ShortShort
- sweet clematis -
彼と自分は長いことプラトニックな関係だった。 偶に、本当に極偶に、夕食を兼ねて酒を酌み交わすくらいの付き合いだった。 酒を飲んで少し話して、繁華街を抜けるまで一緒に歩く。 ではまた、と手を挙げ合って別れる。 そんなくらいの付き合いだった。
自分は、言語化された強い指向性の意思を読み取ることができる。 この左目のせいだ。 それを自分の意思で制御しきれない。 否、読みたくない場合に読んでしまうことの方が多い。 だから普段は左目は閉じておく。 必要な時だけ発現させられるウチハ一族がつくづく羨ましいと思う。 目は、使えば使うほど消耗するし、見たくない物を見れば見るほど、聞きたくない言葉を聞けば聞くほど、心も消耗する。 いつかこの目が写輪眼としての機能を失い、単なる目としての機能も失った時、自分の心はいったい救われるのだろうか。 それともそれまでに既に消耗し尽くしているのだろうか。 どちらにせよ、それはそう遠くない未来にやってくる。
「大人の方が、思考が言語的ですものね」
彼とこうして話しをするようになって、彼にも似たような能力があると気づいた。 能力…というほどのものではないのかもしれないが、共振、共鳴、共感覚とでも言うのだろうか。 相手の感情が判る…いや違うな、共鳴する、してしまう、味わってしまう、そんな感じらしい。 要するに自分とは逆、言語化された思考は読みづらい…感じ難い、か。 混沌とした本能に近い感情の方が判り易いらしい。
「子供の感情はまだまだカオスですから」
大人も激した時は感情的になるんだけどな。 混沌とした本能に近い感情…否、欲望か。 彼はそれも感じるのだろうか。 それは嫌だな、と思う。 子供が他人に素直に感情をぶつけるような真似は大人にはできない。
「そんな時、アナタはどうするのですか?」
「え? そうですねぇ、うーんと…」
彼は右手に猪口を持ったまま左手で頬杖を突き、体を傾げるように左上の中空にしばらく視線を彷徨わせた。 思い出している? 本や経験から得た知識からすぐ類推が行われる。 データの収集と分析、類推。 そういう方法でも人の感情はある程度読む事ができる。 彼のこの共感覚も、そのような能力が拡大したものなんだろうか。 だとしたら、自分のように表情や動作の制御に長けた者の感情は読まれない…否、共振されないはずである。 他人に感情を読まれるのは、忍として許容できない。
「抱き締める…とか? ………抱き締めるとか…抱き締める、とか」
最後は苦笑交じりだったその顔を、自分が普段使う社交的な笑みではなくうっかり心からの笑みをもって眺めていることに頬の緩みで気づかされ、自分も顔を伏せてそれを苦笑に変えた。 「なかなか腕の中に納まってはくれない子も居ますけどね」と苦笑を更に渋くして付け加えるイルカに、「今どきの子供はそんなもんでしょう」と相槌を打ち、自分の猪口を彼の猪口にカチンと軽くぶつけて中を干す。 彼は唇を引くようにして薄っすら笑むと、無言で徳利を傾けてきた。
「旨いですね」
「ええ」
彼に確認した訳でもなく結局よく判らないままではあったが、どうしてか彼の共感覚は無害なように感じられた。 多分、彼自身も無自覚なのに違いない。 だが、忍として無条件に安心感を与えるような手合いこそを恐れなければならないのに、とどこか心の隅の方でアラートが鳴る。 彼が敵忍ならばね、とそれに否定で応えて、だけれども感情を読まれるようなデータは与えないようにしようと釘を打ち、社交的な笑みだけで接するようにと緩んだ箍を締めた。
そう、かれとはそんな関係だった。
・・・
その夜は満月で、そんな明るい夜に行うような類のものではない任務をこなし、闇を駆け、何かが自分の内でピークを迎えているのを感じながら里に還ってきた。 報告は直接火影に行った。 受付けに行かずに済むのは有難かった。 今は彼には会いたくない。 今会えば”読まれる”…そう感じていた。 だから、暗い廊下で偶然そのチョンマゲ頭の人影が目に入った時は真剣に瞬身しかかった。
「カカシさん」
「…イルカ先生、こんばんは」
なのに、どうしてか体が言う事を聞かなかった。 薄暗いことだけが救いだと硬直さえしている体をどうにか弛緩させようと努めながらその声に答えた。
「任務帰りですか?」
「ええ」
「おつかれさまです」
「どうも」
うまく微笑んでいられたと思う。 顔を作る事には自信がある。 後はこのまま別れればいい。
「ゆっくり休養なさってください」
「はい、そうします。 おやすみなさい。」
「…おやすみなさい」
彼が小首を傾げた。 それを見ないようにして一回手を振り背を向けた。 歩き出す。 背中に彼の視線を感じた。 声を掛けないでくれと念じながら歩いた。 何かが内側から膨れ上がってきているのを感じていた。 抑えられない、と思った。 だから声を掛けないでくれと願ったのに…
「っ」
声は掛からなかった。 が、はっしと服の裾を掴まれて仕方無く足を止めた。 振り向きたくなかったが仕方なく振り向く。 その代わり盛大に溜息を吐いてみせた。
「なにか」
冷たい声音を心掛けつつ上から見下ろすように問うと、彼は何か言おうとして息を吸い込み、だがパクパクと小さく口を動かすだけで言葉を声にできないまま視線を外したりまた戻したりを数回繰り返した。 正直苛ついた。 ”何があったんですか”と顔には書いてあった。
「別に、アナタに言うような事は何も無いですよ」
彼はハッとして服から手を離した。
「それとも、俺のことも抱き締めてくれますか」
だから! だから会いたくなかった。 これは八つ当たりだ。 呆けたように見上げてくる顔を見返して、ふぅとまたこれ見よがしに溜息を吐いてみせたのに、彼はおずと手を伸ばしてきたではないか。
「ちょっと、イルカ先生」
間が悪いとしか言いようがない。 苛々も頂点に達していた。 それに前々から感じていた事だが、この人はどこか嗜虐心をそそる。 同時に保護欲もそそるのだから真正のマゾ体質決定じゃないか。 虐めた後に慰めるのが最高に楽しいんだよな、これが。
「それ、判ってやってます?」
だが、伸ばされた手首を掴むとビクッと体を竦ませるくせに、まっすぐ見つめてくる目線が外れない。 それに益々苛っときて適当なところで掛けるはずだったブレーキも掛からなかった。
「俺はアカデミーの子供じゃない。 男で、成人で、今運悪く欲望を持て余してる。 只じゃ済みませんよ。 判ってますか。」
ぐーっと掴んだ手首を引き寄せて間近に顔を覗き込むと、さすがに焦ったのか目線が掴まれた手首の方へ彷徨った。 やっと判ったかとホッとして手を離そうとした時、今度は逆に手を掴まれる。 彼はしっかりこちらを見ていた。 意を決したような顔つきをして、ごくんと喉仏を上下させ、言った。
「わ…判って…います」
ああ! だからどうして! 声が震えているじゃないか、何が判っているって言うんだ、いったい。 どうしてそんな屈服させたい気持ちを煽るんだ。 天井を仰いで彼から視線を外さざるを得なかったのは自分のほうだった。 ポケットに突っ込んだままだったもう片方の手が知らず後ろ頭をガリガリ掻いていた。 まだここで止められる、何をバカなと突き離して去ればいい、少し疎遠にはなるだろうが、最悪の事態は避けられる、そう頭では念じてみたが、脳裏に浮かぶのは妙に艶めかしく目に映った彼の白い喉元のことばかりだった。
「判ってますっ 痛っ」
まだ言い募ろうとする彼を黙らせたくて、一度取り返された彼の手を逆手に捻り上げると、小さな悲鳴が上がった。 目もぎゅっと瞑られ、顔も歪んだ。 その声と顔を耳にし目にした瞬間、堰がプツリと切れてしまった。
「判りました、行きましょう」
そのまま手首を引っ張ってどんどん歩き出す。 後ろで引き摺られるように付いてくる気配が途方に暮れたように揺れているのが判ったが、もう離す気はなかった。
「で、俺の家? アナタの家? それともどこか茶屋でも入りましょうか?」
これであの時間を失くすんだ。 この人との時間は、特にかけがえのないというほどのものでもなかったが、他では得難いものだったことは確かだ。 でも、だからといって後悔に悶々とするようなものでもない。 もういい。
「俺の家」
ぽつりと聞こえてきた声を背中に聞いて、「それがいい」と口には出さずに同意した。 一緒に朝を迎えるつもりはなかった。 だが、立てないくらいに責め立てる気は満々だったので、気兼ねなく置いて行ける所の方がよかった。 一回辱めれば彼も判るはず。 少しくらい相手の感情が判るからと言って、その人間そのものを解ったことにはならない。 時には痛い目も見るのだ。 後は、自分で自分を守ることを覚えればいい。 いや、覚えてくれ。 どうか…!
彼は何度も失神した。 そのぐったりと動かない体を抉り続けた。 覚醒し、縋りつこうと伸ばされる手は悉く押さえつけた。 押さえたまま腰を打ちつけた。 思ったとおり、彼は好い声で鳴いた。 好い顔をして喘いだ。 そしてまた失神した。 角度を変えて中を掻き回すように突き荒らすとまた覚醒して、シーツを握りしめて泣いた。 その泣き顔がまたそそった。 彼自身を握って扱き、もっと泣かせては揺さぶった。 よく締まる好い体だった。 気がつけば空が白み、鳥の声さえ聞こえていた。 これを最後にと何回目かの精を彼の中に放って自身を引き抜く。 彼のアナルからは自分のモノが滴っていた。 否、アナルだけではない。 体中精液塗れだった。
「くっ」
驚いたことに、ぐちゃぐちゃの体で意識を手放して横たわる男に、自分はまた勃起していた。 いったい何回犯ったと言うんだ?と自分を罵るほどだった。
唇を噛んで理性を呼び起こし、カカシはイルカを放置して逃げだした。 二度とイルカとは顔を会わせないと心に誓って、朝靄の街の甍を駆けて家まで逃げ帰った。 だが、数日後にはまたイルカの寝込みを襲っていたのだった。
・・・
イルカとの会話は絶えて無くなった。 共に酒を飲まなくなり、昼間は敢えて避けるようになった。 深夜に彼の家に押しかけて、その体を堪能するまで味わうだけ。 ただ、夜明け前に退散するまでに満足できた例がなかった。 だからまた何日かすると足が向いた。 その繰り返し。
数日おきに彼を抱く。 彼の体が徐々に行為に慣れ、難なく自分を飲み込むようになってゆくのが、吐き気が出るほど耐え難かった。 押さえつけられ続けた彼の腕は、何時しか伸ばされなくなった。 ただシーツを握り皺を作る。 後ろへの刺激だけで達するようになった彼が疎ましくてしょうがない。 直前の彼自身を握りしめて激しく突き、泣いて懇願させては返事もしなかった。 会話は要らない。 そう思っていた。 彼は勝手に共感する。 大人しく足を開いてくれれば俺はそれでいい、そう思っていた。 彼の方からも会話を振られることは無かったのだ。 それは彼が自分の意思に共感し、そうしているのだと思っていた。
「明日も…来ますか?」
だからある夜、事後に彼がそう問うてきた時、とても驚いた。 来る者拒まず、去る者追わずの態の彼なので、自分の去来に関心など無いのだろうと、そう思っていた。
「なに、珍しい。 まだ足りないですか? もしかして」
抜いたばかりのアナルに指を埋めて掻き回すと、クチリという水音と共に「うん」と色香のある声が上がる。 その途端、腰に熱が溜りだす自分もどうなのかと苦笑しながらも「ご期待ならば」と半立ちのモノを数回扱いて鍛えると、指で嬲っていた箇所に後ろから突き立て、一気に根元まで押し込んだ。
「ああっ」
撓る背を胸で受け、彼の前に手を回して彼自身を探る。 彼の方はさすがにもう力を取り戻す気配は無かったが、刺激に後ろが締まるので注挿に合わせて扱くのが習いだった。 彼はそんな手を外そうともがき、身をくねらせて喘ぐのが常。 それにまた煽られる。
「二晩続けてじゃ辛くないの? これでも気を使って間を開けてるんだけど」
あん、あん、と突くたびに声が上がる。 返事などできなさそうだ。 普段はそれでよかったが、今日はなんだか気になって、注挿を収めて彼自身からも手を離し、代わりに胸の突起を両手で摘み揉み解しながら耳元に齧り付く。
「ねぇ、毎日抱かれないと体が疼く? そんな体になっちゃった?」
こんな揶揄するような言葉さえ、今までは言った例が無かった。 彼が気を失うように酷く抱き、目覚めないうちに消えていたのだから。 初めての展開に自分の方が少し焦り、言葉責めという形をとりながら身悶える体を後ろから羽交い締めて腰を揺らめかせた。 彼は吐息を洩らすようにして喘ぎ返事も儘ならないようだったが、舐めるように蠢くアナルの顫動は激しくなっていた。 なんて気持ちいい体なんだろう。 腰が震える。 達ってしまわないように彼の項に接吻けを散らし意識を逸らしていると、彼は息も絶え絶えになりながらやっと答えた。
「そ…なんじゃ…あ、なくって、ただ…うんっ」
「…ただ?」
珍しく言い募る彼に指先の動きまで全て止めて言葉を促すと、彼はもどかしげにくふんと一回鼻を鳴らした。
「ただ、来るかどうか確かめたかっただけで、あっ」
「だから、どうして?」
いやらしく強請るような仕草に誘われてゆっくり腰の動きを再開させた。 自分を飲み込んでいる入口が思い出したようにきゅうと締まる。 思わず呻いて彼の首筋に顔を埋め、後ろから抱き締めて密着したまま律動させる。 唇が当たっている辺りの産毛が総毛立ち、さわさわと自分の吐息に震えて月明かりに光っていた。 彼が感じている証だと思うと、腰が余計に張りつめる。
「ねぇ、どうして?」
だから、捻りを加えて律動を強くさせた。 彼は「は」とか「あ」とかしか言わなくなった。 それでも「ねぇねぇ、どうして」と問い続け、いつの間にか硬くなっていた彼自身にも手を這わせながら本格的に抉る動作に変えて責め立てると、彼は嫌々とかぶりを振って泣きだした。
「や、やぁ」
「嫌? 何が嫌?」
にゅるにゅると扱く手の中で、彼自身も涙を流して震えている。 もう答えなどどうでもよくなって、体を起こし彼の腰を掴んで激しく突いた。 途中、ずるずると半分以上引き抜いて、それを勢いよく根元まで突き込み、続けてズンズンと激しく突き荒らすのを何回か繰り返していると、彼が上半身を仰け反らせて痙攣し、どさりと突っ伏し果てた。
「後ろだけでイっちゃうなんて、やらしいね、イルカ先生」
そんな彼が疎ましかったはずなのに、今日は何故かそれが嬉しかった。 だが表現は揶揄になる。 そして彼の最後の締め付けに耐えた自身の絶頂を求め、達して震える体を揺さぶった。 身悶えて泣く彼が目に心地好く、びくびく痙攣する彼の体が気持ち好かった。 ドクリドクリと全てを彼に注ぎ、じっくり余韻を味わってから彼を離した。 珍しくとても満足していた。 いつもの物足りなさが今日は無かった。
だから、「明日は来なくてもいいかな」と、ふと思った。 元々連日夜這うことは無いのだ。 体は足りなくともそれくらいの我慢はしなくては、と何とはなしに決めていた。 だからいつも通り任務に赴き、いつも通り深夜に帰還し、さてどうするかと考えた時「明日も来ますか」と問うてきたイルカの顔が浮かんだが、やはり今日は止めておこうと思ったのだ。 だが、珍しいこともあるもんだと感じた気持や、気になって「どうして」と問うたが答えを聞かないままだった事も思い出していた。
---ちょっと話すだけでもいいかな
昨日の答えを訊くだけでも…と考えて、それに自分で吃驚する。 酒を飲んでは話すだけのプラトニックな関係だった自分達が、急転セックスだけの関係になっていたのに、今更それはあり得ないだろう?、と。
逡巡すること暫し。 カカシは返しかけた踵を再びイルカの家の方角に向けた。
いつも通りイルカの寝室の窓から侵入すると、彼は居なかった。 居間を覗くと食卓にラップをした手付かずの夕餉と小さなケーキがあった。 火の点いたままの蝋燭が一本立っている。 物騒だなぁと思いつつそれをふっと吹き消し、ちょっとだけクリームを指で掬って舐めた。 甘い味が口に広がり、思わず顔を顰めていた。
***
小さいがちゃんとホールのケーキを買って、一本だけだったが蝋燭まで立ててみた。 僅かばかりだったが食卓も整えた。 そして、独り日の境を越える。 暫くじっとしていたイルカだったが、ぐすっと鼻を鳴らすとツッカケを引っかけて庭へ出たのだった。 薄青い月光が小さな庭を照らしていた。
「来るとは言ってなかったもんな」
問うてはみたが、確約はもらえなかった。 自分が勝手にしたことだ。 恨む事じゃない。 最初から全部、自分の一人善がりだったのだもの、こんな事いつも通りじゃないか、とまた鼻を啜る。
ずっとあの人が好きだった。 あの日、彼の苛々が伝わってきて恐かったが、心臓がドキドキと高鳴ってどうしようもなかった。 いつも作り笑いしかしない彼が、そんな風に地の部分を見せた事が驚きであり、感動だった。 欲望の捌け口になれと言われて、ここは怒るべきところではないかと勿論思ったが、でも、気の利いた言葉ひとつも言えない自分ができることは僅かだった。 その一夜で全て失うのだと恐れ、あとは後悔の日々に苛まれるに違いないと判っていたが、それでも二度同じ場面に出会ったらやはり自分はそうするだろうと彼の手を取った。 最後まで抱き締めさせてはもらえなかったけれど、嫌だとは思わなかった。 ただ、二回目があるとは全く思っていなかった。
「こんばんは」
ぼんやりと立ち尽くしていた背に突然声を掛けられて、心臓が止まるほど驚いたのはどのくらい経った後だったか。 慌てて振り向くと彼がポケットに両手を突っ込んだいつものポーズで、ゆっくり歩み寄ってくるところだった。
「やっぱり外でしたか」
やっぱりってなんだ? いや、それよりも何よりも、今晩は来ないんじゃなかったのか?と狼狽えるイルカがただ目をまん丸くして見ていると、カカシがおかしそうに目を細めて顔を近づけてきた。
「どうしたの? っ 変な顔」
そして「どうしたの」と「変な顔」の間にちゅっと接吻けてきたのだ。 一瞬記憶に空白ができるほど驚いた。 いつもは自分が寝入った頃いつの間にか圧し掛かっていて、いきなり滑る指をアナルに捻じ込まれていたりするのだ。 全く酷い扱いだが、それでも嫌だとは思わない自分がみじめだった。 いや、今驚くべきは別の所にある。 そう、今のキス、生クリーム味をしていたじゃないか!と、パニックになりかけたイルカは現実逃避ぎみに思考を展開させた。
「ケ、ケ、ケー」
「なにどもってんの?」
明るい所で会わなくなってからどのくらい経つのだろう。 カカシのこんな笑い顔を見るのもとても久し振りな気がして、それだけで気が動転する。
「ケーキ…た、食べたんですか?」
「あー、うん、ちょっと舐めちゃった。 ごめーんね。」
「いえ、元々アナタの…で、でも、甘いのお嫌いじゃなかったでしたっけ」
「うん、嫌ーい」
相変わらず物事に興味がなさそうな物言いで、更に夜空を見上げながらのお座成りな受け答えに「はぁ、やっぱり」と高揚しかけた気分も萎えたイルカだったが、「でもさぁ」とカカシが続けるので今夜はよく喋るやっぱり変だと改めて驚く。
「でもさぁ、普通は団子じゃない?」
「はぁ?」
「だって…ねぇ」
”中秋の名月”でしょと空を指すので仰ぎ見ると、そこには見事な満月がかかっていた。 すっかり忘れていた。 「ああ」と思わず感嘆すると、今度は彼の方が不思議そうに小首を傾げた。
「あっれー、お月見してたんじゃなかったの?」
「し、してました、してたんです、はい」
「ふーん」
恋人でもなんでもないのに、誕生日ケーキを買って待ってましたなどとは言えないと、今になって恥ずかしくなってごまかした。 ただ少しでも前のように会話が持てればいいと、自分が願っただけだったのだ。 今日はこんなに話した。 もう十分だ、そう思った。 あれ以来、セックス抜きでこんなに話すのは初めてだし、そうだ、ちょっと触れる程度とは言え接吻けだって初めてじゃないか? そう思うと涙が出た。
「でさぁ、蝋燭に火が点いたまんまだったよ? 危ないから消しちゃった。」
「え? 消したんですか?」
そうか自分で吹き消したのか! これは怪我の功名とでも言ったらいいのかしら、でもその場に居たかったなぁと思わず溜息を零すと、カカシは少し済まなそうな顔をした。
「消したらいけなかった? なんか実験でもしてたの?」
「いえ…ただ、その…消す時、何か願い事しましたか?」
「はぁ? 願い事?」
なにそれ、と言わんばかりの胡散臭げな顔。
「もしかして自分で消したかった? そんで願い事? したかったの? ごめーんね、代わりに俺のできることだったら聞いてあげるよ?」
「え」
だから違うだろ、それ逆だろ、と心で突っ込みながらも何このおいしい展開と気持ちが揺れる。
「なんでも、いいんですか」
「俺にできることなら」
「あの…じゃあ」
とイルカは気が引けつつも願いを口にした。 できることなら前のように、偶にでいい、一緒に酒を飲みながら他愛のないことを話したい、と。 カカシは「なーんだ、そんなこと」と事も無げに言った。 「もっと早く言えばよかったのに」とも言われた。
「アナタは俺とは口を利きたくないのかと思ってた」
それはこちらの言い分だと思いながら、物も言わずにただセックスだけして意識の無いうちに姿を消す彼の行為を思い返した。 日中は完全に避けられているとしか思えなかった。 偶に偶然すれ違っても、目線も合わなかった。
「最初の時は、アレはアナタがいけなかったんだよ。 でもさぁ、二回目からは拒めたよね? どうして諾々と受け入れてたの? 俺は、口も利きたくないからだと思ってた。」
「拒んでも…よかったんですか?」
「もちろん!」
ニコリと笑いさえするその顔を穴の空くほど見つめて、喜ぶべきか悲しむべきかと悩んだ。 だが先ほどから一貫して胸の最奥の部分は少しも揺れていない。 それどころかどんどんと安定しつつある。 これはどういうことだろう。
「今、拒んでもいいんですか」
「いいよー」
「なら、今晩は、その、せ、セックスはしませんっ」
「おっけー、いいねいいねー、じゃあ今晩は無理矢理プレイだー!」
「・・・・・・・・はぁ?!」
やったーっと万歳までするカカシに顎があんぐり落ちたが、やはり心の奥の奥では何かがほわんと温まりつつあった。 ゆっくりゆっくり何かが溶けて、代わりに何かが花開く。
「どうする? 縛る? それともー、最初の時みたいに押さえつけられたい? アナタそういうの好きそうだもんねぇ」
「い…嫌ですっ 好きなんかじゃありませんったらっ どどどこ触って、やめっ」
「ねぇ、もう入ろうよぉ。 それともここでヤるぅ?」
「とんでもない、人が通りますよ。 それに今晩は拒んでいいって」
「いいじゃーん、見物人。 無理矢理+羞恥プレイってか。」
「もう、バカッ 話にならんっ」
「ああん、待って待ってー」
ああ、どうしよう。 嬉しくってしようがない。 彼が嬉しそうに笑う。 自分に向かって話す。 嬉しくて恥ずかしくて、とても今の自分の顔は見せられない、と背を向けて先に家に入ろうとする自分の肩を後ろから手が止めた。 強く引かれて振り向かされて、そこに待っていた胸に飛ぶ込むように納まった。
「とりあえずキスしようよ」
今、ここで、と間近にあるカカシの顔が傾けられる。 その目の光に欲望以外の情があると思っていいのだろうか。 ここで腕を伸ばしてまた押さえつけられないだろうか。 イルカは、恐る恐る彼に腕を回した。 それは拒まれなかった。 そして、自分よりも強く激しい締め付けが項と背中にぎゅっと回り、自分達は初めて、抱きしめ合ってキスをした。