森の縁の家で


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「抜かずの5発」
「却下、無理ですから」
「じゃあ、抜かずの4発!」
「却下」
「3発!」
「却下」
「2発…」
「却下」
「…1発…?」
「却下」
「イ、イルカ先生? 俺の言ってること聞いてます?」

               ・・・

 抜かずの2発。 うつ伏せたまま息を整え、イルカはやっと薄く目を開けた。 流れる汗に張り付く前髪を手を伸ばして掬い挙げてやると、ぼんやりしていた顔をぽやんと綻ばせ、笑った。 イルカの顔が好きだ。

「カカシさん」

 そのまま暫らく髪を梳いていたかった。 スルスルとした感触が心地いい。 イルカの黒髪が好き。

「カカシさん」
「なぁに」

 声も好きだ。 響きがいい。 左手で頬杖を、右手でイルカの髪を。 しぱしぱと目を瞬かせるイルカの黒い睫が濡れていて艶めいて、色っぽいと思う。 水分を吸って重そうにゆっくり開いたり閉じたりを繰り返すイルカの睫が好きだ。 いつもは眠そうにそのまま段々重くなり遅くなり、いつの間にか開かなくなってぴったりと閉じられて、スースーと寝息を立てて寝入ってしまう。 あどけない、忘れもしない初めての夜に見たあの、あどけない寝顔が大好き。 セックスに疲れて、色を残したまま寝入るのに、イルカの寝顔はあどけない。

「カカシさん」
「なに? 今日は眠くないの?」
「はい」

 珍しくイルカはパッチリと目を見開いたまま見上げるように顔を少し捻じ向けて、こちらを見ていた。 上がった顎がかわいい。 髪を梳く手を下ろして頬を撫で顎を擦ると、手に手を併せてきて顔をスリッと擦り寄せた。 か、かわいいっ

「カカシさん」

 そのまま腕伝いに手を伸ばしてきたイルカの掌が胸に辿り着くと、もそっとシーツの上を躙って体ごと擦り寄って、そして言った。

「もっと」
「…………え?」

 イルカは拒まない。 けど自分から強請らない。 素直に喘ぐし、名前を呼んで縋り付く。 イイかと聞けばイイと答え、切なげに眉を顰めてかわいく達する。 でも、イルカから「もっと」なんて言葉、聞いた試しが無かった。

「えっと、な、なにが? 風呂?」
「もっと…してください」

 は………はぁ?!
 なにか幻聴が…

「も、もももも、もっとって、もっとシテってこと?」
「俺今そう言いましたけど?」
「でーでもでもでもでも、あーあした、あしたアカデミーいいの?」
「半休取りました」
「へ?」

 おかしい、おかしいよ? イルカ先生じゃないみたい。 いつもなら、もう今頃は寝ちゃってる。 よく寝る子なのだ。 それに、それに、このぼんやりちゃんは欲が無くって無さ過ぎで、何かしてほしいと言われた事が無い。 セックス限定じゃなくってもだ。

「俺…なにかした…っけ?」
「はぁ?」
「イルカ先生をなんか不安がらせるような事、した?」
「いいえ」
「じゃ、じゃあ、なんで?」
「もうシタくないなら無理にとは…」
「シ、シタイですっ もちろんっ」
「なら」
「いいの?」
「はい、もっと愛してください。 もっと抱いてください。 もっと」
「っ」

 こんちくしょうっ!
 なんでもいいやっ
 かわいいぞっ

 半休じゃ済まないかもな、と思いつつ、もっともっとと言う口を塞ぎ、手がいつもよりかなり乱暴になって、ムスコもなんだかぶっとく反り返り、耳元でドクドク言う自分の血流の音が煩いくらいで、どうしてこんな、どうしてどうして、と頭の中ではぐるぐる疑問符が回った。 イルカは艶かしく喘いだ。 体も感じて悦んでいた。 それが伝わってきて、嬉しかった。


 イルカを姫抱きにして風呂に入れることに関しては、各方面から批判・非難があるようだが、当のイルカ本人もそれを喜ばないが、こうして彼が自分の所為で動けなくなった時くらいはできるだけの事はしてやりたい。 それに、姫抱きにされている時のイルカの顔が好きだ。 どこか頼りなげで不安げで、落ち着かなげで、それでも何も文句を言わず黙ってされるがままになっている。 明るい場所で裸体を晒すことも、他人の手で後の始末をされることも、本当は嫌なのだろうに。

「もうちょっと、力抜いて」

 風呂Hはイルカが露骨に嫌がる数少ない事のひとつだ。 イルカは風呂が好きで風呂タイムを愛している。 それを侵されたくない、楽しみたい。 きっとそう思っているのだと思う。 だから自分も無理強いはしないようにしていたのに、今日はそれさえ許された。 風呂場は明るく、声が響いた。 それがイルカの羞恥心を煽り、延いては自分を煽る。 自分の元気なムスコが白いイルカの尻を出入りする様を明るい照明の下で見れる機会があまりに稀だったために、かなり興奮してしまって責めが激しくなってしまった。 それでもイルカは一言も抗議の言葉を発さず、ただ喘いだ。 浴槽の縁に掴まり今にも顔を湯に浸けてしまいそうになるくらい前にのめって、後ろから突き上げる度に上下する肩や項、背中の大きな傷が赤みを増し、タイル張りの壁に反響する声と相俟って尚一層情欲を煽る。

「ごめんね、明日、休んで」

 律動を刻みながらそう告げると、イルカは少しだけ振り返って「いいですから」と答えた。 目元が赤く色めいていた。

               ・・・

「じゃあ、風呂H」
「却下、風呂はゆっくり入りたいです」
「んもう、イルカ先生、端から却下してるじゃないですかぁ」
「もうちょっと現実味のあること言ってください」
「俺的にはどれも現実的なんだけど」
「毎日ですよ? 毎日できることです」
「俺、毎日できるも」
「俺は無理です」
「はいはい」

               ・・・

 寝床に戻ってシーツを換えて、イルカを抱き込んで眠った。 最初の晩に寝かされた客間が、今は自分用の部屋となっていた。 自分用の布団はダブルで、唯一自分が新調して持ち込んだ物だ。 イルカを抱いて、そのまま寝てしまっても狭くない程の幅がある。 だが、普段イルカは元々の自分の部屋で寝起きしていた。 セックスは俺の部屋、寝るのは自分の部屋、と線を引いているのかもしれない。 事後も動けない時以外は、風呂から出るとすぐ自分の部屋に引っ込もうとする。 強引に連れ込めば拒まないで同衾するが、互いの任務時間にズレがある以上そうそう無理を強いることもできなかった。 この済し崩しの関係を彼がどう思っているのか、問うたことはまだない。 最初が最初だけに、微妙な平衡が保たれている今の状態を壊してしまうのが恐いのだ。 彼が何も疑問を口にしない限り、このままなんとなくの関係で居続ける気がする。

「休まらないんじゃありません?」
「休まりませんとも、もう一回シタイです」
「あした、任務あるんでしょう?」
「あります」
「眠らないと」
「だいじょうぶです」
「……シテ…いいですよ?」

 抱き締めていた腕に思わず力が入り、ピクリと痙攣したように動いた。 「どうしたんです、今日は変ですよ?」と喉元まで出かかった。 だがやはり、口にはできなかった。

「っ」

 両手で頭と顎を掴み、まだ何か言おうとする口を塞いだ。 狂おしく接吻けているとまたぞろ欲望が頭を擡げてきたが、ただ接吻けだけをした。 そして顔を見ないようにぎゅっと胸に抱き込み「寝ましょう」と言うと、彼はまた「シナイんですか?」と問うてきたので再び接吻けで言葉を封じる。 「シナイなら俺は自分の部屋へ戻って寝ます」と言い出すのではないかと、それが嫌で、接吻けては抱き込み、また接吻けては胸にしまった。 彼は何回目かでスリッと頭を擦り寄せて吐息を吐き、目を閉じた。

               ・・・

「朝H」
「きゃ…却下っ ああっ」
「ねぇ、朝H、許してよ」
「だ、だめ、毎日なんて、む、無理」
「今日はいいの?」
「今日も、だめぇ、半休の、は、はず、だったの、にぃ」
「もう全休って連絡したよ」
「嘘…」
「ほんと」

 律動を収めてそう言うと、イルカは暫らく呆けたようにじっと見つめてきた。 だがすぐ、ふぅと溜息と共に諦め顔になり、仕方ないですね、と力を抜く。

「今日だけ、ですからね」
「なんだったら許してくれるのよ」
「毎日無理なくできることです」
「そんなの、どれだって無理でしょ」
「セックスから離れて考えたら…あっ ああっ」
「考えらんないもん」

 開いた足を抱え直して強く突き込むと、イルカは喉を晒して喘いだ。 朝日の中で淫らだった。

「ああ、朝Hは明るくっていいな」
「!」

 今気付いたのかこの人は! 途端に赤面して両手で口元を覆うイルカに呆れる。

「うおおっ 締まるぅ〜〜」
「ば、ばかっ」

 ガリガリと引っ掻いてくる手を押さえるために仕方なく足を下ろし、体を密着させて手を顔の横に磔ると、イルカは真っ赤になって睨みつけてきた。

「Hの時明るくするってのは?」
「嫌です」

 涙目だ。 弱いんだよなぁ、この顔に。

「こないだだって、昼Hシタじゃない」
「あの時は…時間無いって言うし」
「かわいかったよ」
「うう」

 終に眦から涙がコロリと転がり落ち、俺は降参した。 抱かれる事に抵抗はしないのに、変なところで嫌がるのはなぜ? 恥らってるの? それとも唯嫌なの?

「あ、アナタだって、今日任務あるって、あ、やぁっ」
「あるある」
「や、そこ、やですぅ、うぁっ ああっ」

 セックスしてる時に任務の話なんて野暮なこと、と弱いと知っている場所を抉ると簡単に言葉を継げなくなるイルカ。 腰を波打つようにリズムよく揺らし、しつこくソコを責めてやると、イルカは正体を失くして泣き濡れ喘いだ。 淫らな顔付きなのに、どこかやはりあどけない、そう思った。

               ・・・

「イルカ先生、じゃあ俺行ってきますね」
「あ…」

 うつらうつらしていたイルカに一応声を掛けると、彼ははっとして体を起こそうとし、失敗した。

「無理しないで寝てなよ。 今日はお休み、ね」
「はい」

 ぽやんとした顔で頷く。 心配だ、この人。 動けないのに置いてって大丈夫か? 誰か乱入してきてこの人を無理矢理犯さないか?

「俺か」
「は?」

 そりゃ俺だよ、と自分突っ込みをしながら「いいえ何でも」と笑い「じゃあね」と手を振ると、イルカは「ちょっと待ってください」と言ってうーうー唸りながら体を起こした。

「どうしたの? なにかしたいの?」
「あの…もうこれ以上は動けないので、ちょっとここまで来てもらえませんか?」
「?」

 今は自分の部屋となった客間のダブルの布団の上で半身を起こしたイルカが、自分に向かって両手を差し出している。 障子を透かして日の光が薄明るく室内を照らす。 イルカは髪を解いていて、あどけない顔で待っている。 どうしたのだろう? 何をしたいのだろう?

「なぁに、起きたい?」
「違うんです、あの…もうちょっと側まで」
「まだ抱かれ足りない?」
「いいから!」

 手の届く所まで寄るとグイと胸元を掴まれ引き寄せられ、イルカはそのまま両手を首に絡めてきた。 そして

「いってらっしゃい、気をつけて」

 そして頬にキスを。

「う……うん」

 思わずイルカの唇が触れた箇所を手で覆い、そこがカーっと熱くなるのを感じて焦る。 いや、マジで焦った。 どう反応していいか全然判んない。

「あ、あの…いってらっしゃいのキスなら俺、く、唇がいいな」
「はぁ」

 照れ隠しにやっとそれだけ言うと、イルカはいつもの呆けた返事をした。 そして、じゃあ遣り直しとばかりにまた手を伸ばしてくるので体を寄せる。 イルカから接吻け。 感動の一瞬。

「いってらっしゃ…うむっ」

 もちろん、その後ろ頭を捕まえて深々と接吻ける。 また勃起してきそうだった。 とってもイイ感じ。

「俺、これがいいな」
「ふぁ?」
「いってらっしゃいのキス、毎日してよ。 朝だけじゃなくて、任務が決まったらさ、俺アンタのとこ行くから俺に時間ください。 たとえ授業中でも受付け仕事中でもだよ? 5分でいいから俺にちょうだい」
「…」

 イルカはぽかんと呆けた。 目をあちこち彷徨わせ頻りに何かをシミュレイションすること数十秒。 やっと視線を併せてきた時はうっすら赤く染まった顔をしていて、でもコクリと頷いてくれた。

「やった! 約束ね!」
「は、はい」

 またコックリと頷く顎を捕らえ、キスで濡れた唇を親指できゅっと拭うと、自分の口布も引き上げる。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 自分のどこかが、甘い砂糖菓子に浸ったような気分から任務モードに切り替わっていくのがおかしかった。 イルカもどこか受付けで送り出す時のような神妙な顔をしている。 それがまた、おかしかった。





 こうして俺は、そうとは知らずにイルカから贈り物を受け取った。 今日した事の中で何かひとつ、毎日するとしたら何がいいかと、そう問われてのことだった。 一緒に眠りたいと言った時には、それが当たり前になるのが恐いと、また却下したくせに、彼はセックスでない時の接吻けを許してくれた。 それが、彼が彼なりに考えて選んだ、俺の誕生日の贈り物であることに気付いたのは、忘れたまま過ぎていた自分の誕生日をハタと思い出した、数日後のことだったが。






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