東方不敗
- The Asian Master -
5
4.ウェスト・ウィングには行っちゃだめ
「ちょっとアスマっ」
「嫌だっ 俺には何も見えねぇぞ!」
「繭よね、あれって繭よね、ねぇったら」
「知らんっ 繭に話しかけちゃあなんねぇってのが猿飛家家訓なんだ。」
「おかしいわ、おかしいわよ。 アイツ朝はこう…花?って感じ? 花〜って感じだったわ」
「俺は知らんったら知らんっ」
「あたしは見たわよこの目でしかと。 頭に花が湧いてたわ」
「湧くって表現は花に対してどうかと」
「なのにたった半日でどうして繭になるの?ねぇ?」
「俺に聞くなっ!」
その時、ソファに蹲っていた繭がむくりと起き上がった。
「ひーっ」
上忍控え室から何人かが走って逃げ去った。
「聞いてよぉ」
「いいわよ」
「嫌だぁっ」
幽霊のようにユラリと二人の前に立ちはだかり、カカシは微妙なオーラを垂れ流した。
・・・
朝は、そう今日の朝は確かに頭に花が湧いていた。 ぽわぽわ〜っと小さなピンク系の花がいっぱいその銀の髪から突き出しているだけでなく回りをふわふわと舞っているのが誰の目にも見えた。 恐くて誰も近寄れなかった。 昼は昼で、上機嫌の上忍がいそいそと一楽へ足を運ぶ様が報告されている。 繭になったのは夕方、任務報告受付が済んだ後からだった。
カカシはその日、簡単な任務を昼前あたりからのんびり済ませ、昼食のピークを越えたくらいを狙って一楽に寄りつつ本部へ戻った。 一楽では例の3巨頭(八百屋の政樹と魚屋の健一、それと一楽のオヤジ)が揃ってラーメンを啜っていたので、カカシは丁度いいとばかりにうきうきと報告をしたのだ。 もうこれであの人気者の中忍先生の事について、あれこれ謗られる謂れは無い、と。
「俺ね、イルカ先生とちゃーんと仲直りしましたから」
3巨頭はずるずるっと啜りかけの麺を口から垂らしたまま、カカシを睨んだ。
「イルカに構うなと言ったはずだぞ」
麺を噛み切りぼとぼとと汁に落ちて撥ねが飛ぶのもお構い無しに八百屋の政さんが凄んだので、カカシは慌てて首をブルブル振った。
「えっと、俺ちゃんと政さんとの約束は守ってたんですよ? でも昨夜森で偶然イルカ先生に会ってぇ」
「森で?」
「どこの?」
「えーと、外縁のかなり外れた所でぇ、木の上で酒飲んでてぇ」
「イルカちゃん一人でか?」
「そうです」
「…あそこだな」
「ああ、あそこだ」
「うむ」
3巨頭は腕組みをしてうむうむと頷き合っている。
「え? 3人ともあの場所知ってるんですか? すんごい判り辛いとこですよ? しかもかなり高い木の上だし」
「俺達は実際の場所は知らん」
「だが、そういう場所があるのは知ってる」
「柾さんの場所だからな」
「え? 政さんの?」
「違う、マサキ違いだ。 イルカの死んだ親父だよ」
「はぁ」
カカシも箸に麺を挟んだまんま暫らくぽけーっと3人の顔を見比べた。 イルカの父の秘密の場所だったらしい。 そんな大切な所にお邪魔しちゃったのか俺。
「仲直りっておめぇさん、イルカに無理矢理謝らせたのか?」
「い、いえっ 先に謝ったのは俺です」
よかったー先に謝っといて、と胸を撫で下ろす。
「でもそしたらイルカ先生、自分が先に謝りたかったって」
「そりゃあそうだろう、なぁ?」
「ああ、そうだそうだ」
「イルカにしてみりゃあオメェ、上忍に先に手ぇ着かせたって恐縮するだろ」
「俺、手は着いてませんけどね」
「なぁにぃ?」
「や、あの、その」
もうこの人達ったら何でも俺が悪いんだから、とラーメンを啜る。 でもいいんだもん、俺達、酒の約束までしたんだもん、とカカシが頭にまた花を湧かせていると、3人が目聡くそれに突っ込んできた。
「おう、カカシさんよ、まさかオメェさん、その場でイルカちゃんに何かちょっかい掛けやしなさんなかったろうなぁ?」
「はぁ? ちょっかい?」
「かわいいイルカちゃんと夜中にそんな場所で二人きりで、なぁ?」
「おうよ、上忍の悪い虫が出るってもんだろうが」
「皆さん、上忍を少し誤解してらっしゃいます」
「誤解なんかじゃねぇぜ。 西地区での悪行三昧はここへも聞こえてくる。」
「そういう連中も居るには居ますけど、ごく一部でぇ」
「イルカちゃんをそんな目に遭わせてみろ? 俺達が黙っちゃいねぇってこと覚えてるだろうな?」
「も、もちろん」
首をこくこくと縦に振りながら、どっちが柄が悪いんだかと心の中で罵倒する。
「だいたい、イルカ先生だって立派な成人男子なんだし、木の葉の中忍なんですよ? そんなこと」
「ありそうだから言ってるんだっ」
「は、はい」
「それで、実際のところどうだったんだ?」
「はぁ、だから酒を一杯だけもらってぇ、今度また飲みましょうねって約束してぇ」
えへへぇ、とうっかりにやけてしまうと3人は目を剥いた。
「飲みの約束だぁ?」
「いつ? どこでだ?」
「あ…えーっと、それはまだ…」
「なーんでぇ吃驚させるない」
「そりゃオメェさん約束したとは言えねぇな」
ははは、と笑われる。 なんかとっても悔しい。
「や、約束はぁ、これからするんです。 今日、これから!」
「止めとけ止めとけ」
「イルカはあれでも忙しいんだ。 上忍さまの暇つぶしに付き合ってる暇ぁねぇよ。」
「だから約束するんじゃないですかぁ。 時間が空いてる時を聞いてぇ。」
「ま、がんばれや」
「もうっ」
完全にバカにされている。 もういいだもん、今日ちゃんと約束取り付けて、また報告にきてやる。 カカシは残りの少し延び気味のラーメンを一気に掻っ込んで一楽を後にした。 帰り際、その場所は誰にも言うなよ、と釘を刺され、はいと頷いたカカシだったが、あんな場所口で説明せよと言われても無理だと内心では思った。 自分だってもう一度行き着けるかどうか怪しいもんだ。 あの時はあそこが明るくみえたから行けたようなもので、昼間に行ったら多分全然判らないだろう。
「ま、忍犬を使えば別だけどね」
俺の場合は、とほくそ笑みながら本部への道をほくほく歩く。 そっかぁ、あの場所知ってるのって俺とイルカ先生だけかぁ、なんだかなぁ。 顔がにへらっと綻んだ。 花が湧いた頭に今では蝶まで舞っていた。
・・・
「それで? 昼まではそんなにウキウキルンルンだったのに、今はどうして繭なの?」
「だって…」
「だってじゃありません。 ちゃーんと説明なさい。」
紅は、隙を窺っては逃げようとするアスマのベストの裾を掴んだまま、カカシの話を根気良く聞いた。 実は大まかな事の次第は知っていたのだが、カカシの気持ちが知りたかったのだ。 事件を解くにはまず動機を知る必要がある。
「夕方さ、任務報告に受付に行った」
「イルカが居る時を狙って行ったのね?」
「そう」
「酒に誘おうと思って?」
「うん」
「それで?」
「そしたらさ、イルカ先生前よりカキーーーンって固まった気配駄々漏れでさ、氷が汗かいてる?みたいな?」
判る?と縋る目をするカカシを心底鬱陶しいと思いながらも、「わかるわぁ」とお姉さんの顔をして頷いて見せ先を促す。 だが、そこでずっと黙っていたアスマが口を挟んだ。
「おまえ、森で会ったって本当にイルカだったのか?」
「え? そうだよ」
「狸にでも化かされたんじゃねぇのか?」
「ち、違うよ! …多分」
「多分なのかよ」
え?俺って狸に化かされちゃったの?アレって幻だった?でも俺、マントを…
「マント!マント貸してあげたよ。 だからイルカ先生だったら返しに来る…んじゃ…ないか、な?」
「マント?」
「うん、あのマント、本皮の上物なんだ。 信じられないくらい薄く柔らかに鞣してあるんだけど丈夫で暖ったかでさ、咒が織り込んであるからちょっとくらいの攻撃は防いでくれるし」
「そんなもの借りたら、あのイルカだったら返さない訳にはいかんわな」
「あら、あたしだったら貰っちゃうわ。 ラッキーって」
「ちょっと犬臭いけどね」
「じゃ要らない」
「で、返しにきたか?」
「…まだ」
「犬臭いのが気にならないのかも」
「受付ではどうだったんだ?」
「喋れなかったもん」
「なんで?」
「イルカ先生の列には並ばなかった…」
「酒に誘うって意気揚々行ったくせに?」
「だって、俺ああいう気配出してるイルカ先生には近付きたくないんだもん」
「どうしてよ?」
「だってだって、なんだか泣きそうなんだもん」
「また上忍が中忍泣かせたぁって、そこらじゅうから白い目で見られるな」
「そうだろ?嫌だろ、そんなの」
「で、繭になってイジケてたって訳なのね?」
「う〜」
「アホくさ」
「意気地なし」
「おまえら! 俺を慰めようって優しい気遣いはないの?ねぇ?」
「だったら聞くがな、おまえ、いったいどうしたいんだ?」
アスマが真顔で向き直った。
「どうしてそんなに一喜一憂してるんだ?」
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