月の輝く夜に

- Clair de Lune -


2


 風が強くなり始めていた。 中忍が三人補助に付く。 彼らは、五茫星の交点に当たる箇所に設置された”柱”用の土台を地中から取り出して軸となる2メートル程の棒を立て、回りにチャクラ増幅陣を描いて陣取った。 ”柱”五ヶ所と”アンカー”五ヶ所には当初それぞれに一人づつ上忍が充てられていたが、今回は少なくとも三時間は維持しなければならないと言うことで後二人が急遽宛がわれ、三人づつの上忍が任に就いた。 それでも一人最低一時間は頑張らねばならない。 実際にはその倍はかかるだろうと、カカシは予想していた。 ”柱”とは、結界を立体的に支えるチャクラの支えだ。 支えが倒れればバリアは崩れる。
 カカシは棒を仮想の軸としてイメージし上空百数十メートルまでチャクラの柱を立ち上げるために精神を集中させていた。 車輪眼を使う必要はないので、自分のチャクラの残量を計算しながら上手くやれば一時間以上持たせることができるだろうと思われた。 もう暫らくすれば合図の照明弾が上がるはずだ。 だがその時、火影五代目が現れた。
「カカシ、おまえはセンターに行ってくれ。」
「綱手さま、センターの操手はあなたの役目では?」
「事情が変わった。 不測の事態ってヤツだ。」
「いったい何が?」
「大門前の大通りに運悪く工事中の箇所があったんだ。 土砂が大量に積まれていた。 土砂そのものは土遁で取り除いたんだが、如何にせん急場凌ぎで地勢の流れの歪みは少なからず発生するそうだ。 本来ならセンターの操手はただ立っていればいいほどの簡単な仕事なんだが、今回ばかりは微妙なバランス取りが必要になる。 チャクラの流れが視認できる者のほうが良いそうだ。 おまえがやれ。」
「解りました。」
「物質には慣性がある。 チャクラも例外ではないそうだ。 一回倒れだしたら加速度が加わり、立て直すのには数倍、悪ければ数十倍の力が必要になる。 流れを読んでバランスは早め早めに取ってくれ、とのことだ。」
「はぁ…、責任重大ですね。」
「おまえしかできん、とたっての頼みだ。」
「誰ですか、そんなこと簡単に言ってくれちゃうのは?」
「もちろん、総括リーダーだ。」
「はぁ」
「この多重結界陣の発案者だ。 信用できる。 大門方面の柱は、私が死んでも支える。 おまえは操手に集中しろ。」
「了解」
 カカシはセンターに向かった。

 センター広場は、いつもある出店などが全て取り払われ広場いっぱいに六茫星の陣が描かれていた。
「これで地勢を汲み上げるのか。」
「カカシさん、こちらへ」
 腕組みをして陣を見ていると、あちこちで忙しく立ち働くサポートの中忍の一人がカカシを手招きした。 五代目と自分とが役目を交代した事は既に連絡済みのようだった。
「この六茫陣の中央にもう一つ小さな陣があります。」
 これです、と指を差して示され、カカシも屈みこんでそれを確認した。
「六茫陣が地勢を汲み上げる井戸とすると、この陣は地勢で作った巨大五茫陣を立ち上げるためのスイッチです。 一回目の合図が上がったら六茫陣を、二回目の合図でスイッチを発動させてください。」
「了解」
「スイッチを発動させると直ぐに五茫結界は持ち上がりだすと言うことです。 上がりきってしまう前にチャクラで光球を作り取り付けてください。」
「光球?」
「はい、操手に見えればいいそうです。 五茫結界の中央である印、と言うかフロートですね。」
「釣りの”浮き”のような物、ということか。」
「そうです。」
「”浮き”に釣り糸を付けて操れ、という訳だな。」
「よろしくお願いします。 我々にはチャクラの流れや結界の骨組みなどは見えません。 カカシさんが頼りです。」
 深々と頭を下げられ苦笑が漏れる。
「頑張ります。」
 取り合えず笑って見せて肩を叩くと、その男は若干引き攣った笑みを浮かべて額に手を当てた。
「す、すみません。 俺、実はすごく緊張してるんです。 怖くて。」
 正直に心情を吐露する男に微笑みかけると、男はほっと息を吐き出した。 里中に配置された中忍達が、それぞれ精一杯自分に任された仕事を全うしようとしている。 そうする事で里に貢献している。 実際、急にこの位置に配置されたカカシは彼のサポート無しには要領が解らなかった。
「あなた方の説明やサポート無しでは俺は何もできませんよ。 それに、この結界についてよく理解してますね。 俺より解ってるんじゃないかな。」
 正直にそう告げると彼は、ははは、と頬を掻いた。
「俺も一応レクチャは受けてるんですけど、正直必死です。」
 レクチャと言えば、とカカシは男に向き直った。
「レクチャってさっきアカデミーでイルカ先生がやってたアレのこと?」
「ええ、そうです。 イルカをご存知ですか?」
「ええ、まぁ。 それで」
 イルカ先生は今どこに配置されているのか、と問おうとした時、他の中忍から声がかかった。 中忍の男は、すみません、と一つお辞儀をするとそちらに駆け出す。 ゆっくりしている暇はない。 カカシ自身もセンターの任に集中しなければならない。 結構な集中力・観察力・洞察力とデリケートな操作とが必要になる仕事だ。 己の判断ミス一つで結界が倒れてしまうのだ。 それに車輪眼をずっと使い続けなければならない。 無駄にチャクラを消費せぬよう、集中して上手くコントロールしなければならない。 イルカはきっと顔岩の避難所に子供達といるはずだ。 集中しろ。 自分にそう言い聞かせた。

     ・・・

 数十分前、イルカと別れカカシが火影の執務室に着いた時、火影五代目は天文学者達数人と額を付き合わせていた。 カカシがラジオを点けて衛星放送が受信できない事実とその原因の予想を簡単に話すと、天文学者の一人が慌てて部屋を飛び出し数分後に戻ってきて報告した。
「確かに、昼側の国々との交信がどれも途絶しています。」
「イルカ先生の予想では、巨大フレアではないかと」
「イルカ先生!」
 また一人学者が部屋を飛び出した。 何なんだ。
「カカシ、どういう事か説明しろ。」
 綱手が腕組みをし顎をしゃくってカカシを促すので、掻い摘んで事のあらましを説明する。 その頃には、他の上忍達も続々と執務室に到着してきていた。
「月の光がここまで明るいというのは異常です。 月照、つまり太陽の光を月が反射している訳ですが、それが通常の数倍明るいということは、太陽が通常の数倍の光を出している、ということになります。」
「太陽がノヴァ(超新星)になったと?」
「いえ、それは無いということです。 我々の太陽は、ノヴァになるには小さすぎるそうですから。」
 あちこちから溜息が漏れる。 ノヴァなら何をしてももう無駄だ。 だが、とカカシはイルカからの受け売りを話した。
「ノヴァでなくても巨大なフレアが地球向きに発生した場合、通常の数倍、悪ければ数十倍・数百倍の熱や電磁波・太陽風が襲ってくるということです。 光が届くまでに八分、電磁波はそれより少し遅いとしても大して変わりないでしょう。 俺がこの異常月照に気付いたのが一時間ちょっと前です。 昼側の国々とは既に連絡が取れない。 木の葉は幸いにして夜側だった。 内陸高地ですし海面上昇によるダメージからは免れると思いますが、熱風と水蒸気の嵐があと四・五時間のうちにここまで来る。 どのくらいの規模なのか、何時間くらい続くのか、それは解りませんがとにかく、里全体を守る策が必要です。 時間もありません。」
 カカシがそこまで話した時、先程飛び出して行った学者が戻ってきて火影に耳打ちをした。 五代目は一つ頷くと、立ち上がって部屋全体を見渡した。
「大体の状況は今カカシが説明した通りだ。 何か質問はあるか?」
 誰も声を上げる者は居らず、一同が固唾を呑んで火影の次の言を待つ。
「初代様の五茫結界陣を使う。」
 どよ、と上忍達がざわめいた。 初めて聞く連中も少なくないはずだ。 柱とアンカーの任を任された者以外には敢えて詳細は知らされていないのだし、そういうモノがある、ということくらいは知っていても、実際稼動させられるのかと驚く者も多いだろう。 その巨大さと威力の高さを実現するために考案されたエネルギーの蓄積技術、作動させるための巧妙緻密な積層型多重結界陣、そのどれもが門外不出の最高技術であったし、漏洩すれば同様の結界が他里に齎されるだけでなく、システムが解析された暁には陣を暴走させて木の葉の里を崩壊に導くことも可能となる。 それほど巨大なエネルギー・システムなのだった。
「里外に出ている者たちには、自分で結界を張り五・六時間篭っているように伝令を飛ばせ。 初代様の結界が張られる前に全て済ませろ。 あとの者は先生方から具体的なレクチャを受けてくれ。 頼む。」
 五代目から促され、学者達が慌しく里全体を著した大地図を広げた。
「これをご覧下さい。」
 直ぐに打ち合わせが始められた。

     ・・・

 そう言えばイルカは何故、五茫結界の事を知っていたのだろう。 一介の中忍アカデミー教師の知っているべき事ではないのではないか。 カカシはセンターで座し、チャクラを練り集中を高めながらもイルカの事が頭から離れなかった。 否、だが現にこうして、柱やアンカーの上忍達も多くの中忍達のサポートを受けなければ何もできない。 実際には彼らが全て下準備をし、稼動時にはチャクラ増幅などある程度のサポートもするのだ。 そのためには、もしかしたら柱やアンカーよりもシステムについてより熟知していなければならないのかもしれない。 そう考えて頭を振り、イルカの事をひとまず追い出そうと努めたが、なかなかどうして難しかった。
 打ち合わせが終り、火影の執務室から出てカカシはイルカを探した。 後で本部で会いましょう、と別れ際約束したからだ。 自分は直ぐに担当の柱の場所に移動しなければならないが、一目イルカの姿を見たかった。 できれば一言でも言葉を交わしたい。 先程のイルカの甘い唇の感触を思い出し、カカシは自分の口元を撫でた。 そう、できれば言葉を交わすだけでなく、もう一度この腕の中に閉じ込め、その存在を確かめたい。 物陰に連れ込んででも、もう一度その唇を貪りたかった。
 イルカは、アカデミーの教室の一つに恐らく中忍と思われる者達を集めて何か打ち合わせをしていた。 教壇に立って黒板にしきりに何か書いていたが、それは唯の話の補足らしく外からそれだけ見ても何の絵なのか解らなかった。 暗い廊下から見える明るい教室の中には、数十人の中忍が犇めいている。 それぞれ手にプリントを持ち、自分の持ち場についてのレクチャを受けているらしかった。 イルカがレクチャする側だという事に些か驚いたが、三代目のお気に入りだった彼が里の中枢の事に精通しているのも頷けたし、先程飛び出ていった学者の一人と打ち合わせをしたに違いないと思った。 打ち合わせは延々と続いていた。 カカシは、イルカの顔だけでも見られた事で満足しなければならない、とそっとその場を後にして持ち場に向かったのだった。


「全てが無事終わったら、また会ってください。」
 腕の中、囁くような声は震えていた。 そっと頬に添えられた指先も震えており、ちゅっと触れるだけのキスも拙いものだった。 だがカカシは負けた、と思ったのだった。 カカシはこれまで感じたことのない、ぎゅっと胸の奥が引き絞られるような衝撃を覚え、じんと目頭が熱くなって自分が感動していることに気付いた。
---この人は俺を愛している!
 まだ自分の事を思い出してくれたかどうかは定かではなかったが、必ずまた好きになる、と言った言葉どおり、自分を好きだと言ってくれた。 剰え、自分の邪な思いを聞かされても尚、そう言ってくれる。 何もかも差し出す、とそう言ってくれる。
 気が付くと、自分に接吻けるために浮かした頭を後から鷲掴み、拙い触れるだけの唇を荒く貪って口中まで犯していた。 擦り付ける下半身に応えるように育つイルカの硬さを感じると、目の前が真っ赤に染まり耳鳴りまでするようだった。 眉を寄せ、固く目を閉じ、頬を染め、苦しげな呻き声を時折上げて身動ぐ姿は扇情的で、それは誘ってる以外何物でもないでしょうそうでしょう、と思っても誰も否定すまい? だから自分に正直に、と言うか、下半身に忠実に事を進めようとしたのだが、また気が付くと、腕の中には何も無かった。
「い、今はっ ダメですったらダメですっ!」
 肩で息するイルカに無情に見下ろされていたのだった。


---あんときゃ辛かったよなぁ
 下半身が、と思い出し、逃げることにかけては天下一品の中忍を恨んだ。 全て済んでその時が来たら、車輪眼バリバリで頑張らせていただきましょう、と心に誓い、まずは目前の危機を脱しなければ、と思考を切り替えるよう努力する。
---そうだ、車輪眼を今は使うなと言っていた。
 センタを任された今の状況を考えると、無駄にチャクラを消費せずに済んだ事は有り難かった。 まるでこうなる事を見越したような物言い。 イルカ。 いったいどこまで知っているのか。
 柱やアンカーの存在を知っていたイルカ。 中忍組のレクチャをするイルカ。 車輪眼まで使わされた気配の絶ち方や幻術。 状況に臨機応変に対応できる頭脳と、対策を瞬時に幾つもシュミレートする博識さ。 五年前の上忍昇級試験の時も驚かされたが、今夜一晩でまた知らなかった幾つもの面を見せられたと思った。 だがそれでも、今また改めてイルカを上忍に推すかとと問われれば、答えは五年前と同じで、否、だった。 上忍には上忍の役目というモノがあるからだ。 上忍は一人で一個小隊の力を持ち、有事にはたった一人で部下を守れなければならない。 攻撃系の大技を繰り出すだけのチャクラがあるか、一人で何人もの相手ができる程の力とスピードがあるか。 回りが上忍に求めるモノはそれだ。 幾ら博識で幾ら逃げ足が速くても、イルカが中忍止まりなのはイルカが守られる側だからだ。 自分はイルカを守れる。 自分にはその力がある。 そう思った。
 だがカカシは、この時イルカの事をまだ全く理解していなかったと後で知ることになったのだった。


               ***


五芒陣  最初の合図が上がった。 照明弾は、真昼のような月明かりの中でも見紛う事なき閃光を放ち、ヒュルヒュルと音を立てながら里の甍の上高く駆け登り、最後に一際強く輝いて消えた。 カカシは練り上げたチャクラを掌に集め、六茫星の中心に流し込んだ。 その僅かな力は呼び水。 何年もかけて蓄積された地勢が、今そのチャクラに呼び込まれて六茫星に一旦集中し、泉が吹きだすように五方向に流れ出してゆくのがカカシの車輪眼にははっきり見えた。 その先は障壁に設置された五つのアンカー。 アンカーには上忍が一人づつ陣取り、エネルギーが来るのを待ち構えているはずだ。 彼らは、そのエネルギーの流れを一つのアンカーから一つ置いた右隣のアンカーへ向けて跳ね返す。 そうして木の葉の里全体に跨る巨大な五茫星ができあがる。 二つ目の合図はまだか。 カカシは左手に既に作り上げてある光球を掲げ持ち、右手にスイッチ発動のためのチャクラを練る上げる。 五茫結界は全ての対外エネルギーを撥ね返す盾だ。 それを里上空に凧のように打ち上げ、縁はアンカーを付けて押さえ、半球状のバリアを形成しようというのだ。 柱は五ヵ所。 少なくとも三時間は、そのエネルギーの結界を百数十メートル上空に支え続ける。 カカシは中央でバランスを取る。 合図はまだか。
 ドンっ
 一発目よりも更に輝く照明弾が白く頭上で発光した。
 いよいよ始まった。
 合図と共に次々と光の柱が立ち上がるのが車輪眼に映る。 里の上空に巨大な五茫星が描き出されていく。 スルスルとあっという間に上っていったフロートの位置を確認し、カカシは自分のチャクラで作った”釣り糸”を握り直した。 光の玉はカカシの真上にあった。 結界の外は、真っ黒い雲が筋を成すようにもの凄いスピードで流れていた。 雲と雲の間に絶え間なく放電が起こり、青白い光の筋が縦横に走り回る。 遅れて滝のような雨が当たりだし、里全体が雷鳴の炸裂音と水の打撃音で満たされた。 直ぐ近くに居る者とも、怒鳴り合わなければ声が聞こえない程だ。 カカシの回りには六人の中忍が座し、結界にエネルギーを供給し続ける六茫星の力のほんの僅かを撥ね返してカカシに送っていた。 その身を挺したサポートは、最初から彼らに課された任だったのか、それとも彼らの自主的な行動なのか。 今のカカシには問う術も無い。 上空の五茫結界は予想以上に暴風に煽られ、右に左にゆらゆらと揺れてカカシを体ごと揺さぶっていた。


 何時間、いや、何十分経ったのだろう? 今にも遠退きそうな意識を根性で繋ぎ止める。 体を張ってサポートしてくれていた中忍は既に三人倒れ、残りの三人も限界のようだった。 結界の外はまだ嵐が逆巻いている。 だが、五茫結界は期待以上に持ち堪え、木の葉の里を守っていた。
---あれはなんだろう?
 朦朧としだした意識を叱咤し、結界の揺らぎを制御しつつ、視界の端に掠める淡く細い光の筋に目を凝らす。 自分の居る場所から大門に真っ直ぐ続く大通りの何処かから、斜めにひらひらと上がる光跡が確かに見える。 アレはいったい何だろう?
 そう思った時、フロートがすーっと大門とは反対の方向に流れ、続いてずるずるっと結界が引っ張られだした。
---くそっ
 ”釣り糸”を思い切り引くが、今までとは違う勢いがその揺らぎにはあった。 渾身のチャクラを一気に練り上げ、中央のフロートから倒れていく方向の数十メートル先を狙って”糸”をもう一本打ち込み直ぐ引くが、まだ倒れる加速度は緩まなかった。 二本の”糸”を片手に纏め、間を開けずに更にもう一本”糸”を打ち込む。
「くっ」
 三本を纏めて肩から胴に回し、体を張って引きながら足を踏ん張るが、ずるずると足元から引き摺られていくのを止められない。 今度は足裏にチャクラを集め、地面に貼り付ける。 体が引き千切られるような激痛が走る。 残った三人の中忍の内の一人がカカシに走り寄り、カカシの胴に腕を回して引き止める。 自分の足に、カカシと同様チャクラの接着を行っているようだった。 あとの二人はカカシ達が辛うじて踏みとどまる六茫陣に有らん限りのチャクラを注ぎ、カカシと支える中忍の足に自分達のチャクラを絡み付かせている。 だが、じりじりと二人が引き摺りだされていくのを止められなかった。
「うぉーーーっ」
 その時、倒れていく先の柱から雄叫びが上がり、柱が若干太くなったように見えた。 その途端、引き摺られる力が少し弱まる。 ”柱”の方でも異変に気付き、なんとか支えようとしているようだった。
「ぐぉーーーーーっ」
 後からも高い雄叫びが聞こえてきた。 五代目火影、綱手の声だった。 振り返ることはできなかったが、何かめきっと突き刺さるような音がして一瞬倒れる勢いが完全に止まった。
「やったっ」
 カカシの腰を支える中忍が、思わずと言った風に歓喜の声を上げる。
「五代目さまが支えてくださった。」
 彼はそれだけ言うと、どさりとその場に倒れ伏した。 陣の回りには、先程カカシに陣のレクチャをした中忍が一人頑張っているだけになっている。 その彼も、倒れていないだけで殆ど意識がないようだった。 カカシは今や自分のチャクラだけで三本の”糸”を引き、足を繋ぎ止めていた。
---まだだ。
 まだ終わっていない。
 先程のひらひらと見えた僅かな光跡は、五代目が言っていた大門前の工事現場の結界の歪みから漏れた地勢だったのではないか。 振り返って見ると、大門方向の結界陣が他より薄く感じられる。 他のアンカーよりも地勢の供給が薄くなってしまい、アンカーとの繋ぎ目が切れてしまったのかもしれない。 その事に気付かなかった自分の責任だ。 今は綱手が自分の”柱”を伸ばして結界のドテっ腹に突き立て、これ以上反対側に引き摺られるのを留めているが、大門付近の結界は大穴が開いている状態ではないか?
 そう考えた時、轟と生暖かい強風が頭上から大量に吹きつけてきた。 見上げると、綱手の柱を突き立てた箇所から引き千切られるように結界が裂け出している。 みるみる裡に裂け目は広がり、また結界が倒れだした。 そして大門の方からドンッと言う爆発音とバキッという炸裂音が響いてくる。
---大門が砕けた?
 嫌な予感が脳裏に過ぎった瞬間、衝撃派のような風が大門通りを渡ってきてカカシを直撃した。
「あっ」
 足が浮いてしまった!
 これまでか?
 極限の状態でなけなしのチャクラを足から打ち出し、地面に突き刺す。 その時、最後の中忍が突進してきてカカシの足を両腕で抱きこんだ。
「ぐあああーーっ」
 彼はカカシのチャクラごと足を掴み、電撃に震えるように痙攣しながらも腕を離さなかった。
「ばっ 離せっ 死ぬぞっ」
 必死に叫ぶが、彼は既に白目を剥いており、カカシの足を抱きこむ腕と自分の足裏と地面を貼り付けるチャクラのみが彼の意思を離れたようにその状態を維持し続けている。 そして無情にも引き摺られる速度は緩まなかった。 彼の体を貫く覚悟で、最後のチャクラを振り絞って地面に杭を打ち込むべきか、カカシが究極の選択を迫られたその時、突然全てが嘘のように軽くなった。 結界は大門方向に立て直り、カカシに縋っていた中忍が頽折れると同時にカカシの足が再び地面に着いた。 フロートは直上に戻り、三本の”糸”は緩くカカシの手の中に納まっている。 綱手が開けた穴も何時の間にか塞がっていた。 否、塞がっているように見えるだけだ。 あれは…。 あれは?
 カカシは、五茫結界とは違う半球状の結界が綱手の柱を包み込むように急速に膨れ上がり、裂け目を覆い尽くしていくのを見たのを最後に意識を手放した。




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