東方不敗
- The Asian Master -
2
2.その上忍、腑抜けにつき…
ルンタッ♪
「あ…れって、スキップ?」
「俺に聞くな」
ルンタタ♪
「ねねねね、あれ、スキップよね、ねぇったら」
「俺はなんにも見てねぇッ」
俺の目には何も見えねぇぞっっとアスマが叫んだところで、その上忍の上機嫌さが伝わらない訳でもなく、控え室の微妙な空気が緩む訳でもなかった。 こわいよ、ママァ!と新人上忍が泣いて逃げたとしても、天も許そう。 そうとも! 僕達なんにも悪いことしてません、ちょっと人は殺してますけどそれだって仕事上しょうがなくです、ほんとです、どうか御慈悲を!
「おっはよ〜」
「…」
「…」
「あっれー、みんなどしたの〜? 顔引き攣ってるよぉ」
「とにかく! スキップは止めてちょうだい!」
聞くところによると、イルカはたいそう緊張していたと、顔は真っ青で握り締めた両拳はぷるぷる震え今にも倒れそうだったと、駆け寄って支えてあげたかったと、上忍でさえ語る。 でもできなかった、と。 だって恐かったんだもんっ、と。 カカシは終始言葉少なで、最後に「どうぞ」と一言言ったきりだったらしい。 だが、カカシの全身から微妙なオーラが漏れて溢れて、たいそう恐かったと、友好的な雰囲気は微塵も無かったと、その場に居併せた全員が語った。
「ねぇ聞いてよ、あの人ったらさぁ」
「「あの人って誰(だ)よ!」」
「? なにハモってんのよ?」
不思議そうに首を傾げ、カカシは今にも逃げ出そうと腰を浮かすアスマと、それを片手で押さえつけている紅を見遣った。
「あの人ったらアレでしょ、ナルトの元担任の中忍先生のことよ?」
「イルカだろ、いい加減名前覚えろよ」
「そう、そのイルカ先生がさぁ」
昨日の夕方、俺んとこ来たんだよねぇ、と然も楽しそうに話し出したカカシに二人は目を剥いた。 だって昨日の様子では、イルカの訪問を嫌で嫌で堪らないといった風だったのだ。
「あの人、小鹿みたいな目ぇしててさぁ、真っ黒くって瞳がこうクリッとしてて、喋る度にあの鼻の傷が上がったり下がったりして、すんごい面白かった!」
「…そうかい。 それで、イルカなんて言ってきたんだ?」
「え? え……っとぉ…。 なんだっけ?」
「聞いてねぇのかよ!」
「あれ? 確かに聞いたはずなんだけどなぁ、おっかしいなぁ」
「アンタ、どうぞって返事したらしいじゃない」
「そだ!そうそう。 よろしいでしょうか?って最後に聞こえた気がしたから、どうぞって言った…ような」
「ような、じゃねぇ!」
「7班の口寄せ中忍になる事、了承してあげたのね?」
「ああ! そうそう、それね。 ううん、それはダメって言った。」
「どうぞって言ったんじゃなかったんか?」
「言った」
「どっちなんだよ」
「途中で一回、それはダメですって言ったんだけどさ、そしたらあの人なんだか顔がぐにゃ〜ってなって面白かったからそれに見惚れてたら、よろしいでしょうかって言われたんで、どうぞって答えたのよ」
「アホか…」
「バカね」
「こう手をね、ぎゅーって握ったまんまなのね、それでその手がふるふるしてんのよ? 頭の上であのチョンマゲがぴょこぴょこ揺れるし」
「緊張してたんでしょ」
「顔もさ、意外と色白なんだよね」
「顔色失くしてただけだろ」
「声もなんか結構高くって細くって」
思い出してきたのか、カカシの身体から微妙な色合いのオーラがゆらゆらと溢れてきた。 めちゃくちゃ恐い。
「こ、恐かったのよ、きっと」
「え? 俺、恐がられてたの?」
「おまえ… 気付かなかったのか?」
「な、なんでぇ? なんでよ、俺、恐い?」
「「恐い」」
「どこがよぉ」
全部。
そう、心の中で唱和したアスマと紅だった。
・・・
カカシが変だ、と瞬く間に広がった。 まぁ元々変だったので輪をかけて変になったから近付くな、と言うのが正しい伝聞である。 ルンタ♪ルンタタ♪とスキップしていたかと思うと、ハタと立ち止まり「俺って恐い?」と顎をさすりさすり首を捻る。 そして何か思い出し笑いを浮かべたかと思うと、またルンタタ♪となるのである。 中忍試験が始まっていたので、担当上忍は任務から外され待機となっていた。 だから皆、触らぬ神に祟りなし、とばかりに遠巻きにカカシを避けた。 そんな中、死の森の異変が伝えられてきた。
「各里の手前、担当上忍を中へ入れる訳にはいかん。 試験官だけで何とかせよ。」
「しかし…」
アンコは大蛇丸潜入の可能性を示唆してきたが、木の葉の担当上忍を中へ入れる事を許可すれば、他里の上忍をも入れなければならない。 そうなると返って厄介事が分散してしまいかねない、と現状維持を固く命じられ、カカシ達は控え室で固唾を呑んで待つより他なかった。
「あの人、この話聞いたかな…」
口寄せ中忍達は皆、決められた部屋に集められていた。 恐らく知らないでいるだろう。 一応、緘口令が敷かれている。 要らぬパニックは避けねばならなかったが、カカシはなんだか知らせてあげたい気分になった。
「だから言ったでしょうって、また怒るかな。 それとも泣きそうな心配顔になるかな。」
ひとり俯いて想像し、口元に浮かんだ笑みに自分で気付いてアレ?と思う。
俺って最近おかしい?
サスケに呪印が刻まれたらしいとの報告が来ていた。 最も適当な封印術を選んで浚っておかなければならない。 書庫に急ぎながらも、頭の片隅ではあの中忍先生の今にも泣きそうな顔が浮かんでは消えた。
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