イルカ38景

35_2:湯治 其の弐



「ずるずるず…」

 啜りかけたカレーうどんが喉に詰まる。 今日は運悪くひとりで食堂のテーブルについていた。

「ドンッ」

 口からうどんを垂らしたまま呆然と見つめる先で、カカシがイルカの前にある物と同じ青い縦縞の丼をイルカの真正面に置くなりそこに座って猛然とカレーうどんを啜り始めた。

---な、なにしてんだ、この人…

 あれから暫らくの間は声を掛けたそうな雰囲気を醸していたが、こちらが無視している内に諦めたらしかったのに。 今頃どうして? それに、なんだその食い方は!

---カレーうどんはそんなに勢いこんで啜っちゃだめッ

 うっ 言いたい。 そんな食べ方したら撥ね飛ばすぞって言いたい。 でもでも、コイツはカカチじゃないんだ。 我慢だ、俺。

「ず、ずぞぞぞっ」

 イルカも負けずにうどん啜りを再開した。 さっさと食べてさっさと席を立つ。 それで終いだ。 何考えてるか知らないが、アンタら上忍の玩具にはならないぞッ 中忍ナメんなッ!

「ずぞぞぞッ」
「ずるずるずるずるッ」

 おいおい、今度は何の競争だ?と回りが面白がること頻り。 回りが見えてない二人の闘いは目的を見失って勝敗にのみ固執したかの如く勢いで進み、回り中カレーの撥ねだらけの果てに得られた結果は、握り拳を上げてガッツポーズを取る上忍と項垂れる中忍の図だった。

「あ、あれ? 俺なにやって…」
「このばカカシッ」
「アホ」

 呆れたような紅とアスマの声を背中に、イルカは脱兎の如くその場から逃げ出していた。

---くそッ うどん啜るのも上忍並みってか!

 くそっくそっくそっ くそ上忍〜〜〜ッ 悔しさの余り口(憎まれ口だったけど)を利いてしまいそうになった。 それだけは絶対の絶対にしないと心に誓った。 俺はこれから一生あの人に関わらないで生きてくんだ。

---たいだい、なんでカレーうどんなんか食べてんだよッ

 あんなにカレー嫌いって言ってたじゃないか。 いや、いやいやいや、それはカカチだ、あの人じゃないけど。 もう…なんだってんだ。 やっと胸の痛みも薄らいできたってのに。
 足早に去る背中がまた少し丸まる。 寂しいとそこに書いてある。 もう放っといてくれ、と訴える。 だが、上忍の訳の判らないアタックは止まなかった。

               ・・・

「カカシさん、いい加減にしてください」

 決して利かぬと誓った口を渋々割ってイルカは懇願した。

「早食いも駆けっこもかくれんぼも、みんなアナタの勝ちです。 もうこれ以上何勝負したって同じです。 だいたい中忍相手に何したいんですか一体全体。」

 長く重い溜息一つ。 そこは最初の勝負(?)、カレーうどん早食い競争の場であった。 彼らの前には狸蕎麦の丼二つ。 周辺に散らばる天カスと蕎麦つゆ。 イルカ25歳中忍、挑まれるとついムキになってしまう男独身。 言っている事とは裏腹に、思い切り勝負した後だった。 いや、相手が上忍であろうと口も利きたくない相手だろうと、無視して済ますことのできない気のいいヤツなのだきっと多分。

「やっと…」
「は?」
「やっっっっっっと、口利いてくれた(泣)」

 ソコでなぜ泣く?上忍。 しょうがねぇだろ、ここまでしつこく絡まれちゃあ、一回きっちりさせとかないと、ずっといつ果てるとも知れぬ勝負に少ない給料を費やしてろくすっぽ味わうことさえ適わぬ食事を何日も何日も…もう耐えられんっ

「とにかく、もうこれ以上絡まないでください」

 タッチの差で負けたとは言え残業前の軽食の狸蕎麦。 かわいそうに、こんなに天カス無駄に散らしちゃって、本当だったら一粒残さず美味しく味わう狸蕎麦。 ああ、狸蕎麦。 せめてきちんと掃除してと、大布巾でカカシの散らした分までテーブルを拭くマメな男イルカ中忍25歳。 さっさと行ってしまいたいのに出来ない律義者。 剰えカカシの丼まで自分のに重ねて片付けようと立ち上がった瞬間、こちらまったく気の回らない上忍はたけカカシ26歳同じく独身、ハタと気付いてその丼二重重ねを反対側から掴み引っ張り戻す。

「い、いえ、これは俺が」
「いいですよ、俺が今片そうとしてたんだし」
「いえいえいえ」

 アホかっ レジの前でどっちが払うか押し問答する主婦か。 それともまた勝負か?と見守るも、先に我に返ったのはイルカだった。

「…じゃあ、お願いします。 俺はこれで。」
「あっ 待って」

 まったくバカカシだよと嘆息の嵐はだが「おお」と言うドヨメキに塗り替えられた。

「待ってください」

 丼片手にカカシが発止とイルカの手を掴んで引き止めた。

「違うんです、勝負とかじゃなくって、俺はただアナタにまず口を利いてほしくて」
「…」

 ただ口を利かせるための勝負だったと? アホかこの人。 完全にただの勝負だったぞ? と胡散臭げに眉を寄せるイルカの脳裏に、ちょっとからかっただけなのに熱い湯船でクロールをして溺れそうになったカカチの姿が過ぎった。

---な…なに思い出してんだ俺! 違う、カカチじゃない、この人は…

 まず口を利いてもらう、ただその為だけに色々接触を図った挙句それを挑まれたと勘違いしたイルカに煽られてマジ勝負してしまい当初の目的を見失うこと十数回。 哀れな上忍の努力は今ここに結実を見るのか?

「座ってください、お願いします」

 頭を下げるなよ上忍。

「お話が…あるんです」

 話なんか聞きたくないんだよ、どうして放っておいてくれないんだ、と浮かした腰を下ろさない中忍。

「お願いしますっ」

 その中忍に上忍は(テーブルの上だったが)両手を着いて頭を下げた。 おお、捨て身だぞ。

「やめてくださいっ」

 うみのイルカ25歳中忍アカデミー教師独身。 相手が上忍で有ろうが無かろうが手を着かせたまま放置などできない気のいい漢。 









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