同居人求む
- RoomMate -
1
Single, Japanese, Male
その男で3人目だった。 昨日、朝起きたら彼の部屋は蛻の殻で、居間とキッチンに置いてあった電化製品、オーディオセットとかレンジとか、まぁ夜中に持ち出してもそう大きな音が出ないような持ち運び可能な物のうち高価そうな物が何点かが無くなっていた。 前の男は家賃を3か月分踏み倒して姿を消し、前の前の男はイルカの学術書を何冊か持っていったっけ。 あれは痛かったな、と思い出しながら、すっかり馴染みになった近所の交番に届け出たのが昼少し前。 これまたすっかり馴染みになっている刑事のゲンマさんが来て、ひととおり”現場検証”みたいなものと”事情聴取”みたいなものを、イルカが出した茶を啜りながら執り行って帰っていった。 解決した”事件”は今の所0件だ。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
これは、隣に住むカカシさん。 いつも丁寧に挨拶してくれる。
「また盗られたんですって?」
「はぁ、まぁ」
苦笑いひとつして後ろ頭をぼりぼり掻いて、お揃いの半透明のゴミ袋を片手に提げて一緒に階段を下りる。 今日は火曜日、不燃ゴミの日。 彼は、北欧だか白系ロシアだかの人で、みごとな銀髪と鳶色の瞳と抜けるような白い肌の外人さんなのだが、日本語がべらべらだ。 並んで歩くとイルカの肩より少しだけ上に彼の肩があるので、話す時も少しだけ見上げる位置の彼の顔を時々振り仰いで、「まぶしいなぁ」と思いながら喋る。 彼はすごい美形なのだ。
「イルカ先生、もうちょっとルームメイト選んだ方がいいですよ」
「選んでるつもりなんですけどねぇ」
自分が小学校の教師なので、自分を知る殆どの人間が「イルカ先生」と呼ぶ。 学校以外で”先生”付けで呼ばれるのに最初とても抵抗があったが、カカシののんびりした口調で呼ばれると、まぁいいかな、と思ってしまう。 おかしな人なのだ。 職業は然とは聞いたことがない。 一回聞いてみた時なんとなくはぐらかされて、「あ、これは聞いちゃいけないお仕事なんだな」と漠然と思って、そのまんまだったような気がする。 今となってはよく思い出せない。 夜に出かけているようだし、あれだけイイ男なのだ、ソッチのお仕事なのかもしれない。 まぁどうでもいいことなのだ。 彼は悪い人間ではない。
「じゃ、行って来ます」
「はーい、気をつけてー。 あ、イルカ先生ぇ」
仲良くゴミを出してから、いつものように右と左に別れようとした時、カカシが2・3歩階段を戻りかけた所で立ち止まって呼び止めてきた。
「はい?」
「また”同居人求む”の張り紙出すんですか?」
「あー、えーそうですね、またそのうちに出さなきゃな」
「Single Japanese Male?」
「そう…ですね」
「今度は、”not Thief”って入れた方がいいよ」
「うふふ 泥棒御免、ですか?」
笑うと、カカシも少し照れくさそうに笑った。 きっと真剣に言ってくれてたんだろうけど、でもそれじゃあ余計寄ってくるような気がする。
「”never”の方がいいかな」
なんだかツボに入ってしまい、くすくすと肩を小刻みに揺すって笑っていると、カカシは目の下辺りを朱に染めて、登って行ってしまった。 あんなに美形なのに、ハニカミ屋さんなところがかわいい人だ。
「同居人かぁ」
さて、と気を取り直して自分も通勤の途に就くが、重い溜息は止めようがなかった。 イルカは25歳で独身の、教師になったばかりのペーペーだが、4LDKという分不相応なマンションに住んでいる。 給料もまだまだ薄いし、かといってバイトをする訳にもいかないし、ルームシェアでもすれば楽して副収入が得られると踏んで始めたのだが、今の所出て行くお金の方が多かった。
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