東方不敗

- The Asian Master -


7


「やっぱり俺のマントだ!」

 何か前より小奇麗になっているけれど、匂いで判る。

「あ…」

 くんくんとマントに鼻を押し当てていたカカシだったが、いきなりぎゅっと顔を埋めるとすぅーっと大きく匂いを吸い込んだ。

「これ、イルカ先生の匂い?」

 抱き締めんばかりに自分のマントを両手で掻き抱き、カカシは心行くまでその匂いを嗅いだ。 そうしておいて、自分のベッドに横たわる中忍を振り返る。 イルカは、カカシの突きを喰らって気絶したまま、まだ目覚めなかった。

「ぜんぜん受身取らないんだもんなー」

 それどころか腹筋を引き締めることもせず、身体を引いて勢いを殺すこともせず、まともに鳩尾に入れられて一瞬息が止まったのだろう。 クタリと頽れるイルカの身体を慌てて支え、小脇から落ちた紙袋を引っ掴んでカカシは自宅へ飛んで逃げた。 そうしてイルカは取り敢えずベッドに寝かせ、持ち主に断りもせずに紙袋を開けたカカシだった。 自分のマントだと思ったのだ。 それ以外、イルカがこんな所へ来る理由が浮かばない。 東に居る限りイルカは安心だが、西に来たらそうはいかない。 あの3巨頭も居ないしな。 イルカもそれを知っているはずなのに来なきゃいけなかったってことは、とカカシは自分に都合のいいように考えたのだった。 そして今、手前味噌な予想通りイルカの荷物が自分のマントだったと確認してやっと、昏倒したままのイルカをどうしたものかと悩み出した。 いい加減遅い。

「ちょっと失礼しますよぉ… うっわー」

 イルカの上着の裾をペロリと捲ると、鳩尾には赤々と痣ができていた。

「これって湿布とかしたほうがいいのかな?」

 えーと湿布湿布と、と部屋を漁りながらもふと思い返してまたベッド際に跪き、カカシは徐に捲ったイルカの腹の匂いを嗅いだ。

「やっぱりイルカ先生の匂い…」

 脇に放ってあったマントを取り上げ嗅ぎ比べる。 そしてそれをそっとイルカに掛けた。 もっと匂いが付けばいいな、と思ったのだ。 これを着ればイルカ先生と一緒に居る感じがするだろうな、と。 鼻が利く自分の側に他人の匂いなどが常にあったりしたら、普段のカカシなら絶対気になって仕方がなかったに違いない。 だがその時は、全くそんな心配が湧かなかった。 それを変だとも思わなかった。 ただ、ああ良い匂いだな、と感じたカカシだった。

               ・・・

「あ…れ? ここは?」

 やっと湿布を探し当ててそっと痣に貼ると、さすがにイルカがうっと呻いて目を開けた。

「カッ カカ…カカシさんッ」
「はい」

 ベッドの横に正座して返事をする。 ちょっと手荒になってしまって悪かったなー、と言い訳を考えていたところだった。 イルカは飛び起きて呆然とした顔をしてきょろきょろと辺りを見回し、最後に恐る恐るカカシを見た。

「あの、あの、俺」
「ごめんね、痛かった?」
「は? い、いえッ そんな、あの」
「でもさー、ちょっとは受身取ってよねー」
「す、すみませんっ 俺、吃驚しちゃって」
「それにねぇ、ああいうのは良くないよ? アイツ等きっと仕返ししてくるよぉ。 適当にやられた振りするのが常道ってもんでしょ」
「そうなんですけど、荷物を取られそうになって、つい」
「これだってぇ、受付かなんかで返してくれればよかったのにぃ」
「…」

 イルカに掛かったままのマントの端を抓んで言うと、イルカはどうしてか目を瞬かせて俯き、黙ってしまった。 気まずい空気にカカシの方が怯んでしまい、わたわたと言い訳をする。

「えっと、怒ってるんじゃないよ? 持っきてくれて助かりました。 明日から寒い国で任務だし」

 どうもありがとう、と頭を下げる。 するとイルカは慌てた風にふるふるっと首を振り、こちらこそ返ってお手数おかけしました、と一緒になって頭を下げた。 二人で一頻り頭を下げあう。 いい加減、変な空気になってきたのでカカシはちょっとめんどくさくなってきて、65度くらい身体を倒した所で上目にイルカがぴょこぴょこお辞儀を繰り返すのをぼんやり見つめた。 いつまでやるのかなー、と思っていると、ばったり目が合いタラリと汗が出る。

「あの…さ、どうして今頃になって、それもこんな所まで無理して来たりしたの?」
「す、すみませんっ お返しするのが遅くなって。 俺、これがアナタのだっていう確信が持てなくて…」
「え? だって…」

 首を傾げてカカシは頭を下げたまま俯いてしまったイルカを見つめた。

「あれ? もしかして森で会った事覚えてないの?」
「いえッ あの、覚えてはいたんですけど、その、夢かなって思ってしまって」
「ゆめー? どーしてー?」
「あの…」

 カカシが不服そうに口を尖らすと、イルカは更に俯いた。

「俺、実は結構酔ってたんです。 それで…」
「でもさー、実物があるわけじゃない? マントがさぁ」
「でもッ でもアナタがこれを俺に貸してくださるより、狸に化かされたって思うほうが何だか現実的な気がして」
「狸ぃ〜?」

 そう言えば俺も一瞬そう思ったっけ、とカカシはポリポリと頬を掻いた。 でも狸より現実味が無いってどうなの?俺ってそんなに薄情者?と少々剥れる。

「じゃあ何で今日これ持ってきたのよ?」
「それはゲンマさんが…」
「ゲンマが?」
「雪の国に行かれるそうですね? マントが無いって困ってたってお聞きしてそれで、やっぱりアナタのなんだって思って、今日中にお返しした方がいいかと思って」
「ゲンマのヤツ、任務内容、口外したの?」
「いえッ いえいえいえ、あの内容とかは全然! ただ防寒具が無いっていうお話を態々俺の所に来て仰るもんで、俺てっきりアナタが…」
「俺が?」
「ゲンマさんにそう零したのかと…。 だから玄関先にでもそっと置いとこうと思って」
「態々俺の自宅に?」
「直接はご迷惑かと、思ったものですから」

---なんかよく判んないけど、この人と俺ってどっかずれてる気がする

 もうすっかり項垂れて声も小さくなってしまったイルカの項を見て思う。 めんどくさい人だなー、と。 でもどうしてか、何とかその行き違いを修正したいな、と思った。 いつもならそんなめんどいキャラは笑って誤魔化して次からは敬遠するはずなんだが…。

「イルカ先生さぁ、あの時俺とまた飲みましょうねって約束したの、覚えてる?」
「…!」

 イルカははっとして顔を上げた。 その顔がぱーっと色付いていく。 見る間に真っ赤に染まった顔を見て、カカシの方もなんとなく居心地が悪くなってしまった。

「や、別に俺、無理にって言ってるんじゃないよ?」
「いえッ 無理じゃ、ないですっ」
「ほんと?」

 コクコクコクっと細かく頷く様がなんか仔リスみたいだ。

「じゃあさ、今回の任務から帰ったらぁ、どっかで飲みましょ?」
「はいッ」
「そんでもうちょっとお互いこう…なんてゆーかね、誤解してるとこあるでしょ? それを直しましょ?」
「はい」
「じゃ、ゆびきり!」
「は…はい」

 カカシはイルカと、ぎくしゃくとユビキリゲンマンをした。



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