クープランの墓
- Le Tombeau de Couprin -
3
Forlane
第3曲:Forlane 「ガブリエル・デュリック中尉に捧ぐ」
カカシの居ない一週間。 三日目。
寂しい。
右に左にユラユラと、揺れるように家路を歩いた。
帰っても誰も居ない。
遠い。
こんなに遠いなんて、思ったことなかった。
先生の家に二晩お世話になり、さすがにこれ以上はと暇乞いをすると、先生はもちろんナルトも激しく引きとめてくれた。 先生と話してから少し落ち込み気味だったこともあるのかもしれない。 未熟者。 ああ、なんて未熟者なんだ。 ナルトにまで心配かけて。
『誰かがボクから彼を奪ったんじゃない、彼が自分で見つけて選んだ、それがボクじゃなかった、それだけだ』
ナルトとサスケ。 いつも喧嘩ばかりしていたあの二人が…。 傷を作る時も一緒、叱られる時も一緒、好きになった女の子も一緒なのだとばかり、思っていた。 ナルトには分が無いなぁ、サスケが相手じゃ運が悪いなぁと、そんな風に思っていた。
『ショックだったのは、ノーマルだと思って諦めていた彼がキミのお父さんを選んだ、という事で、そのキミのお父さんに至っては妻子持ちだった訳でこれまたノーマルだったってことじゃない? ボクはいったい彼の何を見ていたんだろうって』
んじゃあアレか? ナルトはサクラが好きで、サクラはサスケが好きで、サスケはナルトが…? う〜ん、これって三角関係…とは言わないかな? でも凄い不毛な関係なのか、もしかして。 誰の恋も成就しないのか?
『成就…と言っていいのかどうか、ボクにも判らないけど、サクモは強引に、力尽くで、無理矢理…、キミのお父さんをモノにした』
強引に…サスケがナルトを? あの、ナルト、を? あの、サスケ、が? 想像もできない…。
『右を向いていたものを無理矢理左に向けた。 キミのお父さんは、そこにサクモを見た。 キミのお父さんは…』
そんな事をしたら、あのナルトのことだ、きっと…きっと? 自分はどうだったんだ? いきなり接吻けられて、体が弱っている時に抱かれた。 いや、ナルトと自分とじゃ違うじゃないか。 だってナルトは…。
『女性と結婚して子供まで居たキミのお父さんは、サクモに強引に抱かれて苦しんだだろう。 でもサクモに会ってしまった。 そして最後にはサクモを受け入れた。 サクモに変えられたのか、彼自身で変わったのか、それは判らないけど。』
今はサクラしか有効射程内に居ないナルトの視界にサスケが強引に割り込む。 ナルトの視線を遮り、自分しか見えなくして、自分しか感じられなくして…。 俺がそうだったみたいに。 俺が、あっと言う間にカカシしか見えなくなったように、ナルトが変わったら?
『最初にサクモが見つけた。 そしてキミのお父さんが、”彼だ”と解った。 解らされた…かな。 そこに多少強引な手段が必要だったのは不可抗力だった。 結局そうなるしかなかったんだ。 彼らは互いを”それ”と認めた。 それだけだったんだ。 そう思ってボクは諦めた。』
俺は、あの時強引に迫ったのがカカシでなかったとしても、その相手しか見えなくなっただろうか。 男の身で男に抱かれる事を、あんなに簡単に受け入れられただろうか。 倫理観や常識の打破だけでなく、男としての矜持を捨て未来を捨て、早くに失くしてしまった暖かい家庭への憧れや夢も捨て…。
『いや、本当の意味で諦められたのは、カカシ君とキミが付き合いだしたと聞いた時だったのかもしれない。 ボクはカカシ君がキミの事を話す顔を見た。 キミの名前を大事そうに発音するのを聞いて、自分のキミへの抑えられない気持ちを吐露して、悩んで、迷って…、でもキミを失ったら生きていく価値が無いと、実際は言葉にはしなかったけどね、そのくらい真剣だったよ。 ボクは、”そういう”相手って確かに居るんだなって改めて思った。 後は出逢うか出逢わないか、それしかない。』
カカシと居られて幸せだ。 これ以上ないくらい優しくしてくれて、支えてくれて、愛してくれて…。 いや、そうじゃない、そうじゃない。 自分は、どうしようもなくカカシが好きなのだ。 好きだけじゃない。 側に居たい。 いや、ただ側に居るだけじゃなくて、触れ合いたい、接吻けたい、愛し合いたい、溶けて混じって一つになるまで交わりたい。 他に恋愛経験が無いから解らないが、こんな感情を他の誰にも抱いた事がなかったし、今もカカシ以外にはそんな風には感じない。
『カカシ君とキミのこと見てて、ボクはなんだか憑き物が落ちたみたいに感じたよ。 ああそうか、そうだったんだって』
でもそれとは別に、このままでいいのかという焦燥感を伴う迷いが常に付き纏う。 自分はこのままカカシの側に居ていいのか。 自分の存在がカカシの手枷足枷となり、果ては奈落の底へ突き落とすきっかけになりはしないか。 地面の小さな小石でも、躓くには充分なのだ。
『丁度ナルト君に出逢えたって事もあったかもしれないな。 そう考えるとボクってホトホト他者依存型だよね。 もう嫌んなるよ。 誰か居ないとダメなんだもん。』
カカシが居ないと生きていけない。 自分もそう思う。 カカシを傷付けるモノは許せない。 それが何であっても、排除して、守って…
『でも、でもね、ボクにとってナルト君は、サクモやカカシ君とはちょっと違うんだよ。 ううん、ちょっとじゃない、全然違う。 ボク、ナルト君が時々とんでもなく捨て身なのが堪らないんだ。 きっと本人は無意識なんだ。 だから余計堪らないんだ。 どうしても守ってあげたいって、心の底の方からなんか湧いてくるんだよ。 こうむちゃくちゃ理不尽だって自分でも思うんだけど、思うんだよ? でも抑えられないってゆーか。 ねぇ、こういうの何ていうのかな? 親バカ? 親バカなの? それともライバル心なのかな? ねぇ、どう思う?』
側に居たい、触れたいと、この身を焼くほどの湧き出る感情が”恋”なのか。 守りたい、傷付ける相手が許せない、と逆巻いて制御できない感情が”愛”なのか。
『ねぇ、ボクって…鬱陶しい?(泣)』
・・・
「あっ」
ぐらりと視界がぶれ、反射的に手を出した先に壁があったお蔭で倒れずに済んだが、なんだか世界がぐにゃぐにゃしている。 まだ家に着かないのか。 考え事に没頭していて足が鈍くなってしまっていたのだろうか。 いつもの倍時間がかかっている。 それにちょっと体が熱い。 やっぱり関東でこの仕事場仕様の服装は厚着過ぎたか。 マフラーを解いて襟元を寛げると、幾分呼吸が楽になった気がした。 そのグレイッシュブルーの薄手のマフラーを片手で首周りから引き抜き、ポケットに突っ込む。 汗で濡らしたくなかった。 カカシから貰った大切な、大切な…
やっと辿り着いたドアに鍵を挿し込み、よろよろとそのドアを引き開ける。
なんだかいつもより随分と重い。
足も重い。
荷物も重い。
早くどこかに座りたい。
あれ…何か音が…
音がする
鳴ってる
電話
カカシ…
カカシさんっ
走り込んで受話器を取り上げ耳に当てると、プツ・ツーーっという虚しい音だけが返ってきた。
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