KAKAIRU LIVES
-カカイル、ぐつぐつ煮えた生活、そして一向に進展しないサスナル&四さまのアレやコレや-
3
鏡
「ねぇイルカ先生、髪もう伸ばさないの?」
「ええ、当分これでいます。 シャンプー楽だし、濯ぎもアッと言う間だし」
顔を洗い歯磨きをし、髪を梳かす。 昔に比べたらこんなに短いんだから梳かす必要も無いのだけれど、習慣だからつい梳かす。 でも、梳かした側からカカシが生え際を掻き揚げて接吻ける。
「でも俺、イルカ先生の尻尾が恋しいよぉ」
「アレは自分で後ろ髪を切れるぎりぎりの長さだったってだけで、特に思い入れは俺無いんですよ。 今は紅さんが上手に切ってくれるから」
「俺は思い入れあるんだよぉ」
洗面所の鏡は正面の壁面全てを覆い尽くす大鏡で、自分達が映っていた。 自分は今日仕事があるのでその準備をしているのだけれど、カカシがさっきから纏わり付いて邪魔をするので一向に進まない。
「Hの時、アナタの髪を解く瞬間が俺の生甲斐だったのにぃ」
「もっとイイ…生甲斐…作ってくださ…」
顎を掴まれ唇を啄ばまれるので、言葉も途切れがちになる。 髪を梳かすのはもう諦めて(どうせ梳かしつけても余り変わらないし)、唇に薄くリップクリームを塗る。 最近ちょっと胃腸の具合が悪い。
「カカ…んむ」
んーっと唇の上下を併せてクリームを馴染ませようとした途端、カカシが食いついてきてせっかく塗った物を全て舐めとってしまった。
「カカシさん、ちっとも用意できないじゃないですかぁ」
もうーと頬を膨らませると、カカシは人差し指でその頬を押してプスっと空気を抜いた。 悪戯小僧の顔で覗くようにイルカの反応を窺う様が幼稚っぽい。 そのくせ片手はもうイルカの腰を引き寄せ、いやらしく尻を擦る。 その手を抓って止めさせるが、もうだいたい身支度はできていたので、ちょっとだけ付き合ってあげようと思い、抓られても抓られても飽くなき努力を続けるカカシの腕にされるがままに力を抜いた。 身体をカカシの方に向かされる。
「ねぇねぇイルカ先生ぇ、なんで今日という日に仕事なんか入れちゃうのぉ」
「だって、仕方ないじゃないですか。 小学校の仕事なんだし、あちらの都合優先ですよ。」
「嘘ですぅ。 イルカ先生、俺よりお子様達と居る方が楽しいんですぅ。」
「そんなことないですってば」
カカシの不服そうに膨らんだ頬を、さっきの仕返しに両側からぷにっと押すと、両手を掴まれ掌にちゅっちゅっと接吻けを落とされてゾクっと背筋に震えが走り、慌てて手を取り戻す。 どうして掌なんかで感じるのか、自分でも不思議でならない。
「ほら、もうそろそろ出ないと…」
「ん〜〜、イルカ先生のいじわるぅ〜〜」
肩を抱かれて抱き込まれて、様子を窺うように情けない顔のままのカカシが何度も何度も角度を変えて唇を啄ばむので、深い接吻けを許した。 カカシだって判ってるはずだ。 今日中に帰れる予定だし。
「う…ん、んん、カ… ふ、うん」
だが、本気の腕の強さと舌の深さに喘がされ、カカシの両肩をぐいぐい押して止めてくれとアピールするが、少し身体を寄せ合い過ぎた。 奥の方でチリリと火が点る。 慌ててカカシから離れようともがき、チラと目に入った鏡の中、縺れ合う自分達が居た。 カァッと頬が熱くなる。
「カ、カカシさんっ もうダメっ!」
焦って力いっぱい肩を押すと、カカシは離れた。 本気ならイルカの力でカカシを引き剥がすことなどできない。 だからカカシも判ってるんだ、タイミングが計れない子供なだけで、最初から最後までシようなんて思ってないんだ。 はぁはぁと息を整えながら自分に言い聞かせる。 だからこれ以上はダメ。
「む〜〜〜っ」
「もう時間ですから」
「むぅむぅ〜〜〜っ」
「なるべく早く帰ってきますから」
「もういいよ」
ぷいっとソッポを向いて、子供は洗面所を出ていってしまった。 熾き火がチリチリと点ったままだった。
・・・
「じゃあ俺、行ってきますね」
イルカがリビングのドアからそっと顔だけ覗かせて行ってきますの挨拶をする。 俺は膨れていることになっているので、イルカの方は向かずに肩越しに手だけ振ってみせた。 ふぅと言う溜息ひとつだけ聞こえて、イルカは踵を返したようだった。 何も小学校なんかで室内楽のボランティア演奏会なんかやらなくってもいいのに! 何も今日なんかに! リビングのドアの所までそっと飛んで行って、四つん這いでそっと首だけ出して玄関で靴を履いているらしいイルカを窺う。 出てっちゃうんだ、ほんとに俺を置いて出てっちゃうんだ。 今日はアンタの誕生日なのに! 俺がどんなにこの日を楽しみにしてたか知ってるくせに! だって俺、去年はイルカ先生の誕生日を祝えなかった。 だって、知らなかったんだもん。 気が付いたら過ぎてた…
その時プルルルルとイルカの携帯が鳴った。
「はい、海野です」
もう靴も履いて荷物も持って、出て行くばかりだったイルカがその胸元からごそごそと携帯を取り出して出ている。 イルカは荷物が多い人で、いつも携帯をバッグの中で遭難させてしまうので、俺が首から下げられるストラップを買ってあげたのだ。 「こんなのがあるんですねぇ」といたく感激したイルカはそれを愛用してくれている。
「え? 中止? …はい …はい」
---え? 仕事の電話? 中止?
思わず尻尾がパタパタしちまった。 やった!中止だ!きっとそうだ! イルカは今日俺と居られる! 神様ありがとう!
「はい、判りました。 ええ、こちらは別に… ええ、ご心配なく。 ではまた後日… はい、では」
やった!
イルカがふぅと溜息を吐いて肩を落とし、プチッと携帯を切ったので、俺はササッとソファまで戻ってさっきの通りリビングの入り口に背を向けて座った。 膨れていることになっている。 このまま少し膨れっ面をしてイルカを困らせてやろう。
「カカシさん」
イルカがガタガタと荷物を全部抱えたままリビングに戻ってきた。
「俺今日の仕事中止になりました」
「ふーん」
イルカの方は向かないでさっき慌てて手に取った新聞を読む振りをする。
「カカシさん」
イルカは床に荷物を一つ一つそっと置くと、ソファに近付いてきて後ろからまた声を掛けてきた。 困っている様子が手に取るように判る。
「カカシさん、俺今日仕事なくなりました」
「あ、そう」
あ、しまった新聞逆さまやんけ。 素知らぬ振りで新聞を広げながら上下を正し、素気無く返事を繰り返す。 もうちょっと、もうちょっとだけ苛めちゃおう。 ちょっと楽しい。
「カカシさんったら、聞いてます? 俺、今日家に居られますから」
「学校はどうなったんですか?」
「水疱瘡ですって」
「水疱瘡?」
「学級閉鎖のクラスが出たからって…」
がっかりしているのが伝わってくる。 そんなに楽しみにしてたの?
「ふーん、そりゃ残念でしたね」
「カカシさん…」
ちょっと意地悪を言ってしまった。 泣きそう? もう止め時? ドキドキしながらイルカの方を振り返ろうかもうちょっと頑張ろうか迷っているとタイミングを逸してしまい、汗がダリダリだ。 俺っていつもこんな。 ちょっとガキっぽい?
「カカシさん、カカシさん、こっち向いてください」
イルカはソファの隣に来た。
「今新聞読んでんの」
「ごめんなさい、機嫌直してください」
「別に俺機嫌悪くなんか…」
「ねぇさっきの続き」
「え?」
え?え?え?えええーーっ?!
「ささささ、さっきって?」
「洗面所の…」
「せせせ、せんめんじょってあの、洗面所?」
「も、もういいです」
振り向くと、真っ赤な顔で俯くイルカが片手で口元を覆っていた。
「よよ、よくないよ! 全然よくない!」
だって俺の方がもう臨戦態勢!
「もう怒ってません?」
「怒ってなんかないよ? 俺ぜんぜん最初っから怒ってないない」
「でも」
「イルカ先生っ」
もう待てないのよ会話も言い訳も後回しなのよギンギンなのよガツガツなのよウガウガなのよ〜!
手を掴むと、引っ張って、寝室目指してレッツゴー! 年末の一件以来、寝室以外でH禁止令が発令されていた。
・・・
「俺ねぇ、ちゃーんとケーキもプレゼントも用意してたんだよ?」
はい水、とまずコップを渡し、小さなホールケーキとワインとグラスと、ほらクラッカーもこんなにとベッドに広げて見せる。 イルカはふわーっと微笑んだ。
「そ… それにほら、蝋燭だってちゃんと25本、ね?」
声が出ないイルカは水をこくこく旨そうに飲むと、くすくすと笑った。 まだ色の残る雰囲気が目に毒だ。 ごっくんと喉が鳴り、慌ててケーキを切り分ける。 ほんとはハッピバースデーツーユーと歌ってさ、蝋燭ふーっと吹き消してさ、クラッカーぱんぱんって鳴らしてさ、したかったさ俺だって。 でも気が付いたら日付が変わってたんだよ、イルカは指を動かすのも億劫そうなんだよ、そうだよ全部俺の所為だよ、ああ〜ん、しあわせ〜〜v
「ケーキ、食べられる?」
こくっと頷く顔が嬉しそうで、ほんわかしながらケーキにフォークを差した。 ま、いっか、イルカが嬉しそうだから。 俺っていい亭主v なんて一人でにまにましていると、じっと見ていたイルカが来い来いと手招きしてきた。
「なになに?」
イルカは声が出ないから耳をその口元に寄せる。 ちょっとドキドキ。 何かなーとわくわく待っていると、吐息の声がこそりと囁いた。
『俺、26ですから』
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