千の星
2
雄同士の体で交わる。 動物としては考えも及ばない行為を人間はする。 だが妖狐は、深く犯されて喘いでいた。
「どうだ、案外イイだろう?」
千影は妖狐のモノを握って上下に緩く扱き、早くも探り当てた妖狐のウィークポイントをゆっくり執拗に責めながら問うた。
「……っ ぅ ぁぁ …ぅん」
漏らすまいと思っても嬌声が漏れる。 その幾分高い甘い声が自分のものではないようで、妖狐は両手で顔を覆いながら快楽の波に揺さぶられ、漂った。
「声、聞かせろよ」
千影は、妖狐の下肢から手を離すと顔から両腕を引き剥がし、そのまま頭上に縫い止めて自分も妖狐の体の上に覆い被さってきた。
「ぅあっ ああっ」
中の千影自身が妖狐を抉る。 背を撓らせる妖狐の体にぴったりと自分の体を寄せ、妖狐の唇を塞いで舌を深く絡ませながら体ごと大きく上下させるように、千影は妖狐を揺さぶった。 妖狐自身が腹の間で擦れる度に、妖狐の内壁が千影を締め上げる。
「ぅ…ん…ぁ…ん…」
「…ああ…おまえ、なかなかイイなぁ…」
千影は妖狐の首筋に顔を埋めると、妖狐の両腕を拘束したまま体を密着させて、そのまま長いこと妖狐を味わってからやっと果てた。 妖狐は、抱かれる側の負担の大きさを身をもって知ったが、千影が自分の体に酔うと共に発散させる欲情した気配や、吐き出す精そのものが非常に旨いことも知った。 相殺しても抱かれて損はない。 妖狐はそう判断した。 そして男を抱くことも覚えた。
それから、千影は妖狐を人に変化させ、自分の塒に連れ帰るようになった。 それまでは、狐の魔物を遣うことは隠さなくても、仲間の間に無理に置こうとはしなかった。 忍は妖魔を滅するのが生業のひとつ。 その頃は、まだそれほど妖魔遣いが受け入れられている訳ではなかったのだ。 だが、見た目だけは美形な妖狐の人変化は、連れ歩いても閨で鳴かせていても、羨まれるだけで然程軋轢は生まれなかった。 そうやって、妖狐は千影の属する人間の集団の中に入り、彼らについて学習することとなった。
***
千影の居る組織は、野党に毛が生えた程度の武闘集団で、千影の父が頭目だった。 彼は他国の隠れ里で忍の技を学び還り、自分の息子達や部下達にそれを教えた。 そうして彼らは、ただの野党から大名の警護まで請け負う武闘派集団へと変貌したのだった。 千影の父の野望は、火の国の地に忍里を建国することだった。 千影は彼の長子で跡取りだったが、半年も年の違わぬ腹違いの弟がいた。 弟は、波打つ銀の髪に灰青色の目を持つ威丈高な男で、真っ直ぐな黒髪と黒い瞳の痩躯の千影とは反対の剛・陽のイメージを持ち、名前も「千明」といった。 柔和でどこか陰のイメージの千影より頭目として相応しいのでは、と囁かれているのは周知の事実で、本人達も現頭目の父も知っていて知らぬ振りをして過ごしていた。 だが、何を考えているか解らない千影に比べ、千明は随分と正直者だった。 彼は、頭目の地位を渇望していた訳ではなかったのだが、腹違いの兄のためには自分が頭目になったほうが良いのではないかと真剣に考えていた。 彼は実の兄を慕っていた。
「兄者」
断わりも無く、千明が千影のテントの幕を、その大柄な体で押して入ってきた。 常のことなのか、千影は咎めるでもなく組み敷いていた妖狐の上で眩しげに千明を見上げて鷹揚に応えた。
「野暮」
「…」
千明はふたりを睨みつけ、無言の抗議をしてきた。 千影はふぅとひとつ溜息を吐くと、妖狐の上から退いた。
「外で遊んでおいで。」
妖狐は黙って千明の脇を通り過ぎた。 千明からはあからさまに嫌悪の情を向けられてはいたのだが、妖狐自身はこの男を嫌いではなかった。 だが、無用の刺激は禁物だということも心得ていたので、妖狐からこの男に絡むようなことは一切しなかったが、彼が実の兄に懸想しているのも知っていたし、実際兄弟で交わっている場面にも少なからず出くわしていたので、テントの入り口で少し立ち止まってこっそり聞き耳を立てた。
「兄者、あの狐を抱くのはもう止めてくれ。」
「どうして」
「妖狐の精は麻薬だと聞く。」
「ああ、そうらしいな。 でも俺が注がれている訳じゃないよ。 俺は注ぐ方。」
「それでも交われば何か影響があるかもしれない。 俺はいやだ。」
「おまえが嫌なのは、ただの嫉妬だ。」
「…そうだ。」
その後の声はくぐもった。 時折、あっという千影の小さな悲鳴が上がる。 千明の声が「千影、千影」と兄の名をただ紡ぐのも低く聞こえてくる。
「ぁ……ぁぁ、千明…もう挿れて」
ああ、と若干大きめの千影の叫び声が響き、後は意味を為さない嬌声だけとなる。 今夜はもう千影のテントには戻れないと判ったので、妖狐は野営地を出ると森へと入って行った。
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