玉姫様御乱心実記
1
「カカシさん、俺は騙されませんよ!」
その忍、里は木の葉、階級は中忍にして名をうみのイルカと申し候。 対する姫御前は、当家ご息女にして唯一の皇位継承権保有者の玉姫様。 銀髪碧眼に雪の肌、眼は三白眼の凶相にして眼光鋭く、薄く笑んだ唇は左右非対称に歪み、目前で叫ぶ忍の者を悠然と見返し給ひ候。
「指を突き付けるな、無作法者め。 ワシはそのような名ではないぞ。」
姫は一段高い床に座し、一方忍は下段にて仁王立ち、片手を腰に片手を肩の高さに挙げて人差し指をビシリと姫に向かって差し向けし候。 左右に控えし小姓、無礼打ちせんと脇差に手を掛けつつ立て膝にてにじり寄るを、姫ご本人が押し止め給ふ。
「よい、下がっておれ。 このように愉快な事は久し振りじゃ。」
「またそんな! いっくらそれらしく振舞ったって俺の目は誤魔化せませんからね。 態々こんな中忍風情を指名してまでの護衛任務、何かおかしいと思っていたんです。 さぁ、きりきり正体明かしなさいっ」
立てし片膝下ろす事もできず脇差の柄より掛けし手離す事もできず小姓二人、態度改める景色有りや無しやと見守るうちにもうみのイルカ、ズイズイと上段の框まで歩み寄り、声ますます高く、調子ますます荒々しく叫ぶなり。 それを涼しく見返すは我が主なるが、と互いに顔見合せ手に汗握り候。
「正体も何も、ワシは化けてもおらんし変装もしておらん。 だいたい、カカシとは誰じゃ。」
「まだ言いますか」
木の葉中忍うみのイルカ、とうとうその片足を上段に掛け候。 小姓の一人、すくっと立ち上がり遂に剣抜きその切っ先を背中に突き付け候。 今一人も併せて大上段に構え迫るも、うみのイルカ全く意に介さず、終には完全に上段の間に乗り上げ候。
「姫様!」
「たまひめ様!」
「ええーい、その名で呼ぶなっ」
将に斬りかからんとする小姓ども、姫御前に一喝され竦み後退るも、さりとて引き切ることもできず惑い候。 剰へ、彼の中忍、姫の胸座に掴みかからんとするを目の当たりにして、すわ姫様の一大事、此度こそ挙げた刃の引く先無しと間合いを詰める。
「姫っ 失礼仕るっ!」
「えいっ 無礼者! 覚悟!」
怒号と共に振り下ろされし剣はしかし、中忍のクナイ2本に受け止められ火花散らし候。
「双方とも剣を収めよ。 鬱陶しいのぉ。 大事ないと申しておろう。」
収めよと言われて易く収められるものでなし、睨み合いしまま擦れる金属音ジリリジリリと響かせ押し合うを、またも止め給いしは姫御前にて候。 やれやれとお立ち上がり召され、小刀の刃とクナイの切っ先、扇子で左右に押し退け間を割って通り給ふ。
「いい加減にせんか、耳に障るわ。 それに其方、木の葉の中忍と申したか? そんな小童二人、瞬時に往なせなくて何とする。 護衛が聞いて呆れるわ。」
これには中忍、カッと顔に朱を登らせ、むぅと為りて黙る。 「下がれ」と再々に申し付けられし小姓どもも渋々元の位置に座すると、此度は姫が双方の間を行きつ戻りつしながら物申す番と相成りし候。
「よいか、この者に害意無きは明らかじゃ。 見よ、この草食動物の目を。 何か誤解があるだけじゃ。 そこで大人しゅう座しておれよ。 其方もこ奴らをあまり刺激するような真似は控えるがよい。 如何な寛容なワシだとて限度があるぞ。」
「カカシさんが素直に正体を明かして謝れば、俺だってこんな乱暴なこと…」
「だから、カカシとはどこの誰のことじゃ。 そこから説明せんか」
「アナタでしょう! その髪、その瞳、その顔、その眠そうな表情!」
「悪かったな眠そうで」
「今まで何回も何回もアナタのその手の悪戯に騙され続けてきた俺ですけど、今度ばかりはそうはいきません。 さぁ、とっとと白状しなさいっ」
「くっくっくっ オヌシ、ソヤツに遊ばれておるのかえ」
「ほらほら、その人を小馬鹿にしたような笑い方! カカシさん以外の何者でもありません。 こんな所でいったい何をやってるんですか」
「そうさなぁ、姫をやっておる。 して、オヌシ、そのカカシとやらは女子かや?」
「男でしょう! 男で上忍でビンゴブックにも載るくらいの有名な忍のくせしてド変態でーっ!!」
「ほほぉ、要するに其方はワシがその男のド変態に似ておると言うのじゃな? ふむ、ワシの胸は…そんなに貧乳かのぉ」
「滅相もございません、姫様っ」
「たまひめ様、決してそのような」
「その名で呼ぶなと言うておるっ」
「いい加減、その猿芝居もやめてくださいっ! 乳なんかいっくらでも詰め物できるじゃ…あ…」
「!」
「ひ…姫様っ!」
「たまひめ様っ!」
何とした事か、うみのイルカ徐に玉姫様の御胸に右手宛がい、わしわしと揉みしだき候。 小姓二人、寸刻呆然となるもハタと我に帰るや気色ばみて立ち上がる。
「おのれーっ」
「許すまじっ」
ずらずらと刀抜きて斬りかからんとする小姓共、その勢い竜巻の如し。 此度ばかりは如何な姫御前とて止められじと思いきや、瞬間早く姫御自ら木の葉中忍の顎、右斜め下から殴り上げ給ひ候。
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