東方不敗

- The Asian Master -


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          9.昨日はね、こんな具合だったのよ?


 昨日の夕方、イルカがいつも通り受付に居ると、カカシがるんるんっと近付いてくる気配がもうそれはそれは遠くの方から漂ってきた。 唯でさえ今日はなんだか受付部屋の雰囲気が妙チクリンなのに余計に酷くなるのを感じて、イルカはさすがにカカシに注意しようと思った。 だが、部屋に入るなりカカシの方が素っ頓狂な声を上げてイルカの居る机の前に飛びついてきたので、そんな暇もなかった。

「イルカ先生ッ! アンタ、なんて顔してんの!!」
「は、はぁ?」

 顔? って言われても別に普段通りのはず…

「アンタ、今日一日そーーんな顔してここに座ってたの?!」
「え? えっと受付に入ったのは夕方からですけど?」
「もーーーッ 信じらんないッ!! ちょっと来なさいっ」
「は? って何言って… ダメですよ、俺今仕事が」
「オマエの所為か?」

 カカシが腕を掴んで引っ張るので、信じらんないのはオマエの方だと詰ろうとした時、横から五代目火影の重苦しい声がした。

「今日一日まったく仕事にならんかったぞ! なんとかしろ! ったく」

 怒っている…。 なーぜ?

「あの、綱手さま?」
「ああ、もういいから今日は帰れ! さっさと連れてけカカシ!」
「は、はいッ」
「え、でも、あの」
「こんな顔させとくな! 中途半端にしたまんま放るな! 判ったか!!」
「はいッ」
「でも、ちょっと、ねぇったら」
「明日は休んでよろしい!」
「ありがとうございます!」

 カカシが90度腰を折って敬礼した。 綱手はウムウムと腕を組んで頷いて、イルカに向かってクイと顎を杓る。

「あのぉ…?」

 誰もイルカの言うことに耳を貸してくれない。 何がいけないんだ?と首を捻っているうちに、カカシに脇に腕を入れられ、ひょいっと受付机を飛び越えて抱え上げられる。

「うわわわッ ちょッ カカシさんッ」
「いいから」

 そのまま荷物のように小脇に抱えられて部屋を出たイルカは、やっと我に返ってカカシの腕から脱出を図った。

「カカシさん、カカシさん、ちょっと待ってください、何がどうなってるんですか? 説明してくださいッ」
「もうッ イルカ先生ったらなぁーんにも判ってないんだからぁ 俺心配ですぅ」

 説明どころかメソメソし出したカカシに脱力しかかった身体を叱咤激励し、イルカは踏ん張った。 だって何が何だか判らない。

「順を追って説明してください」
「あのねー、そんな事言う前に自分の顔、鏡で見てみてくださいよぉ」
「俺の顔、何か変ですか?」

 イルカもさすがに不安になって、近くの洗面所に飛び込み鏡を恐る恐る覗いてみる。 が、別段これといって変わった所は無いように思えた。

「別に…いつもの顔じゃありませんか?」
「なに言ってんですかぁ もうよく見てくださいよぉ」

 自分で自分の頬をさすさすしながら問うと、ぶうたれた顔でカカシもイルカの後ろから鏡を覗き込んできた。 そして、ほら、とイルカの頬を両側から引っ張ってくる。

「ほーら、この辺に「襲ってv」って書いてあるでしょう?」
「なッ… 何言ってんです、そんな事ある訳ないじゃないですか!」
「いーえ、あります。 もうー、よく今日一日無事で居られましたねー。」
「そ…な…何言って、もう冗談もいい加減に」
「冗談なんかじゃありません!」
「おう、こんな所でなにやってんだ?」

 あまりに馬鹿げた事を言うカカシに吃驚して食い下がっていると、偶然通りがかったアスマが顔を覗かせた。

「なぁ、イルカ先生の顔、どう見える?」

 そのアスマにカカシが問う。 さも不服そうに口を尖らせて。

「あーん? そうだな… 「抱いてv」? 「犯してv」? みたいな?」
「なッ…」
「な、そうだろう?」
「なななな、何言ってんですかーッ そんな、そんな事俺、これっぽっちも!」

 これっぽっちも考えてません!と親指と人差し指をこれでもかとくっつけて見せるが、どこか何かデジャヴを感じてちょっと顔が火照ってしまった。

「あッ ほらまたぁーッ」

 と、空かさずカカシが後ろから抱き込んでくるので尚焦り、オブオブジタバタしているとアスマは溜息混じりで何か言い捨てて出て行ってしまった。

「アスマさん、何て?」
「…えっと」
「?」

 振り返ってカカシの少しだけ上にある顔を見上げる。 カカシは僅かに見えている顔を赤々と染めて俯いた。

「ちゃんと抱いてやれって…」
「…」

 あんぐり開いた口が戻らなかった。 それが昨日の夕方。

               ・・・

「あ、す、すみませんッ あの、毛布被りましたから」

 気が付くと、臍の辺りから丸まる裸の上半身を晒していた自分の胸一面に赤く花ビラが散ったように痕が付いていて、ぎょっとした。 慌てて毛布を掴んで肩から被り、首まで埋まって両端を両手でぎゅっと引き寄せる。 首の回りが火照って熱くて仕方がなかったが我慢した。 そろりと振り向いたカカシも、真っ赤に染めた首から顔からダリダリ汗を掻いていた。 そして中身が半分になってしまったコップをバツ悪そうに差し出される。

「あの、これ… 水」
「はい、ありがとうございます」
「あ…」

 だが、毛布の隙間から細心の注意を払って片腕を突き出しコップを受け取ろうとすると、またカカシの動きが止まってしまった。

「カカシさん?」
「あ、あの、あのあのあのあの、ご、ごめんなさいッ それ、痛くない?」
「それ?」

 指差された自分の二の腕に焦点を合わすと、そこにはくっきりはっきり赤い手形が付いていた。



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