千の星
1
自分がその男と会ったのは、妖狐として再生して間もない時だった。 自分は、長く生き知恵もついた古狐だったが寿命には勝てず力尽きた。 だが、死に場所として選んだ古木の気と相俟ったのか、妖魔として生まれ変わったのだった。 まだ尾も割れていない、ただの妖狐だったが。
取り敢えず適当な生命を喰らって妖力を蓄えようと物色していると、一人の人間の男と出会った。 黒い真っ直ぐの髪を背に靡かせたその痩躯の男は、一見ひ弱そうで、最初の獲物として適当に思えた。 だからいきなり襲い掛かり、逆にあっという間にこちらが拘束されていた。 その男が何か手で印を結ぶと、回りの樹木が動物の様に延び蠢いて絡みつき、自分は雁字搦めに締め上げられていた。
「ぐるるっ」
苦悶の声が喉から漏れる。 男は可笑しそうに側に寄って、妖狐を撫でた。
「なんだ、まだ尾も割れていないのか。」
どんなに身を捩ってみても如何ともしがたい状況に、妖狐はやっと抵抗を諦めた。
「コロセ」
「ふふっ」
男は顔を綻ばせて楽しげに笑った。
「名前は?」
何を馬鹿なことを訊いているのだ、この人間は。 妖魔が真名を教える訳がなかろうものを。 それに自分は生まれたてでまだ名もなかった。
「もしかして生まれたばかりか?」
じゃあ、まだ名も無いわけだな、と一人納得して男は顎に指を当てて暫らく逡巡した。
「よし、決めた。 おまえの名は、ワン・クォー、黄色い烏と異国の字で書くんだよ。 いい名だろう?!」
どこがいい名だ。 誰が烏だ。 勝手に付けるな。
「ワンクォー、お前は今からワンクォーだ。 私が名付けた。 だからお前は今から私の遣い魔だ。 いいな。」
バカ言うんじゃねぇよっ
「この名はお前の真の名だ。 他の誰にも言ってはいけないよ。 私のワンクォー。」
男は樹木の拘束を解いたが、妖狐はもう男に逆らえなかった。 妖狐はその時からワンクォーとなり、男の僕となった。
男は自分を「千影」と名乗った。 本当の名前かどうかなど判らない。 ただ妖狐は、男が非常に強く知恵も知識も有り、忍という技を使う者だと知り、男の近くにいると妖魔を喰らうことができるのを知った。 忍の者は、近隣の里人から妖魔退治などを請け負っては小金を稼ぐようなことを多くしていたからだ。 妖狐は千影のサポートをしながらお零れの小妖魔を喰らい、徐々に妖力を高めていった。
尾が三股に割れた頃、妖狐は人型に変化することを覚えた。 妖魔・妖狐は所謂「淫魔」で、妖魔・人間を問わず生体そのものも喰らったが、人間の淫猥な気も好んで喰らった。 狐の姿の時は、人間同士が藪の中で行為に耽っている処を見つけては、側から様子を伺い淫気を吸って満足していた。 だが、段々妖力が高まるに連れ、それでは足りなくなってきた。 直接、人間を犯したい。 その欲望を満たすために妖狐は人に変化する技を覚えた。
ある時、木陰で人間の女を犯していると、あからさまに気配を出して千影が近寄ってきて最中を覗いた。 この男は、すぐ背後に立つまで気がつかぬほど気配を絶つことができるくせに、こういう事を偶にする。 妖狐は不機嫌に眉を顰めたが、構わず女を揺さぶり続けた。 千影は面白そうに腕組みをして暫らく見物していたが、不意に屈んで女に接吻けた。
「へたくそだなぁ。 それじゃ彼女も気持ちよくないし、お前だって美味い気を吸えないぞ。」
貸してみろ、と言うと妖狐を押し退け、千影は女に挑みかかった。 相手が替わったことに戸惑い拒む気配を見せる女を優しく宥め、長い濃厚な接吻けから始め、体中を隈なく愛撫し、女の反応を見ながら刺激を与える。 突き込む腰も微妙に角度を変えて中を探り、女の悶えるポイントを暴いてから揺さぶった。 女の発する気の淫らさは、妖狐が犯していた時とは比べ物にならないくらい高まって、側でその気を吸っているだけで脳が蕩けそうになるほど淫靡だった。
「修行が必要だな」
女を解放し場所を移すと、千影は唐突に言い放った。
「それには実地訓練が一番」
千影はにっと口端を持ち上げて微笑んだ。 この男がこんな風に笑う時は要注意だ、と妖狐は経験で知っていた。 今まで何度、酷い目に会ってきたことか。
「遠慮しとく、……っと何すっ」
わっと声を上げる間もなくその場に組み伏せられる。 と同時に何か印を組んで妖狐に向けて発動してきた。
「しばらく人間のままでいてもらおう」
妖狐は慌てて変化を解こうとしてできないことを知った。
「な、なにする気だっ」
「だから、実地訓練」
「俺をっ 俺を……」
その後が恐くて続けられない妖狐に代わり、千影が残酷に宣告した。
「そ、犯す、おまえを、俺が」
くるくると蔓が延びてきて、妖狐の手足を緩く拘束していた。
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