あなたはわたしのために、わたしはあなたのために
1
「イルカ!」
「イルカ!」
ドンドンっと体当たりされて抱きつかれて、病み上がりのイルカはヘナリとへたりこんだ。
「おまえらっ 俺をまた病院に逆戻りさせるつもりか?」
「イルカ〜」
聞いちゃいねぇ、と顔をすりすりする同僚二人の肩を叩く。
「ただいまー。 心配かけたな。」
「イルカ〜〜」
おーよしよし、と頭を撫でれば首筋に鼻先を突っ込んでいたイサヤががばっと跳ね起きた。
「うわっ」
ガツンっ
「ア、アオイ…、大丈夫か?」
「イルカっ これ、これ何だよ!」
「これってどれ?」
「これだよこれーっ」
イサヤがイルカの右耳の下辺りを指差して叫んだ。
「ギズマ゛ーグだな゛」
アオイが自分の鼻を押さえながら冷静な声を出す。
「!」
イルカははっとして左手の掌で首筋を押さえた。
「そっちじゃないし」
「肯定してるし」
昼下がりのアカデミー中庭。
イルカが久しぶりに出勤し、挨拶だけして帰るつもりの午後だった。
***
「で、介護という名のハネムーンはどうだったんだ?」
髭熊の上忍は、上忍控え室の窓際のソファの真ん中にどっかり腰を下ろし、煙を揺蕩わせながら背凭れに腕を凭れさせてカカシに尋ねた。
「どうもこうも」
とカカシは溜息を吐く。
「たいへんだった。」
ふー。
「何が」
ぶっきらぼうに短く重ねて問うアスマが如何にもめんどくさそうなので、聞かなきゃいいじゃん、と思うものの、カカシも誰かに喋りたい気分だった。
「だってねぇ」
イルカが目覚めてから回復するまでの数日間、「介護」という名目で五代目から休みをもぎ取ったカカシが、久しぶりに現れた上忍控え室。
アスマが聞かなきゃよかったと、「後悔先に立たず」と言う格言を思い出した午後だった。
***
「お、おいっ やめろって」
二人はイルカを芝生に押さえつけてアンダーを捲った。
「すごい…」
「イルカ〜(泣)」
もう、と言いつつアンダーを引っ張り下げて、イルカは顔を真っ赤に染めた。
「おまえ、”自宅療養”だったよな、確か。」
アオイが鋭く突っ込む。
「一週間もかかったのはそのせいか? ん?」
「イルカ〜〜(泣)」
「だ、だって、歩けなくなっちゃって…」
「ほほー」
「イ〜ル〜カ〜(泣)」
「ああ、おまえ煩いっ」
イサヤの頭を小突いてからアオイはイルカに向き直る。
「さぁさぁさぁ、きりきり白状してもらおうかぁ?」
「判った、話すから」
「え? 話していいの?」
「いいのか?」
二人は目を丸くした。 あのイルカが自分の色事を、例え親友と自他共に認める俺達にも話すなんて信じられない。 と言うか、恥ずかしくて隠したがるタイプだと思っていた。 何せそういう事に疎かったから。
「カカシさんが、お前達にはちゃんと話しなさいって言うし、俺も別に隠すことじゃないと思うし」
「「ええーっ?!」」
二人はハモッた。
***
「まず逃げる」
そりゃぁおまえ、仕方なかろう、とアスマは初心そうなイルカの顔を思い浮かべた。
「それも半端じゃなく逃げるんだ」
幻術でしょ、瞬身でしょ、体術でしょ、と指折り数えるカカシにアスマはふと尋ねた。
「結界術は? アイツそっちの専門だろ?」
「それは、されなかった」
カカシがでれーっと相好を崩したので、なんだその反応はと呆れたが、昔の事を思い出して重ねて尋ねる。
「アイツ昔なぁ、上のヤツに目ぇ付けられて言い寄られた事あんだけど、そりゃあ徹底したもんだったぜ。 こう結界ぱしぃっと張っちゃってなぁ、すんげぇのなんの、上忍にも解けない結界だぜ? 手なんか出せやしねぇ。 おまえ、アレやられなかったんか?」
「うんv」
嬉しそうな様子を隠そうともしないカカシに、ふーんと鼻から煙を吐き出しながらもちょっと面白くないアスマだった。
「無理強いじゃなかったんだ」
「どういう意味だよ、それ」
だってなぁ、とまた新しい煙草に火を点けながらアスマは言った。
「ついこの間まで触れもしなかったんだろ?」
その上逃げられると聞かされちゃあ、これは無理矢理系決定?とか思うわさ。
「あの人、無意識に逃げちゃうんだよ」
「ああー」
なんとなく解る気がする。
「だから、どうしてもこれ以上逃げるんなら縛るって脅したんだ」
そしたらあの人、どうしたと思う? とカカシは目にキラキラお星様を何個も輝かせてアスマに迫った。
***
「縛ってくださいって頼んだんだ」
「「……はい?」」
二人はハモッた。
「だから、俺からカカシさんに頼んで縛ってもらったんだよ」
そうでもしないと、どうしても体が逃げちゃうし、とイルカは下を向いてぶつぶつ言った。
「最初から縛りプレイなんですか? イルカくん」
「イルカ…(泣)」
「お、俺だって逃げたくなんかなかったんだよっ だけど、あ、あの人が…、う」
「なになに、イルカくん、あの人がどうしたって?」
「ぅぅ〜」
「ほらほら」
「く…」
「く?」
「口で…しようとするからっ」
「「くっ」」
二人は同じところで詰まった。
「お…まえ、上忍さまにそんなこと、って言うか、”車輪眼のカカシ”さまにそのような事を…」
「俺だって吃驚したよっ そんな恐れ多いって思わず体が逃げちゃうの解るだろ?」
「「うんうん」」
二人は激しく同意した。
***
「こうね、おずおずっとね、両手を揃えて差し出された時はね、俺それだけで達きそうになった。」
アスマは思わずごっくんと生唾を飲み込んだ。 回りで何人か前屈みになりながら控え室を飛び出していく。 それを目聡くチェックしながら、カカシは話を続けた。 後でシメられる、アイツら。
「それで、ほんとに縛ったんか?」
「もちろん!」
カカシは謳うように高らかに肯定した。
「痛くないように、だけど抜けられないように縛って、ベッドヘッドに吊るしたさー」
俺もちょっとヤバイかも。 まだ半分の煙草を押し潰し、また新しい一本に点火して深く吸い込む。
「その後はもう、やりたい放題」
十指を全て別々に動かしてみせて、カカシは色魔のようににぃーっと笑った。
***
「まずな」
「うんうん」
「細すぎる、華奢すぎるって怒られた。 もっと喰えって」
ああー確かに、と二人はハモッた。
「おまえ、一時期成長しなかったもんなぁ。 それちゃんと説明したのか?」
「そんな余裕ないもん」
「まぁ確かに着太りするタイプだよな、おまえは」
「カカシさんは脱いだら凄いんだ」
「聞いてないから、それ」
「あの人は、着痩せするタイプなんだなぁ」
「はいはい」
「それから?」
「それから…、口開けろ、とか、舌出せ、とか」
「…」
「息しろ、とか、声出せ、とか」
「…」
「か、体中、その、き…」
「キスマークくらい言えよ」
「う」
「そんで?」
「足ここ、とか膝こう、とか」
「組み体操でっか」
「それで段々、下に行くから俺」
「手、括られてたんだろ?」
「印、組めないよな」
「…」
「やられたんか?」
「口淫を」
「…死ぬほど達かされた…」
イルカはくぅっと下を向いてふるふると震えた。 一つに括られた髪の所為で朱に染まった項が丸見えで、二人は思わず「俺ちょっとトイレ」と言いそうになるのをやっと堪えた。
「あ、後はよく、覚えてない。 起きたら歩けなかった。」
イサヤは、イルカ〜おまえ大人になっちまったんだな〜と泣き縋り、アオイは黙ってイルカの肩を叩いた。
「これからは、いちいち俺達に報告しなくてもいいから、な」
「そう?」
「ああ」
全く、律儀だな、とアオイは独りごちた。
「カカシさんがお前達に随分世話になったって言ってた。 ありがとな」
イルカが軽く頭を下げると、二人は顔を見合わせてくっくっと肩を揺すった。
「イルカ、それ妻の台詞だから」
「あ〜 イルカも人妻か〜」
「妻って言うなっ」
その時、イルカがふいと振り向いた。 渡り廊下からカカシが手を振っていた。
***
「あの人さ、剥いたらすっごい細いんだ。 五年前と全然変わってないの。」
細いって言うか華奢って言うか、骨から細いみたいなんだ、もう壊しちゃいそうで、普通五年も経ったらそれなりにごっつくならないか? とカカシが眉を寄せて言うと、アスマがふぅと煙を吐いた。
「アイツ、九尾の夜に一遍に二親亡くしてから暫らくの間、成長止まってたらしいぜ。 あの頃そういう症状の子供が結構いたらしいしな。 ちゃんと食ってて普通にしてるのに成長しないっていう、精神的ストレスからくる何てったかそういうヤツ。 丁度成長期だった影響もあるだろうし、あれだけ上背があるんだ、縦に養分が摂られちまったんだろ。」
「…そうだったのか」
「そういう話、聞かなかったのか?」
「う…、ま、おいおい、ね」
「全く。 猿みたいに遣り捲くってばかりいないで、ちったぁイルカに気ぃ使えよ」
多分イルカは何もかもこの男に捧げつくしてしまうのだろうな、とアスマは危惧しながらも、まぁそれもいいかもしれない、とも思った。 イルカにはそういう対象が必要だと感じたし、この男も、本人が認識しているか否かは定かでないが、既にイルカに何かを捧げているのを感じる。
「アイツァこの里では結構なVIPだしな」
大事にしろや、とアスマが言うと、カカシは少し哀しそうに眉を顰め、頬杖をついて溜息を漏らした。
「あの人ね、普段一緒に居ると全然普通なんだよ。 あんまりそういうの向いてないと思う。」
「そいつはおまえの希望だろ。 イルカには実力も実績もある。」
「うん、そうらしいね。 確かに頭もいいし博識だし、中忍にしとくのが勿体ないくらいチャクラ・コントロール上手いし術も完成されてる。 だけど、あのチャクラ量じゃ高が知れてるよ。 攻撃系や召喚系のチャクラを大量消費する術を発動したところは見たことないんだけど、無理すると今回みたいなことになるし、もうあんなのはたくさん。」
カカシは思い出したのか、溜息を吐いて軽く二三度頭を振った。
「まぁな。」
アスマは相槌を打ちながら、ふと思い出した事を口にした。
「でも、あいつ、使い魔いるだろ?」
「え?」
カカシは目を丸くした。
「初耳」
「そうか? 確か何度か任務中にイルカを助けたって聞いたことあるぜ。」
「どんな?」
「さぁ、そこまでは。」
「ふーん」
五年前の試験の後、イルカの元に歩み寄る巨大な白虎を見た。 だがアレは使い魔と主という感じではなかったな、と思い出す。 あの時は森の妖魔達が自主的にイルカを助けていたが、使役されていた風は見られなかった。 それに、あのような大妖魔を使い魔として持っているなら、里に完全に管理されているはずだし自分が知らないはずがない。 木の葉は九尾の一件以来、妖魔に対して過敏だった。 どんな妖魔でも妖魔使いでも、管理できない者は抹殺するのが暗黙の了解だ。 三代目の話振りだと、あの白虎がイルカに暗示をかけたらしい。 主にそのような危ない暗示をかける使い魔はいない。 否、できないはずだ。
---そうだ、三代目だ
カカシは、イルカを溺愛してやまなかった今は亡き先代火影の顔を思い出した。 あの試験の後も、何か含みのある事を言っていたではないか。 三代目がイルカに関する何もかもを覆い隠していたとしたら…。
帰ったら聞いてみよう、と独りごちてアスマに向き直る。
「あの人が今まで生き残ってこれたのって凄い不思議。 そういうのを駆使しなきゃなんないような任務に就いたことないって事なんじゃないのかなと思ってたんだけど、違うみたいね。 普段、あんまりぽーっとしてるからさ」
そういうのからは遠い所に居る人かと思ってた、と俯いて言うカカシをアスマは感慨深く見つめた。 この男は”そういう”所に最も近い場所に居たし、今も居る。 イルカに真逆を求めるのは仕方のない事だろう。 だが、イルカにはこの男が想像する以上の壮絶な任務経験があるのだ。
「おまえ、五年前にアイツがやった結界術のデモンストレイションの話、聞いたことねぇのか?」
「なにそれ?」
「おまえが暗部で国外をあちこち飛び回ってた頃の話だからなぁ」
そう言えば、アオイとイサヤもそんなことを言っていた、とカカシは俄かに思い出した。 三代目が課した、初代様の五茫陣を実用化するための条件の一つ。
「それって、どんな話?」
「まぁ…、今度本人に聞いてみろや」
「ふーん」
まだまだイルカの事で知らない事がたくさんあるようだ。
「ところで」
とアスマが真面目な顔をして問うてきた。
「イルカはおまえの事、思い出したのか?」
「ふっふっふっ ないしょ」
「アホか…」
その顔で内緒も何もないもんだ、とアスマが嘆息すると、カカシがすっと立ち上がった。
「なんとでも言ってちょうだい」
「なんだ、もう帰るのか」
「うん、今日はイルカ先生の付き合いだけだから。 あの人、どうしても今日挨拶に来るって利かなくてさ」
もうそろそろ連れて帰らないと、と言うカカシに、甲斐甲斐しいこって、とアスマが笑う。
「おい、肝心のイイところ、まだ聞いてねぇぜ?」
「そんなの、言うわけないでしょ」
もったいない、とカカシも嗤った。
***
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