ギター弾きを知りませんか?
14
呼び付けられて病院へ行くと、イルカの担当医の部屋に通された。
「海野イルカですが、ちょっとパニック状態になってまして」
「はぁ」
「あなたのお話では、乖離性神経症ではないかと言うことでしたが、今のところそういう症状は見えません。 それどころか、彼が居なくなったと大騒ぎをしましてね。 今、安定剤を打って眠らせていますが、取り押さえた時の様子を、そういう観点でもう一回話していただけたらと思いまして」
「”彼”が居なくなった、と?」
「ええ」
「そうですか…」
誰が居なくなり、誰が残ったのだろうか。
一つの人格が消える時
それはその人格が生まれなければならなかった状況が改善されるか解消されれば、そういう事も有り得ると
医師は言った。

「その時、あなたは彼に何と言ったのですか?」
「もう一度…」
「もう一度?」
「いえ、勘違いでした。 すみません。」
消えたのが”ヤツ”の方ならば
”ヤツ”は、俺がイルカを捨てた時に現れたのかもしれない。
そう思うと不謹慎だが少し嬉しい自分がいる。
何も表情に出さなかったイルカが、実は別人格を創り上げてしまうほど参っていたのかと思うと。
だが医師によれば、主人格以外の別人格が居る兆候は医師の前では見られないと言う事だった。
俺でも気付かなかったのだ。
イルカが早々そんな隙を他人に見せるとは思えないが、もし消えたのが”アイツ”の方なら?
”ヤツ”と”アイツ”が同時に消えてしまったとしたら?
あの時”ヤツ”の手を押さえたのは誰だ?
「イルカ先生」
あれきり、イルカはカカシを見なくなった。 あの国で見せた縋るような目も、木の葉の受付で見せた冷たい目も、先日対峙した時の燃えるような目も。
「イルカ先生」
「彼がいないと、生きていけない」
もう一度名を呼ぶと、イルカは項垂れたままボソリと呟いた。
「イルカ先生、あなたはどっち?」
「ずっと守ってくれた」
じゃあ、あの夜抱いた”彼”か、居なくなってしまったのは…
それは、カカシの胸を思いの外深く、鋭く、抉った。
「ずっと二人で、二人きりで生きてきたのに…」
俺が居ますよ、とカカシには言えなかった。
「薬をちゃんと飲んでくださいね」
答えないイルカにそう声を掛けて部屋を後にする。 自分ではどうしようもない。 それに、あのイルカが居なくなってしまったと知って、カカシは言いようの無い虚無感に襲われていた。 自分まで一緒に死んでしまったような、喪失感。 今のイルカも、そんな気持ちなのだろうか。 内臓も全体的に弱っている、と担当医が言っていた。 神経症を患うと自律神経系が上手く働かなくなって、最後には多臓器不全で命まで落とすケースに陥りやすいと。 放っておいてはいけない、そう思うが気持ちはズルズルとどん底に落ちていくばかりだった。
その時、脇を金色の影がビュッと通り抜けていった。
「イルカ先生っ」
「ナルト…」
「大丈夫かよ、俺イルカ先生が倒れたって聞いて、すっ飛んで来たってばよ」
先程までいた部屋からそんな会話が聞こえてきた。
敵わないねぇ、まったく…
ボリボリと頭を掻いて、カカシはそのまま病院を後にした。
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