玉姫様御乱心実記


6


 さて、つとめて四日目の候、海野イルカまたしても上忍との引き継ぎを透かし過ごしたり。 日も高くなりて漸う姿現したるが、姫御前、小姓二人ともども火急の態にてイルカに構わず候こと些かすさまじと思ひて「如何に」と問ふたり。

「例の4男坊が昼過ぎに参ずると急使が参ったのじゃ。 カカシからは到着は明日になろうと聞いておったので支度も何もできておらぬ故、こうしてオホワラハしておる。 其方も手伝え。」
「急使?」
「応よ」

 姫御前、今こそこの中忍の忍然とした顔、目にしつる事なかれ、と思し給ふ。

「どうしたイルカ、まるで人が違ったようだぞ」
「カカシさんは確かに、明日到着予定、と言っていたんですね?」
「そう申しておった」
「ふむ」
「なんじゃ、何か気になることでもあるのか? 旅程が早まったのであろうて。」
「…」

 小首傾げつつ顎に片手の指宛がい物思いに耽りたること暫し、木の葉中忍イルカ、館の者ども悉く集わさせ、やがてこれに指図あれこれしつる、いとめでたし。

「イルカよ、其方も忍であったことよのぉ」
「バカ言ってないで、姫様も早く御仕度を」
「う、うむ」

 「とくし給へ、とくとく」とぞ急かされ給ひけるなむ、さすがの姫御前も抗ひ難しと思しけれ。 小姓をはじめとする館の者どもも、様子常ならざるは何事かあらざらむと思えたり。
 時、いよいよ午の刻近くなりて、晴天なりし空一転俄かに描き曇り雷鳴轟き、見る者みな「うたてし」と危惧の念抱き候。

               ・・・

 「ご乱心にいまそかりとぞ聞き及びけるなむ、むべなるかな」と大音声にて呼ばわりし者あり候。 屋外まで聞こゑたり。 木の葉上忍、馬よりひらりと飛び降りて、「先づ参らん 能う限り疾く参らせ、姫さま守られたし」と馬上に居残りし若者に一声申すなり甍から甍へと飛び渡り天守まで上りける、いと素早し。 単馬にて彼の上忍と相乗りすること半日、なのめならば終日費やすべくところなれば息も切れ身も壊るるなりと思ゑ候が、やがて表門まで駆けさせ馬から飛び降り疾風の如く登りたるなむ、先の上忍に勝るとも劣らぬ身のこなしにて候。 されど漸う姫御前おはすと思ゆる天守に辿り着きし時は、既に上忍、姫御前抱き抱えて立ち、賊と思しきいと怪しばむ男、小姓二人に取り押さえられし候。

「よかった、ご無事でしたか、姫さま」
「まだだ! 刀を構えてお守りしろ!」
「は、はい」

 上忍、両腕に姫御前抱えたままで後退り、大声にて叱咤すなり。 若者、急ぎ刀抜きて構え、上忍の脇に既に抜刀して立つる小姓と見ゆる小柄なるをの更に前に立ちたり。

「もはやこれまでっ!」

 その様と併せて続々と駆け付けたる御家来衆数多犇めき様など見やり、男、爆と煙立ち上がらせつつ掻き消えぬなり。

「これは? 賊も忍だったのですか?」

 驚き惑いて木の葉上忍を振り向けば、上忍、腕の中の姫御前となにやら揉め事始め候。

「カカシさんっ いい加減下ろしてくださいっ 最初から判ってたんでしょう? どうして姫さまをお守りしないんですか?!」
「いや〜〜、だって〜、久しぶりで抱き心地よかったし〜v」
「ぎゃッ」

 上忍、抱えし姫御前の御尻するりとなでたり。 あな浅まし、もとい、姫さまに対し無礼千万、と若者驚き呆れたるはさらなり。 如何な上忍とてこれは許すまじと収めたる刀の柄に再び手をかけんとぞすなるを、脇の小姓、黒髪を頭上高く結い上げ、鼻梁に一筋刷くが如し傷のある、「しばし」と手で制すなり。

「カカシ、とにかくこの4男坊に説明をせんか。 鳩が豆鉄砲喰らっておるぞ。」
「ああ、はいはい」

 腕の中でジタバタと暴れ給ひたる姫御前をそのままに、木の葉上忍、さも嬉しげににこにこと若者に向き直り候。

「あのね、この人がね、姫さま」

 と小姓を顎で指示すなる、もしや真なれば不敬なこと甚だし。

「で、この人はー、俺のハニーッ」

 加えて、抱えたる姫御前に頬ずりすなる、もはや許すべからざる行い見過ごす限度超えつるを、と詰め寄らんとすなる時、姫御前、上忍の顎にみごとアッパーカット決め給いける、いみじくめでたしと見ゆ。

「こんのバカ上忍!!」

 姫御前、上忍の腕振り払いて立ち、両手組み合わせ何事か唱えけり。 たちまちその姿、白煙とともに上忍に勝るとも劣らぬ男の同じく木の葉の装束着たるとなり、時同じゅうして脇で控えし小姓、姫御前の御姿現し給ふ。 そのめでたくもやむごとなきは正しく皇位継承者のそれなりて、若者いと驚き、改めて平伏し候。 その横で、彼の上忍と中忍、まだまだ騒がせ候。

「アンタはいっつもそうだ。 そうやってふざけて誤魔化すか、有無を言わせず組み敷くかで、俺がどんなに…、くそっ どうせ俺なんかアンタのオマケだ! ただの処理の相手だよ!」
「あ、待ってーっ イルカ先生ーーっ」

 しばし言い合いて、中忍いきなり欄干超えて天守より飛び降りぬ。 上忍もやがて後追いけるなり。

「すは、イルカの一大事じゃっ 見物に行くぞっ そこな4男坊、付いて参れっ!」
「は…ははっ」

 姫御前、雅なる御召物の裾わっしと掴み遊ばすなり、喜々として階段を駆け下りて先に行き給ふ。 若者、いみじく訝しと首捻りつつも従い候。




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