酒宴


10


---体がおかしい

 シャワーの水音が聞こえてくる。 寝室のドアは半開き、廊下の向いの洗面所の扉も開いているのだろう。 先にイルカだけ念入りに洗ってからベッドまで運び、濃厚にキスをして出て行ったカカシ。 目が「今度は抱きますよ」と言っていた。 そんな彼を、彼のベッドで全裸に毛布を巻きつけただけで待っている自分ていったい…。 居た堪れない。 あまりに居た堪れないのだが、同時に湧いてくる、これは期待か?

---”男”の顔、してたな

 ”漢”じゃない。 でも”雄”でもない。 なんだろう? 今日一日探るように愛撫だけ施されて、「勘弁してくれ」と思いながらも「この人はいったい何がしたいんだろう」と不思議にもなった。 自分はと言えば、体がどんどん自分ではどうにもならない何か別のモノに変わっていくようで無性に恐い。 昨夜も、初めは恥ずかしさで、後半は痛さでそれ以外は感じることができなかったが、最後の方で自分は何かとても妙な感覚に囚われていた。

---なんか来るんだ

 体と気持ちの奥の奥の方から、何かが生まれ、徐々に競り上がり、やって来る。 それがとても恐かった。 が、同時にそれが何か知りたくて堪らない。 こんな今の自分は、いったいどんな顔をしているんだろう。

---男に抱かれるのを待つ”女”の顔…してるのかな

 あの人は俺を”女”にしたいのだろうか。 女のように抱かれて喘ぐ体だよな、これ。 男でもこんな風になるんだと初めて知った。 3日もなんで?と思ったが、俺をこんな風に変えるのにそのくらい必要だったってことなのか。 しかも上げ膳据え膳だし、風呂まで入れてくれるし。 上忍様の、しかも写輪眼のカカシ様のお手を煩わせてと恐縮する気持ちだってとっくに失せた。 どんなに抗っても聞き入れられないのだもの。 羞恥心はもちろんまだ有るが、彼は唯、これから食す獲物を手入れしているだけなのだと思って諦めることにしたのだ。 そう…あの人は3日も費やして、この俺を解して慣らして食べ易いようにしているんだ。 俺は段々抱かれる体になっていく。

---もう元には…戻れないんだろうなぁ

 自分の性格上、これから先、異性と恋愛ができるとは思えない。 それは即ち、普通に家庭を築くという選択肢が無くなったことを意味するのだが、なんと言うか、それほどショックじゃない。 別にそれでも構わないか、くらいに感じるのだ。 早くに失くしてしまった家庭の温かみを自分で取り戻したいと思わないでもなかったが、いざこうなってみると、それほど拘っていた訳でもなかったんだなと判った。 自分はただ、一緒に居てくれる人が欲しいだけなんだろう。 かと言って、カカシがずっと一緒に居てくれるとは、今の自分にはとても思えないんだけど…。 女の代わりなら尚更だ。 本物の女にはどうしたって敵わないんだからな。

---でも、こうなったこと、全然後悔する気にはなんないんだよな

 なんか、なんかさ、早くカカシが来ないかなとか思っちゃってる自分て凄いよな。 セックスについて真面目に考えたことなんかなかったけど、カカシの言うとおり、俺は何にも知らなかった。 セックスって凄いよ。 触れ合った肌と肌から生まれるこんな感情は、他の何でも味わえない。 そして多分、カカシに教えられなければ自分は一生、こんな感情知らないで過ごしていたかもしれないんだ。 それに、その相手がカカシで心底よかったって思うし。

---好き…なんだ

 気がつかなかったけど、俺きっと、カカシのことはセックスしたいくらい”好き”だったんだ。 昼間だってさ、愛撫だけじゃなくってヤっちゃってくれと思わず言いそうになって困ったもんな。

---うわーっ 恥ずかしいっ

 あまりの居た堪れなさにきゃっと両手で顔を覆い暫し身悶えてから、そろりとベッドから足を伸ばす。 そう言えば、昨夜から一度も自分の足で歩いていない気がする。 今朝はとても歩けそうもなかったので有難かったが、さも当たり前のように姫抱きに抱えて連れまわすカカシに少々閉口ぎみだ。 ほんと甲斐甲斐しい。 あの人、女性にもいつもこんな感じなのかしらん。 セックスもすごいマメだと思ったけど、こんなにされたら女なら一発でメロメロだな。

「うん、大丈夫みたいだな」

 俺もメロメロだけどさーと、そっと床に片足を着けると、冷たい感触が心地よく伝わってきた。

「カカシさんの部屋かぁ」

 毛布を被ったまま両足を下ろし、そう言えば碌に見てもいなかったなと見回していると、バタンッ ドカドカドカっと言う忍らしからぬ足音と共にカカシが現れた。

「イルカッ」
「カカシさん」

 水どころか頭から泡まで滴らせて、カカシは呆然とドアノブを握ったまま立ち尽くしていた。 血相を変えたカカシを見たのも初めてだったし、両の目が瞠ったままだったので、いつも片目を閉じている顔を見慣れていたイルカも少し驚いた。

「どうしたんですか?」
「イルカ先生」

 さっき飛び込んできた時は呼び捨ててたよな。 余程慌てていた?

「まだ泡が」
「イルカ先生…」

 それでは瞠ったままの目に泡が入ると手を伸ばせば、吐息と共にまた名を呼ばれてその手を掴み引き寄せられる。 毛布が体から落ちたのでハッとしたが、相手もスッポンポンなのだ、構うまいと自分も腕を回した。 軋むほど強く抱きしめられたが、滑る体の所為かあまり苦しくならなかった。 それが少し寂しく感じる。

「どうしたんですか?」
「どっか行ったかと思った」

 濡れた泡付きの髪を撫でつけながら尋ねると、子供のような頼り無げな声でぽそりと言われてまた驚いた。

「誰が?」
「あなたが」
「どうして?」
「歩いてた」
「…」

 よっく判るなー上忍て凄いなーなどと感心している場合じゃない。 床にトラップ張ってたのかこの人…俺ってもしかして信用されてない…んだ。

「どうしてそんなこと思うんです? 俺、ちゃんと待ってますよ」
「だって」

 途切れた言葉の先を促す意味で顔を見上げれば、そこにはぷーと頬を膨らませたばつの悪そうな顔があった。

「だって?」
「だって、無理矢理だったから」
「はぁ?!」

 セックス…のことを言っているのだろうか。 いや、確か合意だったはず…。 でも他に思いつかないし…あれ?

「えーと、セックスの話ですか?」

 ぽかんと見上げたまま問えば、カカシは更にばつの悪そうな顔を赤らめてぷいと横を向いてしまった。 …かわいいかも

「合意でしたよね? 俺、嫌だなんて言いました?」
「言いましたー! 何回も何回もー!」
「あ、そ、そーでしたっけ」
「そーですぅっ ずっと歩けなきゃいいのに」

 でもぐりっとこっち向いて力説するんだな、そこんところは(笑)。

「ごめんなさい、カカシさん。 恥ずかしかったんです。」
「嘘ッ! もうできないできないって泣いて嫌がったじゃない」
「痛かったんですぅっ」
「ご…ごめんなさい」

 謝りあうと何かどこかおかしくなって、暫し互いを見つめ合った後は抱き合って少し笑った。 とにかく泡を落として来てくださいと請えば、「どこへも行かない?」とまだ不安気に体を離さないので、じゃあ俺が濯いであげますねと手を曳いて一緒に風呂場に向かう。 途中、「自分も他人に髪を洗ってもらったのなんて十何年かぶりでしたよ」と笑えば、「俺もです」と答えが返ってきてそれは嘘だろうと思ったが口には出さなかった。 郭へ行けばこの人のことだ、それくらいのサービス、女達が我も我もとしてくるだろうに。

---俺も大概この人のこと信じてないな…

 風呂場に居るうちからキスをし合った。 「イルカ」と呼び捨てられると、ひとりでに体がビクリと戦慄く。 カカシが欲情している証しのように感じる。 そんな事にも顔が火照ったが、捨て切れない羞恥心が掛けるブレーキを意識して外して、カカシに応えた。 自分の態度が少なからずカカシを不安がらせていると知ってショックだった。 正直、昨夜のようなセックスは恐い。 体が痛みを覚えている。 無理矢理達かされるのも苦しい。 まだ快楽にまでは程遠い気がする。 でも、自分は確かに変わった。 体も、気持ちも。

「俺、体が変なんです」

 接吻けの合間に告白すると、いつものように片方だけ閉じられていない青い瞳がまた不安気に揺らめく。

「なんだか…男に抱かれて悦ぶ体になったみたいです」

 だから気にしなくていいんです、アナタの好きにしていいんですよ、というつもりで言ったのだが、カカシはむうっとする気配とともに「バカ言っちゃいけません」と語気を荒らげた。 やっぱりこの人少し怒りっぽい。

「いいですか、イルカ先生。 アナタは俺に抱かれて悦ぶ体になったんです。」

 だから今そう言ったじゃないか、俺。 なんでそんなに怒るんだ。

「”俺”にですよ、俺限定! ここんとこ大事です」

 と真剣に繰り返すカカシ。 そりゃ、今のとこ俺は他に経験無いし、アナタしか知らないんですもん。

「俺は、アナタ以外と寝る気はありません。 だから男と言ったらアナタです。」
「そ…」

 カカシに負けじとイルカもむぅっとして見せれば、カカシは暫しあんぐりと口を開き、それから耳まで朱に染めた。 この人が堪らなく好きだ、そう思った。 たとえこの先、何らかの形でこの人を失うことになっても、この想いひとつ抱いて生きていけるとさえ、思った。

               ・・・

「もうちょっと腰上げてみて」

 イルカが何か探してる。 自分から感じようとしている。

「あっ うんん」

 角度が少し違うだけで感じ方が違う。 彼自身もそれが判ってきている。 それだけでも昨日より全然進歩だ。 うっすら汗を滲ませた肌はピンク色に上気している。 昨夜は青褪めていたっけ。 でも…

「俺の腰に足絡めてみて」
「こ…ですか」

 はっはっと荒い息の下から小さく聞えてくる声。 痛みで苦しんでいる声じゃない。 足を突っ張らせて上げた腰も、中を突かれて体が感じると落ちてしまう。 でもその角度がイイと判ったんだろう、必死で何度も上げようとする膝を掴んで持ち上げてやると、自ら両足を絡ませてきた。 素直にセックスに取り組んでいる。 何から何まで真面目。 でも…

「あっ あっあっ んんーっ」

 感じる所を続けさまに突かれて色のある声を上げ、色っぽい顔で乱れ、絡ませた足をそのままに自分でも腰を揺らしてこちらの動きに同期させようとしているのか、否、無意識か…とにかく、この人は抱かれる体をしている。 それを本人も自覚した。

「あっ はぁっ ああん」

 俺がそうした。 元々素質があったのだとしても、俺が開発して目覚めさせた。 知らないままでいればきっと普通に…

「カ…カカシ、さ…なんか…来る」
「イルカ」
「あ、俺…俺、い、く、ああ」

 もう後ろだけで達けるのか? この人の順応性には驚かされる。 いや、さっき一緒に風呂に入ってから何か雰囲気が変わったんだ。

「ああーッ」

 達して震えながらしがみついてくる体を抱き締める。 彼が昨日まで言っていた「好き」が自分のそれとは異なっていると知っていた。 抱いてくれと言ってきた時も、回りに何か言われてうっかり勢いでそんな気になったに違いないと容易に想像できた。 でも、抱かれた経験の無い彼が本当のセックスを知れば、何か変わると思った。 変えることができる自信があった。 そうでもしなければこの人は、いつまで経っても俺のことをお友達以上には考えてくれない。 意識改革が必要だと、ずっと思っていた。 でも…

「うっ うっ ああっ」

 くそ、一緒にイけなかった。 直後の体にを激しく注挿を繰り返すと、さすがに辛そうな表情を浮かべてイルカが呻く。 両手に両手を併せて拘束し、上から身悶えて喘ぐ顔を見ながら突き上げて突き上げて、苦しげに上がる顎の下の首筋に齧り付き揺すって揺すって…

「い、あ、やぁ、ああ、ぁぁ」

 組み敷いた体が戦慄くのを感じて、離さない、誰にも渡さない、俺のもんだと彼の中に全てを注いだ。

「イルカッ」

 なんでだ、こんなに腕の中、どこへもやらないと抱きしめているのに、どうしてふっとどこかへ行ってしまうような気持が拭えないんだ。 彼もやっと抱かれる事を受け入れて、こんなに感じて喘いでいるのに、どうしてこんな後悔するような気持ちになるんだ。 不安で堪らない。 潔すぎるこの人が、また何かをすっぱりと捨ててしまったように感じて、心が波立つ。 どうしてなんだ。 俺は何か間違っただろうか。 抱かなければよかったのだろうか。 この人の言っていたように唯の友人関係のまま、長く親交を結んでいたほうがよかったのか。 俺はただ…、この人と幸せになりたいだけなのに。 諦めさせたいんじゃない。 二人で一緒にらぶらぶになって、幸せになりたい。 この人さえちゃんとこっちを向いてくれればなれると思っていた。 できる自信があった。 でも…



 物を深く考えないということは、中々に偉大であることよ。 考え過ぎて一人でぐるぐるしては落ち込んだり浮上したりするカカシに、イルカの思考は永遠に読めないであろう。 そうやって一生イルカの前で右往左往するんだな。 哀れなり上忍。


 



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