ギター弾きを知りませんか?
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Epilogue 3 ゴッド・ファーザー
「イルカ君の話を聞いて、私は居ても立ってもいられない気持ちになった。」
自分の急く気持ちが部下に彼やガストンを手荒に扱わせたと詫びながら、ファミリィの大ボスの話が始まった。 その声は非常に低く、また抑揚に乏しかった。 その所為か、居ても立ってもいられなかったという言葉からも、彼の焦燥は伝わってこなかったが、幾つものファミリィを束ねるにはこれくらいの落ち着きがなければ到底やってはいけないのだろう、と想像させられた。
「私が柾に会ったのは、彼が君と同じようにウチの内情調査に来た時だった。 こちらの国王陛下は定期的にウチに内偵を入れるのが趣味の人でね。」
ゴッドファーザー、カーク・カルーソは、知る人ぞ知るその世界の真のボスだった。 この国の王とは旧知の間柄のようで、立場上馴れ合っている訳ではないのだろうが決して反目し合っているようには見えなかった。
「彼が君と違う点は、証拠書類をそのまま持って帰って提出したりせずに、まず自分でとことん調べ上げた事だ。」
カカシはボリボリと後ろ頭を掻いた。 実はドサクサに紛れて盗み取った書類は全て偽物だった。 イルカの出現でゴタゴタした事もあり、カカシもよく確かめずに提出してしまったのだ。 後で五代目から大目玉を喰らった記憶もまだ鮮明にある。
俺だって、ゆっくり地道に自分で調べようと思ってたんだ。
イルカ先生があんな風に絡んでこなけりゃ、予定通りのんびりヒモ生活を楽しみつつ
周辺から攻めていくはずだったのに。
いきなりな展開に偶然手に入った資料
続くゴタゴタ
俺がやんなっちゃってもしょうがないじゃないの
ねぇ
内心の気持ちは口には出さず、肩をすくめて見せると、カルーソはちょっと口端を歪めて話を再開させた。
「柾は、細かい所まで調べ上げて、それが捏造データである事を見切っただけでなく、僅かに織り交ぜられていた本当のデータの中に私も気付かなかった不正があることまで解析した。」
「ああ、イルカ先生もそういの得意そうだな。」
受付ではほのぼの笑っているイルカだが、裏では任務報告書のデータ集積から解析まで、過重労働が課せられているのを殆どの者が知らない。 データ処理は結構なノウハウが必要となるので、イルカほど要領よく処理できるようになるにはそれなりの年月がかかり、実際問題上忍十人より代え難い存在なのだ。
「海野家の者は皆、どちらかと言うと内務に向いている性格なのだろう。 だが、柾は忍としても優秀だったよ。」
「イルカ先生も、中忍にしておくのはもったいない、とよく言われていますよ」
思わず知らずイルカの肩を持つ言い方になってしまった事に、先に反応したのはだが、王とカルーソだった。
「いえ、すいません。 話の続きをどうぞ」
再び頭を掻いて促すカカシに、カルーソはまた微かに微笑んだ。
「柾は、あろうことか盗んだ書類を手に屋敷に乗り込んできた。」
海野柾。 イルカの父。 九尾の夜に死んだ人。 イルカは決して両親の話をしようとしない。 彼の人柄を見るにつけ、育てた者がどんなに彼を愛し慈しんでいたかが伺われる。 だが、イルカは両親の話を振られると、凍りついたように表情を無くすのが常だった。
「彼は私に面会を求めた。 忍装束のまま正面玄関へ来て、もちろん部下に即刻拘束され痛めつけられた。 だが諦めず、大事な用件だと言い続けて、私は根負けさせられた。 それが私の運の尽きだった。」
先程のガストンの言った言葉をそのまま引用し、ニッと口端を歪めて笑う。 やはり、そこに後悔の色は無い。
「私は彼に会った。 彼は殴られた痣のある顔で、このデータには不正が有る、と細かに解説し、会計士に会わせろと言ってきた。 怯えきった会計士が私達の前に引き出された時、だが彼は、その会計士の家庭の事情まで調べてきていて彼を弁護しだした。 いずれバレル事だから、まだ傷が深くない今の裡に真実を明かし、私に許しを請えと説いた。 そして、彼の内情を知らず放置した私にも責任があると、私を非難した。 彼の事をもっと理解して気を配っていれば、こんな風に裏切られる事は無いのだと、私を…、この私に説教を垂れた。 腹が立ちましたよ。」
「死ぬ覚悟だったじゃろうのぉ」
王がしみじみ言葉を漏らす。
「ええ。 実際私は、この生意気な忍の話を聞くだけ聞いたら、会計士と一緒に殺すつもりでした。 だが柾は会計士の命乞いをして食い下がった。 私は段々、この男をただ殺すだけでは飽き足らなくなってきて、彼を辱めるだけ辱めてから殺すことにした。 その代わりに会計士は、追い出したが殺す事だけは止めてやった。 後はガストンとだいたい同じ件です。 部下に嬲らせて適当に殺すように言いつけて、私は彼の事を忘れた。 だが、暫らくして彼がどうなったか部下に尋ねると、部下達は顔を青くさせてシドロモドロに言い訳をしだした。 まだ殺していない、案外体の具合が好いので女として飼ってはいけないか、と申し出てくるものまでいた。 私は滅多に行かない地下の拷問部屋まで足を運び、丁度部下達に組み敷かれ鳴かされている現場を見た。 あの声を聞いてしまった。 その夜、私は彼を自分の寝室に呼んだ。 そして…捉まってしまった。」
カカシは、ベッドで悶えるイルカの媚態を思い起こしていた。 声。 そうだ、あの声を聞かされると脳が溶ける。 もう後戻りできなくなる。 抱いて抱いて、どんなに抱いても尽きなく湧き上がる欲望を彼の中に注ぎ、震える背やひくつく秘部にまた欲望を煽られる。 夜が短いと感じるほどに。
「柾…、懐かしい名だ。 私は彼を理解しようとした。 だが、知れば知るほど彼が見えなくなった。 何も隠すことのないような裏表の無い顔をしていながら、彼には底知れない所があった。 私はもう、彼を手放せなくなっていた。 里から召喚状がきたと言う彼に、ここに居てくれと、跪いて足先に接吻けさえした。 やはり彼も無理に帰ろうとはしなかったよ、ガストン。」
「では、なぜ帰したんですか?」
「君と同じだ。 柾は徐々に衰弱してきた。 彼にはこのまま死んでもいいと思っている節が見え隠れしていて、私は悩んだ。」
海野の者は、どうしてこう精神と肉体のバランスが悪いのだろうか、とカカシは内心独言ちた。 イルカも、自分では何ともないと思っているようだが無理をさせると直ぐに衰弱する。 無理というのは体の無理と言うよりも精神的なストレスの方が影響が甚大で、やらなければならない仕事をさせなかったり、天職と思っているらしいアカデミーに長く行けなかったりするだけで、彼は弱るのだ。 食が細り、あっと言う間に痩せてくる。 そしてそれを、自分では大した問題ではないと一向に気をつけようとしないのだった。
「それでも私がぐずぐず帰せないでいると、ジルがやってきた。」
「ジル?」
「そこに座っておられる方だ。」
「え、王様? 王様が態々ヤクザの元へ?」
「ジリアン・デル・ウル・ラクシズ。 彼は私の幼馴染の兄貴分でね、若い頃はジルに悪い事をたくさん教えられたものですよ。」
「ウォッホン」
わざとらしく咳払いをして、王がそっぽを向いたが、皆の視線が一向に外れないのを感じたのか向き直って説明しだした。
「まぁ、若気の至りくらい誰でもあるじゃろぉ、のぉ。 カークが柾を帰さないと、木の葉からは矢の催促が来ていたし、ワシも杭の息子のこと、彼の様子は凡そ想像がついた。 無理をさせると海野の者は死んでしまうぞと、彼の父の話をしてやって、やっと柾は解放されたのじゃ」
「でも、私は後悔しましたよ。 あのまま私の家に縛ってでも置いておけばよかった。 そうすれば九尾に供されることもなく、あんな死に方を…」
「カーク、それは言わない約束じゃ」
「…ええ、そうでしたね」
「九尾に供されたって…?」
王とゴッドファーザーは、驚くカカシの顔に暫らく視線を併せると、お互い顔を見合わせた。
「やはり知らんのじゃな」
王は酒をそれぞれの杯に注ぎ足すように次女に言いつけると、椅子にゆったりと腰掛け直した。
「そろそろワシの話をせねばならんかの。 その前にカカシ君、君に2・3 聞きたい事がある。」
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