂、櫂の父は椎、椎の父は楓… 結構、忘れぬものじゃな」
「そして彼らの幼名は全て”イルカ”らしいのです。」
「成人させて”イルカ”から一人の海野の男とする。 この事がかなり重要だったようじゃ」

 彼ら二人は海野一族について調べて回ったらしい。 木の葉の仕打ちに不審を募らせ、その根底に何があるのか、何が原因なのか、調べている裡に深みに嵌ってしまったと言ったところか。 最初は別々に調べていたらしい二人がどうして手を組む事になったのかは、話されなかった。

「楓より上は自分は知らないと、杭は言っておった。 海野楓が火の国に来た最初の海野の者で、元々どの国にいたのかも伝えられていないと言う話じゃった。」
「ですが私達はそれを調べました。」
 ゴッドファーザーの低い声は、尚一層低くなった。
「巴の国の海野樒事件と言えば、ご存知の方もいるかもしれませんが」
 だが、若い者達は一様に首を横に振った。
「巴の国、海野樒事件と言うのはの、当時の巴の国の一地方豪族の族長を海野樒とその使い魔が滅ぼしたというものでの、百年も昔の話じゃ」
「滅ぼした…」
「小山ほどもある巨大な白虎の妖魔が、城ごと族長を殺したという事件ですよ。」
 カルーソの低く抑揚の無い声が後を引き継ぐ。
「海野樒は妖魔使いで、族長は彼を捕らえてその野望を暴かんとしていた所、樒が妖魔に命じて城を半壊させその妖魔と逃げた。 それが伝えられている事件のあらましです。 族長はその時に負った傷が元で死亡。 急激に勢力が衰え、その豪族はその地方の支配権を失った。 まだ群雄割拠していた頃の話ですからね。」
「まぁ、歴史と言うものは、時の為政者の都合のいいように作られるもんじゃ。」
「重要なのは、その時族長側に付いた者の中に木の葉党が居たことです。 今の木の葉の隠れ里の前身に当たる忍の集団です。 彼らのリーダーは七尾の妖狐を以ってその白虎を迎え撃ち、片腕を落としたと伝えられている。」
「七尾ですか? 九尾ではなく」
「妖狐という妖魔はその魔力の高まりと共に尾が割れていくそうですね。 その時はまだ九尾ではなかったが、恐らく先般木の葉を襲った九尾と同じ妖魔だと私達は考えている。 そしてその七尾の妖狐を使っていたのが木の葉党の若頭千影、木の葉の初代火影だと思われます。」
「この事件に関しては、当事者の一人だった高尾佐吉という人物の残した手記が残っておる。 ワシらはオリジナルの入手には失敗したのだが、巴の国の現宰相山城霞殿から直接聞いた情報によるとオリジナルは木の葉にあると言う事だった。 木の葉から来たものに渡すようにというのが佐吉本人の遺言だったらしい。 時期的に考えると、木の葉の三代目か四代目あたりが怪しいと見ておる。 山城殿の言うには、樒から上の何百年間に渡る海野家の家系図も存在すると言う事じゃ」
 
 四代目
 先生が海野に関わっていたというのか?

 カカシはまた脳裏で警告灯が回り出すのを感じていた。 王やカルーソの声がどこか遠く聞こえる。 椅子の肘掛に片肘を付き額を支える。 そうやって顔を隠し具合の悪くなってくるのを誤魔化しながら、なんとか王達の声を拾った。

「その事件に前後して、楓の父、海野樒が、自分の息子の楓を巴の国から逃がし、楓は火の国にやってきた。 そして後からやってきた木の葉党が火の国に忍の里を建立した。 これが偶然かどうかは判らんが、楓はその初代火影に気に入られて忍として生きた。 それから代々、海野家の者は忍を生業に木の葉でひっそり暮らしてきた。 中忍止まりのうだつの上がらない目立たない忍として・・・の」
 王とカルーソが黙ると、誰も声を発する者がいなくなった。 

「でも…、では、あの九尾の災厄は降って湧いたものではなく、自らが招いたものだということになりませんか?」
 王子が頭を一振りして信じられない事実を確認するようにその沈黙を破った。
「はっきりそうだとは言えないが、まぁ幾つもの事情が重なってそういう事になったとしても、元々あの里に九尾が居たことは間違い無いと思うておる。」
「初代火影が没して以来、彼の使い魔の情報はありません。 木の葉の最終兵器として、他国への抑止力として、木の葉は九尾を滅してしまう訳にはいかなかった。 初代と二代目との間に確執があったという話も聞く。 私達は、初代亡き後制御する事の適わなくなった九尾は、仕方なく木の葉のどこかに封じられたと推測しました。 そしてその封印が12年前に何かの拍子に破られたのではないか、とね。 柾は、彼は…」
「カーク」
 王が言葉を詰まらせたカルーソの名を呼んで、労わりの眼差しを向けた。
「ワシらはの、柾がその九尾に生贄として差し出された者達の一人だったのではないかと見ておるのじゃ」


 その時、カカシの頭の中に何かのイメージが割り込んできて意識がブレだした。

 まただ…
 この景色が見え出すと、正常な知覚が狂いだす
 雨だ
 雨が降っていた
 先生がいた
 三代目も
巻物  鳥居
 階段
 もう一人が、子供を抱いて…
 あれは
 あの顔は…

『カカシくん』

 ぶわっとイルカの顔が意識を占領した。
 だが何か違う気がした。
 髪が違う。
 首の後ろあたりで緩く一纏めに結った黒い髪
 もうひとつの顔
 そっくりな顔がふたつ、自分をじっと見つめている。
 

「……シくん、カカシくん!」
 
 覗いていたのは、王とカルーソの顔だった。

「九尾の生贄の話がだめなのかのぉ」
「いや、柾ではないですか」
「君はイルカの父上に会ったことはあるのかね?」
「…いえ。 話も聞いたことありません。 イルカ先生はご両親の話をしたがらないので」
 人の顔の近くで代わる代わる勝手な予想を上げる二人に適当に答え、額の冷や汗を拭う。
 
 違う。
 イルカの父の所為ではない
 あの場所
 あの階段の先で起きた事…

「うっ」
 途端に湧いてきた吐き気にえづきながら、カカシはやはりそうだと確信した。
「大丈夫かね」
「ええ」

 イルカの顔が先程からちらついている。
 幼い顔だ
 黒い大きな瞳
 今と同じ頭頂部で括った黒い髪
 だがまだ、あの鼻梁の傷が無い。
 顔の中央を横に刷くように、何かが横切っていく。
 ぱっくりと裂ける空間
 赤い
 赤い血が噴き出し…

「父上は、どうしてそこまで妖魔の事情に通じていらっしゃるのですか?」
 王子の素朴な問いが途切れ途切れに聞こえてきた。
 王がふふっと微かに笑う。
「ワシの私的な顧問にな、妖魔がおるのだ。」
「なんですって?」
「杭を攫った妖魔をの、王室顧問として向かえておるのじゃ」
「……知りませんでした」
「まぁ、公にはできんからのぉ」

 敵対していた者同士が手を組む。
 海野のために…。
 イルカの時も同じような事があった。
 ああ、でも
 頭がぐるぐる回って思考が纏まらない。

「カカシくん」
 カルーソが声を掛けてきた。
「山城様が少し前に木の葉に来たでしょう?」
「はい」
「カカシ君、山城様はイルカ君に会いに木の葉へ行った。 彼個人的には真実それが目的だったのです。 だが彼は巴の国の宰相としての任務も背負っていた。 木の葉との裏取引です。 彼と木の葉は、その時にある情報の交換をした。 それと、イルカ君の記憶の回復を図ること、それが山城様に課せられた任務だったのです。 山城様の言うには、イルカ君が彼のこれまでの人生に於いて要所要所の記憶が抜けている、それはイルカ君自身が己の記憶に硬く封をした結果だろうと推測しておられた。 だが私達は違う考えを持っている。 イルカ君が先日君との間で起こした刃傷沙汰。 アレは彼の別人格が起こした事だと、君は主張したそうだが?」
「…そうです。」
「イルカ君はその別人格が表面化している間の記憶が無いのではないかね?」
「恐らく。 ですがイルカ先生には他にも人格があって、彼とは共存していたらしいんです。」
「なるほど。 三人分の人格がイルカ君の中にはあったということだね?」
「そうです」
「その共存している人格と、先日の刃傷沙汰を起こした人格は消えたと聞いているが?」
「そうです」
「君の所為で生まれた人格が、君の言動で消えた、もう一人は巻き添えになった… そう考えていいのかね?」
「…たぶん」
「ではここからが核心だ、カカシ君。 私達はね、イルカ君には第4の人格があると推測しているんだよ。 彼の潜ってきた悲惨な経験が彼に別人格を作らせた、これは間違いないだろう。 だとするとカカシ君に出会う前からその四人目の人格は既に存在していたと考えられないかね。 つまり、四人目というよりはその人格が最初の別人格で、彼が全てを知っている。 最も古くから居て、最も残酷な記憶を全て引き受けてきたのだとしたら」
「そ…それは…」
 四人目の存在を指摘された瞬間、あの凶悪な三人目の顔が脳裏に蘇りカカシは知らず戦慄した。
「どうだね? 意識がはっきりしてきたのではないかね?」
「…え」
 驚いたことに、それまでの何かを拒むように意識をブレさせていた感覚が霧が晴れるように去った。

 なぜだ?
 どうしてこんなにはっきりと意識が冴える?
 
 だが、カカシの中で、はっきりしないものの何かの優先順位が大きく入れ替わったことが判った。

「成功したかの」
「ええ、どうやら」
 王とカルーソが嘯く。
「カカシ君、イルカ君と寄りを戻したまえ。 君は彼の側に居なければならない。 四人目が居るのだから」
「君がイルカのために身を引く理由は無くなった。 どうじゃ、今日はイルカの誕生日でもあることだし、直ぐにイルカも来るだろう。 我々からの誕生日祝いとして君をイルカに贈りたいのじゃ。 君には少々辛い思いをさせてしまったが、ワシらはほれ、イルカばかじゃからしてな。 あの子の喜ぶ顔が見たいのじゃよ」
「な………」

 何を
 何を言ってるんだ、この爺さん達は…

 余りの展開の唐突さに着いていけない。

「い、今までのはいったい、なんだったんです?!」
「まぁまぁ」
「山城様が失敗したことを、我々がやったまでのことだ。」
「カーク、そこまで言うたら終いじゃぞ。 のぉ、カカシ君、どうじゃな」
「あなた達はいったい…」

 
 その時、イルカの気配ともう一人のよく判らない気配が近付いてきた。
 そして扉が開かれた。
 

「カカシさん!」

 





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