森の縁の家で
3
1時間
天気のよい日曜の午後で、イルカは干した洗濯物と布団を取り込もうかどうしようかとボンヤリ考えていた。 もう少し日の恩恵に与れるのではないかなと、往生際悪く決めかねていたのだ。 今取り込めば確実にふかふかだ。 ちょっとでも翳れば湿気を吸う。 でも、少しでも長く干したい。 一週間に一度しか干せないのだし、カカシとの夜の営みのお蔭で結構いろいろ大変だ。
「買い物も行きたいし、布団だけでも先に入れるか」
カカシが持ち込んだ唯一の物。 それがこのダブルの布団で、干すのにも取り込むにも骨が折れる。 それ用にシーツも新調しなければならず、そのシーツの洗濯がまた大変だった。 シーツ2枚で洗濯機は一杯だ。 今まで一人分しか無かった洗濯物は、たとえ一週間分溜まっていようと今の慎ましいサイズの洗濯機で充分だったのに、こうなるとちょっと考えてしまう。 回数を増やすより洗濯機を買い換えて水の節約に努めた方が省エネというものだろうか。
「ちーいさいー頃ーはぁー かーみさまがいてぇー♪ よっとっ」
鼻歌交じりで布団を担ぎ、今やカカシ部屋となった客室の縁側に放る。 森の辺らしく蝉の大合唱に包まれているので、多少の音痴でも恥ずかしくない。 もう秋口だったが、日中はまだ油蝉やら熊蝉やらの声が煩いほどだった。 これが夕方になると、秋の虫の音がするのだから摩訶不思議。
「ふぅーしぎに夢を〜 かなえーてくれたぁー♪」
掛け布団も放り、ばふんと布団の山に体を投げ、スリスリと太陽の匂いを嗅ぐと子供の頃の事が思い出されて、頭を一振りして物干し場に戻った。 足にはツッカケ、踏み石でカランと鳴り、イルカの家の狭くはないが広くもない庭を占領した洗濯物がはためく一番日当たりのよい場所に行って、シーツとシーツの間を歩く。
「こぉーころーの奥ぅーにー しーまい忘れぇたー♪ たぁーいせつなぁ箱ー」
ダブルサイズのシーツは6枚。 それはカカシが今週3回泊まっていったことを示している。 カカシが泊まりに来る=セックスをしに来るなので、一晩に2枚以上シーツが要るのだ。 2枚で済めばまだいい。
「開くぅーとっきはいーまー♪ 雨あが」
「イルカ」
突然、殺気立ったような声と共にシーツの間からにゅっと手が伸びてきて、腕を掴まれ乱暴に引き寄せられて抱き込まれた。 泥と埃と汗と、微かな血の匂いがした。
「カ… うむ」
ぐぁしっと骨が軋むほど強い抱擁と同時に口を塞がれ、むちゃくちゃに乱暴な接吻けに脳が止まってしまった。 気配が読めないのでこういう事はしょっちゅうだったが、心臓に悪い。
「んん、んぁ、カカッ ふん」
餓えている、と感じた。 手が顔と言わず体と言わずそこら中を這い回る。 口中を犯す舌も乱暴で、喉の奥まで嘗め回されて苦しかった。 呼吸のタイミングさえ与えられず、鼻で息をすればいいのに唯々されるが儘に喘いでいると、突然カカシの両手が肩を掴みグイと体を強く引き離す。
「だめだ、我慢できない」
「カカ…さん」
「1時間しか無い。 俺は風呂浴びてくる。 部屋に居て」
「え、え?」
言うなり玄関へと歩き出すカカシに目を点にしていると、立ち止まって振り返って人差し指をビッと突きつけてきた。
「服、脱がないで。 そのまま。 髪紐も解いちゃだめだからね。」
「はぁ」
セックスか。 1時間? またすぐ任務に戻るのか。 合間に抱きに来たってか。
「はっ え? セ、セックス?! 布団!」
ぼんやり考えて立ち尽くしていたイルカは、慌ててシーツを一枚掴むと布団も掴み、縁から客間に走り込んだ。 服を脱ぐ暇なんてあるか。 広げた布団にシーツを何とかひっ被せたところで全裸に水を滴らせたカカシが乱入してきてそのままタックルされ布団に押し倒される。
「イルカ… イルカ…」
うわ言のように名前を繰り返すカカシ。 乱暴な手付き。 乱暴な接吻け。 接吻けては服を剥ぎ、また接吻けてはズボンを引き摺り下ろし、そしてまた接吻けて、顔を両手で掴み、一頻り顔中を撫で回してからゆっくりと髪紐に手を掛ける。 パラリと肩に自分の黒髪が落ちる瞬間のカカシの顔は、何度見ても面白い。 さも満足そうに嬉しそうにその瞬間を堪能している。 おかしな人だ。 たったこれだけのこと。
「あの、時間無いならローションでも」
「いいから、黙ってて」
一応専用のローションなども取り揃えてあるのだが、時間が無い時に限ってそれらを使いたがらないのは何故なのか。 それに、ただ突っ込んで吐き出してサッサと済ませれば良さそうなものなのに、相手を達かせることに妙に拘るのもなぜなのか。 時間が無いらしく振舞っているのは乱暴な手付きだけで、足や腕は手形が残るほどの強い力で掴まれ開かれたが、アナルはしつこいほど丁寧に解された。 それに費やされた時間は、やっと宛がわれ埋め込まれてくるカカシ自身のギンギンな張り詰め様が物語っていた。 太い、きつい、苦しい。
「はっ う、うん」
「息、吐いて」
「あ、は、はふっ ふぅ」
「きっつぅ、…うう」
きついと言いながらイルカ自身を握りこむので、余計に体が強張った。 何を考えているのだろう。 締め上げられて呻き、額から汗を落としている。 へんな人だ。
「は…なして、力、抜けな、から」
「だめ」
離すどころか扱き始められ、もう言葉も継げなくなった。 律動も開始され、結合部分の滑りが足りないためにか体全体が揺さぶられ、頭の中まで振られて目が回る。 必死でシーツを掴み、歯を食い縛った。 だがそれも一瞬。
「ああっ」
カカシが両側から腰を掴むと無理矢理注挿させ始めたので、口から叫び声が飛び出てしまった。 でも抑えることなどできない。 体の中を自分とは別のモノが激しく行き来する。 突き込まれる時の圧迫感。 引き出される時の排泄感。 粘膜と粘膜が擦れるなんともいえない摩擦感。 それを好いと感じる自分。 本当に苦しいし、痛いし、後も体がしんどい。 でも、好い。 この男とのセックスは、少なからず自分を変えた。
「あっ ああっ んんっ」
「イルカ」
自分の名を呼ぶ声にどこか陶酔の響きが有り、答えてカカシの名を呼んでやりたいと切に思った。 が、それもできず、イルカは唯々喘いだ。 ずっと喘ぎ続け時には叫ばされ、激しいカカシの抱き方に喉も枯れ手足もぐったりと投げ出されるばかりになった頃、漸くカカシが自分の中に2度目の精を放ち呻いた。 1時間。 本当に1時間だったのだろうか。 永遠のような一瞬のような。 自分では無いモノに翻弄される時間。 どうしようもなく喘ぎ乱れる時間。 つい数ヶ月前までは無かったそんな時間に、未だ慣れない。 でも、もう無しでも居られないのかもしれない。
「イルカ先生」
朦朧とした意識の向こう側から聞こえてくるような優しい声。 頬に宛がわれる手。
「だいじょうぶ? イルカ先生」
目を開けると、間近にカカシの顔が覗き込んでいた。 声が出ないと思ったのでただ頷く。 呼ぶ声にはもう尖ったところは無く、いつもの飄々としたカカシだった。
「ごめん、乱暴にシちゃって。 キスだけにしとこうと思ってたんだけど…。」
汗ばむ手がするすると頬を撫でる。
「俺、時間無いからもう行くけど、平気?」
頷く。 だがカカシは、暫らく動かずに頬を撫でていた。
「早く、支度して。 だいじょうぶだから」
「うん」
息だけの声になってしまったがそう告げると、カカシはやっと体を起こした。 ズルリと体内から出て行くカカシ。 ゾワリと身震いがして呻くと、苦笑を浮かべたカカシの顔が戻ってきて一回だけ接吻けて離れた。
「いい声」
クスリと笑う気配。 出て行く足音。 終ると「イルカ先生」と呼ぶカカシ。 さっき庭で捕まえられた時は「イルカ」と呼ばれた。 既に欲情していたのだ。 持て余して俺の所へ来たのか。 1時間だけ時間を割いて? 木の葉外縁の森の縁にあるこの家は、どの花街より近いのかもしれない。
「行ってきます」
「気をつけて」
身支度を整えたカカシがまた一回だけ顔を出し、出て行った。 マスクをして額宛もして、任務に赴く顔をして。 慌てて一声応じると、パタリと襖が閉められ、カカシの気配が無くなった。 伏したままで見送ることができなかったことが、なんだか心残りだった。 受付け魂かな、と独り笑う。 庭に目を向けると、まだ明るかった。 そうだ、1時間しか経っていないんだ。
「あ、障子開けっ放しだった…」
盛大に喘いだ自分の声に、森の獣が驚いただろうか。 それとも、やはり蝉の声が掻き消してくれただろうか。 気がつくと、いつの間にか蜩の鳴き声だけが遠くから響いていた。
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