東方不敗

- The Asian Master -


18


          13.告白は甘いレモン?の味がする


「違う…」

 カカシは顔を覆ってその場に蹲った。 もうあれだ、そう、右手と右足が一緒に出てるってかんじ? 勘弁してほしい。

「あ、あの、違うんです、イルカ先生。 俺、あの、えと」
「カカシさん、落ち着いて」

 イルカは教師口調でカカシを嗜めた。 そしてカカシと同じくらいになるまで屈んで、その顔の前で右手の人差し指を左右に振る。 チッチッチっと。

「いきなりキスしたいじゃダメでしょう? そんなんじゃ相手は逃げてしまいます。 カカシさんったら私の身体目当てなのね!って」
「そッ そんなッ 俺、違いますッ!」
「判ってますから落ちていて。 まず気持ちを伝えなきゃです。」
「は、はいっ」
「深呼吸して、ゆっくりー」
「すー、はー」
「そうそう、その調子。 落ち着きました?」
「はい!」
「じゃあ最初からやり直してみましょうか。 まずどうするんでしたっけ?」
「自分の気持ちを伝えます!」
「そうですねー。 はい、じゃあやってみてー」
「俺、俺、アナタのこと好きです! お、お付き合いしてください!」
「よくできましたー」

 わぁーぱちぱちぱちー、と手を叩く。

「その調子で本番も頑張ってくださいね!」
「はい! ……って え?」
「じゃ、俺授業がありますんで」
「イルカ先生?」

 イルカは手を振ってカカシを後にした。 ちょっと意地悪だっただろうか。 ぽかーんと立ち尽くしてイルカに手を振り返すカカシが、あれ?と首を傾げているのを目の端に映し、立ち止まらずに廊下の角まで一気にてくてく歩いて最後は駆け込んで、ほっと息を吐く。 だってこれくらい…。


 カカシが(今はどうか知らないが)女にしか興味が無いと判った時、自分がどんなに泣いたか。 そうさ、泣いたさ悪いか。 自分の気持ちは既に止めようが無くカカシに傾いていたので、急制動をかけたイルカは少しおかしくなった。 でも生来の外面の良さが祟って人前ではいつにも増して”普通”に取り繕った結果、森の秘密基地に逃げ込む回数が鰻上りに増えてしまったのだ。 そうしなければ己を保てなかった。 イルカは森へ通い、一人酒を啜っては一頻り泣いて日を遣り過ごしていた。 この時になって初めて、父がそこで本当には何をしていたのか、理解したイルカだった。


「おい、イルカ、どうした?」

 そんな所で、と通り掛った同僚が廊下の壁に凭れて蹲る自分に怪訝そうに声を掛ける。

「なんでもない」

 第1ラウンド終了。

               ・・・

「イルカ先生」
「はい」

 この人、職員室に来るのは恥ずかしくないのかな? こうして3日に一度は来るけれど、その度に他の先生方の好奇の視線に晒されている訳だけど、一向に止めようって気にならないらしい。 剰えニコニコと世間話まで平気でしている。 なのにこうして俺の机の前まで来ると、ほら相変わらず顔が真っ赤だ。 見ているこっちの方が恥ずかしい。 これってもしかして羞恥プレイか何かなのか? もしかして俺のことこうやって弄んでないか? 賭けの対象になってる事はずっと前から知っている。 だってみんなして態々結果を教えにきてくれるのだ。 ありがたくって涙が出ちゃうぜ。

「何でしょう?」

 でも、無視したりなんかしないし、愛想よく相手だってする。 激烈に恥ずかしいけど、我慢する。 自分で自分の頭を「偉い偉い」と撫でる様だって想像しちゃう。 そうでもしないと俺って何?って黄昏ちゃうじゃないか!

「あの、あの、俺イルカ先生にお話が」
「はい」
「あ…あああの、で、できればどこか二人っきりで」
「…」

 かわいい。 かわいいんだけどなぁ…

「でも、俺これから授業なんですけど」
「あッ そ、そそそそそうですよね! じゃ、また後で」

 後でなのか? もう一押し足りないんだよな…

「はい」
「じゃ、じゃあね」

 ばいばーいと手を振る様のなんと…なんと…何て言うの?こういうの。 取り敢えずは元気そうに笑顔で出て行く後姿がなんかとっても哀れだ。 尻尾はしゅんと下がり耳も垂れている。 最初の頃は、同僚達から対応が冷たいと詰られたが、じゃあどうすりゃいいんだよ?俺から何かしろってか?と逆に問えば、それはダメだと慌てる始末。 彼らは「カカシが何日目で告白するかトトカルチョ」をしているのだから俺からじゃあダメなのだ。 みんな勝手だ。

「はぁっ」

 そんなこんなで第2、第3、第4…もう忘れたが数ラウンドは粉している。 もう諦めた方がいいのかしらん?と言う気持ちになってくる。 あの人、今はなんか知らんけど舞い上がって告白作戦に熱中してるみたいだけど、本当はやっぱり女の子の方が好きなんだったとハタと気付く時が来るんじゃないのか? こうなったのだって突然だったし理由も判らんし、だったら元に戻るのだってある日突然くるかもだよなそうだよな。

「俺ってどうなの?」

 バカみたい。 一人でぐるぐるしちゃってさ。

『こんなグダグダするくらいならコッチから告っちゃえば?』

 もう一人の自分が突っ込んでくる。

「それができればね」

 できねぇからグダグダしてるんだろうが、と逆突っ込み。

『要するに勇気がないだけなんだ』
「そうだよ無いよそんなもんっ ここんところずっとお目にかかってもいねぇよ!」
『拾ってこい、そこら辺から』
「落ちてるもんなのか?」
『落ちてる、よく見ればそこら中に』
「俺に見えるのは”諦観”の2文字だけだよ」
『失くしてもいいのか?』
「最初から無いよ」
『もう二度と…』
「ええーい、煩いっ煩いっ」

 ぱっぱっと顔の右上辺りを手で払う。 隣の先生に吃驚顔で見られてしまった。 最近我慢していたけれど、森に行くべきなのかもしれない。


 カカシと飲み歩いていた頃、一回だけまたあの森に連れてってくれませんか、と言われた事があった。 「いいですよ」と思わず出かかった言葉を寸での所で飲み込み断った。 無性にカカシと二人であそこへ行きたいと思っている自分を感じて恐くなったのだ。 偶然一回だけカカシと会ったあの時の楽しさ、嬉しさ、切なさ。 決して忘れない。 あの場所は他人に教えてはならないと言っていた父の言葉の意味が、本当の意味が胸に浸透してきた。 きっとあそこで会えば自分を抑えられない。 それが解ったから教えなかった。 現にカカシが匂いを追って来て二度目に会った時は酷かった…


「ふぅ やっぱこのままじゃ、俺もあの人も辛いよな」

 今度会ったらカカシとちゃんと話をしよう。 そう思った。



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