ギター弾きを知りませんか?


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               Epilogue 2   港の男


 あのうらぶれた港町の居酒屋で出会った男の話は短かった。 彼は、自分の失った恋人の面影がイルカにあったのだと最初言っていたが、それは嘘だと言い出した。
「イルカに会って、俺は自分がどうかなるのが判った。 口ではうまく説明できないが…」
「判るよ」
 ファミリィの大ボス、カルーソが低い静かな声で肯定した。 男はふっと、その屈強な外見に似合わない幼さの残った笑顔を零した。

 男の名はケイン。 長距離輸送船の水夫で、半年海の上にいて、後の半年を陸で過ごすような生活をしているらしい。 長身で大柄、筋骨隆々とした健康的な小麦色の肌を惜しげもなく晒し、性格も真っ直ぐでおおらかだった。 恐らく自分より4・5歳は若いであろうこの海の男は、多分人を愛せばその真っ直ぐさで一途に想い、ひたすら尽くすだろう。 イルカもこんな男の方がどんなに幸せか、そう思える男だった。

「そこの兄さんが、アイツに冷たくしてるから」
 とこちらを横目で見て、ツイとすぐに視線を逸らす。
「その時のアイツの顔があんまり辛そうだったから…、なんて言うかその、意地になった。」
「判る判る」
 今度は小ボスのガストンが相槌を打った。

 俺って悪者?

 そこに至ってカカシはやっと、この場での自分の立ち居地は、責任を取る気もないのにイルカを弄んだ挙句に、辛く当たってボロキレのように捨てた許せない人物として認識されているらしい、と気付いた。

 だったら何で俺を呼ぶんだ?

 言い訳をするつもりは毛頭なかったのだが、ここに呼ばれるにはそれなりの理由があるはずだ、と俄かに緊張を覚える。 さっきまでは、縁側で繰り広げられる年寄りの思い出話の寄り合いのような、のんびりとした集まりのつもりだったのだ。 それとなくこの寄り合いのメンバーを見渡し、だがカカシはふぅと溜息を吐いた。

 所詮、俺は木の葉代表に他ならない。
 この集まりは、ただイルカの事を色々な角度から愛おしむ
 そのためだけのもの…

「アイツを絆すために死んだ恋人を持ち出した。 前の恋人が死んだのは本当なんだ。 だが、イルカには全然似ていなかった。 どっちかって言うとアンタの方に似てる。」
「え、俺?」
 カカシは吃驚して目を丸くした。
「そんな風な銀の髪に青い瞳で、冷たいヤツだったからさ。 そんなアンタにイルカが冷たくあしらわれてて、俺はかつての自分をイルカの中に見たのかもしれない。」
「誓って言いますが、その彼女はあなたを愛してしましたよ」
「判ってるよ、判ってるけど、言葉や態度で示して欲しいもんなんだよ!」
 何故か、男とカカシ以外の全員がそこで吹き出した。
「笑うところですか? ここ」
「いや、すまない」
 ケインが言葉もなく憤慨した顔で押し黙ってしまったので、カカシが代わりに突っ込む。 王が肩をヒクヒクと揺らしながら詫びた。
「で、イルカとはその後どうなったんだ?」
 王に促され、朴訥とした港の男はまたぼそぼそと話し出した。

「俺がイルカを抱いているうちに、アンタは居なくなった。 イルカの絶望したような顔を忘れられないよ。 アンタは酷い奴だ。」
「すいませんねぇ、邪魔するなって言われたもんで」
「あの時はもう別れていたのか?」
「はい」
「なんで別れたんだ?」
「それは…、また追々。 今はあなたの話をどうぞ」
 男はあからさまに眉根に皺を寄せ不快を表したが、それ以上は言わなかった。
「アイツと別れられるなんて信じられん。 今でもはっきり思い描けるよ、アイツの体や顔、声…。 体の線を確かめるように両手で胴を隈なく揉んだり擦ったりしてやると、白い肌がピンク色に上気して色っぽかった。」
 宙に両手で形を作るようにして、海の男の無骨で大きな掌が踊る。 先程は、ガストンから濡れ場の話が聞けなくて残念だと感じたのに、いざ生々しい最中のシーンを語られると堪らなくなって、カカシは若干ギターの音を大きめにした。

 ああ、判るさ
 未だに、毎晩のように悩まされるさ
 あの体、声、瞳…
 胸を掻き毟り 耳を塞ぎ
 一人の夜の証のように
 イルカを想いながら慰めもする

「俺は、アイツがいきなり来た柄の悪い連中に連れ攫われるまで、このままずっと一緒に生きるつもりだった。」
「もう腕と足はいいのか?」
「ああ」
 ガストンの問いに腕と足を派手に動かせて見せて男は答えた。
「悪かったな。 そんな命令はしていなかったんだが、俺の…その、妻が一枚噛んでいたらしくてな」
「ああ、別にアンタを恨んではいないよ。 ただ、あの時イルカがされた事については未だに許せんがな」
「薬を打たれて輪姦されたと聞きましたが」
 カカシが口を挟むと、さもおまえが聞くなと言う顔をしながらもケインは頷いた。
「ああ。 あいつら来るなり俺を襲った。 5人だったからな、どうしようもなくヤラレちまったよ。 俺も喧嘩っ早い方だから、どこかの町での諍いの仕返しかと思ったが違った。 でも、あいつらの目的がイルカだと判った時はもう俺は動けなかったんだ。 イルカもかなり抵抗していたが、5人相手だ、すぐに押さえ込まれていいようにされちまった。 薬もな、丸二日間打たれ通しで、それが一番堪らなかった。 まだアイツの声が耳について離れない。」
「イルカは中忍と言う事だが、さっきの人質奪還任務の話では町のチンピラ5人くらいにやられるようには思えないが、どうなのかね、その辺のところは?」
 王がカカシに話を振ってくる。 木の葉の中忍の沽券に関わることでもあるので、ここは一つきっちり説明しなければならない所だったが、カカシはあまり話したくなかった。 あの時の事は、今でも思い出すと胸が痛い。 分裂症の事は伏せておこうと思った。 老獪な年寄り達には既知の事実かもしれないが、態々この若者に話すまでもないだろう。
「イルカ先生は、あの時影分身という術で2人に分かれていました。 里にはそれまで通りに仕事を続けるイルカ先生が居て、もう一人が旅に出ていました。」
「え? じゃあ俺が抱いてたのは偽者だったのか?」
「いえ、旅に出ていた方が本体だったんですが、彼の里での通常の仕事は忍術アカデミーの教師です。 そこで子供達に忍術を教え、有事の時は守らなければなりません。 それでチャクラの殆どを影分身の方に置いてきてしまっていたらしいです。 体術も、イルカ先生はかなりの使い手です。 彼はあの通り小柄だし体重が軽いので、重い蹴りや突きに頼るような格闘戦には向きません。 彼は彼なりに自分の体型に合った武術を研究して、日本の空手とフィリピン式カリの両方を取り入れた、超接近戦向きの体術を独自で身に付けていたようです。 相手の体重や勢いを利用した投げや突きを繰り出しながら、懐に入り込んで急所を狙う。 その上クナイや仕込み刀も併せて使いますから、手足の腱なんかを切られた日にゃもう直ぐ戦闘不能に陥らせられます。 彼は強いですよ。」
「君は…、彼と手合わせした事があるのかね?」
 王が問うた。
 一瞬ビクリと体が震える。
 彼と組み合ったのは、あの時だけだった。
「はい、一回だけ」
「一回だけ…のぉ」
 やはりこの方は知っている、そう思った。
「そんなに強いのに、抵抗できなかったのか? それともしなかったのか?」
 ケインは訝しげに言い募った。
「イルカ先生が一般人相手に本気が出せるとは思えませんが、まぁあの時はできなかったんでしょうねぇ。 我々はチャクラが無いと思うように動けませんので」
「では、あの時のイルカは、ほとんど一般人同様だったということかね?」
「そうですね」
 王は、ふむ、と顎を撫でた。
「それで、城壁からも落ちた訳です。 本人は壁を歩けるつもりだったらしいんですが、思うようにいかなかったんでしょう。 俺がいなけりゃ今頃どうなってたか…」
 カカシが思い出してふぅと溜息を吐くと、王が尚も深く頷きを繰り返しながら吃驚するような事を問うた。
「忍者というものは、そのような状態でいると何か不味いことがあるのだろうか? 例えば体が弱るとか」
「そうですね、影分身は非常にチャクラの消費が激しい術ですから」
「いやいや、そうじゃない。 影分身はしなくて構わないのだ。 ただそのチャクラとやらを捨てれば忍を辞めて一般人にはなれるのかな、と問うておるのだ」
「…は?」
「いくら有能でも、人には向き不向きというものがあるじゃろう? 向かない者は一般人が仕事を変わるように、忍である事を辞めることはできるのかな。」
「職業としての”忍”は辞められるでしょうが、身に付いた技術は無くなりはしませんね。 それは一般人も同じでしょうが、チャクラと言うのは生まれつきのもので、望んで得たり捨てたりできるものではありませんし。 まぁ、本人次第かな」
「そうか。 ワシはイルカは向かないと思うのだが」
「それは俺も同感だ」
 ケインが激しく同意を表した。
「それは…、俺にはなんとも…」
 カカシは表情を無くして低く答えた。






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