森の縁の家で


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 里への最短コースを取ると外縁の森を突っ切らなければならなかったが、チャクラが完全に切れる前にできるだけ里に近付いておきたかった。 里へ入ってしまえば、最悪動けなくなって転がっていても誰かが拾ってくれる確率が上がる。 街中に近ければ近いほどいい。 背嚢が肩に食い込み、足元もふらついた。 自分は単独任務には向いていないと痛切に思う。 7月。 暑ささえも体力を削る。 視界を揺らめかせるのは滴る汗の所為ばかりでは無いだろう。

「ラッキー、家だ」

 幾らか木が疎らになった頃、遠くに人家が見えた。 気の緩みにか急激に眠気が差してきて余裕が無いことが判ったが、家人に里へ連絡してもらえれば迎えを寄越してもらえるだろう。 その低木に囲まれた平屋建ての家に近付くにつれ、なんだか涼しくなったことに気付いて無い体力を動員して気配を探ると、人が一人、庭で打ち水をしているようだった。 ぼーっとする頭のまま生垣の外に立ってその冷気に一息吐いていると、その人の気配が揺れる。

「カカシ先生ですか?」

 聞いたことのある声だと思った。 途轍もなく眠く集中できなかったが、自分を「先生」呼ばわりするのなら今担当中の下忍絡みということになり、相手も忍だということになる。 こいつは二重にラッキーだ。 忍の家なら兵糧丸があるだろう。 だが、目を凝らし立っている人物を見分けた時、アンラッキーだったかな、思い直さなければならなかった。

「えーと、イルカ先生…でしたっけ」
「はい」

 彼はアレだ。 先日の中忍試験推挙の審議会で公然と意義を申し立ててきた”勇敢な”中忍先生だ。 確かナルトの元担任で、一楽のラーメンだ。 ああ、頭が回らない。 あの時随分ときつく言い負かしてしまったままだけれども、兵糧丸、分けてもらえるだろうか。

「すみません、兵糧丸、いただけませんか?」
「あ、はい。 もちろん差し上げられますが、もしかしてチャクラ切れですか?」
「はぁ、見た通りです。 まったく不甲斐なくて」
「お急ぎでなければどうぞ上がって休んでいってください」
「はぁ、助かります」

 そんな会話をしたようなしないような。 ただもう疲れて眠くてフラフラで、無遠慮だとは思ったが遠慮無く上がらせてもらった。 ナルトの元先生が何かしきりに話していたような気がするが、ほとんど聞いていなかった。 取り敢えずの兵糧丸の他に食事を出されたので食べた覚えがある。 風呂も勧められたがそんな体力は残っていなかった。 彼の声が遠くで響く。 心地のよい声音だな、と思った。
 目覚めると、深夜だった。 客間と思しき畳みの部屋の布団で横たわっていた。 体力はかなり戻っていた。 代わりのように精力を持て余す。 上級任務の後なのだ、仕方が無い。 部屋を出ると食事を振舞われた居間があり、その向こうにもう一つ引き戸が見えたのでそっと開けてみると、ナルトの元先生がスースーと寝息を立てていた。 いつものひっつめ髪が解かれ顔に影を落としていた。 あどけない。 そんな寝顔で眠れる忍なんて見たこと無い、と思った。 たとえ中忍でも、だ。 だがその寝顔に下肢の熱がぐぐっと高まり天を向いた。 もう納まらない。 そんな顔して寝てるほうが悪い。 男は久しぶりだったが、彼なら萎えないと妙な自信が湧いた。 ナルトの元担任先生は、それはそれは驚いた顔をして黒い目を見開いた。

               ・・・

 彼の名はイルカ、うみのイルカだと覚えた。

 彼は意外と抗わなかったが、それはその驚愕に見開かれる瞳が理由を語っていた。 まぁ何でもいいや、おとなしく足を開いてくれるならそれに越した事は無い。 緩く肩を押してくる両手も片手で簡単に押さえつける事ができた。 接吻けても唇を噛み切るようなこともしてこない。 もしかしてこの人慣れてる? なら遠慮は要らないのかな、と彼の下肢に手を這わすと、壊れた人形が突然動き出したように暴れ出した。

「おっと」

 途切れ途切れに拒絶の言葉が吐かれ、手足をバタつかせて抵抗する。 それを力尽くで押さえ込んで犯すのも燃える、と思ったが、ここは”穏便”に少しぼーっとしてもらうことにした。 彼は簡単に瞳術にかかった。 構える余裕が無かったのだろうが、中忍としてどうなの?と笑い、抵抗の緩んだ体を裸に剥く。

「うん、なかなか」

 これはクルな、と思わず舌舐め摺りをしている自分に驚いた。 近年、そんなことは稀だった。 彼のアナルは硬く狭く、こりゃお初かなと面倒くさかったが、傷つけてはかわいそうだと念入りに解した。 か細い喘ぎ声がビンビン腰に響いてたいへんだった。 だが、いざ己を埋め込んでみると、彼は力の抜き方を心得ている反応を示し、初めから艶やかに喘いだ。 それは”ソノ手の経験”がある事を伝えていた。

「ふーん、意外」

 口に出して言ってみたほど意外だった。 お堅いアカデミーの教師だったはず。 最近はご無沙汰だったらしいが、この反応は男が居るに違いないと思った。 もしかしてヤバイ? でももう挿れちゃったし…。
 とにかく、彼は非常に気持ちのイイ体を持っている、という新たな認識を得、カカシはその夜のうちに彼の家を後にした。 突き込み掻き回した時の彼の声が耳に付いて離れなかった。 思い出すと、知らずゴクリと唾を嚥下していた。

               ・・・

 2度目。 こっちを通ったらマズイでしょ、と自分に突っ込みを入れつつも足が彼の家に向かうのを止められなかった。 アレから一ヶ月が経っていた。 他に男の居るような人、何回も抱いちゃマズイよそれは。 そう言い聞かせた一ヶ月だった。 でもあの気持ちのイイ体と、腰にクル喘ぎ声がどうしても忘れられなかった。 任務帰りで疲れてる、そう言い訳をした。 日中ずっと雨に降られて濡れ鼠で、今は夜空に奇麗な下弦の月が掛かっていたが、このヨレヨレぼろぼろの姿は充分同情されて余りあると、そう言い訳をした。 彼は案の定、驚いた顔と戸惑った顔をしたが、強引に玄関に入り込むと、仕方なさげに体を引いて中へ促し、剰え風呂へ入れ、飯を用意しておくなどと、相も変らぬお人好しぶりだった。 それに付け込ませてもらう。 だって、もう熱が溜まって溜まって、彼を求めてどうしようもないところまできてしまっているんだもの。 その具合のイイ体が悪い。

 「ここでは困ります」、と彼は言った。 了承した? はは! なんて、なんて…、なんてバカなんだこの人は。 一瞬止めようかと思った。 でも気が付けば自分は彼の手を引いて彼の寝室へ向かっていた。 一ヶ月前の彼がまざまざと思い出された。 余計に腰のモノがいきり立ち、すぐさま彼を裸に剥いてぐちゃぐちゃに犯してやりたくて堪らなくなった。 だが、真っ暗にしてほしいと言うイルカにシクンと胸が痛み、凶暴な情欲を暫し抑えた。 彼は他の男に抱かれる事を望んでいない。 でも仕方なく応じている。 力では敵わないから? 俺が上忍だから? 俺はこの人の間男になりたいのか? でも、もう止まらない。 今晩は抱く。 でもできるだけ優しくするんだ。 大事に扱うんだ。 そうしないとこの人の”男”に気付かれてこの人が困る。 いつになく殊勝に相手の立場を慮っている自分がおかしかったが、そうせずにはいられなかった。 今考えてもこの時の気持ちは不可解だ。 それなのに、犯したい、めちゃくちゃにシたい、そんな欲求をなんとか抑えていると言うのに、彼は俺のモノに手を伸ばしてきた。 思わずその手を掴んでじっとしていてくれと懇願していた。 これ以上煽らないでくれ。 アンタを犯り殺しちゃう。 血を欲するような凶暴な欲望と理性の狭間で、憑かれたようにイルカを愛撫した。 頭の中は真っ赤で、だが鬼の根性で理性を繋ぎ止めている状態だった。 それが、彼のアナルがまた一ヶ月前の狭さに戻ってしまっているのを確かめた瞬間の気持ちを何と言ったらよいだろう。 驚き、歓喜、期待…。 それらが綯い交ぜになって襲ってきた感慨を今でも忘れない。 彼は、この一ヶ月誰にも抱かれていなかった。 彼には男など居ない。 俺はこの人を手にできる。 そう思った瞬間どっと湧き出してきた激しい独占欲が身を焼いた。 人間相手に感じた事のない感情だった。
 苦しそうに眉を顰め口元を歪める顔を見ながら、真上からズンズンと突きこみ掻き回すと、あの堪らない喘ぎ声が引っ切り無しに上がった。 堰を切った欲望のままに激しく彼を責め上げ、鳴かし、思う存分その堪らない喘ぎ声を享受した。 これを俺のモノにすると、もうその時には心に決めていた。 だが彼は、シーツをきつく握り締め、耐えるように横を向いていた。 目を瞑り、こちらを見ず、縋らず、嵐が通り過ぎるのを待つかのように、横を向いていた。

               ・・・

 3度目。 彼に男が居ないことも、男の経験を持った経緯も確かめた上で、彼のスケジュールも密かに調べ、珍しく2日連休を取ったと知ったその夜に彼の家の戸を敲いた。 2度目の夜から2週間が経っていた。 その間の我慢は思い出すのも鬱陶しい。 だが彼は、さすがに今度は体を引かなかった。 当惑し、若干怯えを混ぜた顔をし、だがどうぞとは言わなかった。

「入れて」
「あの、でも、任務帰りではないみたいだし、その…お疲れでもないみたいだし」
「抱きに来たんです」
「でもっ」

 泣きそうな顔にクラリと欲情する。 マズイ、ここで押し倒しちまう。 手首を掴むと引き摺るようにしてまた寝室へ、もうしっかり覚えてしまった彼の寝室へ向かった。

「カカシ先生っ」

 後ろから掛かる声には非難がましい音色があったが相変わらずの甘い抵抗に、今度はなんだか苛つく自分が居た。 この人、相手が誰だろうとこんな風に許しちゃうわけ? 俺のモノにした暁にはそんな事は許さない。 よく言い聞かせなきゃならない。 既に彼に対する所有意識が満々だった。 今夜、夜通し彼を抱き、これが行き摺りの処理などではないと教え込まなければならない。 だからアンタも諦めて俺のモノになんな、と突き付けなければならない。 もちろん否は無い。 彼が自分に縋って名前を呼びながら果てるまで、今夜は離さないつもりだった。

「今晩は泊まります」

 部屋の前で掴んだ手首を引き寄せて顔を近付け宣言すると、イルカはヒクリと戦慄いた。 続けて「アナタも明日の心配が無いようだし」と付け加えると、彼の表情が見ている前で、驚愕から何かを合点し、そしていくらかの失望を交えた諦念に変移していった。 判り易い。 判り易すぎる。 もっと何かで苛められないか。 そうだ、と胸ポケットから兵糧丸を取り出し口に放り込んで見せた。

「今夜一晩、頑張らせていただきます」
「そ…」

 ぽかんと見上げる顔にはだが、”呆れ”が浮かんだ。

「お、お手柔らかに、お願い、します」

 それに、切れ々々答える様は真面目そのもの。 ちっ 外したか。 でもこれは布石に過ぎないんだなこれが。

「はい、アンタも」
「いえ、俺は」
「アンタ体力無さそうだし」
「いえ、そんなことは」
「すぐ落ちるし」
「…」
「ほら、アーン」
「あ」

 もう一粒指で抓んで差し出し、幾らか赤面したイルカの顔の前で押し問答とともに行きつ戻りつした挙句に、条件反射のように開いた口に放り込むことに成功した。 全然なってない。 アーンで開くか普通。

「アンタ…他人から渡されたものそんなに簡単に食べちゃダメでしょ」
「え? うっ」

 慌てて両手で押さえる口元を更にその上から押さえ項も掴み、彼が完全に飲み込むまで待ってからニヤリと笑ってやると、彼はそれだけで怯えた顔を更に強張らせた。

「まさかっ い、今の、何か、入って、あの」
「さぁね」

 正真正銘ただの兵糧丸だ。 だがみるみる彼は赤くなってガタガタ震えだした。

「俺、俺は」

 チョロすぎる。 物凄く心配になった。 こんなチョロイ人放し飼いにできないではないか! 何とか手段を講じねばと考えるも、その彼の顔が既に感じ出して喘いでいて、そんな口元を押さえたまま後退る足も覚束なくて、またぞろ狩猟本能に火が点いてしまって後回しになった。 ひっ捕まえてまず唇から貪る。 そのまま寝室に雪崩れ込み、服を毟り、身体中に刻印を刻みつけ、何回も彼を達かせた。 だたの兵糧丸を媚薬と信じた彼の乱れっぷりは前2回の2割増しか3割り増しか、とにかく凄かった。 それに極上に具合がよく、かわいかった。 自分のモノだと思うと余計で、隅から隅まで愛してやって反応を楽しんだ。 もう許してください、勘弁してくださいと、か細く繰り返す声が逆に腰にキタ。 「カカシ先生」という呼び方を「カカシさん」に改めさせ、首に縋り付かせて既に研究済みのウィークポイントを責めてやると、簡単に名前を呼びながら色っぽく喘ぎ達する可愛さよ! おおっ! でも、意気込んで彼を落とす画策をアレコレしていたのに、あまりに簡単過ぎて拍子抜けした自分の情熱の矛先をどうしたらいいのか。 収まらない。 どうにもこうにも収まらない。 だから…。
 せっかく素直にかわいく縋りつく彼の手を押さえつけ、責めて、責めて、責めて…。 気が付くと、気持ち的な意思疎通の何も無いまま彼を失神させていた。 名前を呼んでも頬を叩いても、果ては彼の萎えたモノを扱いてみても、彼は反応しなかった。 仕方なく、失神した男の体を抱き締めて眠った。 貴重な初体験に笑う。 朝、自分の腕の中でぐったりと眠る彼の顔を見た時の感動も、初めて感じるものだった。

               ・・・

「熱は出すし、動けないし」
「オマエの所為だろうが」
「元々体調が悪くてアカデミーを休んでたのよ?」
「後で聞いた」
「イルカの貴重な有給を更に減らしやがったんだな」
「だって動けないんだもん」
「アンタの所為よ」
「イルカ先生は怒らなかったもん」
「何て言って丸め込んだんだ?」
「愛の儀式」
「ぶッ」
「くっさー」
「イルカのやつ、なんて答えたんだ?」
「はぁって、それだけ」
「はぁ」
「あの子らしいわね。 ちょっとぼんやりちゃんよね」
「そう、そこが心配の種なのよ。 なんか体も華奢でね意外と」
「イルカが? 嘘?」
「ほんとほんと。 こう抱き上げるでしょ?」

 と、お姫様だっこの仕草をして見せると、二人から同時に突っ込みが入った。

「上げない上げない」
「男はこうでしょ」

 とそこで紅は男らしく米俵を肩に担いで見せた。

「他の男はそうでしょうよ。 でもあの人はコウなの」
「はいはい」
「俺も最初は覚悟して腰に力を入れたわけよ。 それがさ、あの人思ったよりずーっと軽くてさ」
「でも結構身長もあるわよね」
「そ、俺よりちょっと低いくらい。 でも骨が細いみたいなんだ。 風呂でよくよく観察してみたら、肩も華奢だし全体的に骨格が華奢で、内勤の割りに体もよく鍛えてるみたいで余計な肉は無いし」
「ヤツはな、12年前の災禍で育たなかった子供の一人だったんだ」
「あら、知ってるの?」
「三代目が一時期世話をしていた」
「両親ともに亡くなったらしいね」
「まぁ、そういう子供はイルカ一人じゃなかったが、皆似たか通ったかの症状だったらしい」
「神経太くおっきく育ったヤツも居るけどね」

 とチラリと紅がこちらを見やる。

「身長はまぁ、親の遺伝だからな、伸びちまうもんは伸びちまう。 元手が無くてもだ。」
「それで骨が細くなっちゃったわけね」
「そうだろうと思う」
「アスマ、詳しいわね」
「俺もまぁ一応、アイツの兄貴分として色々心配をだな」
「あの人はもう俺のもんだからな」
「誰のモノでもねぇッ アイツはアイツ自身のものだ!」
「珍しいわね、そんなに熱くなって…」

 本当に珍しい。 すべて「めんどくせぇ」で通すようなヤツが…。 もしかしてコイツ、イルカ先生の少年時代の体を弄んだ一人じゃないだろうな? その疑惑はアスマを要注意人物としてマークさせた。

「ところでカカシ、アンタこんな話、こんな所で大声でしてていいの?」

 紅の声が一瞬尖りかけた空気を無遠慮に砕く。 和らげるとか緩めるとかじゃないのがこの女だ。

「いいの」
「もう結構噂になってるみたいよ?」
「いいの、俺があちこちで蒔いてる噂だもんそれ」
「イルカに相談無しにか?」
「相談って言うか、事後承諾はした」
「なんて?」
「俺との事が噂になってるみたいですみませんって、あの人の方から言ってきたから、それは俺がばら蒔いたんですって言ったら」
「言ったら?」
「はぁ、そうですかって言った」
「はぁ」
「イ、イルカってちょっと心配よね?」

               ・・・

 もちろん心配だとも! すっごく心配。 だから彼に俺印の鈴を付けた。

 ある日イルカの家に”帰宅”をし、鈴が緩んでいて彼の顎に要注意人物アスマのタバコの匂いが付いていた時、我慢できなかった。 洗って流して、それからすぐに俺の匂いを付けなくちゃ、これは俺のだってマーキングしなきゃと焦る。 だって、イルカみたいな猫タイプ、俺はどうしても信用することができない。 猫族は、餌をくれるヤツには誰でもどこへでも尻尾を振って付いていってしまうのだ。 そして頭を撫でられ喉を擦られ、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えたりもする。 そうかと思うと、突然噛み付いたり爪を立てたりして主人の愛を裏切るのだ。 ニャオンと鳴いて、頭を擦り付けて甘えて見せたってダメだ。 俺は信用してないぞッ できるなら鎖で繋いで閉じ込めたい。 でも猫族はそれを嫌う。 俺にできることと言ったら俺印の鈴を付ける事くらいだ。 この鈴がチリリと鳴ったら手を引っ込めろ。 これは俺のモノだ。 もし断り無く触ったら、俺が草の根分けてでも探し出し、礼をさせてもらおうぞ。




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