東方不敗

- The Asian Master -


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          7.トトカルチョの行方


 60%ぼーっとし、後は俯き、溜息を吐き、あらぬ方向を見つめ、赤面し、両手で顔を覆い、フルフルし、急に体育座りをしたかと思うと頭を掻き毟り、脱力する。 上忍控え室は恐慌状態だった。 好奇心と恐怖心の坩堝。 そして若干一名が真剣に眉間に皺を寄せて一枚の紙切れと睨めっこ。 それはトトカルチョだった。

「気が…ついた?」
「ああ、気が付いたな」
「何日目?」
「さぁな、俺はとっくに脱落してるからな」
「あたしはいい線いってるはずよ」
「いいえ、紅ネェさんは一昨日でアウトっす」
「ほんと〜? ちょっとそれ見せなさいよ!」

 ゲンマは「カカシが何日目で自覚するかトトカルチョ」の元締めだった。 カカシのあまりの鈍っぷりに脱落者が相継ぎ、オッズは上がる一方だ。 ここで当てれば大穴は確実。 皆、鵜の目鷹の目なのである。 でも、カカシ本人に聞くのは恐い。

「ゲンマ、アンタそれだぁれも当らなかったら全部アンタの懐に入るんでしょ?」
「そうっすけど、これ取り仕切るのにもエライ苦労してるんすよ?」
「なーにが苦労よ。 ただ紙切れに丸バツ付けてるだけじゃない。」
「何言ってんすかぁ。 五代目の目からこれ隠すのに俺がどんだけ努力してるか判るでしょ? あの人、ギャンブルに関しては動物的鼻してますからねぇ」
「五代目も巻き込んじゃえばいいじゃない。 あの方はどうせ注ぎ込むだけよ。」
「綱手さまはいいんすよ、別に。 問題は綱手さまに知れたら自動的にシズネさんにも知れるってことっす。 彼女に知れたら持ってかれるの確実でしょ?」
「あら、シズネならとっくに知ってるわよ。 エントリーだってしてるはずだわ。」
「いーえ、シズネさんは来てません」
「アタシが代わりに偽名でエントリーしといてあげたんだもの。 随分前よ?」
「はぁ?! ななななんすかそれぇ! なんて名前すかぁ?!」
「えーとね、確か常陸だったかしら」
「ひ、ひたち… ゲっ!」

 「常陸」は今日に賭けていた。 一人だけだ。 勝てば一人勝ちだ。

「まままままままずいっすよ〜〜っ」
「なーにが拙いのよぉ。 あ、もしかしてアンタ、集めた金使い込んでる?」
「そそそそ、そんなこと! なななな、ないっすけどね…」
「ふーん」

 腕を組み、おもしろそうにトトカルチョの元締めを舐めつけながら紅が言う。 一日早かった事にしたら?と。 その代わり分け前は7:3よ勿論あたしが7よ、と。

「鬼〜〜〜!」
「おい」

 その時アスマが冷静に突っ込みを入れた。

「アイツ、本当に気付いてるのか?」
「え? だってさっきアスマさんも気付いたなって」
「俺はアイツをよく知ってる。 アイツの体は気付いたんだ。 それは間違いない。 だが頭の方まで血が巡ってるかどうかは別だ。」
「はぁ」
「アスマ、余計なこと言わないっ」

 アスマは紅の攻撃をかわした!

「確かめてみろよ。 トトカルチョの主旨はあくまでカカシの自覚だろ? 気持ちだろ?」
「そ、そうっす! さすがアスマさん!」

 そうして哀れなゲンマは自分の墓穴を自分で掘った。 以下がその一部始終である。

               ・・・

 カーーンッ
 ラウンド・ワンッ
 ファイトッ!

「カ、カカシさん、えーっとその、き、今日はどうかしたんすか? 何か悩んでるみたいっすけど?」

 ゲンマと紅とアスマがカカシとエンゲージした!
 戦闘開始!

「ゲンマ〜 俺、どうしよう。 俺、もうダメだ…」
「な、何がダメなんすか?」
「だって俺…」
「えーい、メソメソするな! 男のくせに!」
「紅ねぇさん、ちょっと黙っててくださいよ」
「苛々するのよ!」
「ドウドウ」

 アスマが紅をドウドウした!

「で、何がダメなんです? イルカのヤツも目を腫らしてたし喧嘩でもしたんすか?」
「喧嘩…したけど、それはもう何か仲直りできた…みたい」
「みたい? じゃじゃあ何すか、喧嘩の後そのぉ、一気に…」
「どうしよう、俺、俺、もうイルカ先生とお友達になれない〜〜」
「どどど、どうしてっすかぁ?」
「だってだってだって、俺、イルカ先生の事考えただけで…」

 カカシが突然ソファの上で体育座りをした!

「あーら、カカシ君はどうしちゃったのかなぁ、お膝立てちゃってぇ」
「アスマ! 紅がセクハラするぅ!」
「何で俺に言うんだ?」
「もう俺イルカ先生の側に行けないよ! もう一緒に飲みにも行けない! 俺は汚れてるんだ〜〜ッ」
「何でですか、これからじゃないんすか。 イルカだって…」
「オマエ、イルカとどうなりたいんだ?」
「アスマさん、誘導尋問は反則ですよ!」
「オマエも似たか寄ったかだろう?」
「俺のは遠いからいいんです!」
「さっさと押し倒しちゃばいいのに」
「ねぇさん! 何てこと言うんすか! レッド・カード!」
「押し倒す… 押し倒す時… 押し倒せば…… ち、ちっがーーっう! 俺は、俺はぁ!」
「そうよ、最初はキッスからよね、順序は大事よ」
「キ、キキキキキッスーーーっ? やーんッ」

 カカシが赤面した両頬を両手で押さえてイヤイヤをした!

「やーんじゃねぇ!」

 ボスッ
 カカシ、ダウン!

「ねぇさん、切れないで。 アスマさん何とかしてくださいよ」
「なんで俺に言うんだ」
「カカシさん、しっかり! なんでそうなったんすか? 何か原因あったんでしょ?」

 ラウンド・ツーッ
 ファイトッ!

「だってイルカ先生ったらイルカ先生ったら、襲われそうになってる生娘みたいな顔するんだもんッ」
「ほほーっ オマエ襲われそうになってる生娘なんて見たことあんのか?」
「今どき天然記念物よね、そんなの」
「で、オマエが襲ってたんか? 誰かに襲われてんの見たんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「カ、カカシさん?」
「あ(ポンッ)、俺、見たことないや!」
「アホッ!!」(ドカッ)
「旦那旦那、奥さん抑えてくださいってば」
「だーれが旦那よ!」
「だーれが鬼嫁だ!」
(バキッ)

 カカシ、アスマ、ダウンッ!
 男二人からシューシューと蒸気漏れが起こった!
 だが間髪を入れずラウンド・スリーッ!

「カカシさんッ 伸びてる場合っすか!(ゆさゆさ)」
「でもでも、そんな感じの顔してたんだもの」
「はいはい、そうですね、判りました。 で、それって何時のことです? 昨日ですよね? 昨日の晩ですよね?」
「昨日俺、森で…ああーーーん、もうダメだーーーッ」
「オッシ(ガッツポーズ)昨日だ! それで、カカシさんはイルカの事、そのぉ…」
「ダメだよ俺、もうイルカ先生に近づけない。 俺って不純だ、お友達に対してこんな、こんなこと!」
「お、お友達… まーだそんなこと言ってんすかぁ。 もういい加減気付いてくださいよ。」
「だって体が勝手に〜〜 もうダメだーッ」
「体が勝手にって… カカシさん、アンタまさか体だけ反応してるなんて本気で言ってるんじゃないでしょうね?」

 ゲンマはちょっとむっとした!

「反応しちゃうんだよ! どうしようも無いんだよ! 俺だってなんとかしようって一生懸命…」
「落ち着いてください、カカシさん。 例えばですよ? イルカが誰かイルカの事を好きでも何でもない奴に無理矢理手篭めにされたらどうします?」
「そんなの絶対許さない!!」

 カカシはガッと立ち上がって握り締めた拳をふるふるさせた!

「そうでしょ? その誰かがアナタ自身だったらどうなんすか?」
「お、俺が? イルカ先生を無理矢理…」

 カカシはまたソファに座り込んで立て膝をした!

「俺って外道だ…」

 カカシは両膝に顔を埋めてしくしく泣いた!

「外道なんかじゃありませんたら、正常な反応ですよ」
「だってぇ(めそめそ)」
「カカシさん、よく考えてください。 アナタ、イルカの身体だけ欲しいんですか?」
「ち、ちがうよ! 俺はイルカ先生とただ仲良く一緒に居たくって」
「一緒に居るだけでいいんですか?」
「よかったんだよ! ちょっと前まではそれで全然よかったんだよ!」
「でも今は? それだけじゃダメなんでしょ?」
「う〜〜〜ッ」
「なんでダメなんすか?」
「だ、だって、俺は、俺は…」
「身体だけなんすか?」
「ちがうったら!」
「じゃあなんで?」
「俺は…」

 回り中がシンと静まり返った!
 誰かの喉がごっくんと鳴った!

「俺…イルカ先生のこと…好きなんだ…」

 カカシが全身を真っ赤にさせた!
 カカシの頭からボフンっと大量に蒸気が漏れた!
 カカシの機能が停止した!
 回りの全員が脱力した!
 
 カーンッ カーンッ カーンッ
 戦闘は終了した。

「はぁッ…」
「やっとかよ」
「バカね」
「ほんとっすよ」
「バカはアンタよ、ゲンマ」
「…! し、しまったーーーッ」

 ゲンマがNOーーー!!と叫んで頭を掻き毟った!
 カカシは今日、今、自覚したのだった。
 オッズは25倍だった…。

               ・・・

 イルカ先生が好き。 お友達じゃない好き。 側に居たい。 顔を見てたい。 抱き締めたい。 き、キスしたい。 そ、それで…

    ぴッ ぴぴッ

 カカシはその先を想像し、正しく男の子の反応をした。 だが頭の方が付いていかなかった。 頭の回りを小さくて黄色いピヨピヨ鳴くモノがくるくる回る。

    ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ〜〜ッ

 「オーバーフローしました。 アボートします。」と言うアラートが点滅していた。



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