酒宴
4
何がツボを押したのか、あの時突然赤らんでモジモジし出したイルカに「お、これは脈ありか?」と思い、もどかしくはあるが「お友達」付き合いから真面目に始めたカカシだったが、ただ呼び方を「カカシ先生」から「カカシさん」に変えてもらうだけで1ヶ月かかった。
「カカシ先生こそ俺のこといつも「イルカ先生」って呼ぶじゃないですかぁ」
かぁ…ってアンタ。 そんな頬膨らませちゃって。 アンタは「先生」付けで呼ばれた方が実はしっくりくるんでしょうが。 でも、そんなしかめっ面をするイルカがかわいくて、暫らくこのネタで遊んでしまったのだ。 で、5月26日、彼の誕生日の日に一緒に飲みに行って、誕生日祝いに呼び方を変えてもらった。
「俺の誕生日なのに俺がアナタの言うこと聞くのって、なんか変じゃないですかぁ?」
かぁ?…ってアンタ。 そんな上目使いで。 イルカと酒を飲むのは難しい。 酒が少しだけ入って箍が緩んだイルカは、いつもよりちょっと打ち解けていて表情から仕草から何から何までかわいいのだ。 まぁ、酒を過ごしすぎると例によって例の如くすぐ眠くなり、体がユラユラと舟を漕ぎ出して、うっかりするとテーブルに突っ伏している。 酒好きのくせに酒に弱い。 いや、翌日二日酔いした風もないところを見ると弱いとも言えないのか。 でも強いとも言えないのは確かだ。 ただ疲れているだけかもしれない。 そんな寝顔は堪らなくかわいくて、そっと守ってやりたいと自然と思う。
とにかく、かわいく懐かれても眠ってしまわれても、理性を保つのが難しい。 彼とはまだ「お友達」なのだから。 辛抱堪らんっという時も多々あるが、でも、他のヤツラに「理性が切れそう」とか思われるのはもっと堪らないので、ひたすら耐えて彼と酒を付き合った。
・・・
「カカシさん、ちょっと寄ってきませんか?」
カカシさん、カカシさん、カカシさん。 アカデミーの廊下で、受付け所で、こうして飲み屋からの帰り道で、彼が自分の名を口にすると、他の者に呼ばれた時とは何か違う。 やっぱり俺はイルカが好きなのだ、と意識する。 かわいいと感じ、向けられる笑顔が嬉しい。 その笑顔が他者に向かえば嫉妬する。 彼の全てを自分のものにしたいと熱望する。 やはりコレは恋なのだ、と意識する。
最初はおっかなびっくりの及び腰だった彼も、互いの時間が許す限り顔を合わせ食事を共にし酒を付き合い、徐々に慣れて親しくなって、語り笑い、時には口喧嘩などもして、気の置けない仲になれたと感じる頃、それを喜ばしいと思うのとは別の感情が湧いてきた。 癒し系の野性の小動物を馴らして手頭から餌を摂るようになったのを喜んでいる無骨な猟師みたいな、妙な気持ちだ。
---いかんいかん
その気持ちを振り払うように頭を振って戒める。 頭からバリバリ食べてしまおうと思っていたのに、情が移ってできなくなってしまった…なんてことになってやしないか? 「いいお友達」の地位を確立してしまう方向に行ってやしないか? そう常に自分を戒め、時にはイルカ自身にも思い出させないといけない。
「アナタを好きだと言っている男を、一人の部屋に上げたりしていいんですか?」
外で飲んだ後、自室でもう少し飲もうと誘うイルカに、「襲いますよ」と、その迂闊さを聡す。
「膝枕しただけでアナタに欲情して勃起した男ですよ? お忘れですか」
「またまたー(笑)」
何をバカなと危機感の無い彼の無防備さを、今までも度々こうして窘めてきた。 せっかく慣れた子リスちゃん、元い、然しもの天然脳天気男イルカも、最初のうちはヒクリと体を戦慄かせて少し距離を取ったりしたものだ。 そんなところもまたかわいくて、脅かしては遊んでいたりなんかして。 それが仇となったか、はてまた彼の年中晴れな脳味噌は三歩歩くと何もかも忘れるのか?と疑わせるほどの喉元過ぎればなんとやら振り。 今日も今日とて「冗談ばっかり言ってないで」と笑って取り合わない。
だから、玄関ドアが閉まったところで彼を抱き竦めて唇を奪った。
・・・
「カカ… んむっ」
先に立っていたイルカの腕を後ろから掴むと、彼は振り返って少し目を見開いた。 その体と自分の体をクルリと入れ替えてドアに押し付け、体全体で押さえ込む。 そこまでされてもまだ反応できないイルカの顎を片手で掴み上向かせると、名前を呼ぼうとして開いたその口を塞ぎ、間髪を居れず舌を滑り込ませた。
「ふ、んう、うーっ」
暫らくしてからやっとジタバタもがき出す体を体で押さえ、片手で彼の右手首をこれまたドアに磔け、もう片方の手は項をガシリと掴み寄せて接吻けを続けた。 恐らくは殴りつける為に何とか自由を取り戻そうと力が篭められる右手首をギリギリと締め付けてその動きを封じたので、多分明朝には青痣になっているかもしれない。 蹴り付けようとしていた足は、膝を間に割り入れて股間に押し付けるとおとなしくなった。 体全体からも何時しか力が抜けていき、ドアに凭れて呻きながら顔を振るくらいしかできなくなった頃合に彼の体をそのドアから引き剥がすように腕の中に抱き込み、ぐっと抱き竦める。 掴むように抱えた頭は、彼の意思で振られているのか唯グラグラと揺れているのか、繰り返す接吻けの増す激しさにつられるように、右に左に彷徨った。
「ん、や、はぅ」
時折外れる口からか細い喘ぎが漏れてくる。 空気を求めるように大きく開かれる口にまたパクリと喰らい付き、深く併せて舌を絡める。 抱く腕にも自然力が篭り、ぎゅうぎゅうと軋むほど締め付けてしまう。 すると、突然イルカの膝がカクンと落ちた。
「おっと」
再びドアに凭れさせて支え、尚も接吻けを続けると、間近にある目尻から水滴が盛り上がり一筋の雫となって流れていく。
「言ったでしょう? 襲いますよって」
「はい、はい」
ぽろぽろと涙が零れて、弱々しげに頷く頬を転がるが、そう簡単には許さない。
「このまま抱いちゃいますよ」
「う、うふ、うう… ごめ…なさ」
涙を吸いながら頬を舐め、唇に帰ってはまた一頻り激しくキスをする。 もうすっかり為すがままにされているイルカが、朦朧として唯々喘ぐまで許さないつもりだった。 迂闊なアンタが悪いんだ、と責め続けること如何ばかりか。 自分の股間は完全に臨戦態勢整って、密着したイルカにそれを教えるばかりかグイグイ小突き、このまま頂いちまうぞ的な態度で益々抱く腕に力も篭めて、接吻けもいやらしいものに変えていく。 が、ふと気がつくと腕の中のイルカはクタリと体の力を抜いて身を任せ、だがポロポロと零れる涙はそのままに、目を瞑って自分の接吻けを受けていた。
「それでアナタの気が済むのなら」
あの日の彼が甦る。
---くそっ
これじゃあ唯の送り狼じゃないか。 別に羊の皮を被っていたつもりは無い。 最初からアナタが好きだと言っているし、今だって彼の迂闊さを窘めていただけだった。 でも、ああ! こんな強姦紛いなセックスだけは勘弁だ。 せっかく、自分としてはいつにない恋愛の王道歩んできたのに、このまま事を進めたら、イルカの言った通り、上忍の気紛れや処理みたいなことになっちゃうじゃないか。 俺にそのつもりは無くっても、イルカはそう解釈して俺のことそういう男だと思って、そういう風にしか対応してくれなくなっちゃうに違いない。 妙にあっさり相手に迎合するかと思えば、ナルトの時みたいに敢然と立ち向かって引かない姿勢を見せたりもする。 芯の所はきっとすっごい頑固なんだ。 自分の事に関して優先順位が過度に低いだけで、譲れない一線を確固として持っている。
---この人に線を引かれちゃったら、それまでだろうなぁ
ふぅ、と溜息を吐いて殉教者みたいな顔を見下ろせば、動作の止まったことを訝しく思ったのか、イルカが涙に濡れた睫を上げた。
「俺は、アナタが好きです。 それを忘れないで」
不思議そうな顔をするその頬を一回撫でて、ちゅっと触れるだけの接吻けをすると、カカシはグイとイルカの体を離した。
「おやすみなさい」
ドアの外に滑り出て晩夏の風に当たる。 と同時に血の登った頭も冷めてきて、やってしまった事の重さが認識されてきた。
---ああーーっ やっちまったよ、俺ーっ
ガクリと蹲り後悔の念に苛まれた。 でも、あそこで止められたのはこの際上出来だったんじゃないの? でもでも、出際の時のポカンとしたイルカの顔! ああ、明日っから俺達どうなっちゃうの? 恐いよ〜〜っ(泣) わぉーーーんっ
月に吠える男が一人。 順調に築き上げてきた物がガラガラと崩れる音が聞こえると耳を塞いで蹲る。 手まで着いてお願いして、「お友達」からのお付き合いをして信頼関係作ってきたのに。 俺ってバカー? あぉーーーんーーっ
いや、男は皆バカなんです。 泣くな上忍。 明日は明日の陽が昇る。
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