真言使い
- From Dusk Till Dawn -
1
「結論から聞こう。」
「昨夜の試験により、彼の中忍、上忍となるに適わず。」
「そうか」
火影三代目は、ほっと溜息とも安堵の息ともつかぬ吐息を吐いた。
「安心しました?」
「何を馬鹿な…。 それにおぬし、今何時だと思っとるんじゃ?」
「あ、いやぁ」
ははは、とカカシは頭を掻いた。
***
「黄昏から暁まで」
その一言で始まった上忍昇級試験。 その中忍は案外よく遣った。 西の森は妖魔と猛獣の森だ。 気を抜くと崖から真っ逆さまに落ちる谷や、足元を掬う絡まりあった蔓や枝のみっしり生えた藪さえも命を脅かす、昼尚暗い大木の森。 そんな自然の厳しさと、そこに試験管であるカカシが仕掛けたありとあらゆる種類のトラップと、カカシ自身が時折発する攻撃に、もう数時間も持ち堪えている。 夜明けまであと7〜8時間。 無事に朝日を拝めても、試験管の胸先三寸で合否は決まる。 多分に試験管の技量と性格とその日の気分に左右される、被試験者にとっては不利な条件の試験だ。 だが、現実はもっと厳しいのだから、文句を言ってもらっては困る、とカカシは思っていた。
被試験者の中忍は、黒髪を頭頂部で一つに括り、生真面目そうにぴっちりと額宛を額に巻いた、鼻梁に一筋刷いたような傷のある、線の細い男だった。 森の入り口で初めて対面した時も、律儀に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ」
お互い氏素性を一切知らされていない。 最後まで名乗りあうことも、素性を探り合うこともしないのがルールだった。 試験管であるカカシに至っては、暗部服と暗部の面を着用しており、もちろん気配・チャクラの質なども一切気取らせることなく、固体識別など決してできようはずもない存在としてそこに有った。 いつもなら、余計な返事などもしない。 相手の緊張した様子や一見して量れたチャクラの質・量、華奢な体格、融通の利かなそうな雰囲気など、どれをとっても何時もなら試験などやる前から失格にして終りにしている。 だがカカシはその日機嫌がよかった。
カカシには、直ぐにでも出発を促されている遠地の任務が既に入っていた。 雪の国の内紛処理だった。 雪の国とは何かと縁があり、指名されてのことだった。 明日にでもと準備に明け暮れていた時、火影から呼び出しを受け、どうしてもと請われたのがこの試験管の仕事だった。 難攻不落の誉れ高い雪の国の要塞に入らなければならないプレッシャーにぴりぴりしていたカカシは、何で俺がと当然渋った。 だが、何か訳有りそうな三代目の様子に、この仕事を引き受ける代わりに雪の国からの帰還後の長期休暇をもぎ取ったのだ。 九尾禍後七年、やっと木の葉も復興を果たし依頼も順調に増えて賑わってきたが、如何にせん人材が足りな過ぎた。 カカシの激務は尽きることを知らず、若い身空を恋のひとつもせずに唯ひたすら走っていた。 走り続けていた。 久しぶりの休暇だ。 さっさと済ませてのんびり本でも読みたいものだと、買ったはいいが積んだままの愛読シリーズの新刊を思った。
頭の先から爪の先まで中忍中忍しているその男が森の入り口に見えた時、男が既に森の一部になっているのを感じたので、カカシはちょっとやる気が出ていた。 案外楽しめるかもしれない、と。 中忍の男は、カカシが声を発したので幾分驚いた風を見せ、ちょっと小首を傾げた。 その様子が如何にも小動物然としていて、カカシは面の奥で密かに嗤った。 可愛い。 好みかも。
日没の太陽が、山の縁に掛かった。 これから反対側の山の辺から朝日が覗くまで、それが約束された時間だ。
「これが例の鈴です。」
唯一、被試験者に無条件の合格を齎す鈴を見せて腰に付ける。 ちりりと軽い音が鳴った。
「はい」
中忍はこくりと頷いた。
「では、黄昏から暁まで。」
「はい」
二人は同時に森に溶けた。
・・・
先程から爆発音が連続して起こっている。 中忍はトラップ崩しを始めたようだ。 起爆札を使った罠は入り口付近に集中させてある。 彼がそれにかかずらわっている裡に、自分は観察するのに丁度よい場所を確保する。 暫らくはトラップと森そのものに相手をしてもらおう、と高見の見物を決め込もうとしたカカシだったが、中忍はさっさと前進してきた。 この試験を無条件で合格にできる唯一の方法、それはこの腰の鈴を取ることだが、無論、それは有り得ないと意識の外に除外していた。 だが、これは意外な展開だ。 楽しい。 ぞくぞくする。
それにしても、とカカシは首を傾げた。 今夜は何故だか森が静かだ。 勿論、爆発音が渦巻く今、音が無いという意味で静かだと言う訳ではない。 何時もなら余計な処でちょっかいを掛けてくる妖魔や猛獣達が、今夜はどうしてか少しも姿を現さないのだ。 中忍は術を一切使わず、チャクラを温存したまま起用にトラップを避けて迫ってくる。 仕方がない。 あまり気は進まないが、チャクラを消費してもらわなくては、とカカシは予め仕込んでおいた召喚陣を幾つか一度に発動させた。 森の妖魔の代わりにこの中忍と戦ってもらう小妖魔の類が、次々と生まれ出る気配が森に満ちる。 これで少しは忍術を使わざるを得ないだろう。 攻撃系か召喚系か、何でもいい、なるべくたくさんチャクラを消費する術を使わせる。 それが目的だった。
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