ギター弾きを知りませんか? [番外]
23
- 森 -
森でその男と会った。 男は妖魔に犯されていた。 白い裸体が無数の手に掴まれていた。 足を開かされ人程の大きさの妖魔の胡坐の上に座らされ、その足の間には小振りの妖魔が5・6匹群がっていた。 それらが代わる代わる男のペニスを咥え、頭を上下させては男の吐き出した精を飲んでいる。 不思議なことに、男の精を飲んだ妖魔は飲む前より若干身体が大きくなるようだった。
---妖魔の力を増幅させる者?

そういう人間をこの地では”カガリ”と呼んだ。 男はカガリなのか。 カガリは見つけ次第殺す決まりだった。 妖魔と人間は合い入れない存在同士だからだ。
「ああ、あ、んん」
男が喘いでいる。 男を抱えた下の妖魔が、その白い太腿を抱えて上下させていた。 妖魔には腕が四本あり、足を抱える手の他の手は、男の胸元を彷徨っていた。 男の乳首を捏ね回している。 男はそうされる度に体をビクビクと震わせた。 そして大きく男の体が上下する度に、男はその妖魔の肩に仰け反って善がり声を上げた。 恐らくその妖魔のペニスでアナルを犯されているに違いない。 そんなことをされて悦んでいる男が、酷く汚らわしく、淫らに見えた。
---妖魔達が去ったら、殺してしまおう。
木陰から様子を覗いつつ、その乱交を盗み見続けた。
・・・
男は打ち捨てられたようにその白い身体を投げ出していた。 妖魔に掴まれていた身体のあちこちには、無数の爪あとが走っている。 荒く上下する胸の両の突起は赤く腫れ、まだ息づくように尖っていた。 妖魔の汚らしい唾液と自分の吐き出した精に塗れたペニスは、まだ張り詰めたように天を向いてそそり立っている。 恐らく妖魔の中に媚薬の類を出す物がいたのだろう。 震える先からは、透明の液がタラタラと零れ続けている。 妖魔に何回も達かされて、もう白濁は出ないらしかった。 それでもまだ快感が去らず、そうして淫らに身悶えているのか。
---なんといやらしい
だが、ずっと淫行を覗き見していた自分のペニスも既にギンギンと熱く張り詰めていた。 妖魔に犯された後の、しかも男など…、と理性では思っても、身体は男のアナルに自身を突き立て思う様掻きまわしたくて堪らなかった。
---一回だけ、一回だけコイツで遊んだら殺そう。
男の足元に立って見下ろすと、男が薄っすらと目を開いた。 その髪と同じく、真っ黒い瞳が現れ、そして大きく見開かれる。
「ひっ」
男は恐怖の叫びを小さく上げた。 そして逃げようとしたのか、身体を捩って四つに這った。 だが余韻で震えている所為なのか、何匹もの妖魔に犯され体が辛いのか、その手足は思うようには動かず何回も頽れた。 その頭髪を鷲掴み、グイと後ろに引き起こす。
「逃げるな、この薄汚いカガリめ。 俺が一回楽しんだら殺してやるからおとなしくしていろ」
「い、いやだ、離せっ」
男は妖魔には怯えた様子は見せていなかったのに、自分に対しては酷く恐がり暴れた。 人間のくせになんだと怒りが湧き、掴んだ髪の毛を振り回して地面に叩きつけ、乱暴に腰を掴んで猛ったモノを突き立てた。
「ああーーっ」
男が叫ぶと同時に男のアナルが引き絞るように窄まり、あっと言う間に一回目の精を放っていた。 だが自分のモノは一向に萎えずいきり立ち、痺れるような快感の波がまだ去らぬうちに狂ったように腰を振りたてた。 気持ちが好かった。 信じられないほど気持ちが好かった。
---これがカガリか!
泣き叫ぶ男を四つに這わせたまま後ろから何回も犯し、先程の妖魔のように上に乗せてまた犯し、最後は下に組み敷いて思う様突き上げ掻き回して快楽を追った。 何回精を放っても直ぐにまた猛ってきて収まらず、自分もコイツの淫液に狂ってしまったに違いないと恐くさえなった。 だが止められなかった。 満月の晩だった。
・・・
「あう、うう、や、もういやぁっ 離してぇ」
男をこっそり家に連れ帰り、毎日犯して暮らした。 もう手放せなかった。 男の熱い身体。 うねる様なアナルの襞。 喘ぎ声。 どれもが自分を狂わせた。 村人に知れたらこのカガリ共々自分も殺されてしまう。 早く始末しなければ。 そう思うのだが、もう一日、あともう一夜、と先延ばしにした。 そうして毎夜男を犯した。 だが男は、何日経っても一向に慣れず懐かず、嫌だ離せ以外の言葉を喋らず、可愛気が無かった。 そして懲りずに何回も逃走を図った。 自分は猟師だ。 狩りが仕事だ。 男の足跡を辿り捕まえるのは容易かった。 いつも男が幾らも遠くへ逃げられぬうちに捕まえ、その度に酷く殴った。 それでも懲りなかったので、鋼の鎖と足環を用意し、ついには男を鎖で繋いだ。 男の細い足首に合うように態々誂えて、まるで飾りのように真新しい足環を男に付けた時、自分の中には昏い悦びが満ちた。
---これでこの男は逃げられない、一生俺に飼われ、俺の床の相手をする…俺のモノ
村人にはカガリだとバレなければいいのだと、居直る気持ちさえ湧いた。 男は相変わらず自分に懐こうとせず碌な会話も成立しなかったが、鎖で繋いだ日から逃げるのを諦めたようだった。 おかげで男を殴らないで済むようになり、自分はどこかほっとした。 また、日頃の生活でも野性の動物のようだったのが多少おとなしくなり、一緒に河で水浴びなどをさせる時も猫の子のように暴れていたのが、自分の手で背中などを擦られるのを拒まなくなった。 そして床では淫らに喘ぐ。 男は快楽に弱い性質らしく、最初どんなに抗っていても快感が高まるとともに素直に喘いだ。 身を捩り、頭を打ち振って髪を振り乱し、荒く胸を喘がせては精を吹き上げる淫猥さ。 自分も、男がそのように乱れる様に興奮した。 自分はいつしか男を乱暴に抱く事はしなくなっていた。 気がつくと男を喘がせる事に熱中している自分が居た。 昼間自分に懐こうしない男が、夜床では自分の手管に為すがままに淫らに喘ぎ、時には自分に縋って悶える様が可愛くて愛しくて、ただひたすら男に奉仕することさえあった。
だが、次の満月の晩、狩りが上手くいかず夜半に家に戻ると、家の中から幾つもの獣の気配がした。 慌てて戸を引き開けると、床で男が何匹もの黒い塊に体を弄られていた。
「去ね!」
弓を引き絞って構えると、その黒い塊はあっと言う間に霧散した。 後に残された男は、いつか森で見た時と同じく、その白い裸体をしどけなく投げ出し、股間と胸元を精と唾液でヌラヌラと光らせていた。
「このアバズレっ」
力任せに男を殴った。 殴って殴って顔の形が変わるまで殴った。 男はぐったりと床に伏し、意識を失った。 だが、荒れ狂った気持ちはまだ収まらず、その力無い身体を一晩中犯した。
翌朝、男が「殺してください」と言った。 それが男が初めて発した、会話らしい言葉だった。
「カガリは殺す決まりでしょう? 殺してください。」
顔を紫色に腫らし、口中も切っているのだろう、たどたどしい口調で言い募る。
「死にたい」
弓に一本矢を番え、固く引き絞って男に向けたが、ついに指を離すことはできなかった。
「森に帰れ… いや、居てくれ」
心が揺れた。 だが気付くと、どっちがこの男の為かを考えている自分に気付いた。 男を愛していた。
「おまえを愛している。 俺と居るのは嫌か? 俺の妻になるのは嫌か?」
「あなたの妻に?」
その黒い、黒い瞳が見開かれる。
「俺が? カガリで男の俺が?」
「そうだ」
「村人に知れたら殺されます。」
「殺されてもいい」
「あなたの子も産めません。」
「子は要らない、おまえさえ居ればいい」
「森の妖魔達が許さない… また満月の晩になれば俺を抱きに来る。」
「それは…決まりなのか?」
「俺が夫を決めるまで」
「俺を夫にしろ」
「あなたは人間です。 カガリが人間の夫を持つなんて…」
「妖魔の夫はどうやって決めるのだ? あんな風に何匹もに抱かれて、体の相性か何かで決めるのか?」
「いいえ、会えば判るから」
「まだ見つからないのか?」
「はい」
「俺じゃ、ダメなのか?」
「…判らない。 でも満月の晩の夜伽だけは続けないと、いつかあなたが殺されます。」
それでもいいなら、あなたと暮らす。
男はそう言った。
・・・
男との暮らしは穏やかなものになった。 男を妻だと思うと優しくなれた。 もう殴らなかった。 足首の戒めも外した。 男も随分態度を軟化させ、逃げようとしなくなり、笑うようになり、会話もするようになった。 夜の床では全くの夫婦のように、毎夜睦み合い愛し合った。 自分はすっかりこの男の夫として認められたと思っていた。 が、毎月満月の晩になると、その期待は裏切られた。 自分は満月の晩だけは、里へ降りているようになった。 そういう晩は、金で女を買った。 体は浅ましく女の柔肌に勃起したが、男との閨のような心震えるような快楽は得られなかった。 そして朝になると一散に家へ走って帰った。 男はいつも、打ち捨てられたように横たわっていた。
「おまえはこれでいいのか? あんな風に抱き散らかされて、最後は放られて。 あんまりじゃないか」
「でも、夫でないモノの世話にはなれない。」
「俺は? おまえ、俺の世話になっているじゃないか。 俺はおまえの夫だろう?」
「判らない、判らない…」
男の体を掻き抱いて責めるように言い募ると、男はかぶりを振って両手で顔を覆った。
「でも、あなたは嫌いじゃない。 好きです。」
堪らず男を押し倒す。 男はいつもおとなしく体を開いた。
・・・
その月の満月は、赤かった。
その日に限って里には下りず、家の前の木の枝で一晩過ごす事にした。 中の邪魔をしなければいいだろう、そう思っていた。 だがその晩訪れた妖魔は、普通の妖魔ではなかった。
夜半、急に月が翳ったかと思いふと目を向けると、それは居た。
---お…大きい…
こんなに巨大なのに、今の今まで気付かなかった事に余計恐怖心が募った。 全身に鳥肌が立ち、呼吸も忘れて硬直する。 妖魔の目がギョロリとこちらを見ていたのだ。
『おまえがカガリの番人か』
---番人? 番人だと?
「俺は…、俺はアイツの夫だ!」
恐怖心よりも男を失いたくない気持ちの方が勝った。 本能で感じ取ったのだ。 この妖魔だ、と。
『夫? 人間のおまえがか?』
「そうだ! アイツは誰にも渡さないっ 帰れっ」
『ふむ… そういうこともあることはあるかもしれないな。 カガリに選ばせよう。』
だが、妖魔は意外にも力や妖力でゴリ押しをしてはこなかった。 完全に殺されると覚悟していた自分は、呆気に取られると共に急に気が緩み、枝から落ちてしまった。 それを何と妖魔の手で受け止められ、剰えそっと地面に下ろされる。
「た… 助かった」
『ふん』
妖魔はそれきりこちらは見ず、ユサリと身体を揺らして家の方へ向かう。
「ちょっと待て、そんな形で入れるわけないだろう。 俺の家を壊す気か」
『…』
だが、それにもチラリと振り返っただけで、妖魔は家の玄関の引き戸に手を掛けた。 そして、どうやったのかすぅと吸い込まれるように家の中へ入ってしまった。
「な… おいっ」
---あんなヤツに犯されたらアイツは壊れてしまう!
慌てて走り自分も中へ飛び込んだ。 そこはどこか歪んだ空間だった。 何かがおかしかった。 闇が取り巻き、光が散乱していた。 空気がもったりと重かった。
「おいっ」
カガリの男は立ち尽くして、妖魔を見ていた。
妖魔は人に変化していた。
白い髪
浅黒い肌
金の瞳
猛々しい顔付
妖魔も一言も喋らず、腕を組んで男を見つめている。
「それは人ではないぞ、妖魔だ。 本当は小山ほどもあるのだぞ、騙されるな!」
思わず男に向かって叫んでいた。
だが男は吸い込まれるようにその妖魔だけを見つめ、ピクリとも動かなかった。
やがて妖魔が低い声で呼びかけた。
『やっと会えた』
そして男に手を差し延べた。
『迎えに来たぞ』
「はい」
カガリの男が答えてヨロリとその手に縋った。
妖魔がその手を掴み、グイと引き寄せて男を胸に抱く。
カガリが、ああ、と吐息を漏らした。
『名は何と言う?』
「カエデ」
---そうか、カエデという名だったのか。
その時初めて男の名を知った事に気付いた。 名が有った事に気付いた。
「カエデっ」
男を初めて名で呼んだ。
「俺を置いてゆくなっ」
カエデはゆっくりとこちらを振り返り、そして微笑んだ。
---ああ、なんて美しい…
「今までありがとう。 あなたの事、好きでした。」
好きでした。
『よく守ってくれた。 これは礼だ。』
妖魔が手を2・3回振った。 だが何をしたのか判らなかった。
「待ってくれ、そいつは俺の妻だ。 連れて行かないでくれ」
「ごめんなさい。 俺は行きます。 この人と会ったから」
「どうしてそいつなんだ?! 他にもカガリは居るだろう? どうしてその妖魔なんだ、なぜ判るんだ?!」
「会えば判るんです」
「カエデ!」
「さようなら」
次の瞬間、ふっと何もかもが無くなった。 妖魔もカガリも歪んだ空間も。 そして後に残されたのは自分一人。 呆然と座り込み、唯々カガリの居た辺りを見つめ続けた。 気がつくと朝日が射していた。 床一面に、砂金が降り積もっていた。
***
「カエデ、という名だったのですか?」
「はい、祖父はそう言っていました。」
「海野…楓、ですか?」
「いえ、苗字までは」
「そうですか」
息子の椎を成人させた後、神隠しに遭ったとされている海野楓の消息が杳として掴めなかったのだが、ここへ来て漸く一つだけ情報が入った。 だが話の内容から、その先の事はもう知ることはできないだろうと判った。 妖魔の妻となったのだから。 惜しむらくは、その妖魔がどんな妖魔だったかが全く判らないことだったが、それを知ったところで仕方のない事だ。 早く帰って王に報告しよう。 海野楓は、幸せになりましたとさ、と。
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