千の星
11
段取りはこうだ。 千影が言う。 まず三人で抱くことを城主に納得させる。 これは俺が適当に言い包めるから任せろ。 そして、最初に高尾が抱き、俺が抱き、妖狐は最後に抱くようにと言われた。 それまでに遣り方をよく見ておけ、と。 どんなに酷くても見ている途中で切れるなよ、と千影が妖狐に念を押した。
ここ数日は、ふたりで樒を抱いていたらしい。 ある抱き方をすると非常に消耗し、高尾ひとりでは務まらなくなっていたと言う。
「おまえは妖魔だ。 同じように抱いても、きっと俺達とは違う反応があるはずだ。」
結局、樒に聞けと言われた事も判らぬまま夜を迎えていた。
「高尾さん、だめっ」
「いいから」
耳元でこそりと上げられる樒の制止の声に、高尾佐吉はその口を塞ぐ事で拒否を表した。 もう既に樒に穿たれている自身を巧みに突き上げながら接吻けを深くする。 樒の首の後ろに高尾の浅黒く逞しい腕が回され、二人は恰も一つの輪のようになって揺れ出した。 それでもまだ樒は抗っていた。 対照的に色白な細い腕が、頻りに高尾の腕や肩を押す。 拒む気配が妖狐には色濃く感じられた。
---いったい何を見ろと言うんだ?
薄暗い座敷の最も下座の影の中で千影と並んで、上座で繰り広げられる高尾と樒のセックスを、奥歯をギリギリ言わせながら妖狐は見ていた。 樒達の更に奥、一段高くなっている床の間では、この城の主なのだろう、脂ぎった肥満体の男が側の者に酒を注がせながらその”余興”を楽しんでいる。
---アイツを殺し、ここに居る全員をぶちのめして樒を攫って逃げた方が早くないか?
そう思った時、隣の千影がすっとこちらを向いて低い声で囁いた。
「真名を使われたくなかったらおとなしくしていろ」
そうだ、コイツが居る限り実力行使には踏み切れない。 千影は白虎を釣る餌として樒を逃がす訳にはいかないのだから、情けも容赦も無いだろう。 高尾の家では、どこか樒を気遣う素振りが見えた気がしたのだが、やはり千影は千影だと思った。
「うっ うう…」
その時、上座から樒の呻きが聞こえてきた。 見ると、高尾が樒の身体の中心を握って律動に併せて扱いている。 抗う手はいつしか高尾の肩を掴み、関節が白く浮き出すほどに力が籠められていくのが判った。
「んあっ あ、ああ」
一回だけ口が外れ、樒の切な気な喘ぎ声が室内に響いた。 城主が身を乗り出す気配が伝わってくる。 興奮しているらしく何か唸るような声さえ漏らし、頻りに酒を煽っては息を荒くして喜んでいる。
下衆な奴めっ
心の中で反吐を吐きかけながらも、妖狐の目はじっと樒達に注がれていた。
「いやっ あ、やぁ、ん」
城主へのサービスなのだろうか、高尾は一頻り樒の身体をあちこち接吻けて樒を喘がせると、逃げ惑うようにして振られる頭を押さえてまた唇を塞いだ。 舌が深く差し込まれたのか、樒が苦しそうに呻く。 そして巧みに樒自身を扱きあげながら律動を繰り返し、やがて二人して身体を引き攣らせるように震わせた。 高尾の腹筋がビクビクと震え、その手が樒の白濁に滑る。 妖狐は漂う淫らな雰囲気に酔ってきていた。 正直、樒の淫気を離れた所で吸っているだけで、頭がクラクラしてくる。 だがその時、千影の低い囁き声にハッとして我に返った。
「ここからだ、よく見ていろ」
高尾が握った樒を尚も数回扱き、またぐっぐっと突き込みを再開し出した。 樒の気は乱れ、高尾に翻弄されているのが伝わってくる。 煽られ昂ぶらされて、より淫らに気配は揺れ、高尾を拒む気が緩んできていた。 その時、それは起こった。 妖狐ははっきりそれを見ることができた。
***
「エナジー・ドレイン・システム?」
「そうだ、俺達も人も、生き物全てがこのシステムに法って生きている。 命の力、霊力の流れだ。」
海野は目を瞠って話に集中している様子だった。
「それが、あなたには見えるんですか?」
「見える時もある。 特に大きく動きがある時なんかはな」
「へぇ…」
無意識なのだろうが、海野はそこで自分の身体を見た。
「今は見えない。 今のおまえは安定しているから」
「はぁ」
全裸で妖狐に抱き込まれたままの体を少し離し、自分とそして妖狐の身体を交互に頻りに見比べる様がどこか幼く無防備で、その素直さがかわいいと思いながらもシクリと胸の奥が疼いた。
「おまえ、いつもそんななのか?」
「え? そんなって?」
「里中でもそんな風に、なんて言うか幼稚っぽいのか?」
「よ… 俺、幼稚っぽいですか?」
眉を寄せて幾分情け無さそうな気配が伝わってきたが、無防備な態度はそのままで、更に不安が募った。
「里ではもっと気を張っていろよ。 おまえ、無防備過ぎるぞ」
「それは…」
あなたの前だけです、ここに居る間だけです、と海野は赤くなって俯いた。 だがその答えに余計に心配になる。
「里は辛いのか?」
「いえ… いいえ」
大丈夫、と言いながら首にヒシと縋り付いてきたので、その表情を見ることはできなかったが気配に泣きそうな気が混じっていた。
「何もかも捨ててここへ来るか?」
「え?」
間近で顔を上げて海野はこちらを凝視した。
「言ったろう、命の振り子を併せる方法があると。 俺と契りここで共にずっと暮らそう。 もう里へは帰るな。 俺に喰われて死んだことにすればいい。」
「でも、まだイルカが…」
イルカはやっと十を越えたところだった。 成人させて一人の海野にするまでは、と思っているのだろう。 樒が人を捨てた時は、息子の楓は既に十六だった。 樒とは状況が違う。 判ってやらねばならないと思う一方で、里で海野に何かあっても何もできない自分が苛立たしかった。
「判った。 だが油断するな、気を抜くな、里ではそんな風に幼稚っぽく笑うな」
「はい」
海野は最後の幼稚っぽく、と言われたところで顔を顰めて苦笑いをしながらもコクリと頷いた。 その仕草がまた幼い。
「もし里でおまえに何かあったら、俺はここを蹴り破って暴れるからな」
「はい」
海野はふふふっと笑った。 笑ってまた首に縋った。
「何がおかしい?」
「あなたが、暴れてる姿を想像したら、ちょっと…」
そう言って肩を揺らす。 その肩を抱き寄せ、首元でくっくっと笑う海野の髪を梳きながら、海野の生きている鼓動を胸に感じて安堵する自分がおかしかった。
「契るって、どうするんですか?」
一頻り笑うと、海野はまた少し体を離して問うてきた。
「今まで誰かと、その…、契ったことって、あるんですか?」
覗きこむように見上げてくる黒瞳が揺れている。
「気になるか?」
にやりと笑って逆に問うと、海野はぷぅと頬を膨らませた。
「別に、気になんか…」
気になります、と胸に逃げ込みながら白状するかわいさに免じて正直に話してやることにした。
「俺は生まれた瞬間から千影の使い魔だったし、その千影にここに封じられるまでずっと千影に使われてきた。 誰かと契ったことはない。 だがやり方は判る。 それもさっき言った霊力の行使で行なわれる。 エナジー・ドレインの流れを相手と同調させるんだ。」
「霊力の行使? あなた達は霊力を使えるんですか?」
「使えないでどうする。 俺達の餌は生き物の魂だ。 その吸い方は妖魔によって色々だが、餌を見ることができねばどうにもならんし、自分の霊力を攻撃に使うこともある。 人間は己の霊力に関して鈍感な生き物だからな。 触れる事も感じる事もできないのが普通だ。 判らなくても仕方ないが、大昔にはできる奴もいたらしいぞ。 だが俺達は霊力を糧にしているから、他者のものも自分のものも見えるしある程度使う事ができる。 おまえがここに来たばかりの頃、精気の玉を飲ませた事があっただろう? あれもその一つだ。」
「ああ」
海野は大きく頷いた。
「やっぱりアレはそうだったんですね」
思ったとおり眉を寄せ、何か言おうとする海野の口を押さえて遮った。 もう済んだ事だ。
「アレは、おまえが中々回復しないからやったまでの事だ。 俺はじれったいのは嫌いなんでな」
「でも…」
「いいか」
尚も言い募ろうとする海野の心配気な顔を見て、しまったなと内心思った。 こういう事を気にするヤツだと知っていたのに。
「俺はちょっとやそっとじゃ死なない。 あの位の精気の玉など何でもない。 それに肉体を失っても霊的に滅ぼされなければ俺達妖魔は死なないんだ。 そもそも、人間にはその霊的なエネルギーを見ることも触れることも適わないから、こうして俺を封じるくらいしかできんのだ。 まぁ、木の葉の奴らにとっては他にも俺を生かしておかねばならん理由があるようだがな」
ふん、と鼻で笑うと、海野はまだ心配そうな顔をしてまた問うてきた。
「あの、あなたは俺がこうしてここへ来るようになる前は、その…」
「女を犯して喰らっていた。 女は里が俺に貢いでいた。」
「今は俺しかここへは来てないみたいですけど、あなたはそれで足りてるんですか?」
「おまえ、いったい何回説明したら判るんだ」
「あの、でも」
呆れて盛大に溜息を吐くと、海野は慌てたように言い繕った。
「あ、いえ、俺がそのカガリだって事は判りました。 海野の血筋がずっとそうであることも判りましたけど、でも俺には樒さんのような力は無いみたいだし、唯俺をこうして何日か毎に抱くだけで、あなたは本当に足りているのかなと。 だってあなたはこの大陸一の大妖魔なんでしょう? 本当の身体はこの御山ほどもあるのでしょう?」
俺にもっと何かできることがあれば、と海野はまた俯いた。 その顎をとって上向かせ唇を吸う。
「足りない。 もっとおまえを抱きたい。 ずっとおまえと繋がっていたい。」
「抱くだけでいいんですか?」
俺には判らない、と項まで朱に染めてまた俯こうとする海野に本格的に接吻けて、一頻りその唇を味わい喘がせた。
「こうしておまえが欲情する気を吸うだけでも、俺は満たされる。 おまえの淫気は旨い。 もっと喘がせて乱れさせたくなる。 だが最も効率的なエナジー補給のやり方は、おまえと繋がりエナジーの流れを同調させて循環させ合うことなんだ。 俺のように淫気を吸わない妖魔は特に、この方法でしかカガリからエナジーを貰えない。 白虎もそうだ。」
「繋がって、循環させる…」
「そうだ、おまえは判らないかもしれないが、俺はおまえと繋がる度に、老廃物を浄化され新たなエナジーをおまえから得ている。 普通の人間にそんな事をしたら数日で枯渇してしまうが、カガリは違う。 カガリは泉なんだ。 それに霊力の質が格段に高い。 何十人分にも匹敵する。 樒はそれが異常に高いというだけだ。」
「あなたは、俺で足りてます?」
「だから、カガリなら誰でもいいという訳じゃないんだ。 カガリの意思が必要なんだ。 樒は霊力が高すぎて、通りすがりの俺に犯されかけただけで俺にその霊力を与えてしまう程溢れ返っているというだけの話だ。 普通ならそんな事はない。 おまえが今他の妖魔に強姦されても、おまえから霊力は奪えないはずだ。 おまえは俺のものだから。 だから樒のようなカガリを妻にした白虎は、気の休まる時が無いだろう。 逆にたいへんだと思うぞ」
「そう?」
「そうそう」
海野はやっと、ほっとしたように笑った。 圧し掛かり、接吻け、おまえは俺のモノだろう? そう思っているだろう? と問うと、はい、と言って腕を首に絡めてくる。 ほら、今おまえが俺に微かだが欲情し、こうして抱き合っているだけで、俺にはおまえのエナジーが流れ込んでくる、と言うと、わかりません、と首を傾げる。
「俺と契れば判るようになる」
「契るのと、エナジーを循環させるのとは違うんですか?」
契るには、エナジーを循環させるだけでなく、魂を一回完全に融合させる必要があった。 それからもう一度それぞれの身体に戻る。 もし拒絶反応が起これば双方とも塵と化すと聞いていた。 だが海野とは拒絶反応は起こらないだろうと、妖狐は思っていた。 海野の中には自分の魂の一部が既に存在しているからだ。 来たばかりの海野を食い殺し掛けた時、反魂の秘術を施した。 自分の魂を使い、身体から離れかけた海野の魂を繋ぎ止めたのだ。 その事を海野に話すつもりは無かった。 エナジー・ドレインを逆流させる危険な技だからだ。 エナジー・ドレインの流れは不可逆なもので、逆流させたり塞き止めたりはできないのが普通だ。 無理にそれをやろうとすると、致命的なダメージを負いかねない。 ひとつ間違えれば死に至る。 あの時もダメージは大きかった。 そんな事を話せばまた気にする事が目に見えていたので、おまえと俺は多分大丈夫だとだけ言うと、海野は訝しげに首を傾げた。
「肉体的な融合とは、違うんですか?」
「肉体的に融合することもできるが、それは魂の融合とは全く違う、より低レベルの融合だ。 位階の低い妖魔でも可能だな。 唯それをすると、肉体は完全に一体化し、もう決して元には戻れない。 拒絶が起きればやはり死ぬ。 お互いに余程弱っている時にしかやらないだろう。 まして人間と妖魔との肉体的融合は考えられんな。 人間が承諾するとは思えんし、拒否の意思が融合を失敗させるだろう。 喩えできたとしても、そいつは半人半妖となり、どちらにも属さないモノとなる。 そのまま生きて行くには辛すぎる世の中だろう。」
エナジーを循環させるということ、契るということ。 顔を曇らせ、まるで我が事のように哀しそうにする海野を見て思った。 そうだ、人間をこちら側に来させるという事なのだ。 相手がカガリであろうと無かろうと、それは過酷な運命を受け入れさせる事に他ならない。 ましてやそれを愛して止まない相手にさせる事がどんなに重い事なのか。 樒を抱いたあの最初で最後の時、自分は樒から膨大なエナジーを得た。 そしてそれ一回で、五尾の妖狐から六尾にまで位階が上がったのだ。 樒の力は想像を絶するものだった。 あの力を得た妖魔はさぞや将来も安泰で満足だろうと、その時は羨んだが、海野を得た今ならそんな生易しい境遇ではないと判る。 自分は海野一人を守れずに四苦八苦しているのだから。
あの時、高尾と樒の間にも、エナジーの同調が見て取れた。 だがそれは契る意思のない唯の流れの一致で、しかも片方は霊力コントロ−ルのできない人間だったので、一方通行のエナジーは唯樒に流れ込み、高尾には殆ど返らなかった。 だから高尾はあっと言う間に消耗し、ドサリと床に倒れ伏した。 怒る城主に促され、代わりに樒を犯す者が呼ばれた時、立ち上がろうとした千影の肩を、自分は押さえた。
***
「判った。 俺がやる。」
あんたがやっても高尾さんと同じだ、そう言うと千影は一瞬だけ逡巡したが直ぐに判ったと言って頷いた。
「俺は高尾さんを別室に運んでくる。 任せたぞ」
「おう」
余り妙な事にはするなよ、と釘を刺されたが、一応信用しているらしい気配が読めた。 樒の身を案じているのだ、とその時は思った。 少し、少しだけ自分も千影を信用してもいいと言う気持ちになった。 だが後で、それも千影の周到な計算の内だったと思わされたのだが…。
千影が肩を貸して高尾を連れ出した後の、樒が横たわる布団の上に立つ。 こんな風に樒を抱く事になろうとは、思ってもみなかった。 だが、樒は先程の高尾のエナジーを吸い、若干だが霊力を取り戻していた。 白虎と樒は契っている。 魂と魂が繋がっている。 だからこれが延いてはあの白虎の霊力をも蘇らせているのだと思うと、白虎を裏切って樒を抱くことへの免罪符のように感じられ、少し気が軽くなった。 だがそれとは別に、この樒を抱いた場合、自分がどうなってしまうのかという期待と不安に、その時の妖狐は頭がいっぱいだった。
BACK / 携帯用脱出口