東方不敗
- The Asian Master -
1
その中忍は無敵。 彼がにこりと微笑めば全てが許され、彼が怒れば誰もが胸を痛め、彼が泣けば天まで涙する。 彼が転べば草木がその身を支え、彼が口にすれば毒でも美酒に変わり、彼がくしゃみをすれば天候までもが回復する。 だから…
1.その中忍、無敵につき…
「アイツらはもうアナタの生徒じゃない。 私の部下です。」
そして狐の魂を腹に匿う子供までが彼の名ばかり口にするので、カカシはとにかく安全弁を挿げ替えねばならないと思った。 安全弁が中忍では心許ない。 それにその中忍はなんだかめんどくさい人間みたいだし、何かあったら後々色々めんどくさそうだ。 そんな時、都合よく彼が衆人環視の下で上忍に楯突いたので、ここぞとばかりに釘を刺してみた。 その途端だ。 自分の回りは暴風雨状態になった。 中忍連中はもちろんのこと、上忍のほとんどと食堂のおばちゃんと売店のおじちゃんと八百屋の政さんと魚屋の健ちゃんと一楽の親父が口を利いてくれなくなった。 そればかりではない。 火影三代目までが寄ると触るとカカシに嫌味を言う。
「辛いよぉ」
「バカね、だから止めときなって言ったのよ」
「めんどくせぇなぁ」
一応お友達?と思っていたアスマと紅も、どうも彼の味方のようだった。
「だってさ、火影様が言ったんだよ? ナルトのことはオマエに任せたからってさぁ」
「やり方ってもんがあるでしょうに」
「何で上忍に口答えする中忍が責められなくて、真っ当な事言った俺が責められんのよ?」
「相手がイルカだからだろ」
「なんで皆してイルカ先生イルカ先生言うかなぁ。 あの人そんなに偉いの?」
「オマエは知らないんだ。 一昨日まで暗部でルンルンしてたような生活してたオマエには関係ない世界の生き物だからな。」
「アンタ、受付通すような任務も受けたこと無いんでしょう? じゃあ知らないわよね。」
「下忍担当になってから何回か行ったさぁ。 その時だってやんわり牽制してみたんだけど、あの人激鈍いんだもの。 ヤンなっちゃう!」
「それがイルカなんだよ」
イルカ、イルカ、イルカ、イルカ、イルカ先生…!
俺にどうしろっちゅうの?!
その後、中忍試験が始まるまでの僅かな間にも、簡単だったが上忍としての任務が回ってきた。 受付で言い渡されるような単独任務。 物珍しく新鮮ささえ感じるような血の匂いのしないその任務を受けた時、受付の隣の席に件の”イルカ先生”が居て、カカシに露骨に不機嫌な顔を晒してきた。 直に嫌な態度をとられた訳でもなかったので放置してきたが、回りからはまた針の視線が投げつけられる。
「なんで?! 内面顔に晒して忍としてどうよ、と言う前に、人としてどうなの?あれ。 大人気ないんじゃない? しかも悪いの俺かよ!」
「バーカ、アレは態とだ。 オマエとあんなに派手に揉めたのに、直ぐにニコニコってもの具合が悪いだろう? 二三回も顔を合わせてる裡に元に戻ってるぜ、きっと。 何事も無かったようにな。」
「へ…ぇー。 あの人、そんな芸当できる人だったの?」
「アイツは中々喰えない奴だぜ」
「なになに、アスマってあの中忍先生と親しいの?」
「まぁ、それなりにな」
ふーん、と髭面の熊を見上げて如何ともし難い感情に囚われそうになった自分を感じ、何か変だな、と思いながらも深く追求することなく任務に出た。 だけれども、その任務報告の時も、次の任務受け渡しの時も、その次も、イルカの機嫌の悪い顔は引っ込まなかった。
「アスマの嘘つきっ 全然大人気ないじゃん!」
「ふむ」
顎の髭を擦りながらアスマが首を捻る。 おかしい、と。
「もういいもん。 中忍試験が始まったらさすがに待機になるでしょ。 そしたらもうあの人の顔、見なくてすむもんっ」
「ところがどっこい、イルカの奴、死の森のタワーでの口寄せ中忍に志願したらしいぜ」
「え? ウチの班の?」
「そうに決まってるだろう」
「げっ」
「今に挨拶に来るぞ〜」
「げげっ」
勘弁してくれよぉ
固い表情を顔に張り付かせたままのその無敵の中忍先生がカカシの元を訪れたのは、その日の夕刻だった。
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