ローゼット

- Rosette -


2


               爆縮


 イルカは、どうしたら爆縮反応が起きるのかを考えていた。 そこの地面は確かに半球状に抉れているが、実際は完全な球形の結界が設けられていたのではないか。 球形の外郭を爆薬で覆い、中心部に向かって一時に爆発させられれば爆縮と言えるかもしれない。 あの人が言っていた。 爆縮レンズというモノがあると。 何とか言う高性能の爆弾を効率よく爆発させる仕組みらしいが、”レンズ”の意味が判らない。 光線を曲げることのできる凹状或いは凸状のガラスのことだと思っていたが、違うのだろうか。 爆発に関係のある”レンズ”って何だろう? それに、そのレンズを何枚張り合わせればよいと言っていただろうか。 思い出せない。 滑らかな球形では旨くいかないと言っていた気がする。 だが、正多面体の結界をどうやって張ればいいのだろう。 そのそれぞれにどうやって爆薬を仕掛けたらいいのだろう。 いや、待てよ、そうやった場合、中心部の物体は圧縮されるだろうが、こんな風にスッパリと切り取られたようにはならないのではないだろうか? この地帯は、半球形の外側は内側に向かって吸い込まれてでもいるように引っ張られたり倒れたりしているが、内側はそんな様子は一切ないのだ。 後からできあがったであろう植生も、普通に日光の当たる方へと群落を形勢している。 やはり、半球の内側は、一瞬でここではないどこかへ…

---違う違う

 そこまで考えてイルカは頭を振った。 自分は、その数百年前に起こったかもしれない現象の再現実験をしたい訳ではない。 それに、もしそんな現象が連鎖反応的に起こってしまったらどうなってしまうのだろう。 何もかもが爆心地に向かって吸い込まれていくのか。 自分には、とてもそんな状況を収拾できる自信がない。 イルカは、エネルギー的に0になってしまった静寂の世界を思い描き、身震いをした。

---俺はただ、ちょっと大きめの妖魔を呼び出し、それを見事に結界の中に閉じ込めてみせればいいだけだ、それにはこの地形が丁度都合がいいって話であって…

 本当はこんな事したくない。 ただ他国に見せるためだけに位階の高い妖魔を呼び出し、剰え何もさせずに閉じ込めるなど、プライドの高い彼らには耐えられない屈辱だろう。 だけれども三代目は、戦略というものは攻守揃って初めて効果を発揮するものだと言った。 おまえの言う事は判る。 だが、それなりの事をしようと思ったら、力が要るのだ。 納得させられる力が要る。 それを示さねば、何事も動かない。 攻めることができる力を示せ、と。

---守る力もバカにならないと思うんだけどなぁ

 ”難攻不落”という言葉が現実にあるのだから、それは人の心に驚異としてそんな言葉を作らせたほどなのだろうから、守る力を他に見せたって抑止力にはなるんじゃないかな、とイルカは思う。 それに、上忍昇級試験も受けろだなんて、急に言い出されて困った。 力、力、力…。 俺には力なんて無い。 よーく判ってる。 クレーターの反対側で調査をしていてくれるはずの暗部の男の事がふと頭に浮かんだ。

---あんな感じが、”強い”って言うんだろうな

 あの人、強そうだななぁ、それに何かお父さんぽい。 きっと家に帰れば子供がいて奥さんがいて、あんな面なんか被ってなくて、優しいんだろうなぁ。 いいなぁ。

 そこまで考えてまた頭をブルブルと振る。

--俺は別にいい、このままで。 羨ましくなんかない。

 ちょっとした事で何か人の役に立てて、独りで生きていければそれでよかった。 あの結界陣だって、実を言えば自然災害などを想定して進言したのだ。 現実問題として、巨大妖魔による一点集中攻撃に遭った場合耐えられるほど物理結界は強くはない。 破邪結界は妖魔には絶大な効果を発揮するが、逆に物理攻撃には何の役にも立たない。 それらを組み合わせることも何度か試したが、性質が真逆なのか力を相殺しあってしまって旨くいかなかった。 規模の小さいものなら何とかなる。 上から触れ合わないように被せ重層構造にできればいいのだ。 だが、イルカの構想している結界は、木の葉全体を覆うほど大規模なものだった。

---現実問題として、巨大妖魔が襲ってくるなんてそうそう…

 あるか…、と沈み込み膝を抱えて、イルカは暫らくその場で蹲った。 九尾の夜の強烈な記憶は、それを経験した木の葉の里民全てが死に絶えるまで残るだろう。 自分もその一人だが、実のところその夜の細かな記憶がイルカには無かった。 例えようもなく恐かった、どうすることもできない無力感に襲われた、そういう感覚は体が覚えているものの、その夜に自分が何をしていたか、両親とどのように死別したのか、そこらへんの記憶がすっぱり抜けている。 あまりの恐怖に防衛本能が記憶に蓋をしたのだろうと、そういう子供は多いと言われ、そんなもんかなと納得していたイルカだったが、心のどこかに空洞があるような違和感は拭えなかった。

---こんな結界を木の葉全体に設置するなんて言ったら、あの時の事を思い出して皆嫌がるだろうな

 対妖魔結界も併設すれば、逆に喜んで受け入れてもらえるだろうか。 でもそうすると物理結界の力が半減することになる。 今回の実験だって、完全に破邪結界だけを組み上げて召喚した妖魔を抑え込もうとするもので、投石の一個も防げないほど物理攻撃には無力だ。 でもそうしなければ上級妖魔は抑えられない。

---ジレンマだよな

 それに、自分が造り上げようとしている巨大結界は、小さな結界を幾つも積み重ねて実現するもので、そのどれかが一つでも欠けてしまったら瓦解する。 破邪結界のようなエネルギー体に対する結界は、一回発動して安定した力場が形成されてしまった後はそれ自体の力で崩れるようなことは無いだろうが、完全に形勢される前にトラブルが起これば容易には繕うことはできないだろう。 反対に物理結界は、張っている間中結界にエネルギーを供給し続けなければならない点が、実現する上での制約になる。 が逆に言えば、どこかに綻びが生じても同等の力があれば修復可能と言える。 その事で火影から一つの提案をされているイルカだった。 悩みは尽きない。




BACK / 携帯用脱出口