酒宴


3


「はぁー……、こんなカッコ悪い告り方するなんて、人生最大の不覚です」
「はぁ」

 コクリ、コクルル、コクララル… えーと、意味が判んねぇよ。

「人前で髪なんか解かないでください」
「はぁ」

 そりゃ、こんなザンバラ髪、見たくはないですよね。

「酔ってすぐそこら辺で寝るのも無しにしてくださいよ」
「はぁ、すいません」

 放っておいてくれて構わないのに。

「好きです、お付き合いしてください」
「は…」
「…ここはぁ、今までの流れで「はぁ」と返事しちゃってくださいよ」
「…(汗)」

 場所を移しましょうか、とカカシに誘われて宴会場を抜け出し、勝手に入り込んだ空き部屋の一室。 今はカカシと差し向かいで飲んでいる。 カカシはちゃっかり徳利と猪口を持ち出していた。 酒でも飲みながらでなきゃ居た堪れなさ過ぎる。

---だめだ、頭が理解を拒んでる

 カカシの言う言葉は理解できても、それの意味為すところが解らない。 いや、解りたくないってゆーか。 でもだって、これは新手の苛めじゃなきゃあ何なんだろう。 まさか本当に…

「マジですか」
「マジですよっ!」

 酷いなぁ、と溜息混じりに手で顔を覆う仕草を横からじっと見つめ、その僅かな露出部分が更に狭くなってはいるものの、隠し切れなかった耳元が心なしか赤く染まっているのを信じられない気持ちで眺めた。

「俺は…アナタには嫌われてる、って言うか、軽蔑されてるとずっと思ってました」
「中忍試験の時のことを言っているんですか」
「まぁ…そうです」
「あの時は…アナタが悪目立ちするようなことするもんだからつい」
「つい?」
「大人気なく言い過ぎました、すみません」
「アナタに…謝っていただくと、困ります」

 『あんな風に謝られても困ります』…か。 本当だ、困るな。 勝手に形つけて一人ですっきりしちゃってズルイ…か。 うーむ、本当に狡いかも。

「アレのお蔭で何もかも予定が狂っちゃって」
「予定?」

 カカシはイルカの混迷も逃避気味の他人事思考回路もお構い無しに、勝手に喋り続けた。

「せっかく親しくなれそうな感じで、さてこれから飲みにでも誘って、もうちょっと親睦を深めてですね」
「はぁ」
「それとなくアピールして、段々に口説き落とそうと」
「口説く?」
「イルカ先生…誰を?とかそこで訊かないでくださいよ」
「は…はぁ(汗)」

 はぁーーっと深く長い溜息を吐いてカカシは両手で顔を覆ってしまった。 ああ、訊いてしまうところだったさ。 だって、どうしても信じらんない。 それにカカシの雰囲気がなんか…呆れてる? 苛ついてる? もしかして…怒ってる?

「お、怒って」
「ないですよっ」

 怒ってるー(泣)。 言葉に険があるもん。 俺どうして今この人と二人っきりで飲んでなんかいるんだろ? どうして里の誉れと謳われる上忍の中の上忍様に、泥酔しているところを勝手に膝枕されてその挙句に勃起(汗)されて、好きだ付き合ってくれなどと…

「ああ(ポンッ)」
「?」

 唐突に、カカシが何を求めているのか解った気がしたイルカは、言わなきゃいいのに更に彼を怒らせることを口走る粗忽者。

「あのぉ、体をご所望でしたら」
「!」
「処女を惜しむ乙女じゃありませんし、それでアナタの気が済むのなら」
「…」
「サッサと済ませて」
「イルカ先生っ!(恕)」
「ひっ」

 ばんっとテーブルを両手で叩かれてイルカは失言を悟ったが遅かった。 怒りのオーラも露にカカシがこちらを睨んでいる。

---どどどど、どうしよー、なんかめっちゃ怒ってる

 思わず正座して姿勢を正し、これ以上できない位下を向いて、ジワリと滲む涙を堪える。 恐くてカカシの顔が見れない。 だって…そうでなきゃ何なんだ。

「オマエなんか嫌いだと、そう言われた方がまだマシですよ」

 怒気を孕んだ低い声が容赦なく項垂れた項に突き刺さる。

「もういいです、アナタの気持ちはよく判りました」

 そして冷たく言い放ち、カカシが立ち上がる気配が感じられた。

「なにをっ ………どう信じろと仰るんです」

---うぉーーーーっ なんで引きとめる俺っ!

 だってだって、言うだけ言って置いてけぼりなんてズルイ。 まともに取り合わなかった俺が悪いとしても、でもだって、こんなこと、誰が信じられる?

「ついさっきまで…軽蔑されていると思っていた方からそんなこと、信じよと言う方が無理です。 それに、俺の何処を気に入ったと言うんですか。 美女や美少年じゃありません。 ただの鈍クサイ中忍です。 偶々気紛れに欲情した、試してみたい、それなら納得できますが、でも」
「はぁー」

 開けかけた障子をまた閉てる音がして、イルカはやっと顔を上げた。 カカシはすっかり脱力したという風に元居た場所にドカリと腰を下ろして、だがこちらに正対せず斜に構えて片手でまた顔を覆った。 さっきから顔を覆ってばかりいる。

「アナタは…上忍が気紛れに抱かせろと言ってきたら、いつでもそんな風にホイホイ体差し出しちゃうんですか」
「そ…れは」

 うーむ、そんなシチュ今まで経験無かったから全然判らん。 どうするだろ?俺。 でも今は、この人ならまぁいいか、位には思った。

「これじゃあオチオチ任務にも行けやしない」

 ?

「いいですか、好きでも無い相手にそんな事言われたらきっぱりすっぱり断ってくださいよ。 上忍だからって下の者にそんな横暴、この里では認められてはいないんですからね。」
「はぁ…でも、そんな心配はご無用ですよ。 俺は今までそんな事一度も」
「心配ですっ!」

 心配だから言ってるんですっ ムキーッと(雄叫びはしなかったがそんな位に)頭をガリガリ掻き毟り、カカシはテーブル越しに身を乗り出してきた。

「アンタが飲み会で潰れて剥かれてるの見た時の俺のショック、判りますか?」
「あー、いやー、ははは」
「ははは、じゃありませんっ」

 お見苦しいところを…と言おうとして頭を掻き々々カカシを見遣ると、何かを思い出したらしいカカシが両手をワキワキとさせて体を怒らせていたので止めた。

「潰れるほど飲んじゃいけませんっ」
「は、はいっ」
「酔っ払っても直ぐそこら辺で寝入っちゃだめですっ」
「はい」
「できないなら飲み会なんか行くなっ」
「は…ぁ」

 なんか…焼き餅焼きの亭主みたいだな…。 とそこまで考えてイルカはハタと思考が止まるのを感じた。 この先を考えちゃいけない気がする。 なんか…なんか顔があっついかも…。

「イルカ先生?」
「は、はいっ」
「…」

 目聡く何かを察知したらしいカカシにジーっと見つめられて息が詰まった。 この場で初めてオロオロとした感情に支配されつつあった。 どうしよう、カカシの顔が見れない、と先ほどとは違った意味でまたひたすら下を向いて汗を流す。 他人目からもその違いは一目瞭然だった。 今カカシの眼前には、青褪めて震えるイルカではなく、耳や項まで朱に染めるイルカの美味そうな姿があった。

「ごっっっくん」
「へ?」

 何の音?と思わず上げた顔と見下ろす顔。 お互いが別の意味で赤らんだ顔同士で見つめあい、驚き、そして…

               ・・・

「うわわっ」
「逃げないで!」

 兎のようにぴょんと飛んで逃げようとしたイルカをカカシはグワシっと捕まえてその場に押し倒した。

「や、やだっ」
「落ち着いてっ」
「はな、はなはなはな、離してく、くだくだくださ」
「何急にパニクってんの? さっきはサッサとヤリましょうみたいなことまで言ったくせに」
「だ、だだだ、だって」

 こちらを見ようとしない泳ぐ目、赤い顔、耳、首筋、オロオロと頼り無げに揺れる雰囲気。 好きな相手のそんな反応を目にして色っぽいと感じない男は居ない。 ジタバタと暴れる手足を押さえつけている内に、またしても熱を持ち出す下半身だって男なら当たり前。 えーい、今更だ、ヤっちまうぞオラオラと体を密着させて剛直したモノでグリグリ小突いてみたりして、木の葉のクールビューティにあるまじき所業である。

   『ヒィ』
   『逃ガサヌゾ、逃ガサヌゾ』
   『アレェ、離シテ』
   『ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ』
   『カンベンシテクダサイ、オ代官サマァ』
   『ソーレ、クルクルクル…』

---ってそうじゃなくってっ!!(恕)

 こ…この人と居るとどうも調子狂う。 いかん、平常心平常心、クールビューティクールビューティ。 とカカシが念じてふぅふぅドードーしたかどうかは定かでないがとにかく、イルカの強張った顔を見て寸での所で体を引いたことは彼にとっての僥倖である。 この後カカシは、正しい恋愛の王道を行くことができたからだ。

「イルカ先生っ」

 「逃げても無駄ですからね」と釘を刺すのを忘れずにイルカの上から体を退かせると、カカシはガバリと土下座した。

「アナタが好きです。 俺とお付き合いしてくださいっ」
「…」
「お願いします」
「は、はい」
「そこをなんとか…え? いいの?」
「はい」
「や………やったっ!」

 なんだ、こんな簡単な事だったのか、なら最初からこうすればよかった、と万歳三唱したかどうかは定かでないがとにかく、カカシがほっと胸を撫で下ろしていると、その前にイルカが三つ指着いて頭を下げた。

「不束者ですが、どうぞお友達から、お願いします」
「こ、こちらこそ…」

--- ………え?

 カカシの辞書には「お付き合い=合意即セックス」と書いてある。 お友達ってそれ「お付き合い」の範疇に入るや否や?

「お…友達、ですか」
「はい、お友達です」

 ニコニコと無敵の笑顔を向けられればそんなの嫌だとは言えない惚れた弱み。 これはもしかしてもしかすると、この中忍にまんまとヤラレテしまったか?上忍よ。 その如何にも罪の無さそうな天使の笑みを数瞬間呆けて眺め、でもならば、こちらにも条件があるとカカシは我に返った。

「ならイルカ先生、お友達としてお願いがあります」
「はい?」
「俺の居ない所で飲まないでください」
「え…えーと、それはちょっとぉ」
「無理でもお願いします。 でないと俺、任務拒否します。」
「は?」

 それは困ったなとコリコリ頬を掻くイルカは受付け暦ウン年のベテランだ。 その受付け魂、利用させてもらいますよ。 とカカシが黒く考えたか否かは定かではないがしかし、イルカは困った顔のまま頷いた。

「前向きに善処します」
「俺とのお付き合いも、前向きにお願いしますね」
「…ははは」
「…ははは…じゃないですよっ もーっ」

 意外と手強い。 あっさりOKしたかと思えばノラリクラリと…今に見ていろ必ずや俺に惚れたとアナタのその口から言わせてみせる。

「カカシ先生は…意外と怒りっぽい性質ですか?」
「アナタ限定ですよっ」
「中忍試験の時も、恐かったですもんね」
「アナタだってナルトの事となるとすーぐいきり立つくせに」
「あーまぁ」
「あーまー、じゃないですよ、もー」

 まぁでも、こんなのも結構楽しいかな。 とカカシが思ったかどうか、それはご想像にお任せしたい。








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