月の輝く夜に
- Clair de Lune -
3
チャクラ切れで昏睡し、目覚めた時は三日が経っていた。
起き上がれるようになるまでに更に三日。 その間、ずっと病院のベッドに縛り付けられていたが、一回もイルカの見舞いはなかった。 落胆を禁じ得なかったが、非常事態だったのだ、イルカも負傷しているのかもしれない、里の復興に忙しいのかもしれない、と自分を納得させた。 最後までカカシをサポートしてくれた中忍の安否が気になり、なんとか確認したかったが名前も知らなかった。 歩けるようになると、病室を一つ一つ見て回りイルカとその中忍を探したが、結局退院までに見つけることはできなかった。 退院の日、五代目が看に来てくれ、あの中忍の殉職を教えられた。
「俺の所為です。」
カカシはショックを隠せず、頭を垂れた。
「おまえの所為ではない。 おまえはよくやった。 わたしがやっていたら今頃木の葉は瓦礫の山だ。」
綱手はカカシを責めなかったが、もっと上手くコントロールできていたら、と自分で自分を責めずにはいられなかった。
イルカに無性に会いたかった。
「綱手さま、イルカ先生は無事でしょうか?」
耐え切れず、五代目が知らなくて元々のつもりで問えば、逆に問い返される。
「イルカ先生というのは、あの海野イルカのことか?」
「そうです。」
訝しく首を傾げると、綱手は目を眇めてカカシを見た。
「海野イルカは、まだICUに居る。」
カカシの頭は、意味を解する事を長く拒否した。
「海野イルカは、あの時大門付近にいた者の一人だ。」
綱手の声が遠く聞こえる。 「あの時」と言うのは、大門が大破した時のことだろうか。
「わたしもな、気になっていたから暴風が収まってまず大門に駆けつけたのだが、酷い惨状だった。 大門の大扉は左右両方とも吹き飛んでいた。 重傷者がごろごろ転がっていた。 だが不幸中の幸いと言うか、死者は一人もいなかった。 海野イルカを除いては。」
綱手はそこで一旦言葉を切ってカカシを窺ったが、ひとつ溜息を吐くと共にまた話を続けた。 カカシは言葉を失っていた。
「海野イルカは、わたしが着いた時、心肺停止状態だった。 一見して八門の内の何門かを開いたと看れた。 後で五門まで開いていたと解った。 蘇生したのは奇跡だ。」
自分も細かい事はよく把握できていない、と綱手は言い、病院もこの通り忙しいから詳細は当時一緒にいた者にでも聞け、と追い払われた。 イルカは明日にでもICUから一般病棟に移れるだろう、命の危機は脱した、見舞いは意識を取り戻してからにせよ、と言われ肩を叩かれる。
「イルカの意識が戻ったら、真っ先に知らせてやる。」
カカシは呆然と病院を後にした。
当時、大門に配置されていたイルカの同僚の中忍が受付にいると聞き、アカデミーに向かった。 そこで、カカシはイルカの真実を知った。
「え? イルカですか?」
その男は、あちこちに絆創膏やら湿布やらをしていたが、概ね元気そうだった。
「あいつの配置ですか? あいつは別にどこにも。 大門にいたのは、ウィークポイントを数箇所見回った最後のチェックポイントだったからですよ。 あそこが一番危ないと最初から解っていましたから。」
「見回っていた?」
「ええ」
「イルカ先生がですか?」
「そうですが、それが何か?」
イルカの同僚という中忍は、混雑する受付で仕事の手を休めず、居心地悪そうにカカシの問いに答えていた。 里は守られたとは言え、小規模の被害があちこちに出ていたし、”柱”や”アンカー”を担った多くの上忍がカカシと同様に休養を余儀なくされていた。 そのため、通常の依頼と里の復興作業の依頼とを残った上忍と中忍達で回さなければならず、受付は混乱を極めていたのだ。 カカシは悪いと思いながらも、人の切れ目を見計らって食い下がった。 忙しさに感けてこの中忍の男の口が、若干軽くなっていると感じたからだ。 カカシはそれまでに何人かの中忍に話を聞こうとして失敗していた。 皆、イルカと聞いただけで口を閉ざした。
「どうしてイルカ先生が見回りを? アカデミー生徒の避難誘導をしていたのではないのですか?」
「そりゃあ、イルカは総括だから」
「おいっ」
隣の男が慌ててその中忍の肘を小突き一睨みして黙らせると、カカシを硬い表情で見上げた。
「すみません。 イルカの事は俺達にもよく解りません。 病院に行って聞いてみてくださいませんか。 見ての通り今手が空きませんし、あいつはまだ入院中のはずですから。」
「その病院で綱手さまにここに行けと言われて来たんですよ。 イルカ先生は明日、ICUから出られるそうです。」
それとなくイルカの情報を伝えると、中忍二人は目に見えてほっとした表情を見せた。 特に、後から割り込んできた男は、あからさまに脱力し、両手で顔を覆って呻いた。
「よかった…」
「だから大丈夫だって言ったろ? 前は六門開いたんだから。」
呻いていた男がハッとして顔を上げた時、カカシは二人の肩を掴んでジリと顔を近づけていた。
「後で少しお時間いただけますか?」
カカシの威圧に呼吸を忘れて青褪める二人に少し微笑んで見せ、特に含む所があるのではなく個人的な”心配”であることを告げることにする。 その方が話を聞けそうだった。 二人は親身にイルカの状態に心を砕いている様子だったから。
「あの晩、直前までイルカ先生と一緒でした。 後で会いましょう、と約束したんです。 何があったのか、事実が知りたい。」
心なしか声が落ちる。 意図してやった事ではなかった。 カカシ自身、大分参っていたのだ。 だが、二人は吃驚したように顔を見合わせると、揃ってカカシの顔を凝視した。
「…あなたでしたか。」
***
カカシは先程から両手で顔を覆い、時々質問を挟む以外は無言で二人の話を聞いていた。 イルカの事を知らなさ過ぎた自分に落ち込むばかりだった。
「イルカが総括なのは、中忍の間では一般常識って言うか、誰も疑問になんか思わない事実なんですけど、でも一応里外秘事項ですからやたらに言い触らしたりはしません。 それに、あの結界の普段からの維持管理も俺達中忍がやってましたし、稼動の準備や幾つかの小さいアンカーなんかもやってはいるんです。 そのためのレクチャも実は定期的にイルカがやってました。 秘密だったんですけどね。 でも上忍の方の中には、中忍なんかに使われるのが気に喰わないとおっしゃる向きもあったりで、その、俺達もなるべくイルカに皺寄せいかないようにって、皆上忍の方にはつい口が重くなっちゃって」
すみませんでした、と頭を下げつつ、でもカカシさんはイルカと付き合ってらっしゃるんですよね、と問われて更に落ち込む。
「いや、付き合ってると言っても、あの晩にやっとお互い意思確認をしたばっかりと言うか…。 ほらあの人、鈍いでしょ?」
ああー、と二人はハモッた。
イルカの同僚の中忍、一人はアオイ、後から割り込んだ方がイサヤと名乗った。 受付が退けてからアカデミーの中庭で待つカカシの元に来た二人は、最初びくびくしてはいたものの、カカシが余りにも参っているので同情したようだった。
「イルカが珍しく生きて還ることに前向きだったんで、おまえ彼女でもできたんかってからかったんですよ。」
「そうそう。 そうしたらアイツ、カーッと赤くなりやがって、好きな人ができた、って言うじゃないですか。 もう吃驚ですよ。」
「そんで、これが済んだらまた会うって約束したから、ちゃんと生きて戻らなきゃって、なぁ」
「ああ」
二人は少ししんみりした。
「アイツ、生きることに淡白っていうか、執着ないっていうか。 自分の命、全然大事にしなくて、俺らいつも怒ってたんです。 でも、どんなに言ってもアイツ暖簾に腕押しって感じで。 このままだと直ぐにも死んじまうって心配で。」
「彼女でもできればなって言ってたんだよな。」
「そうそう、それができたのは”彼氏”だったとはな〜、ははは…… す、すみませんっ」
恐縮する空気に恐怖が混じる。
「いえ、その通りですから。」
項垂れるままのカカシに二人はどうにも居心地が悪く、なんとかカカシの気持ちを引き立てようと苦心惨憺した。
「で、でね、イルカが総括リーダーなのは、あの結界の発案者だからなんですよ。 それはご存知では?」
「いえ」
「あ、あっそうですか。 …そ、れでですね、えっと」
「三代目が緘口令敷いたんです、仕方ないですよ。 イルカはあの通り唯の中忍ですし、他里の上忍とかに捕まったらひとたまりもないですもん。 カカシさんも柱ならご存知と思いますけど、あの結界陣はトップシークレットですから。」
「そうですよ、まず知られない、これが一番です。」
うんうんと一人頷くアオイを、カカシは斜めに見上げた。
「でもあの人、すっごく逃げ足 速いですよね。 幻術も上忍並だし、例え相手が上忍でも捕まったりしないんじゃないかな。」
「そ〜なんですよ〜、アイツ鬼泣かせのイルカって言われてて、鬼ごっこやらせたら絶対捕まらないって有名で」
「カカシさん、イルカとその、お、鬼ごっこ、したんですか?」
アオイがボケでイサヤがツッコミらしい。
「ええ、まぁ。 その、車輪眼使わされました。」
カカシがぼそりと白状すると、イサヤが俄かに気色ばんだ。
「カカシさん、イルカが逃げるようなこと、アイツにしたんですか?」
「おい、イサヤ」
アオイが慌てて宥めるが、イサヤはカカシを真っ直ぐ睨んだ。
「いえ、しようと思ったんですが、その前に逃げられました。 ほらあの人、雰囲気だけでもう逃げてるでしょ?」
ううー、と二人はまたハモッた。
「俺はね、興味半分とかそんなんじゃないんです。 できればあの人に、終の相手になってほしいと思ってます。 あの人にそれが伝わってるかどうかは、ちょっと今自信ないんですけど…ね。」
カカシはちょっと居住いを正して二人に真剣な気持ちを吐露したが、言い終わってからまた項垂れた。 本当に自信がない。 だが、どこに共感してくれたのか、二人は態度を軟化させた。
「アイツ、生還率100%中忍て呼ばれてたんですよ。 単独任務だったらほとんど無傷で大概予定通りに還ってきてました。 縁起が良いって上忍の方々にサポートの指名受けることも多くて、お得意さんもいたほどだったんです。 アイツ、頭も回るし機転も利くし、薬学とか爆発物とかトラップとかなんでもよく知ってて、気が合う方には本当に遣りやすいって可愛がられて。 チャクラもあんなもんなんで、出すぎたこともしないしサポートに徹して、欲もなくて、それでいい様に使われちゃうことも間々あったんですが、概ねよくやってたんです。」
でも、とイサヤは目を伏せた。
「でも、ある任務でアイツ、八門遁行を六門まで開いたんです。」
「イルカ先生は、八門遁行の使い手なんですか?」
それなら幾らチャクラ不足でも上忍になれるはずだ、とカカシは訝しんだ。
「いえ、自分でコントロールできるという訳ではなくて、切羽詰ると勝手に開いちまうんです、アイツの場合」
イサヤが苦しげに言葉を切ると、アオイが後を継いだ。
「俺達、アイツがその所為で死に掛けた任務のチームメイトでした。 イルカを可愛がってくださってた上忍の方と4マンセルでした。 マサキさんって俺達の親父くらいの年代の上忍だった方で、イルカがとても慕ってたんです。 アイツ早くに二親亡くしてたから。 その任務の帰り道で囲まれて、マサキさんが俺達を庇って倒れて、俺達だけで逃げろって言われたんですけど、イルカのヤツ頑として聞かなくて、そんでアイツ、結界を」
「結界?」
「イルカ、結界術のエキスパートなんです。 カカシさん、あの晩のその、鬼ごっこ? の時にアイツ使いませんでした?」
「いえ、幻術と普通に体術を少しだけ」
「へぇ、カカシさん、ほんとにイルカに受け入れられてるんですねぇ」
「アイツ、拒否反応起こす相手だと結構容赦ないもんなぁ」
二人はしみじみと遠い目をした。 何か過去にあったんだろうか。 ちょっと聞くのが怖くなった。
「それで、その任務はどうなったんですか?」
「あ、すいません」
直ぐ脱線する二人の話を総合するとこうだ。 イルカは敵に囲まれ、負傷して動けない上忍を置いて逃げることができず、かと言って自分と上忍の他に仲間が二人もいて、咄嗟に篭城策をとった。 四人が入れるだけの結界を張り、救援が来るまでの二日二晩を持ち堪えたのだそうだ。 運の悪いことに敵方にも結界術に優れた者がおり、あの手この手で結界崩しを仕掛けられたイルカは直ぐにチャクラ切れを起こした。 もうここまでかと思われた時、イルカが八門遁行を開き生命力をチャクラに変換しだしたのだと言う。
「俺、日向者なんです。 宗家の方々のように白眼を使いこなすことはできないですが、チャクラ歇の状態くらいは見えます。 イルカの八門が一つまた一つと開いていくのを俺は、ただ見てるだけで、俺は…」
「イサヤ」
もういい、と言うようにアオイがイサヤの肩を叩いた。
「俺達、中忍になったばかりでした。 結界は微妙なバランスを必要とする力場です。 あの時の俺達には手出しできなかった。 イルカに頼るしかなかったんです。」
「解りますよ。 今回のことで俺も思い知りました。 それで、結局イルカ先生は六門まで開いたんですね?」
「そうです。 救援隊が来た時、六門まで開いていて、今回と同じ呼吸も心拍も止まっていました。」
「…よく、助かりましたね。」
「ほんと」
「まったく」
二人は再びしみじみした。
「イルカが回復すると火影様、三代目ですけど、に呼ばれてこってり叱られました。 特にイルカは、八門遁行なんて禁術、何時何処で覚えたんだってすげぇ怒られて。」
「三代目、イルカのこと溺愛してたからなぁ」
「でもイルカ、そんな術知らないし出来ないって言い張って、そんでよくよく調べたら何か体質みたいなもんらしいってことになって」
「それでその後からアイツ、外回りの任務から外されちゃったんです。」
「また何時八門開いちゃうか判らないヤツを任務に出せないって」
「それで内勤に?」
「そうです。」
「アカデミーは?」
「は、もう少し後になってからです。」
二人ははーと溜息を吐いた。
「イルカ、内勤になってから暫らく、高台に登ってはぼーっとしてて、その時偶然、初代様の五茫陣を見つけちまって」
「そうそう。 あんときゃ俺達も困ったよな〜」
「どうしてもそれを復活させて里の防御結界にするんだって言い出しちゃって」
「そんなでっかいヤツ、どうやって発動させんだよって、俺達さんざん止めたんですよ。」
「でもアイツ頑固だから、初代様が何の考えもなくそんなモノ設置する訳ないって、三代目を言い包めて書庫に三日も篭っちまってさぁ」
「俺達も付き合わされてさぁ」
「参ったよなぁ」
二人はうんうんと頷いた。
「そうしたら本当に出てきたんですよ。」
「なんだっけ?」
「鯛だよ、鯛」
「タイ?」
カカシは呆気に取られた。
「鯛飯のレシピが出てきたんですよ。」
「イルカのヤツ、混ぜご飯系苦手だからさ」
「そうそう! アイツ眉間に皺寄せちゃって!」
あははは、と二人は腹を折って笑ったが、カカシの表情を見て慌てて居住いを正した。
「鯛飯のレシピが暗号になっていたと?」
「「そ、そうです。」」
二人はハモッた。
直ぐ脱線する二人の話を総合するとこうだ。 イルカ達の発見した暗号を解読すると、驚くべきエネルギー供給システムの構想が浮かび上がってきた。 しかも、木の葉の里建設時に既にその構想が組み込まれていたらしいと解り、イルカ達は発掘作業までしたと言う。 そして、今のセンター広場の六茫陣の一部が見つかってしまった。 火影三代目は決断を迫られた。 里は既に結界陣を所々侵蝕する形で発展している。 立ち退き問題、工事費用など、いろいろ障害があり過ぎる。 それに、里全体を結界で覆わなければならないような未曾有の事態など、そうそう起こる訳もなく、里の中枢部のお偉方を納得させるのには説得力に欠けた。 そこで、今のままではその巨大結界を立体的に立ち上げる事や、その状態の維持を実現させるには欠陥があり過ぎる、実現不可能である、と指摘し、それを何とかできたなら考えよう、とイルカに期限付きのレポート提出と小規模の実現例のデモンストレイションを課した。
「火影様、イルカの結界術ノーハウを舐めてらしたんだよなぁ」
「まぁな」
二人は感慨に浸った。
「アイツ、結界壊しのイルカって呼ばれててさ」
「そそそそそそ」
「ちょっとストップ」
カカシは慌てて二人を制した。 これ以上の脱線は勘弁だった。 話は架橋に差し掛かっていた。
「イルカ先生に二つ名が多いことはよく解りました。 でも話の続きを」
促すと、二人はこくりと唾を飲み込み、顔を見合わせて頷いた。
「イルカは、その時既にあった初代様の五茫陣とセンターの地勢汲み上げ用の六茫陣に、幾つかの陣を重ね上げて連鎖反応的に結界が組みあがり立ち上がるシステムを考え出しました。 それに態と人、忍ですけど、を発動の鍵として組み込み、システムが勝手に起動したり暴走したりしないようにしたんです。」
「それが、”柱”と”アンカー”だと?」
「そうです。 それと”センター”」
「逆に言うと、人材の確保ができなければ発動もしない無駄なシステム、という事になってしまいますが、安全装置としてそれが最善だと押し切りました。 実際、木の葉では遜色なく柱やアンカーの供給ができました。 それができないような弱体した里ならば守る必然性が無いのではないか、と暴言まで吐いて、三代目にそれを他では絶対言うなってまた怒られて」
「…イルカ先生って、なんて言うかその、結構…」
「プログレッシヴなヤツなんです」
二人はうんうんと頷いてからふーと溜息を吐き、また遠い目をした。
「あなた達、結構イルカ先生に振り回されて、たいへんだったんですね。」
カカシがしみじみ言うと、アオイが悪戯っぽく笑った。
「これからは俺達、楽できそうですけどね。」
はは、と思わず乾いた笑を零し、カカシは独りごちた。
「今のイルカ先生からは、なんか想像できないなぁ」
「そうですか?」
「だって、よく泣くし」
「「よく泣く?!」」
二人はハモッた。
「イルカがですか?」
「うそ」
「ありえねー」
「?」
カカシが首を傾げると、二人は感慨深げにカカシを見た。
「アイツ、カカシさんの前だと泣くんですか」
「俺、ちょっとショック」
「イサヤ」
アオイがイサヤの肩を叩く。 この二人とイルカを入れた三人の関係が段々判ってきた。
「そうですか、イルカ先生、余所では泣かないんですか。」
カカシがちょっと得意気にふんふんと頷いていると、イサヤがまた気色ばんだ。
「カカシさん、イルカが泣くようなこと何かしたんですか?」
「まぁまぁ、イサヤ」
なるほど、アオイ君は宥め役なのね。 それでイルカ←イサヤな訳なのか。 ライバルじゃんか。 とカカシが多少胡乱気な雰囲気を醸し出すとアオイがイサヤを諫めた。
「別に泣かした訳じゃなくて、ほらあの人、いろいろ鈍い上にひとりでぐるぐるしちゃうから」
ああー、と二人は何度目か判らないがまたハモッた。
そんな具合に脱線し捲くった挙句の果てに聞き出した二人の話を総合するとこうだ。 当日、イルカは総括として予めウィークポイントのチェックをしてから本部に現れた。 高台で確かめたい事、というのはそれだったかと思い出す。 障壁の数箇所が修理中だったが、幸いアンカーに影響のあるものは無かったので中忍を何人か配置して補強。 問題は大門大通りの工事現場だった。 直ぐ土砂は退かしたが、調度六茫星からの地勢の通り道であったため何らかの影響は免れないと予想された。 イルカ達は見回りの最後に大門に向かい、途中で工事跡を調べてそのまま自分達が補強に就くつもりでいた。 だが、地勢の漏れが予想以上に多く、エネルギーの供給の薄れたアンカーから結界が既に剥離し始めていた。 次々と連鎖反応的に起こる結界の瓦解。 綱手が突き立てた柱は一時的に時間稼ぎをしたが、結局その穴の影響もあり大門付近のバリアは急速に薄れ、遂に暴風に負けた。 元々障壁に比べて扉はウィークポイントだった。 大扉が跳ね飛ぶと同時に激流のように風が流れ込み、大門通りを渡ってカカシを直撃したのだ。 結界はもう倒れるばかりだった。 その時、イルカが自分で陣も無しに結界を作り出し、膨張させて五茫結界を繋ぎ止めたのだと言う。 もちろん、イルカにそんな巨大なチャクラは無い。 イルカはあっと言う間に五門を開いていたと、イサヤは言った。
「俺達二人は、工事跡の地勢の漏れ穴に蓋をしていました。 イルカが大門に走って行くのが判ってたんですが、止められなかった。 俺は大声で叫んだけど、風が酷くて全然届かなかった。 俺はまたあんなイルカを見るのかと思ったらもう…」
どうしていいか判らなかった、とイサヤは声を震わせた。
「でも、今回は綱手さまがいらしてくださったし、コイツの言うには五門って話だったから、俺は大丈夫だと思ってたぜ?」
とアオイがイサヤの背をぽんぽんと優しく叩きながら宥める。 おおらかないい漢だ、とカカシは思った。 イサヤもとても優しい真面目ないい漢だ。
「センターの俺に付いてくれた中忍のハヤセ君も、最後まで体を張ってサポートしてくれました。 彼は命を落としてしまった。 俺は彼を守れませんでした。 実際に木の葉を守ったのは、彼やイルカ先生やあたな達中忍の力ですね。」
二人は初めて、揃って長く黙り込んだ。
そして涙ぐんだ。
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