かけがえのない人をこの腕に抱き締めたい想いを綴る


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閨中・海豚



 玄関に飛んで行く。
 鍋を掻き回していたお玉を右手に持ったままだった。
 左手でノブを回した途端外側からドアが開かれ、にゅっと入ってきた手がノブを握っている手首を掴んだ。
 滑り込んできた体が中に入りきるかきらないかの裡にドアが閉められガチャンと鍵の締まる音がしたが、イルカはもうそれを目で確認できはしなかった。
 左手が高く吊り上げられ、ドンとぶつかるように密着してきた体に背中を壁に押さえ付けられ、口が塞がれた。
「ぅんっ」
 おかえりなさい、の一言も言えていない。 もどかしい。 右手のお玉が気になった。
 口の中を荒々しく犯されながら、股間に股間を擦り付けるようにされてカカシの昂ぶりを教えられる。
 カッと頭が一気に煮え立った。
 ただ乱暴に感じていた接吻けが、急に淫らに感じ出す。
 頭の芯がくらりと痺れてきた。
「はっ カカ……んぅっ」
 少し口が浮いたかと思ったが、壁に押し付けられていた体を腕にきつく抱き竦められ、頭の後ろに手を宛がわれてガッチリ固定されて、更に深く口を合わされる。
 もうカカシの為されるがままだった。
 段々と酩酊状態になってくる。
 イルカの足がかくりと脱力すると、ぐるっと視界が反転した。
 横抱きに抱え上げられ廊下を奥へ奥へと進んでゆく。
「カカシさんっ ご飯を…」
 用意している最中なんです、と台所の前を通り掛った時に告げようとすると、横抱きのまま接吻けられ、台所の中では何かガチャガチャと一頻り音がして止んだ。
 影分身まで出さなくても…。
 寝室の戸を足で開けるカカシに、イルカは本格的に焦りだした。
「俺、俺、風呂に…、あなただって……あっ」
 カカシはベッドにイルカを放り投げると、バサッとベストと上着を脱ぎ捨ててイルカに圧し掛かってきて言った。
「あんたが先」
 開口一番がそれってどうだろう。
 イルカが目を見開いて口をぱくぱくさせていると、カカシはゆっくりイルカの右手のお玉を取り上げぽーんと遠くへ放った。
 まだ露が付いていたかも。
 余計な心配をしているイルカにお構い無しで、カカシはイルカに馬乗りになるとイルカの服を毟りだした。
 イルカは諦めてカカシの額宛に手を伸ばしてそれを外した。
 カカシはイルカの髪紐を解き、その漆黒の髪を掻き混ぜる。
 見詰め合って、そして唇を貪り合った。
 言葉もなく、ただお互いを貪り合った。



 カカシの舌が触れなかった所が無いというくらい、隈なく体中を味わわれ、愛撫された。 イルカ自身もとっくに立ち上がっていたが、下生えを掻き回されたところでふいと愛撫の手は反らされ、足の指を一本一本しゃぶられた時にはさすがにイルカも抗った。 一日過ごしてそのままの足をカカシの口に含まれるなど耐えられなかった。 だが許されなかった。 足を抱えられて膝裏を舐められると体が震え、執拗に嬲られる。 太腿を下から上へ徐々に強く吸われて痕を付けられている時は堪らずに体が戦慄き、カカシががっちりと腿を抱え、立ち上がって震えているイルカ自身の前で舌舐めずりをしている顔を見せ付けられたらもうダメだった。 カカシの帰還日には絶対に拒絶の言葉を口にしないと心に誓っていたが、思わず名前を呼んでいた。
「…カカシさん」
 カカシはイルカの目から視線を外さないままイルカをぱくりと口に含んだ。 舌が先からカリの縁を嘗め回す。 頭が真っ白にスパークする。
「ああ」
 喘ぎが漏れる。 頭を打ち振ると、目尻に溜まった涙が零れた。 自分の股間でカカシの銀の頭がゆっくり上下している。 久々の口淫は酷く激しく、口から漏れそうになる「嫌」と言う言葉を、シーツを握り締めて必死に堪えた。
 一回、二回と立て続けに施される容赦のない口淫。 三回目には後ろの孔も同時に探られ、イルカは身も世もなく泣き喘いだ。 顔は涙でぐしゃぐしゃで、嬌声を上げ続けた喉は既に嗄れかけていた。 カカシ自身だって限界に張り詰めているだろうに、ただひたすらイルカを上り詰めさせることに熱中するカカシに堪らず懇願する。
「もう、もう挿れて」
 このまま自分だけが達かされ続けるのに耐えられなかった。 カカシを身の内に感じたかった。
「お願いです。欲しい、あなたが…」
 カカシは一瞬びくりとして動きを止めたが、次の瞬間から余計に激しくイルカの中を指で穿ち、イルカ自身を強く吸った。
「ああっ ああっ あああーっ」
 びくっびくっとイルカが痙攣して果てると、やっと股間から顔を上げ口元を手の甲で拭いながら、激しく胸を上下させるイルカの上にせり上がってきた。
「ああ、吃驚した。 達っちまうかと思った。」
「な… なにを…」
 まともに応えられないイルカに構わず、イルカの胸の上に頬を擦り付けながら今度は突起を嬲る。
「あと二回は達かせようと思ってたんだけど」
「そ…んな!」
 はぁはぁと胸を喘がせ必死で頭を振った。
「今度は、俺がしま…んむっ」
 青臭い接吻けで塞がれて遮られた後、カカシは恐ろしい宣告をした。
「ダメだよ。 今日は全部、あんたの中に注ぐって決めてるんだ。 あんたの中に注いで注いで俺でいっぱいにして、その中をまた俺で掻き回してあんたを善がらせるって」
 覚悟してね、といやらしく嗤うカカシに、イルカは絶句した。
「帰り道ずっと考えてたんだ。 どうやってあんたを善がらせてやろうかって。 今日は寝かさないよ。」
「そ、そんなこと考えながら歩いてたんですか?!」
「うん」
「よく無事で…」
「何人か居たみたいだったけど、襲ってこなかったよ。」
「よくもまぁ」
「俺、ぎんぎんしてたから」
 そう言うと、カカシは然も楽しそうにふふふっと笑った。
 車輪眼のカカシを狙う輩が聞いたら、嘸かし遣る瀬無い思いに駆られるだろうな、と何だか哀れになった。
 カカシはイルカの顔の真上まで伸び上がり、気の反れたイルカの顎を取ってじっと見つめると低い声でイルカの名を呼んだ。
「イルカ」
 いつもはイルカ先生と呼び、おかしいくらい敬語を使うカカシが、閨の中で欲に塗れた声で自分を呼び捨てる時、イルカはいつも胸を抉られるような気持ちになった。
「…はい」
 声が震える。
「俺のイルカ」
 カカシの呼びかけは応えを求めてはいなかった。
 直ぐに口は塞がれ、激しく執拗なセックスが始まった。


               ***


「ぅ…ん…ぁ…ん…」
 カカシは膝立ちの姿勢でイルカを貫いたまま前向きに上に乗せ、後ろから引っ張るような角度をつけてイルカの両の二の腕を掴んで前後にゆるゆると揺すっていた。 前のめりの姿勢のイルカは、自重と後ろに引っ張られる力の微妙なバランスの限界を試されるような揺れを長く繰り返され、ずっとか細く喘いでいた。 揺れの途中で感じる箇所に当たるらしく、意識を飛ばすこともできず、かと言って絶頂を極めるには程遠い微弱な刺激に喘ぎ続けなければならない責め苦に、だがイルカは 嫌とは言わなかった。 いつもなら、もう止めてくれ、と疾うに懇願されている。 カカシはその殉教者のような雰囲気がなかなか払拭されないことがどうにも不満で、これからどうやってこの頑なな恋人を堕とそうかと、イルカを揺すりながらずっと考えていた。
 イルカの顎からは、汗とも唾液ともつかない雫が滴り、背中にも汗が伝っている。 肩甲骨の隆起の間、大きく引き攣れる傷痕に沿って流れる汗の筋に引き寄せられるように、カカシはイルカの背に接吻を落とした。
「あっ… ぁ、ぅんっ…ぅ」
 その瞬間、イルカが甲高く叫んで仰け反った。
---そうだった。
 カカシは一瞬の強い締め付けに耐えながら思い出していた。 イルカは、普段はそうでもないのだが、情事の最中や事後直ぐの暫らくの間、背中が異常に弱くなる。 以前、それで揉めた事があるほどだった。 やるなと言われたら遣りたくなるのが人情と言うものではないか。 特にそれが閨中の事ならば尚の事。 
 カカシはイルカの体を前に落としてうつ伏せに横たえると、腰を高く掴み上げお互いに一回絶頂を迎えるべく、激しい突き上げを開始した。 両手でシーツを掴んで引き寄せ、体をくねらせ悶えるイルカの背中を見ながらほくそ笑む。 できるだけ激しい絶頂に突き落として、間髪を入れずに責めてやる。 今度こそその鉄壁の理性を打ち破り、正気を捨てさせて俺に縋らせ喘がせてやる。
 待ってろ、イルカ。


               ***


「ああ、すごい気持ちいい」
 自分の項で呻くカカシの掠れ声を聞いた時、体中に電流が走った気がした。 数回に亘る立て続けの結合の上に、最中に異常に弱くなる背中への刺激を執拗に施されてイルカはくたくただったが、その感じ入った掠れ声が耳に入った途端、猛烈にカカシへの情欲が湧き出てきた。 任務後のカカシの激しい欲情を受け止めよう受け止めようとしていた自分の意識が、その能動的な情欲へと急速に摩り替わってゆく。
---カカシを愛したい。 抱き締めたい。 喘がせたい。 もっともっともっと…。
 急激に膨張する激しい欲望の波に煽られるように、イルカはカカシに望みを口にした。
「前を向かせてください。」
 抱き締めたい。 この腕で強く。
 一回抜かれて仰向けられると直ぐに挿入されるカカシの欲望の証。 カカシを迎え入れている自分の内部が、別の生き物のようにうねる。 抱き締めたいカカシの体は遠く、自分で自分の体を起こせなかったイルカは、手を伸ばして接吻けを強請った。
「キス、したいです。」
 接吻けたい。 汗の滴る銀の髪を弄りたい。 その頭ごと掻き抱き、抱き締め、自分の内のカカシ自身も抱き締めたい。
 欲しい。 この人がどこまでも欲しい。 全て欲しい。
「カカシ」
 欲する者の名前を呼ぶ。 呼べば手に入るような気がした。
「ん、カカシ… あ、カカ…シ、ぁぁ…」
 喘ぐ。 喘ぎながら名を繰り返す。 あなたが欲しい。
「イルカ、イルカ…」
 名を呼び返されて涙が零れた。 カカシが閨で自分を呼び捨てる気持ちが、やっと解ったような気がした。
「カカシ」
 愛しいその体を抱き締め、自ら体を揺すり、イルカはいつまでもいつまでも名前を呼び続けた。









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