東方不敗
- The Asian Master -
17
12.嬉し恥ずかしお付き合いって
どこに行ってしまったんでしょうね、姉さん
あれほどディープな初キッス体験をさせておいてと、イルカはカカシの腕に揺られながらさっきキスを躊躇ったカカシの顔を下から見上げた。 初めてとは言えHも昨夜済ませたばかりだと言うのに、なんであそこで思い止まるのかしらん。
後でゲンマに聞いてみたのだが、自分の言葉のどこにカカシが反応したのかゲンマ自身がよく判らないとのことで中々原因が判明しなかった。 だがずっと後になってカカシが語ったところによると、恋人はいつまでも腕の中に居ないと、言われたそうである。 もう一度、あともう一度だけ接吻けておけばよかったと、夜も眠れないことがあると言われて、自分はまだ一度もイルカにキスしていないと焦ったのだそうだ。 ゲンマにしてみれば、初キッス・トトカルチョの結果が有耶無耶のままだったので何とかはっきりさせたいとカカシに鎌を掛けただけらしかったが、カカシは恐怖に震え上がったと白状した。 彼は、幾夜も幾夜もそういう眠れぬ夜を過ごしてきたのだと、なんとなく解った。 あの時ああしていればよかったと、あの時どうしてこうしなかったかと悶々とする夜を、カカシは幾つも幾つも越えて今ここに居るのだと。
イルカは、自分の腕の赤々とした手形をじっと見つめて、脱衣所に着いてから意を決してカカシに問うた。
「あの、俺、暴れましたか?」
カカシはイルカをそっと床に降ろし、また肌蹴かけていた毛布を慌てて直している処に掛けられた質問にきょとんと首を傾げた。
「え?」
「ゆうべ、俺、抵抗したんでしょうか? 途中からほとんど何が何だか判らなくなっちゃって覚えてないんです。」
「…」
腕の痣を掲げながら重ねて問うと、カカシは何とも言えない目の色を湛えてイルカをじっと見つめたまま黙ってしまった。
「俺は、アナタとのセックスを嫌だなんて全然思ってなくて、でもあの、は、初めてだったので色々とその、吃驚したりとか正直抵抗があったりとかですね、その… こ、こんな恰好しなくちゃいけないのかとか。 で、でも俺、俺…」
やっぱり抵抗したんだとカカシの表情から察したイルカは、一生懸命言い訳をしカカシが何か言ってくれないかと期待しつつしどろもどろに言い募っていたのだが、カカシは一向に口を開く様子がなかった。 だから、激しく羞恥しながらもはっきり自分の気持ちを言うしかなくなった。 顔を見ていられず、カカシの爪先にじっと目を落とし上半身から湯気が出るほどカッカと熱くなっているのを感じながら話した。 こんなに小さな声なのに、狭い脱衣所の所為なのか声が響いて嫌だなと思いながら。
「俺は…アナタが好きです。 セックスできてうれしかっ うわっ」
ごつんとオデコが胸に当たり、カカシに抱きこまれた事を知る。 ぎゅうぎゅうとそのまま胸に押し付けられて息が出来ずにようやっと顔を横向けると、カカシの胸に押し当てた耳からドクドクという早鐘のようなカカシの鼓動が聞こえてきた。 抱く腕も心なしか震えている。 緊張しているのかしらと訝しく、なんとか顔を上向けると、必死で何かを堪えている風のカカシの顔が今にも大量にガス漏れでも起こしそうにぷぅぷぅと膨れて赤らんでいた。
「カカシさん? だいじょうぶですか?」
カカシに縋ってはいたが何とか自分の足に自分の体重を乗せ、イルカはカカシから少し身体を離してその顔を見上げた。
「だっ だいじょうぶ、ですっ」
目があさってを見ているよ。 それになんかぐるぐるしてるし。 顔は相変わらず真っ赤だし。
「俺、やっぱり一人で風呂入れますから、カカシさん少し休んでください」
「いえっ 俺が全部やりますっ」
もう何も考えてないんじゃないのこの人、とちょっと呆れて思った所でカカシがいきなり自分の上着をガバリと脱いだ。 目の前にカカシの裸の上半身が迫ってきてイルカも思わず赤面する。 だがそんなかわいい赤面も、カカシの胸に残る幾筋かの赤い蚯蚓腫れを目にするまでだった。
「あ、あのっ ごめんなさいっ 俺、俺…」
今度はイルカが目をぐるぐるさせて体中を真っ赤に染めあげる番だった。 自分のしたそのあまりに恥ずかしい事実を目の前にして、正直何も考えられなくなっていた。 さっき呆れたりしてごめんなさい、カカシさん。 俺もアナタと全然おんなじでした。 ああもういやっ!みたいな。 イルカは右手の薬指の爪を1本だけ磨いでいた。 忍なら大概の者がしているそれを昨夜はうっかり失念していた事に今頃気付いたイルカだった。 多分、背中にも同じ傷があるに違いない。 考えただけで顔に血が昇る。
「なななな何が?」
「何か巻いておけばよかった… 痛いですかそれ」
もうカカシの顔が見れず下を向いたままそれを指す。 カカシは一瞬言葉を切って「ああ」と合点がいった声を出すと、彼もまた黙ってしまった。 イルカは沈黙に耐え切れずにチラリと上目でカカシを窺った。 そこには上半身を朱に染め、両手を身体の前でもじもじと組み合わせた上忍が居た。 慌てて目を下に戻し汗を掻く。
---恥ずかしすぎるっ この人!
昨夜の人とこの人は別人だきっとそうだ、とイルカは強く思った。 だって昨夜は、ほとんど口を利かず俺の名を呼ぶばかりで、物凄い力でお俺のこと、俺のこと…。 うっかり思い出しそうになってぶるぶるかぶりを振る。 思い出しちゃいけない、絶対、とにかく今だけは! そう硬く固く心に決めたのに、カカシがイルカより先に我に返ってしまった。
「と、とにかくシャワー浴びちゃいましょう。 それから飯に…」
言いながらイルカに手を伸ばし、イルカがしっかり押さえていたはずの毛布を剥ぎ取り、そして…
「…(汗)」
「…(汗)」
イルカも見た。 自分の身体のあちこちに赤い手形が貼り付いているのを。 と、特に腰の両側を後ろから掴むようにあるそれと、両足の太腿の内側に逆手に付いているそれが、ま、ま、まるでまるで…
---&○×#□$△※%・・・!
思い出してしまった。 両足を高く抱え上げられて開かれて、カカシにさせられたあーんな恰好やこーんな恰好…
「あ、あぁのあの、おぉ、俺やっぱり、ひー、一人であの」
「ごめんなさいっ イルカ先生っ」
「えっ ええーっ?」
バフンっとガス漏れの音と共にカカシは一言謝るや、裸のイルカをひょいと抱き上げると、一目散にベッドルーム目指して駆け戻ったのだった。
・・・
カカシに告られてから一昨日初キッスをするまでの数週間が、イルカにとって最も嬉し恥ずかし期間だった。 男としてそれはどうなの?という向きもあるかもしれない。 でもカカシと自分との恋愛で、自分が上になることなど想像もできないイルカだったので、かと言ってその手の経験が皆無だったイルカは自分が抱かれる方も恐くて想像するのを拒否してしまっていたしで、できればこのぬるま湯に浸かった状態が長く続けばいいなぁと、のほほんと考えていたのだった。 カカシはと見れば、言いたい事も言えずにもじもじしているアカデミー入りたての子供のようで、それは楽勝に思えた。 肉親の縁薄かったイルカにとっても、スキンシップは望んでやまない必須アイテムである事は確かなんですよ。 でもイルカの望むスキンシップは所謂ハグであり、カカシの望むと思われるそれとは歴然と異なっていた訳なんですね。 なぜカカシが望む事が判るかって? それはですね…
「イ、イルカ先生、俺、あーアナタとあの…… キスしたいっ ああっ違う…」
カカシの告白作戦第1ラウンドはそんな感じだったからである。
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